あるところに、心優しい人魚姫がいました。
人魚姫はいつも周りを思いやり、親身に人助けをしてばかりなので、皆が人魚姫を愛していました。
優しく、愛に包まれた世界で生きていた人魚姫はある日、船の上の人間に恋をしてしまいます。
皆は人魚姫の恋を応援し、人間になれる秘薬を作り出しました。
人魚姫は皆の応援と秘薬を胸に、海の上へ上がっていきます……。
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ざぷん、と波が陸に打ち寄せる。
海の端は、こんなふうになっているのね。
「けほっ、けほっ……わたし、本当に人間に……?」
砂のついた手で口を押さえて、尻尾を見る。
ピンクのうろこに覆われていたわたしの下半身は、2本の見慣れない足に変化していた。
みんながくれた秘薬のおかげで、本当に人間になれたんだわ。
じんわりと、胸の内に広がる喜びを噛み締めて、そっと両手で胸を押さえる。
そして、海を見た。
「みんな……」
人間になれる秘薬には、代償があった。
二度と海には戻れないという、とても大きな代償が。
人間になった後に海の中へと戻れば、わたしは泡となって消えてしまう。
とても大好きな家族で、仲間で、友達だった。
みんなと二度と会えないのは、胸が裂けてしまいそうなほど苦しいけれど……。
それでもと、応援してくれたんだもの。
わたしも覚悟を決めて、彼に会いに行くのよ。
ぐっと、胸の前で両手を握って、2本の足で立ち上がる。
何故かしら、足の使い方がなんとなく分かるの。
「きゃぁっ!」
ふらふらとバランスを崩して、危うく倒れそうになった。
使い方が分かっても、上手く使いこなせるかは、また別の問題みたいね……。
私は苦笑いして、砂浜で歩く練習をしてから、建物が並ぶ人間の町へと向かった。
どこへ行っても満ちていた海水の代わりに、柔らかな風が頬を撫でる。
地面の上を歩くって、不思議な感覚ね。 いつもなら、右へ左へ、上へ下へ、自由に泳いでいけるのに。
それに、周りを歩く人間達は体を覆う服を着ていて、泳ぐのが大変そうだわ。
あら、人間は泳がないのだったかしら。
建物は四角くて、長方形の板を押し引きして中に出入りするみたい。
海の中では、建物は丸みを帯びているし、あんな板で蓋をしてはいないわ。
人間って手間のかかる暮らしをしているのね。
ふふ、目に映るもの全てが新鮮で、わくわくしてくる。
歌い出したい気分だわ。
「♪ららら~ら~ら~ と~っても~楽しいの~」
目を瞑って今の気持ちを口遊む。
胸に両手を当てて、優しく陽気なリズムで。
「♪あれは~何? これは~何? 全てが~きらきらして~見えるわ~」
あちらを見て、こちらを見て、くるりと回る。
「♪人間ってす~て~き~」
辺りの人間達を見ると、足を止めてわたしを見ていた。
あら、何かしら。