その後は特に何か起こる訳でもなく淡々と一日が終わった。強いて言うなら彼女はどうなったのだろうか、と思っていたが、それ以上の詮索はしなかった。
そして次の日の朝、
俺は昨日と違いいつもの時間に家を出て登校していると、
タタタタタ
走る音が聞こえた。俺はなんとなくその音が聞こえる方向を向くと、
「あっ、昨日の……えーーと、鏡、さんだっけ?」
昨日道案内をした彼女に出会った。いや、出会ったというよりかは待ち伏せされていたのだと思った。
彼女は俺に近づくなり、紙を見せた。
『昨日は道案内ありがとうございます。それで、もしよかったら一緒に学校まで行きませんか?』
これはいつ用意したものなのだろう、という疑問が俺の頭の中を過る。まあ、でも悪い気はしなかった。俺は「良いよ。」と言い、鏡さんと一緒に学校に向かった。
『ありがとうございます。』
そう、彼女が紙に書いて俺に見せる。その時の彼女は照れくさかったのか自分の顔の半分以上を紙で隠していた。しかし、目元から見える彼女はニッコリと笑っており、それがとても愛くるしく感じてしまった。
「…………可愛い」
そう俺は心の声が出てしまった。
「……ッ!」
彼女はとてもびっくりしているらしく、顔が赤くなっている。
「あっ、ごめんごめん、つい……」
その時の彼女の顔は怒っているのか、照れているのか分からない、そんな顔をしていた。
(………可愛い。)
今度はちゃんと心の中でそう言った。
「さっ、行こっか。」
俺は無理矢理話を変えるためそう言った。
すると彼女は
『そういえば自己紹介がまだでしたね、私は鏡心と言います。あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?』
「あー…えっと、藤浦大希です。」
そう軽く自己紹介をして、少し沈黙しながら歩いているとあっという間に学校に着いた。
ここで彼女とはお別れか、そう思うとなんだか悲しくなるな。そういえばなんで昨日はこの学校に用があったのだろう、ふと俺はそう思った。
ただ、あまり考えず、俺は校舎に入った。
………………
「いや鏡さんもこっち来るんだね。」
俺はそう言った。まさか学校関係者か?う~ん、どうなんだろう。そう考えていると、
『私は今日からこの学校の生徒になります。クラスは一年三組です。』
うわっ、一の三って俺のクラスじゃん。まさか転入生だったとは。てかやっぱ同い年だったんだな。
「これから何か予定ある?あれだったら校舎案内しようか?」
はっきり言ってこの学校は広い、校舎も旧校舎、新校舎、そして体育館と大きな建物が三つもあるし、最初は絶対迷うだろう。だからもし時間が空いてるなら案内でもしてやろうと思っていたのだ。
すると彼女は
『すみません、これから職員室に行かなくてはならないので。』
あらら、そうだったのか、いや、そうか。転入したばっかりなんだし手続きとかあるだろうな。う~ん…でもな~、と俺が考え込む仕草をしていると、
『あ、でも職員室の行き方覚えてなくて…なので案内してくれませんかね?』
待ってました、と言わんばかりに俺は振り向き
「おう!」
と返事をした。
俺が鏡さんを職員室に案内していたその時、
「お~、藤浦じゃないか~。また人助けか~、偉いな~。」
「あっ、おはようございます、時任先生。」
彼女は俺のクラスの担任、時任満先生だ。時任先生は超が付くほどのマイペースでそのマイペースが吉になったり凶になったりしている。でもそんな先生が俺は個人的に好きだった。
『こんにちは。』
鏡さんが挨拶をする。
「お~、君が失声症の……ええと、誰だっけ?」
『鏡心と言います。』
「かがみ、こころさんか~、じゃあ心ちゃんだね~。」
『これからよろしくお願いします、時任先生。』
「おう~~。」
先生は手を振りながら職員室とは真逆の方向に足を進めていった。
あれ?あの人何しに来たんだ?
それに……ん?失声症??あれ?もしかして鏡さんって…
「ごめん、気にしないとは言ってたけどさ、もしかして声が出せないの?」
俺がそう言うと彼女は少しびっくりし、その後こくり、と頷いた。
「あっ、そうなんだ。てっきり人と話すのが苦手なんだと…」
そう言うと彼女はクスッと笑った。向こうは俺が知っているのだと思っていたらしい。俺は「ははは…。」と微笑する。
そして俺たちは職員室に到着した。
ガラガラガラ
俺は職員室のドアを開けた。
そして隙間から鏡さんがひょこっと顔を出す。
「すみません、藤浦です。鏡さんを連れてきました。」
俺がそう言うと何名かの先生がこっちに来て、
「ありがとう、藤浦君。」
と言い鏡さんを職員室の中に入れ、ドアを閉じた。
(いや俺だけ除け者かよ!)
と思いつつ俺はとぼとぼ教室に戻った。