「ええ!それで、写真部の先輩の被写体を引き受けることにしたの!?」

翌朝、学校に登校した後汐里に話すと、想定していたような反応が返ってきた。

「うん。やってほしいって頼まれたから」

「でも、今まで何かに誘われてきても、理由つけて断ってたじゃん。めずらしー」

「そうかな」

「そうだよ!…… でもそっか、菫にもやってみたいことができたんだ」

「何それ」

「何それじゃないよ。いっつもどこかつまらなそうだし、わたしの話も全然聞いてくれないし。そんな菫に、やってみたいことができるなんて、すごいことだよ!」

やってみたいこと。そんなふうに考えたことなかった。

でも、思い返してみれば、汐里に言われたように頼み事をされても、断ってきた。そんなわたしが、被写体を引き受けるなんて、意外なことかもしれない。

「確かにそうかも」

「でしょ!それでね、話変わるんだけど、昨日sns でシュン様が……、ってまた話聞いてない!ちょっとは聞いてよ!」

話を聞いていないことが、すぐにバレてしまった。どうしても興味が持てないのだ。しょうがないと思ってほしい。

いつものやりとりを続けながら、そんなことを思った。

放課後、教室まで長尾先輩が迎えに消えくれた。
すみすみれんいるー?と大声で呼ばれた時は、恥ずかしかったけれど。

一緒にいた汐里は、目を見開いて驚いていた。

私たちは今写真部の部室に向かっている。写真部に所属して
いるもう一人の先輩との顔合わせと、写真を撮るための機材を取りに行くためだ。

「失礼しまーす。紗良もういるー?」

「います。遅いよ、すぐ来るって言ってたのに」

「ごめん、ごめん。すみれんのクラスどこかわからなくなっちゃって」

「相変わらず抜けてるね」

答えたのは、黒川紗良先輩。二年生で、長尾先輩とは幼馴染らしい。

目元がはっきりとしているのが印象的だ。

わたしのことを目に止める。

「初めまして、二年の黒川です。これからよろしく」

「一年の佐々木菫です。よろしくお願いします」

「こちらこそ。奈々が被写体に選んだって子だよね」

軽めに挨拶をした黒川先輩は、長尾先輩の方に向き直った。

「奈々、やっと被写体の子が見つかってよかったじゃん」

「そうだよー、やっと。すみれんにビビッときちゃってさあ」

長尾先輩は、少し興奮気味に話す。そしてやっぱり、黒川先輩に対しても距離が近い。

「もう、奈々近い。あと気になってたんだけど、すみれんってもしかして佐々木さんのこと?」

「もしかしなくてもそうだよ!」

すると黒川先輩はその返答を聞いて、口元に手を当ててく
すくすと笑い出した。

「ふっ、まじ?ネーミングセンス相変わらず凄すぎ」

「何それ、紗良笑いすぎだよ!」

「いや笑うでしょ。ていうか、佐々木さんはそのあだ名で
呼ばれるのに抵抗はないわけ?」

「はい、特にはないです」

ちょっと、ダサいなとは思ったけど。

すると、黒川先輩は本当に!?と言って、ひとしきり笑った後、

「わたしならごめんだわ。さららっていう意味わかんないあだ名つけられた時もあったけど、ダサいからって速攻やめさせたし」

やっぱりダサかったんだ。自分の感覚がおかしくはなかったんだと少しホッとする。

「もう、紗良はまたそんなこと言って。かわいいでしょ、すみれん」

「はいはい、本人がそれでいいならいいけど。じゃあわたしも、佐々木さんのこと、すみれんって呼ぼうかな」

そうしてわたしは、先輩方からすみれんというあだ名で呼ばれることが決定したのだった。

それから、わたしは先輩たちと写真を撮るために、本当に
いろんなところに行った。

図書館に人気のない公園、老舗の喫茶店に見晴らしのいい展望台なんかも。

でも、どの場所で撮っても長尾先輩が納得できる写真はできなかった。

「もう、いつになったらうちの写真は完成するんだよー」

「そうだよ、すみれんにもいい迷惑。あっちこっち連れ回して、全然いいのができませんって」

「うわああ、ごめんんん」

そう言って、半泣きになりながら長尾先輩が抱きついてくる。

どうしていいかわからなくなって、そっと頭を撫でた。

「焦らなくて、いいと思います。納得できるものってそう簡単にできるものじゃありませんし、別に迷惑じゃありません」

事実、わたしは普段一人でいる時は、自発的に外に出るなんてことはまずない。例外は汐里に韓国アイドルを見に行こうと誘われる時ぐらいだ。

いろいろな場所に行けて案外楽しかった。

「うわああん、すみれんが優しい!」

長尾先輩の抱きつく力が強くなった。好きな韓国いアイドルのライブのチケット抽選に外れた汐里を思い起こさせる。

黒川先輩の、泣いてないで写真撮りなさいよと、呆れた声が聞こえた。

「でも、本当にどうしよう。締切まで時間ないのに」

長尾先輩がつぶやく。

コンクールの締切まであと一週間。夏休みの終わりだから
本当にもう時間がないのは、事実だ。

先輩が納得できる写真はどうしたら出来上がるだろうか。

悶々と考えていると、一つの場所が思い浮かんだ。

「屋上はどうでしょうか」

別に特別な場所でも、印象に残ろう場所というわけでもないところだ。

でも、わたしにとっては、長尾先輩と初めて会った、自分がやってみたいと思うことに出会わせてくれた場所だ。

どうして今まで思いつかなかったのだろう。きっとぴったりな場所のはずだ。

「屋上?確かに見晴らしが良くて、いいところだとは思うけど、ちょっと味気ないというか。そもそも生徒の使用は禁止されてるしね」

黒川先輩が言う。

すると、わたしにしがみつくのをやめて、机に突っ伏していた長尾先輩が、ガバッと上半身を起こした。
「そこだ、すみれん!わあ今までどうして思いつかなかったんだろう。きっといい写真が撮れるよ。大丈夫、許可さえとれば屋上に行けるし。…… よし、こうしちゃいられない。今から顧問の先生に許可もらってくる。二人は待ってて!」

水を得た魚のように生き生きし出した先輩は一目散に部室を飛び出していった。

「すごい勢いですね…… 」

「まあ奈々だから、しょうがないね。じゃあ、わたしたちも準備しようか」

「えっ、準備ってなんですか?」

「写真を撮るために決まってるでしょ。普段入るのを禁止されてる場所の使用は許可が出るまでに時間がかかるんだけどね。あの奈々の様子じゃあ顧問の先生と、主任の先生を勢いで負かして、三十分もしないうちに、許可を持って戻ってくると思う」

そう言って黒川先輩は撮影のための準備を始めた。促されてわたしは半信半疑で準備を進める。

そうして三十分後、本当に撮影許可を持って部室に帰ってきたことに驚いたことは言うまでもない。