転校生がやってきた。まあ、私には関係ないことだと空を見上げる。雲一つない青空がなんだか憎たらしい。空を見上げることには理由がある。ただ空が好きだというわけでもない。あれは、兄の野球の試合を見に行ったときのことだった。野球がその時の私は好きだった。その日は、兄の野球クラブが負けそうになっていたから私は涙ぐんでいた。今になって何泣いてるんだかと不思議になるが、よっぽどその時の私はよほど悔しかったのだろう。その時隣にいた男の子が私の初恋だった。もうそれ以来恋はしていないけれど、、。負けてしまった兄の試合を見て号泣していた私に向かって隣にいた男の子が「俺、絶対野球やって勝つから!」と私に野球ボールを投げてくれたのだ。その男の子の青空のように澄んだ瞳は忘れられない。あの子は、今何をしているだろうか。きっとあの子なら素晴らしい野球のエースになっているだろう。机をコツコツとシャープペンシルの先で叩かれ、隣を見る。隣にだれもいないはずなのに。隣には男の子がひとり座っていた。私に教科書を見せて欲しいと言ってきた。ああ、きっとこの子が転校生なのだろう。隣になるだなんて。とりあえず首を縦に振った。転校生の彼、黒瀬くんはあっという間に学年の人気ものになった。でも、誰とも親しくならない彼はどこか私にとって好感を持てる相手であった。彼は野球部のどうやらエースらしい。ふと初恋の男の子を思い出した。
 夜、公園に向かう。星空のきれいな公園だ。私は密かに星空公園と呼んでいる。相棒のトランペットと初恋の男の子にもらった野球ボールを持って公園へ向かう。公園へ着くと、吹奏楽部の課題曲をヘッドホンで聴きながらトランペットのチューニングを始める。今日は中々寒い日だから音がかなりズレている。トランペットを含め、金管楽器は繊細な楽器である。気候や吹く場所によってしっかりチューニングをしなくてはならない。三十分程チューニングをすると、ヘッドホンから流れる課題曲を吹き始めた。一時間ほど練習をすると、水分補給をする。金管楽器は喉が渇く。そして、ポケットの中にある野球ボールを握りしめる。少し休憩に野球ボールを投げてみる。握ると力が湧いてくるのだ。そろそろトランペットの練習に戻ろうかとベンチに向かおうとした時、人影が公園へ入ってきた。転校生の黒瀬くんだった。彼は私の姿を見つけると、驚いたように目を見開いた。よく見ると彼の顔はとても整っている。二重のアーモンド型の瞳は澄んでいる。鼻筋は高く綺麗だ。それに、薄い唇。どうでもいい。と私はヘッドホンをつけるとトランペットの練習を再開させた。初恋の男の子と黒瀬くんが似ているような気がするなんて邪念を振り払うようにトランペットに大きく息を吹き込み始めた。