「ねぇ、どうしたの。さっきからずっとぼーっとしてるけど」
「え、私そんなにぼーっとしてるように見える?」
「うん。なんか心ここに在らずって感じがする」
机に広げられたお弁当のおかずを頬張りながら、私の顔を覗き込んでくる結衣。
ご飯粒が口元についているが、今は黙っておこう。先ほどの授業中の仕返しとして。
ご飯粒がついていることに気付かない彼女は、ひたすら口にご飯を詰め込む。
まるで、どんぐりを好んで食べるあの動物のように、頬は瞬く間に膨れ上がっていく。
思わず指でそのパンパンに膨れ上がった頬袋を突きたくなってしまう。
もし、突いたら1番の被害を受けるのは間違いなく正面に座っている私なのですることはないのだけれど。
隣に座っていたら、もしかしたらしていたかもしれないが...
美味しそうにお弁当を食べる彼女を見ているだけで、なぜだか嬉しくなる。
この子の笑顔を守っていきたいと思えるくらいに。
でも、私はこの子の笑顔を見守る事ができない。
いつまでも結衣の隣で、くだらないことを言って2人で笑い合っていたい。
それなのに、私に残された時間はもうそこまで限界が来ている。
余命宣告をされたのは、去年の雪降る寒い白銀世界の日だった。
突如、頭の中が今まで感じたことのない痛みに襲われ、意識を手放してしまった。
最後に見た景色は、真っ白な雪に落ちていく瞬間だったのは覚えている。
綺麗と思う反面、すぐさま襲いかかってくる光を失う闇が異常なほど怖かった。
意識を取り戻したのは、病院に運ばれてから15時間経過した頃だった。
ベッドに横たわった私の横には、涙を滲ませている母と不安を顔いっぱいに貼り付けた父。
あの時、何を話したかは覚えていない。
朦朧とする意識の中、私はまた眠りに落ちた。
今度の眠りは、怖さなどは一切なく安心して眠りに落ちることができたんだ。
母と父の温もりを感じながら、その後に降りかかる病のことなど頭にはサラサラなかった。
翌日、私たちは家族3人で白衣をきた先生と向かい合って座っていた。
明かりの灯らない薄暗い部屋に灯された唯一の光。
それは、机に置かれたモニターの画面。光に導かれるように視線が自然と引き寄せられてしまう。
私たちの視線の先に気がついたのか、先生が口を開いた。
『・・・琴音さんの余命は残り1年ほどです』
前置きはあったのだが、覚えてすらいない。余命という言葉のインパクトが強すぎてそれ以外の言葉など、雑音以外の何物でもなかった。
椅子から崩れ落ちる母と、震える手を抑えながら母の肩を支える父。
その横で、呆然とモニターを眺める私。
眺めたところで何も変わることなどはないのに、嘘であってほしいと願わずにはいられなかった。
どうか、嘘であってほしいと...
結果的に全てが真実だった。宣告された病名は、『白雪病』
世界でも稀有な病の一つで、難病指定されている類のもの。
何を根拠にこの病名がつけられたのかは定かではないが、きっと童話の『白雪姫』と酷似しているからに違いない。
白雪姫...毒林檎を食べて眠りについた少女がキスによって目覚めるロマンチックなお話。
小さい頃に誰でも読んだことがあるくらい世界中で有名な名作の一つ。
名前を聞いたことがない人の方が、少ないのかもしれない。
『白雪病』
名前からするにロマンチックさを醸し出しているが、実際は名前の可憐さとは無縁のものだ。
白雪病...発症したものは、確実に一年以内に生命の終わりを迎える。
それもパタリと命が尽きるわけではなく、徐々に体の体温が奪われ始め、最後は全身から熱が消えていくというもの。
亡くなった姿が、白雪姫のように白く美しいという理由から、この病気の名前がつけたらしい。
どこぞの偉いお医者さんかはわからないが、勝手に綺麗なものとして美化しないでほしいと切実に思う。
実際にこの病気を患った私は、毎日生きるのが怖くて仕方がないというのに。
日々、自分の体温が少しずつ低下していると思うと、背筋が凍るようにゾッとする。
近年は医療の進歩により、様々な難病が研究によって治すことができるようになってきているらしい。
しかし、この『白雪病』には前例がものすごく少ないため研究はおろか、日本中でこの病を発症しているのは、わずか12人とされている。
そのうちの1人がまさか自分になってしまうなんて、当時は思っていなかった。
何気なく高校を卒業して、大学へ進学し、就職、それから結婚という先人たちが歩いた道を歩くものだとばかり考えていたのに、私にはそのどれもを成し遂げることすらできない。
あと、2年後に迎える卒業式でさえ、私の席はないだろう。
もし、席はあったとしてもそこには私はおらず、空席があるだけ。
ついこの間までは、なんの疑問も思うことがなかった卒業も今では夢のまた夢。
そんな未来への希望もない私は、残りの余生をどう過ごせばいいのか未だにわからない。
ただ流れる時の中を彷徨うように、1日が過ぎていく。
一昨日も昨日もそのまた前も、過去の自分が何をしたかなど覚えていないほど、色のない日々。
きっとそれは明日も変わらない。
そうだ。私の心は余命宣告をされたあの日以来、死んでしまったのだから。
「・・・い。おーい! 聞こえてる? 琴音具合でも悪いの?」
声だけでは届かないと判断したのか、私の肩に触れて前後に振り回される。
グラグラと揺らぐ世界の中で、私は1人の凛々しい花を見つけた。
彼の周りにはいつだって、誰かがいる。
不思議と彼の持つ引力にでも引き寄せられるように、人が彼の元へと群がる。
まるで、彼自身が太陽でその他大勢が他の星々や小惑星のようだ。
彼の放つ太陽のような輝き。深く沈んだ私の心でさえも照らし出してくれそうなほど眩しい。
「ちょっと、琴音! 本当に大丈夫!?」
「え、うん。ずっと大丈夫だよ」
「え、急にいつもの琴音になった」
「ごめん、少しだけぼーっとしてた」
「もう、最近の琴音はぼーっとしすぎだよ〜」
「えへへ、ごめんね」
唇を半月状に作り出し、疑似的に作り上げた笑みを彼女へと見せる。
一年前の私だったら、心の底から今の状況を笑えてただろう。
毎日が楽しくて仕方がなかったあの頃のように。
それが、今では大好きな親友にですら作り笑いをしてしまうなんて。
親友失格ではないか。
それ以前に、余命のことを話していない時点で私は彼女のことを信頼していないのかもしれない。
最低だ。長年隣で支え合ってきた存在なのに...
どうしても話すのを躊躇ってしまう。怖いんだ。
結衣が、私のことを今までのように対等に扱ってくれなくなってしまうことが。
もちろん、彼女はそんなことをしないことくらい分かっている。
仮に彼女が不治の病を患ったとしても私は対等でいるだろう。
決して病人扱いなどせずに、最後の日まで共に未来へと歩み続けるに違いない。
それなのにどうして。どうして私は結衣に余命のことを打ち明けられないの。
私の真横で美味しそうにお弁当を食べている結衣。
不安なことなど一つもない様子で、毎日が楽しそうな表情。
羨ましい...あれ、この感情はなんだろうか。
自分自身にではなく、結衣へと向けられた邪な感情。
あぁ、そうか。私は羨ましいんだ。
明日を不安なく、この先の長い人生が確約された親友のことが...
いっその事消えてなくなってしまいたい。こんな感情を親友へと向けている自分に嫌気がさす。
どうか、これ以上私の心を蝕まないでください。
大好きな親友の悲しんでいる顔を見たくはない。
それも私なんかのせいで...
ずっとこのままの笑顔でいてほしい。
毎日がハッピーで薔薇色の人生を。
私の机に広げられたお弁当の中には、まだまだたくさんのおかずが詰め込まれていたが、どれも私の喉を通ることはなかった。
結衣には体調を心配されたが、「朝ごはん食べ過ぎたんだ」と嘘をついて切り抜けた。
本当は朝ごはんも喉を通らなかったのに。
全ては、あと1ヶ月も経たぬうちに私はこの世から消えてしまうのが原因。
「あ、私トイレ行くけど、琴音も一緒に行く?」
「ううん。私は大丈夫だよ」
「そっか。それじゃ行ってくるから待っててね!」
「うん。行ってらっしゃい」
廊下へと消えていく彼女の背を目で追うが、標準が定まらない。
ぼんやりとぼやけた視界の中で、背中が見えなくなるまで探し続けた。
もうそこに結衣はいないのに、結衣の背中を探して...
「え、私そんなにぼーっとしてるように見える?」
「うん。なんか心ここに在らずって感じがする」
机に広げられたお弁当のおかずを頬張りながら、私の顔を覗き込んでくる結衣。
ご飯粒が口元についているが、今は黙っておこう。先ほどの授業中の仕返しとして。
ご飯粒がついていることに気付かない彼女は、ひたすら口にご飯を詰め込む。
まるで、どんぐりを好んで食べるあの動物のように、頬は瞬く間に膨れ上がっていく。
思わず指でそのパンパンに膨れ上がった頬袋を突きたくなってしまう。
もし、突いたら1番の被害を受けるのは間違いなく正面に座っている私なのですることはないのだけれど。
隣に座っていたら、もしかしたらしていたかもしれないが...
美味しそうにお弁当を食べる彼女を見ているだけで、なぜだか嬉しくなる。
この子の笑顔を守っていきたいと思えるくらいに。
でも、私はこの子の笑顔を見守る事ができない。
いつまでも結衣の隣で、くだらないことを言って2人で笑い合っていたい。
それなのに、私に残された時間はもうそこまで限界が来ている。
余命宣告をされたのは、去年の雪降る寒い白銀世界の日だった。
突如、頭の中が今まで感じたことのない痛みに襲われ、意識を手放してしまった。
最後に見た景色は、真っ白な雪に落ちていく瞬間だったのは覚えている。
綺麗と思う反面、すぐさま襲いかかってくる光を失う闇が異常なほど怖かった。
意識を取り戻したのは、病院に運ばれてから15時間経過した頃だった。
ベッドに横たわった私の横には、涙を滲ませている母と不安を顔いっぱいに貼り付けた父。
あの時、何を話したかは覚えていない。
朦朧とする意識の中、私はまた眠りに落ちた。
今度の眠りは、怖さなどは一切なく安心して眠りに落ちることができたんだ。
母と父の温もりを感じながら、その後に降りかかる病のことなど頭にはサラサラなかった。
翌日、私たちは家族3人で白衣をきた先生と向かい合って座っていた。
明かりの灯らない薄暗い部屋に灯された唯一の光。
それは、机に置かれたモニターの画面。光に導かれるように視線が自然と引き寄せられてしまう。
私たちの視線の先に気がついたのか、先生が口を開いた。
『・・・琴音さんの余命は残り1年ほどです』
前置きはあったのだが、覚えてすらいない。余命という言葉のインパクトが強すぎてそれ以外の言葉など、雑音以外の何物でもなかった。
椅子から崩れ落ちる母と、震える手を抑えながら母の肩を支える父。
その横で、呆然とモニターを眺める私。
眺めたところで何も変わることなどはないのに、嘘であってほしいと願わずにはいられなかった。
どうか、嘘であってほしいと...
結果的に全てが真実だった。宣告された病名は、『白雪病』
世界でも稀有な病の一つで、難病指定されている類のもの。
何を根拠にこの病名がつけられたのかは定かではないが、きっと童話の『白雪姫』と酷似しているからに違いない。
白雪姫...毒林檎を食べて眠りについた少女がキスによって目覚めるロマンチックなお話。
小さい頃に誰でも読んだことがあるくらい世界中で有名な名作の一つ。
名前を聞いたことがない人の方が、少ないのかもしれない。
『白雪病』
名前からするにロマンチックさを醸し出しているが、実際は名前の可憐さとは無縁のものだ。
白雪病...発症したものは、確実に一年以内に生命の終わりを迎える。
それもパタリと命が尽きるわけではなく、徐々に体の体温が奪われ始め、最後は全身から熱が消えていくというもの。
亡くなった姿が、白雪姫のように白く美しいという理由から、この病気の名前がつけたらしい。
どこぞの偉いお医者さんかはわからないが、勝手に綺麗なものとして美化しないでほしいと切実に思う。
実際にこの病気を患った私は、毎日生きるのが怖くて仕方がないというのに。
日々、自分の体温が少しずつ低下していると思うと、背筋が凍るようにゾッとする。
近年は医療の進歩により、様々な難病が研究によって治すことができるようになってきているらしい。
しかし、この『白雪病』には前例がものすごく少ないため研究はおろか、日本中でこの病を発症しているのは、わずか12人とされている。
そのうちの1人がまさか自分になってしまうなんて、当時は思っていなかった。
何気なく高校を卒業して、大学へ進学し、就職、それから結婚という先人たちが歩いた道を歩くものだとばかり考えていたのに、私にはそのどれもを成し遂げることすらできない。
あと、2年後に迎える卒業式でさえ、私の席はないだろう。
もし、席はあったとしてもそこには私はおらず、空席があるだけ。
ついこの間までは、なんの疑問も思うことがなかった卒業も今では夢のまた夢。
そんな未来への希望もない私は、残りの余生をどう過ごせばいいのか未だにわからない。
ただ流れる時の中を彷徨うように、1日が過ぎていく。
一昨日も昨日もそのまた前も、過去の自分が何をしたかなど覚えていないほど、色のない日々。
きっとそれは明日も変わらない。
そうだ。私の心は余命宣告をされたあの日以来、死んでしまったのだから。
「・・・い。おーい! 聞こえてる? 琴音具合でも悪いの?」
声だけでは届かないと判断したのか、私の肩に触れて前後に振り回される。
グラグラと揺らぐ世界の中で、私は1人の凛々しい花を見つけた。
彼の周りにはいつだって、誰かがいる。
不思議と彼の持つ引力にでも引き寄せられるように、人が彼の元へと群がる。
まるで、彼自身が太陽でその他大勢が他の星々や小惑星のようだ。
彼の放つ太陽のような輝き。深く沈んだ私の心でさえも照らし出してくれそうなほど眩しい。
「ちょっと、琴音! 本当に大丈夫!?」
「え、うん。ずっと大丈夫だよ」
「え、急にいつもの琴音になった」
「ごめん、少しだけぼーっとしてた」
「もう、最近の琴音はぼーっとしすぎだよ〜」
「えへへ、ごめんね」
唇を半月状に作り出し、疑似的に作り上げた笑みを彼女へと見せる。
一年前の私だったら、心の底から今の状況を笑えてただろう。
毎日が楽しくて仕方がなかったあの頃のように。
それが、今では大好きな親友にですら作り笑いをしてしまうなんて。
親友失格ではないか。
それ以前に、余命のことを話していない時点で私は彼女のことを信頼していないのかもしれない。
最低だ。長年隣で支え合ってきた存在なのに...
どうしても話すのを躊躇ってしまう。怖いんだ。
結衣が、私のことを今までのように対等に扱ってくれなくなってしまうことが。
もちろん、彼女はそんなことをしないことくらい分かっている。
仮に彼女が不治の病を患ったとしても私は対等でいるだろう。
決して病人扱いなどせずに、最後の日まで共に未来へと歩み続けるに違いない。
それなのにどうして。どうして私は結衣に余命のことを打ち明けられないの。
私の真横で美味しそうにお弁当を食べている結衣。
不安なことなど一つもない様子で、毎日が楽しそうな表情。
羨ましい...あれ、この感情はなんだろうか。
自分自身にではなく、結衣へと向けられた邪な感情。
あぁ、そうか。私は羨ましいんだ。
明日を不安なく、この先の長い人生が確約された親友のことが...
いっその事消えてなくなってしまいたい。こんな感情を親友へと向けている自分に嫌気がさす。
どうか、これ以上私の心を蝕まないでください。
大好きな親友の悲しんでいる顔を見たくはない。
それも私なんかのせいで...
ずっとこのままの笑顔でいてほしい。
毎日がハッピーで薔薇色の人生を。
私の机に広げられたお弁当の中には、まだまだたくさんのおかずが詰め込まれていたが、どれも私の喉を通ることはなかった。
結衣には体調を心配されたが、「朝ごはん食べ過ぎたんだ」と嘘をついて切り抜けた。
本当は朝ごはんも喉を通らなかったのに。
全ては、あと1ヶ月も経たぬうちに私はこの世から消えてしまうのが原因。
「あ、私トイレ行くけど、琴音も一緒に行く?」
「ううん。私は大丈夫だよ」
「そっか。それじゃ行ってくるから待っててね!」
「うん。行ってらっしゃい」
廊下へと消えていく彼女の背を目で追うが、標準が定まらない。
ぼんやりとぼやけた視界の中で、背中が見えなくなるまで探し続けた。
もうそこに結衣はいないのに、結衣の背中を探して...