そう言って起き上がろうとすると、エステルは僕の体をギュッと抱き締める。
 けれどすぐに腕を離して、「うん」と眉を下げながら微笑んだ。


 僕は部屋を出て階段を下りながら、2人分の朝食の用意ができそうか考える。
 いつもは適当に済ませてしまうから、おかずの用意なんてちゃんとしていない。

 何か新しく作らないと。


 キッチンを動き回って、卵焼きと冷凍豚バラ肉を入れた野菜炒めを作ると、ご飯をよそってインスタント味噌汁にお湯を注ぐ。

 朝食の支度が終わったら、2階の自室に戻ってエステルを呼びに行った。


「エステル、ご飯できたよ」


 ひらりふわりと、2匹の蝶が舞う。
 エステルは体を起こしてベッドに座ったまま、唇をキュッと引き結び、眉根を少し寄せて、思い詰めたような顔をしていた。

 その視線は光る蝶を捉えている。

 そういえば、戸締りはしっかりしていたのに、どこからもう1匹の蝶が入り込んで来たんだろう。
 家中の窓は閉まってたし、自室の扉だってちゃんと閉まってたのに。


「世那」


 エステルに呼ばれて、僕まで眉根が寄っていたことに気付いた。
 光る蝶からエステルの顔に視線を戻すと、彼女は深呼吸をして、僕を見つめる。


「今日中に、新しい彼女を作って」

「……は?」

「お願い。世那を悲しませたくないの」


 エステルは眉間にしわを寄せて、片方の口角を無理に吊り上げた、歪な笑顔を見せた。
 僕を見つめる青い瞳は悲しそうで、でも僕を慈しむようで。

 まるで人間じゃなく、神聖な存在のようだ。


「……な、に、言ってるんだよ。冗談だろ?」

「ううん、本気。……急なのはごめん。でも、どれだけ時間が残されているか、分からないから」


 胸の前で両手を握り込んで、エステルは視線を落とす。
 小さなその体を抱き締めたくなる衝動に駆られるのに、新しい彼女を作れ、だって?

 そんなの、無理に決まってるだろ。


「無理だよ。エステル以外、好きになれるわけない」

「それじゃ、ダメなの。わたしが死んじゃったら、世那、1人になるでしょ? そんなの、未練が残っちゃうから」


 眉をくたりと下げて、エステルは笑う。

 ……なんなんだ。どうしてなんだ。


「なんで、死ぬ前提なんだよ。そんなの、死ななきゃいい話だろ!」

「……ごめんね、世那」


 エステルは、ただ悲しそうに笑うだけだった。

 納得がいかない。
 エステルが死ぬなんて、そんなのありえないし、あっちゃいけないことだ。

 それを昨日から、どうしてそう決まっているかのように。

 僕は胸の内で燻る怒りや不安を奥歯で噛んで、「ご飯、食べよう」と言い残し、部屋を出た。




「なんか今日ずっとイライラしてんな」

「……別に」


 学校は休むというエステルを家に残して、一人学校に来てからも、僕はずっともやもやしていた。

 今日中に、新しい彼女を作れだなんて。