「あ……蝶だ。凄い、綺麗だな」

「え? どこどこ?」

「エステルの肩。これ、光ってるように見えるけど、なんて名前だろ?」


 ふわりと再び飛んだ蝶は、蛍のように発光している。
 周りが明るいからぼんやりして見えるのが残念だ。

 夜に見たら、きっと綺麗なんだろうな。


 呑気にそう思っていた僕とは裏腹に、エステルは自分の肩を見て光る蝶を目にすると、幽霊でも見たかのように、強ばった顔で固まった。

 青い瞳に恐怖が浮かんでいる気がするのは、気のせいだろうか。


「tijof cvuufsgmjftten……?」


 か細い声で紡いだ言葉の意味は分からなかった。
 動揺した時に出るエステルの母国語と響きが似ている気がする。


「エステル?」


 光の蝶は人慣れしているのか、エステルの周りをふわふわと漂ったまま、どこかへ飛んでいく気配がなかった。


「世那……今日は、帰るね」


 エステルは震える声でそう言うと、走って行ってしまった。


「エステル!」


 背中にかけた声は発するのが遅く、エステルを引き留める手の代わりにはなってくれない。

 一体、どうしたんだろうか……。
 困惑と共に残された僕は、エステルがいた場所を見て、光る蝶がいなくなっていることに気付いた。



 僕の両親は、仕事の都合で別の県に住んでいる。

 それは高校に入学した後のことだったから、僕は今まで住んでいたこの家に1人で残ることになった。
 高校生が羨む一人暮らしだ。

 その実態は家事に追われて散々だけど。


 夜、掃除が行き届かない2階の自室でベッドに寝転んでいると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
 僕はスマホを見て、こんな時間に一体誰が、と眉を顰める。

 渋々、重い腰を上げて階段を降りると、インターホンの応答ボタンを押した。


「はい」


 モニターに映ったのは、発光した綺麗な蝶だ。
 放課後に見たあの蝶が、まさか家に来てインターホンを……?

 そんな馬鹿なことを考えて目を丸くすると、〈世那……〉と小さな声が聞こえた。
 それは間違いなく僕の恋人、エステルのものだ。

 僕は急いで玄関に向かい、ガチャッと扉を開けた。


「エステル……!?」

「……」


 エステルは、そこにいた。
 別れた時と同じ、ブレザーの制服姿のままで。

 ひらりと光る蝶が、エステルの周りを一周する。


「泊めて、欲しいの……」


 不安に揺れる、か細い声だった。
 僕は俯いたままのエステルに何も聞かず、ごくりと唾を飲んで、扉を大きく開く。


「……入って」

「ありがとう……」


 エステルは小さな声でそう言って、僕の前を通った。
 ふわり、と光る蝶も一緒に、玄関に入る。

 あ、と思っても、そいつは出て行ってくれそうになかった。