「栞さんの病気に現在治療法はなく、移植をすれば助かる可能性もありますがそれでも確率は低いです。栞さんの状態だと余命は残り5年程度だと考えられます。」
近頃めまいを頻繁におこし、少し運動をしただけで息切れをするようになっていた。それも日に日に辛さを増し、家族に相談したところ母と父が青ざめ、すぐ病院に連れて行かれた。よくわからない検査をたくさんした。
一ヶ月後、結果が出たと言われて病院へ駆けつけたら、そう告げられた。
父を母は意識がもうろうとなっており、顔は青ざめて幽霊のようになっていた。
当の私は状況が理解できなかった。え、余命5年って後5年しか生きれないってことだよね。私まだ17歳だよ。まだまだやりたいこといっぱいあるのにどうして。ドッキリかなと笑いたくなるほどだった。なのに口から笑いは出て来ず、目から涙が溢れてくるばかりだった。
その報告を聞いてすぐは何も考えられなかった。学校も行けず、ずっと部屋にこもっていた。母は私を心配して毎日優しく声をかけに来てくれたが、それも頭に入らず、ひたすら泣いていた気がする。今思い返すと、その時の自分の様子はほとんど記憶にない。
でもある日、全てがどうでもよくなった。別に泣いても何も変わらないじゃん。5年後に死ぬっていう運命は絶対に避けられない。可哀想な私を誰か認めてほしい。そんな気持ちもどこかへ消えた。この気持ちは私以外には決してわからない。そう気づいたからだろう。死にたくないなんていう気持ちは心の底へ隠して、2度と出さないと誓った。そう思うようになると、わざわざ学校を休んで、家族ともまともに会話をしなかった自分があほらしくなった。その次の日からは今まで通り学校に通い始めた。家族ともこれまで通り他愛のない話をするようになった。でも心から楽しめる日はこなかった。純粋に楽しめないことがこんなにも辛いことなんだと今更のように気づいた。無理に笑った。今は楽しい瞬間なんだと自分に言い聞かせた。でも、苦しいなんていう気持ちは湧かなかった。私が笑うようになってから両親は悲しそうな顔を見せなくなったからだ。娘が元気を取り戻したと思ってほっとしているのだろう。余命を告げられた時のあの絶望に満ちた顔をもう2度とさせない。そのためならなんでもすると私は心に誓った。
そして、去年の秋から始めていたバイトのカフェにも再び通うようになった。このカフェは飲食系のバイトをしたいと言った私に母がおすすめしてくれた店だ。出てくる料理が美味しいのは勿論、店や働いている人たちの雰囲気も好きで、私のお気に入りの場所だった。この場所にくると、心が少し楽になった。
「栞ちゃん久しぶりだね。栞ちゃんが連絡もなく休むなんて珍しいと思っていたけれど何かあったの?私でよければいつでも話聞くからね。」
一ヶ月ぶりに来た私に普段と変わらぬ態度で声をかけてくれたのは、ひなさんこと、水瀬妃菜さん。とても可愛くて、男女問わずお客さんの人気No. 1。それに加えて、こちらが気を使ってしまうほど周りをよく見ているものだから妃菜さんを嫌う人なんてこの世にいないのではないかと思ってしまう。私の憧れの先輩だ。
「妃菜さんお久しぶりです!実はこの前まで高校のテスト期間だったんですけど、最近勉強してなかったからやばくて。集中して勉強するためにスマホの電源も切ってたんです。連絡できていなくてすみません!」
できるだけいつも通りの口調で、バレるかバレないかギリギリのラインで言い訳をした。
「そうだったの。テストお疲れ様!そんな忙しい時に連絡しちゃってごめんね。」
勘のするどく、疑ぐり深い姫菜さんは私に何かあったことに気づいていたかもしれない。それでも、これ以上深掘りをされなかったことにほっとした。
「学校帰りで制服なんで着替えてきますね。更衣室借りまーす」
そう言って、更衣室の方へ体を向けようとした瞬間、誰かとぶつかった。
やば。先輩かな。そう思い、謝りながら顔を上げると店員らしき男性が立っていた。
知らない人だ。この店は働いている人の数が少ないからみんな顔見知りのはずなのに。
私の頭がクエスチョンマークで溢れかえっていることに気づいた姫菜さんが笑って説明してくれた。
「栞ちゃんにはまだ言ってなかったね。実は栞ちゃんがバイトを休んでいる間に新しく働き手が増えたの。それがこの人よ。」
通りで私が知らないわけだ。頭に溢れかえっていたクエスチョンマークが風船が割れて行くような感覚で消えていった。
「お互いはじめましてだし、挨拶でもしたらいいんじゃない?」
姫菜さんに挨拶をうながされ、私からするべきなのか迷ったので相手を見ようと顔を上げると、
「岩崎伊織と申します。これからよろしくお願い致します。」
とても丁寧な挨拶が耳に届いた。あの時は驚いていたから何も考えていなかったけど、改めて見るととても大人びていて、紳士という言葉がぴったりな人だと思った。20代なのかな。そんなことを考えながらぼーっとしていたが、姫菜さんと岩崎さんからの視線を感じ、慌てて挨拶をした。
「あ、えっと、綾瀬栞です!こちらこそよろしくおねぎゃいしますっ」
最悪だ‥最高に噛んだ。横で姫菜さんが笑いを堪えているのがわかる。いや、堪えきれてないんですけど。そう思って姫菜さんを睨むともっと笑われた。そして、失礼なことにその姫菜さんよりも笑っていたのが、岩崎さんだ。そんなに面白かったっけと私も思うほど盛大に吹き出していた。しかし、いや誰だって噛むことぐらいあるから。そうぶつぶつ言っていた私も、2人につられて私も笑ってしまう。やはり周囲の影響は大きい。
「笑ってしまってすみません。栞さんが漫画のような噛み方をするものだから面白くて」
「でしょ?栞ちゃんはいつもこんな感じよ。天然でとっても面白いの。」
「そうなんですね。納得です。この店ではたくさん笑えそうです。」
姫菜さんやっぱりコミュ力高いんだな〜もう仲良くなってる。
ってそうじゃなくて、妃菜さんからかいすぎですからね?
そう思って姫菜さんの方を睨んでいると急に
「栞ちゃんはこの店の天然No.1だよね?」
と聞かれたものだから私はとっさに
「はい!」
と答えてしまった。しまった‥そう思ったがもう遅い。
絶対笑ってるでしょ。そう思って2人の方を見ると、思っていた通り2人は笑っていた。
「やっぱり栞さんは天然なんですね。」
そう言いながら盛大に吹き出す岩崎さんと
「そうよ。もうそこが可愛くてたまらないんだから。」
そう言ってお腹を抱えながら笑う姫菜さん。
姫菜さんはいじわるだ。
岩崎さんの中の私のイメージはきれいにバカで収まっているだろう。
もう初対面の人にこんなイメージを持たれるなんて‥しかもここカフェだし。
絶対頼りにされないじゃん。
自分の持たせたかったイメージと反対のイメージを岩崎さんに持たれてしまった。
バイト終了っと。今日は岩崎さんの手際の良さのおかげでいつもよりスムーズに料理を提供することができた。
あの人何者なんだろ。そんなことを考えながら家へと向かった。
次の日、アラームの音で目覚めた。
もう一回寝ようかな。そう思ったところで
「栞ー、ご飯できてるよ〜」
朝ごはんを知らせるお母さんの声が聞こえたので、返事をして、ベッドから出た。
階段を降りると、テーブルに食パンとウインナー、野菜スープが置かれていた。いつもの私の朝ごはんだ。
「そういえば、栞、もうすぐ体育祭じゃないの?無理したらダメよ。出なくてもいいからね。」
なんで急に。お母さんは優しく言ってくれているけど、出るなという本心がビシビシ伝わってきて、思わず苦笑いをしてしまう。
でも安心させないといけない。今までたくさん迷惑をかけたのだから今は両親の思いが第一だ。私の意見なんてどうでもいい。
「うん。わかってる。見学できるか先生に聞いてみるね。いつも心配してくれてありがと。」
精一杯の笑みを浮かべた。思惑通り、母は笑顔。おまけに、
「一時は本当にどうなるかと思ったけど、栞が笑顔でいてくれてお母さん嬉しいわ。」
なんて言う。私は偽の笑顔を向けて微笑むだけ。こんな自分が惨めだと思った。
近頃めまいを頻繁におこし、少し運動をしただけで息切れをするようになっていた。それも日に日に辛さを増し、家族に相談したところ母と父が青ざめ、すぐ病院に連れて行かれた。よくわからない検査をたくさんした。
一ヶ月後、結果が出たと言われて病院へ駆けつけたら、そう告げられた。
父を母は意識がもうろうとなっており、顔は青ざめて幽霊のようになっていた。
当の私は状況が理解できなかった。え、余命5年って後5年しか生きれないってことだよね。私まだ17歳だよ。まだまだやりたいこといっぱいあるのにどうして。ドッキリかなと笑いたくなるほどだった。なのに口から笑いは出て来ず、目から涙が溢れてくるばかりだった。
その報告を聞いてすぐは何も考えられなかった。学校も行けず、ずっと部屋にこもっていた。母は私を心配して毎日優しく声をかけに来てくれたが、それも頭に入らず、ひたすら泣いていた気がする。今思い返すと、その時の自分の様子はほとんど記憶にない。
でもある日、全てがどうでもよくなった。別に泣いても何も変わらないじゃん。5年後に死ぬっていう運命は絶対に避けられない。可哀想な私を誰か認めてほしい。そんな気持ちもどこかへ消えた。この気持ちは私以外には決してわからない。そう気づいたからだろう。死にたくないなんていう気持ちは心の底へ隠して、2度と出さないと誓った。そう思うようになると、わざわざ学校を休んで、家族ともまともに会話をしなかった自分があほらしくなった。その次の日からは今まで通り学校に通い始めた。家族ともこれまで通り他愛のない話をするようになった。でも心から楽しめる日はこなかった。純粋に楽しめないことがこんなにも辛いことなんだと今更のように気づいた。無理に笑った。今は楽しい瞬間なんだと自分に言い聞かせた。でも、苦しいなんていう気持ちは湧かなかった。私が笑うようになってから両親は悲しそうな顔を見せなくなったからだ。娘が元気を取り戻したと思ってほっとしているのだろう。余命を告げられた時のあの絶望に満ちた顔をもう2度とさせない。そのためならなんでもすると私は心に誓った。
そして、去年の秋から始めていたバイトのカフェにも再び通うようになった。このカフェは飲食系のバイトをしたいと言った私に母がおすすめしてくれた店だ。出てくる料理が美味しいのは勿論、店や働いている人たちの雰囲気も好きで、私のお気に入りの場所だった。この場所にくると、心が少し楽になった。
「栞ちゃん久しぶりだね。栞ちゃんが連絡もなく休むなんて珍しいと思っていたけれど何かあったの?私でよければいつでも話聞くからね。」
一ヶ月ぶりに来た私に普段と変わらぬ態度で声をかけてくれたのは、ひなさんこと、水瀬妃菜さん。とても可愛くて、男女問わずお客さんの人気No. 1。それに加えて、こちらが気を使ってしまうほど周りをよく見ているものだから妃菜さんを嫌う人なんてこの世にいないのではないかと思ってしまう。私の憧れの先輩だ。
「妃菜さんお久しぶりです!実はこの前まで高校のテスト期間だったんですけど、最近勉強してなかったからやばくて。集中して勉強するためにスマホの電源も切ってたんです。連絡できていなくてすみません!」
できるだけいつも通りの口調で、バレるかバレないかギリギリのラインで言い訳をした。
「そうだったの。テストお疲れ様!そんな忙しい時に連絡しちゃってごめんね。」
勘のするどく、疑ぐり深い姫菜さんは私に何かあったことに気づいていたかもしれない。それでも、これ以上深掘りをされなかったことにほっとした。
「学校帰りで制服なんで着替えてきますね。更衣室借りまーす」
そう言って、更衣室の方へ体を向けようとした瞬間、誰かとぶつかった。
やば。先輩かな。そう思い、謝りながら顔を上げると店員らしき男性が立っていた。
知らない人だ。この店は働いている人の数が少ないからみんな顔見知りのはずなのに。
私の頭がクエスチョンマークで溢れかえっていることに気づいた姫菜さんが笑って説明してくれた。
「栞ちゃんにはまだ言ってなかったね。実は栞ちゃんがバイトを休んでいる間に新しく働き手が増えたの。それがこの人よ。」
通りで私が知らないわけだ。頭に溢れかえっていたクエスチョンマークが風船が割れて行くような感覚で消えていった。
「お互いはじめましてだし、挨拶でもしたらいいんじゃない?」
姫菜さんに挨拶をうながされ、私からするべきなのか迷ったので相手を見ようと顔を上げると、
「岩崎伊織と申します。これからよろしくお願い致します。」
とても丁寧な挨拶が耳に届いた。あの時は驚いていたから何も考えていなかったけど、改めて見るととても大人びていて、紳士という言葉がぴったりな人だと思った。20代なのかな。そんなことを考えながらぼーっとしていたが、姫菜さんと岩崎さんからの視線を感じ、慌てて挨拶をした。
「あ、えっと、綾瀬栞です!こちらこそよろしくおねぎゃいしますっ」
最悪だ‥最高に噛んだ。横で姫菜さんが笑いを堪えているのがわかる。いや、堪えきれてないんですけど。そう思って姫菜さんを睨むともっと笑われた。そして、失礼なことにその姫菜さんよりも笑っていたのが、岩崎さんだ。そんなに面白かったっけと私も思うほど盛大に吹き出していた。しかし、いや誰だって噛むことぐらいあるから。そうぶつぶつ言っていた私も、2人につられて私も笑ってしまう。やはり周囲の影響は大きい。
「笑ってしまってすみません。栞さんが漫画のような噛み方をするものだから面白くて」
「でしょ?栞ちゃんはいつもこんな感じよ。天然でとっても面白いの。」
「そうなんですね。納得です。この店ではたくさん笑えそうです。」
姫菜さんやっぱりコミュ力高いんだな〜もう仲良くなってる。
ってそうじゃなくて、妃菜さんからかいすぎですからね?
そう思って姫菜さんの方を睨んでいると急に
「栞ちゃんはこの店の天然No.1だよね?」
と聞かれたものだから私はとっさに
「はい!」
と答えてしまった。しまった‥そう思ったがもう遅い。
絶対笑ってるでしょ。そう思って2人の方を見ると、思っていた通り2人は笑っていた。
「やっぱり栞さんは天然なんですね。」
そう言いながら盛大に吹き出す岩崎さんと
「そうよ。もうそこが可愛くてたまらないんだから。」
そう言ってお腹を抱えながら笑う姫菜さん。
姫菜さんはいじわるだ。
岩崎さんの中の私のイメージはきれいにバカで収まっているだろう。
もう初対面の人にこんなイメージを持たれるなんて‥しかもここカフェだし。
絶対頼りにされないじゃん。
自分の持たせたかったイメージと反対のイメージを岩崎さんに持たれてしまった。
バイト終了っと。今日は岩崎さんの手際の良さのおかげでいつもよりスムーズに料理を提供することができた。
あの人何者なんだろ。そんなことを考えながら家へと向かった。
次の日、アラームの音で目覚めた。
もう一回寝ようかな。そう思ったところで
「栞ー、ご飯できてるよ〜」
朝ごはんを知らせるお母さんの声が聞こえたので、返事をして、ベッドから出た。
階段を降りると、テーブルに食パンとウインナー、野菜スープが置かれていた。いつもの私の朝ごはんだ。
「そういえば、栞、もうすぐ体育祭じゃないの?無理したらダメよ。出なくてもいいからね。」
なんで急に。お母さんは優しく言ってくれているけど、出るなという本心がビシビシ伝わってきて、思わず苦笑いをしてしまう。
でも安心させないといけない。今までたくさん迷惑をかけたのだから今は両親の思いが第一だ。私の意見なんてどうでもいい。
「うん。わかってる。見学できるか先生に聞いてみるね。いつも心配してくれてありがと。」
精一杯の笑みを浮かべた。思惑通り、母は笑顔。おまけに、
「一時は本当にどうなるかと思ったけど、栞が笑顔でいてくれてお母さん嬉しいわ。」
なんて言う。私は偽の笑顔を向けて微笑むだけ。こんな自分が惨めだと思った。