いきなり現れた落花生。いや、落花生の殻に包まれていた鬼。
鬼は私の傍らにそっと跪く。
その際落花生の殻は畳にぶつからないように収縮していた。殻の収縮すら自在に可能なのね。
そして私の身体をそっと抱き上げと声を張り上げた。

「さて、我が花嫁よ!共に、落花生の殻に、包まれようぞ」
そ……それは……プロポーズのような言葉なのかしら。

「あと、壱花(いちか)の息子は……ここへ持て」
……息子……っ!
取り戻してくれようとしているの……?

「……はっ」
先ほどまで私に襲い掛かっていた鬼がビクビクしながらも、黒髪黒目の、私にそっくりな鬼の子を乱暴に連れてくる……!

酷すぎる……っ!
そして泣きながらも私の姿をトラエ、とたとたとこちらにやってきて、鬼の手を離れた時だった。

「乱れ豆鉄砲!」
「ぐごぼごがごおぉぉぉぉっ!!?」
その鬼も何故か乱れ豆鉄砲にやられてしまった。
いや、人間に食べられなかった怨みの豆では、それ。

「我が花嫁を悲しませるならば、お仕置きするまで。豆たちもそれを望んでいる。これで豆たちも浮かばれて成仏できよう」
豆たちが成仏できたのはいいとして……でもそんなことを言ったら、この場にいる……あの茶角の鬼と弥那花(ミナカ)の息子以外全員よ?

「ならば全員にくれてやろう」
鬼たちの顔がサアァッと青くなる。

そして……。

「おやめください!」
頭領の聞いたことのない焦った声が聞こえたと思えば。

「貴様に発言を許した覚えはないぞ!それ、おいたへの罰の時間だ、鬼の子らよ。食らうがよい!塩枝豆吹雪!」
当たった時や目に入った時に地味に痛いやつじゃない、それ!!

本当にこの鬼は何者なのだろう。

壱花(いちか)の運命の夫だ」
そんなキラキラした目で言われても。あと、息子の傍らで全裸は……いいのだろうか……?
息子もちらちらと鬼を見ている。

「さぁ、晴れて壱花(いちか)は離縁したのだろう?そして俺の花嫁になったのだ!我らが社に移動しようか!」
社……?

「あ、あと、その」
「うん?」

「あのひとも……その、鬼の一族から追放されてしまったから、きっと行く宛てがないのよ」
あと、あの妹のせいで彼も被害を受けた。たとえ種族が違えども、同じ被害者を、放ってはおけない。
「ふむ……壱花(いちか)が望むのならよかろう。さて鬼の子よ、名は何と申す」
「よ……夜霧と」
夜霧さんは恐る恐る、彼に名乗る。

「では、夜霧も共に来るがよい」
彼がそう告げれば、私たちの身体の下から光が溢れ……そして気が付けば、見慣れぬ場所にいた。

※※※

どこか神聖な気すら感じる。日本家屋であることに代わりない。しかし武家屋敷のようなイメージよりも、どこか神社や大社のような梁の造りや襖である。

「ここは……?」
武家屋敷に近かった鬼の頭領の屋敷とはまるで違う。

「我が社ぞ……っ!」
「あなたの……?」
社、と言う言い方が気になるのだが。そう言えば……この方の名前はなんと言うのだろう?

「俺は八雲(やくも)と言う。鬼城(きじょう)八雲。八雲と呼ぶがいい」
「やくも……?」
名前で……呼んでもいいのか。
その微笑みも、優しさも、あの鬼とはまるで違う。

「うむ、そうだ。やはり花嫁に名を呼ばれるのはよいな」
「……そう言えば、私の考えてること、分かるんだ」
「もちろんだ。俺は……花嫁のことは何でも知っていたいからな。俺はいつでも壱花(いちか)の声を聞く。その……心の奥底まで……!!!」
並々ならぬ狂気を垣間見た気がするのは気のせいだろうか……。でも……苦しくて痛くて、しゃべるのも辛いときは……便利。

「ふぅん?だいぶ身体が弱っているようだな」
「……うん……」
頭領に毎晩のように痛め付けられて。蹴り飛ばされて。……よく、ここまでもったものだ。

「しばし……休むがよい。ここは我が社。何者も侵すことのできぬ、神域なのだから」
鬼の手はどこまでも優しく私の髪をなぞる。その声は、遠き日の懐かしさをもたらす。

ここでなら……ゆっくりと……休める。

※※※

それはいつもの道具の作業。

あの恐ろしい鬼の相手をする夜以外は、日々言われるがままこなしていた。

鬼たちは恐ろしい。
逆らえば容赦なく鬼たちに叩かれ、殴られ、罰を与えられた。

どうか、どうか、神さま。

鬼が本当にいるのならば、神さまも本当にいるだろうか。

私も……幸せになりたい。

そう願ったのは……ただ一時だけ。

鬼たちの目を逃れられたその時だけ。

鬼たちはどこか恐れていた。

その祠を。

――――祠……?

※※※

ハッと、瞼を開いた。

神さま……。

「そのように呼ぶな。神と呼べば不特定多数になるではないか。何せ八百万もおるのだぞ」
「やくも……」
柔らかい布団の上。不思議と身体の痛みがとれている。そして傍らには八雲と息子の姿。
先程までは全裸であったが、今は角と同じ色の衣を纏っている。

「それでよい」
そう八雲が微笑むと、次に息子を見る。

玻璃(はり)と言うのだ」
「それ……息子の名前」
名前すら、つけさせてもらえなかった。私は道具だったから。鬼にとって人間の花嫁は、単なる道具。

「ふむ……鬼の子らは花嫁をそのように……?ずいぶんと突飛な考え方だな?」
「……その、あなたは違うの……?八雲も……鬼、でしょ……?」

「俺は神だ」
「……本当に……?」
落花生を背中から生やした神さまとか、聞いたこともないのだけど。

「何せ八百万もいるのだ。そう言うこともあろう。だが、壱花(いちか)には俺のことを知っていて欲しい」
「八雲のことを」

「うむ。何を隠そうこの俺は、鬼神に投げつけられた落花生の精との間に生まれた、落花生鬼神である!」
いやいや、ちょっと待って……っ!?

「何で落花生が鬼……鬼神に投げつけられるの……?」
「あれは鬼にとっても豆にとっても恐怖の日……鬼やらい……またの名を、節分」
「……はぁ」
確かに、豆は投げるけど。

「人間たちは豆を投げることで鬼を祓う……しかし、投げつけられた豆の気持ちを……考えたことがあるだろうか」
……い、いや……?
それからうちは古くから鬼と親交のある特殊な家だったから、豆蒔きはしなかった。

「食べてもらえると思ったのに……一方的に鬼にぶつけられ、共に出ていけと言われるのだぞ」
「それは……その」
豆の気持ちは、考えてないわよね。

「だろう!?我が母上はそうして、怨念を持つ落花生の精となり、鬼神の父上と出会ったのだ!」
「何で落花生なの……?」

「投げた後、中身を食べられるからだ!」
蒔く地域もあるってことかしら。

「でも食べてもらえなかったの……?」
「……鬼神に当たったからな。恐ろしげに逃げてしまった。母上はそれがショックで、悪しき精となったが、父上と結ばれることで正常に戻り、俺が生まれたのだ」

「そ……そう」
突拍子もないが、現に八雲からは落花生の殻が生えてるのだから。

「まど、人間のこと、怨んでいたり……」
「いいや。投げた後食べてくれる人間もいるし……。母上も今では落花生の精として父上とラブラブだ」
「それなら良かったけど」
八雲にとって花嫁は……。

「道具何ぞと言う考えは浮かばぬ。俺の唯一の花嫁」
「……」
鬼神だから、鬼とは違う?

「落花生鬼神だ」
何か、さらにすごい鬼神名になってるけど。

「これからは壱花(いちか)は落花生鬼神である俺の花嫁だ」
八雲なら……優しそう。それに……玻璃(はり)も。

「無論だ」
玻璃(はり)も、一緒?」
「そうさな。家族になろう」

その言葉に今まで私が与えられなかったものを全て埋めていくような衝撃を受ける。

確かに両親や、妹も、兄もいた。だけどあのひとたちにとって私は……いらない子だった。

私は今、初めて……必要とされた気がした。
玻璃(はり)が不思議そうにキョロキョロと私と八雲を見る。

「俺がぱぱで、壱花(いちか)がままだ。呼んでみるがよい」
「……まま?」
初めて、そう、呼ばれる。失ったものが満たされる感覚。

「うん、ままだよ」
優しく抱き締めたその温もりを、私は生涯忘れることはないだろう。

「……ぱぱ?」
そして続いて八雲を見やる。

「うむ、よくできた」
八雲が玻璃(はり)の頭を優しく撫でる。

「あのこあいおに、もうこない?」
それは……頭領・白玻(しろは)のことだろうか。
白玻(しろは)玻璃(はり)のことを……やはり息子としても扱っていなかったのね。
玻璃(はり)にとって白玻(しろは)は……父親でも何でもなかった。

「もし来たとしても、俺が玻璃(はり)もままも守るぞ。安心してよい。俺はどの鬼よりも強い」
鬼神さまだから。
そう心の中で呟けば、不満そうに背中の落花生がぱたぱたと動く。

「落花生鬼神だから」
「うむ、そうだ」
やはり落花生はかかせないらしい。八雲がニカリと微笑んだ。