「あーあ、見れなかったなぁ」
「しょうがないよ、テストだもん」
結局、運動不足な私の体は私の予測よりも遥かに遅い到着で既にその場に西条くんの姿もなかった。
途中からはもう無理だと分かっていた。けれどどうしても見たくて何か奇跡が起こってくれと願ってただ前に足を進めた。
結果、西条くんの晴れ舞台を見ることは出来なかった上、家に帰るのが遅いとお母さんに怒られるという踏んだり蹴ったり状態だ。
「でも、まさかそんな走ってくれてたなんて思わなかった。絶対来ないと思ってたから終わった瞬間すぐ撤収しちゃったよ」
「いいの、ちょっとでも見れたらいいなっていうだけだったから。あー、でも悔しい」
「大丈夫」
「何が?」
「これからもたくさん演奏するし、もっと大きなステージで演奏する。だから、その時見に来てくれたらいい」
「そうだね」
ふふっと顔を見合わせて笑い合う。
「それとちらし、さすがに全部は捌けなかったけど数枚は捌けたよ」
「そっか」
他の人の協力も得ながら二人で作ったちらしは誰かの元に届いたようだった。
「今日の演奏でファンになってくれた人がいたらいいね」
「さすがに世の中そんな甘くないと思うけど、でもいつまでもファンが一人じゃ困るからなぁ」
「ま、これからも一歩ずつ進むだけだね。動画投稿とかも始めてみるといいかも。ま、編集とか勉強しなきゃかもだけど」
「何か俺よりも雪の方がやる気じゃない?」
「ファン一号としては売れてもらって自慢させてもらいたいんでね」
何だよそれ、と呆れたように西条くんは言う。
感傷的になり静寂が広がる神社で沈黙を破ったのは私だった。
「何で、あの日私にあんなに話しかけてくれたの?」
ずっと不思議だった。あんなにも冷たく接したのに西条くんは諦めず私に話しかけてくれた。
うーんと西条くんは考え込む。
「寂しそうだったから、かな」
「寂しそう?」
「この子を笑顔にしたいって何か直感的に思ったんだよね」
ああ、そうか。
その言葉でまた新たな自分に気付かされる。
私は西条くんを騙している自分が嫌だから雪でないことを打ち明けたいんじゃない。西条くんが見ている私がたまに私なのか雪なのかが分からなくなって怖くなるんだ。
「ねえ、西条くん」
「ん?」
今、私が全てを打ち明けたらどうなるだろう。怖かった。もし、拒まれてしまったら立ち直れない気がした。けれど打ち明けたかった。これ以上嘘をついて西条くんと一緒にいるのは嫌だった。身勝手かもしれない。けれどもう無理だった。
「私ね、雪じゃないの」
西条くんの反応を見ることが怖くて西条くんから目を背ける。
「名前、言いたくなくて嘘ついた」
西条くんは口を開かない。
「本当は葉月って言うの」
一言発するごとにどんどん怖くなる。言わなければ良かったかもしれない。けれどもう引き返すことは出来ない。
「ごめん」
本当はもっと言いたかった。言わなきゃって思ってた、あの時も騙そうって思ったからじゃない。言いたいことはたくさんあるはずなのに出てきた言葉はたった三文字だけだった。
「……うん」
西条くんは頷いた後、驚きの言葉を口にする。
「知ってたよ」
「……え?」
その言葉に私は思わず逸らしていた目線を西条くんへと戻す。
「知ってたというか知ったのはちょっと前なんだけどさ」
そう前置きを置き西条くんは話し始めた。
「姉ちゃんが塾通ってて見たことあるって言ってた。いつも全国でも上位に入ってる子だから学年違くても有名だって。でも確かに雪だけど名前が雪じゃないって言ってた」
その言葉で点と点が線で繋がった。
お姉さんが会った時驚いた顔をしていたのも西条くんが私に双子がいるのか質問してきたことも全部、私が雪じゃないのではないかって思ってたからだった。
「正直言って最初はさ、ちょっと戸惑ったよ。確かに最初は強引だったけど仲良くなれたつもりだったし嘘つかれてたんだって。でもさ」
西条くんは微笑みながら私の目を見つめる。
「名前が違くても、俺らが一緒に過ごして創り上げたものは嘘じゃないでしょ?」
西条くんの瞳に映る私は泣きそうな顔をしていた。
「だからいいやって思った。俺は楽しかったし」
「……私も。私も楽しかった」
それなら良かった、と西条くんは笑う。
「私、まだ何がやりたいか分からないんだ。手伝いも楽しかったけれどそれを仕事にしたいのかって言われるとまだ分からない。けれど、分かったことがあるの。私が知らないだけできっとまだまだこの世界は楽しいことがたくさんあるんだってこと。だから私、色々挑戦してみるよ。いざやりたいことが見つかった時にお父さんやお母さんを説得出来るのかとかそういうのはまだ分からないけどでも私頑張りたい」
西条くんが私に知らない世界を見せてくれた。
私を閉ざされた世界から連れ出してくれた。
全部全部、西条くんのおかげだ。
「ありがとう」
本当はこんな五文字では表せない。もっともっと伝えたい。けれど言葉に詰まって上手く話せなかった。
「それは俺もだよ。俺一人ならこんなに上手く行かなかった。だって俺、最悪失敗してもファンは一人いるんだからって思ったから頑張れたんだから」
西条くんの言葉に抑えていたものが抑えられなくなった。
私も少しは西条くんの役に立てていた。それが信じられないくらい嬉しかった。
「葉月」
西条くんが呼んだ私の大嫌いなはずの名前は何故か耳触りが良い。
「これからも俺と会ってくれる?」
差し出された手を私はゆっくり見つめる。
「……もちろん」
重ねた手は温かくて落ち着くものだった。
「しょうがないよ、テストだもん」
結局、運動不足な私の体は私の予測よりも遥かに遅い到着で既にその場に西条くんの姿もなかった。
途中からはもう無理だと分かっていた。けれどどうしても見たくて何か奇跡が起こってくれと願ってただ前に足を進めた。
結果、西条くんの晴れ舞台を見ることは出来なかった上、家に帰るのが遅いとお母さんに怒られるという踏んだり蹴ったり状態だ。
「でも、まさかそんな走ってくれてたなんて思わなかった。絶対来ないと思ってたから終わった瞬間すぐ撤収しちゃったよ」
「いいの、ちょっとでも見れたらいいなっていうだけだったから。あー、でも悔しい」
「大丈夫」
「何が?」
「これからもたくさん演奏するし、もっと大きなステージで演奏する。だから、その時見に来てくれたらいい」
「そうだね」
ふふっと顔を見合わせて笑い合う。
「それとちらし、さすがに全部は捌けなかったけど数枚は捌けたよ」
「そっか」
他の人の協力も得ながら二人で作ったちらしは誰かの元に届いたようだった。
「今日の演奏でファンになってくれた人がいたらいいね」
「さすがに世の中そんな甘くないと思うけど、でもいつまでもファンが一人じゃ困るからなぁ」
「ま、これからも一歩ずつ進むだけだね。動画投稿とかも始めてみるといいかも。ま、編集とか勉強しなきゃかもだけど」
「何か俺よりも雪の方がやる気じゃない?」
「ファン一号としては売れてもらって自慢させてもらいたいんでね」
何だよそれ、と呆れたように西条くんは言う。
感傷的になり静寂が広がる神社で沈黙を破ったのは私だった。
「何で、あの日私にあんなに話しかけてくれたの?」
ずっと不思議だった。あんなにも冷たく接したのに西条くんは諦めず私に話しかけてくれた。
うーんと西条くんは考え込む。
「寂しそうだったから、かな」
「寂しそう?」
「この子を笑顔にしたいって何か直感的に思ったんだよね」
ああ、そうか。
その言葉でまた新たな自分に気付かされる。
私は西条くんを騙している自分が嫌だから雪でないことを打ち明けたいんじゃない。西条くんが見ている私がたまに私なのか雪なのかが分からなくなって怖くなるんだ。
「ねえ、西条くん」
「ん?」
今、私が全てを打ち明けたらどうなるだろう。怖かった。もし、拒まれてしまったら立ち直れない気がした。けれど打ち明けたかった。これ以上嘘をついて西条くんと一緒にいるのは嫌だった。身勝手かもしれない。けれどもう無理だった。
「私ね、雪じゃないの」
西条くんの反応を見ることが怖くて西条くんから目を背ける。
「名前、言いたくなくて嘘ついた」
西条くんは口を開かない。
「本当は葉月って言うの」
一言発するごとにどんどん怖くなる。言わなければ良かったかもしれない。けれどもう引き返すことは出来ない。
「ごめん」
本当はもっと言いたかった。言わなきゃって思ってた、あの時も騙そうって思ったからじゃない。言いたいことはたくさんあるはずなのに出てきた言葉はたった三文字だけだった。
「……うん」
西条くんは頷いた後、驚きの言葉を口にする。
「知ってたよ」
「……え?」
その言葉に私は思わず逸らしていた目線を西条くんへと戻す。
「知ってたというか知ったのはちょっと前なんだけどさ」
そう前置きを置き西条くんは話し始めた。
「姉ちゃんが塾通ってて見たことあるって言ってた。いつも全国でも上位に入ってる子だから学年違くても有名だって。でも確かに雪だけど名前が雪じゃないって言ってた」
その言葉で点と点が線で繋がった。
お姉さんが会った時驚いた顔をしていたのも西条くんが私に双子がいるのか質問してきたことも全部、私が雪じゃないのではないかって思ってたからだった。
「正直言って最初はさ、ちょっと戸惑ったよ。確かに最初は強引だったけど仲良くなれたつもりだったし嘘つかれてたんだって。でもさ」
西条くんは微笑みながら私の目を見つめる。
「名前が違くても、俺らが一緒に過ごして創り上げたものは嘘じゃないでしょ?」
西条くんの瞳に映る私は泣きそうな顔をしていた。
「だからいいやって思った。俺は楽しかったし」
「……私も。私も楽しかった」
それなら良かった、と西条くんは笑う。
「私、まだ何がやりたいか分からないんだ。手伝いも楽しかったけれどそれを仕事にしたいのかって言われるとまだ分からない。けれど、分かったことがあるの。私が知らないだけできっとまだまだこの世界は楽しいことがたくさんあるんだってこと。だから私、色々挑戦してみるよ。いざやりたいことが見つかった時にお父さんやお母さんを説得出来るのかとかそういうのはまだ分からないけどでも私頑張りたい」
西条くんが私に知らない世界を見せてくれた。
私を閉ざされた世界から連れ出してくれた。
全部全部、西条くんのおかげだ。
「ありがとう」
本当はこんな五文字では表せない。もっともっと伝えたい。けれど言葉に詰まって上手く話せなかった。
「それは俺もだよ。俺一人ならこんなに上手く行かなかった。だって俺、最悪失敗してもファンは一人いるんだからって思ったから頑張れたんだから」
西条くんの言葉に抑えていたものが抑えられなくなった。
私も少しは西条くんの役に立てていた。それが信じられないくらい嬉しかった。
「葉月」
西条くんが呼んだ私の大嫌いなはずの名前は何故か耳触りが良い。
「これからも俺と会ってくれる?」
差し出された手を私はゆっくり見つめる。
「……もちろん」
重ねた手は温かくて落ち着くものだった。