開けた道路の左の方に、トラックが止まっている。
 もつれる足を動かして左に曲がると、トラックの前に肢体が転がっていた。

 膝を擦り剝いている。
 でもそれ以上に、右の肘がありえない方向に曲がっていた。

 フードが脱げて、白銀の髪がアスファルトの上に広がっている。
 でもその下で、じわじわと赤い血溜まりができていて。

 空を向いた胸の上に、3匹どころじゃない、沢山の光る蝶が止まっていた。


「えす、てる……?」


 掠れた声が出た。
 僕はのろのろと足を動かして、道路の上のエステルに近づく。

 ガクンと、膝をついた。
 蝶は逃げていかない。

 覗き込んだエステルの顔には、悲し気な表情が浮かんでいた。
 空を閉じ込めたようで綺麗だった青い瞳は、開かれたまま一度の瞬きもしない。


「えすてる……エステル……!!」


 頬に触れると、温かい。
 当たり前だ、死んだわけじゃないんだから。

 それなのに、なんだ?
 僕の頬から落ちる雫は。


「そんな、嘘だ……エステル、エステル!」


 僕の横で、光の蝶が一斉に空へ飛び立った。
 でもそんなのはどうでもいい。

 僕はエステルの頭を抱き上げて、「エステル!」と泣き叫んだ。
 手がぬるっとした液体に塗れる。

 違う。こんなのは違う。
 僕は悪夢を見てるんだ。

 エステルが死ぬわけがない。
 こんな、僕の目の前で。


 こんなのが、エステルの運命なわけがないんだ。
 定まった死のわけがないんだ。

 だってそうだろう? 理不尽じゃないか。
 どうしてトラックに轢かれて死ななきゃいけないんだ。


「あぁぁあぁぁぁぁあ!!」


 体を折り曲げて、エステルの上に覆いかぶさりながら、叫び声を上げた。

 青い瞳は光を失って、宙を見つめたまま。
 半開きの口から鈴のような声が発されることはない。




「離れてください」


 肩を掴んで退かされる。
 露になったエステルの体が、担架に乗せられて、運ばれていった。

 本当は分かってる。
 エステルは死んでしまったんだ。

 唐突に。理不尽に。
 トラックなんかに轢かれて。

 エステルが察していた通りに、死んでしまったんだ。


 ……どうして。
 どうして、エステルはもっと僕に縋りついてくれなかったんだ。
 どうして死を受け入れてしまったんだ。

 怖いと言っていたのに。
 エステルが助けを求めてくれれば、僕は一日中エステルの傍にいたのに。

 ……いいや。僕が、散々否定したんじゃないか。
 エステルは僕に助けを求めて、縋りついていたのに。

 ただの迷信だって。大丈夫だって、嘘を吐いたんじゃないか。


 あぁ、そうだ。
 僕が見殺しにしてしまったんだ。
 エステルを死の運命に進ませてしまったんだ。

 助ける機会はいくらでもあったのに。
 僕が、僕が……。


 視界が黒に染まる。
 どろりとした粘液が体に降りかかったように、重くて重くて仕方ない。あぁ、それでも。

 ここから抜け出せなくたって、いい。これは僕の罪に対する、報いだ。