好きな女の子と、同じベッドで眠る。
 それは否応にも意識してしまうシチュエーションだけど、その相手が迷信に怯え切っていたら、思春期らしい考えは吹き飛ぶ。

 僕は枕が1つしかないことを気にするくらい落ち着いた状態で、エステルを隣に呼び寄せた。


「……ねぇ、世那」


 ベッドに腰かけたエステルが、か細く僕を呼ぶ。


「何?」

「キス……して」


 エステルの青い瞳は、ゆらゆらと不安に揺れながらも、強く、真っ直ぐに僕を見つめた。


「……うん」


 視界の端に、ひらひらと舞う蝶を収めながら、エステルの柔らかい頬に触れる。

 そっと、青い瞳がまぶたに閉ざされると、長いまつ毛が目の下に影を作った。
 僕は体を前に傾けて、桜色の唇を見つめながらまぶたを下ろす。

 熱を持った、柔らかい感触が唇に訪れる感覚は、いつまで経っても慣れず、心臓がドキリと跳ねるばかりだ。
 ドク、ドクと加速する鼓動を聞きながら、長い間唇を重ね続けると、僕はそっと体を離す。

 開いたエステルの目は、悲壮に満ちた覚悟を秘めて、凛と輝いていた。


「世那、愛してる」

「……僕も、エステルを愛してる」


 それは、初めて使った表現。
 どこかむず痒いけど、今のエステルに必要な言葉だと思えば、臆することなく口にできた。

 部屋の電気を消して体を横たえると、エステルが体を寄せて抱き着いてくる。

 僕は自分の肘を枕にしながら、片手でエステルを抱き締め返して、五分と経たない内に眠りについた。




****



 なんだか息苦しい。
 そう思いながら目が覚める。

 自然に寄った眉根を戻せないまま、そっと目を開けると、ひらりと、光る蝶が目に入った。そして思い出す。昨日の出来事を。

 息苦しいのは、エステルが僕に抱き着いているせいか……。

 視線を下げてエステルの姿を捉えると、ふわりと羽を動かす蝶が視界に映った。
 白銀の髪に止まったその蝶に視線を囚われていると、目の前をひら、と光る体が横切る。

 蝶が、2匹いる!?

 僕は硬直して、エステルの話を思い出した。
 目の前のエステルはぴくりとも動かない。


「っ、エステル、エステル!」


 ガバッと体を離して、エステルの肩を大きく揺さぶると、「ん……」と柔らかい声が聞こえた。

 生きてる……。


「……エステル。おはよう。朝だよ」

「ん……、せな……?」


 エステルはパチ……パチ、と瞬きすると、寝ぼけ眼を見開いて、顔中に安堵の表情を浮かべた。


「よかった……わたし、まだ……」


 小さな小さな声は、エステルの独り言。僕はにこりと微笑んでみせた。


「ほら。大丈夫だろ? 僕は朝ご飯を作るから、エステルはもう少しゆっくりしてて」