血の気が引いていって、体がふらりと揺れた。
 近くを通りかかった人が、「うわ」と肩を押さえてくれる。

「大丈夫かい、あんた?」

「いえ……ありがとうございます……」


 お礼を告げて、ふらふらと歩き出す。
 彼らに背を向けるように。


 まさか、彼に恋人がいたなんて……。
 ショックだわ。

 ……でも、考えてみれば当然よね。
 彼は、あんなにもかっこいいのだから。

 この可能性を少しも考えなかったわたしが、愚かなんだわ……。


 ぽた、ぽたと雫が落ちる。
 水が頬を伝っていく。


「ふ、ぅ……っ」


 口を押えて、声を押し殺した。
 目の前が真っ暗になったような気分だわ。

 ずきずきと、胸が痛い。
 失恋って、こんなにも辛いのね……。

 何も考えずに歩いた。
 目を瞑っても、まぶたの裏に浮かぶのは彼らのキスシーン。

 何度も何度も、繰り返し再生される。

 レズリー。
 そんな名前だったことも、知らなかった。



 気がついたら、浜辺にいた。
 波の音が心をいくらか落ち着かせる。
 ……けれど。


「わたしには、帰る場所も……」


 涙に濡れた瞳で、海を見た。


「フィロメーナ!」

「ぇ……ダニオ……?」


 海面に顔を出していたのは、幼馴染のダニオ。
 口が悪くて、ちょっと意地悪だけれど、わたしを心配してくれる優しい人。


「ふんっ、何を泣いてるんだ? 人間の男に会いに行くんだろ?」

「……ダニオ……」


 腕を組んで、意地悪に見上げてくるダニオに、今、とても泣きついてしまいたかった。
 海に帰れば、わたしは泡となって消えてしまう。


「やっぱり、泣き虫のお前一人じゃ、人間の町で生きていけないんだろ。しょうがないから俺も陸に上がってやるよ」


 つんと顎を上げて、ダニオは目を瞑る。
 秘薬を飲んでしまえば二度と海に帰れないのに、ダニオはわたしを心配して、人間になってくれると言うの……?

 大切な人を置いて、わたしと一緒に、人間の町で……。
 やっぱり、ダニオは優しいわ。


「1日だけ待ってろ。すぐにもうひとつの秘薬を作って、人間の男を探す手伝いをしてやる」

「……秘薬なんて、作らなくていいわ」