義理の父親である一平(いっぺい)さんが母さんと再婚したのは、ほんの数ヶ月前のこと。

一平さんは三年前に離婚して、それ以来ずっとあの家で一人で暮らしていたらしい。

母さんとは職場で知り合ったらしいけれど、その後どういう経緯で再婚に至ったのかまでは聞いていない。というか、そこまで興味があるわけでもない。

「知らない人がお父さんになるのは怖くなかった?」

「そりゃあ、最初はすごく警戒したし、他人の家にお邪魔している感覚もした。でも一平さんはすごく優しいし、変に威張る人じゃないから、今はもう変な抵抗は無いかな。むしろ逆に気を遣ってくれているような気がして、ちょっと申し訳なく思うことの方が多いかも。まあ、他人は他人だけど……」

最後の一言は余計だったかもしれない。

気が付くと僕は一平さんの子供になった。大人じゃない僕に選択権はない。

「そっか。そうだよね」

言う気はなかったし、聞き流してくれればそれでよかった。なのに小夜は律儀(りちぎ)に僕の言葉を拾ってくれる。

「じゃあ、瞬君の本当のお父さんのことも聞いて良い?」

本当の、と言ったのは、きっと小夜なりの最大限の配慮なのだろう。

「僕が幼稚園に入る前に病気で亡くなったから、良く覚えていないんだ。母さんは僕が(ひね)くれた性格をしているのは、父さんの血を引いているからだってよく言うけど」

「ふふっ……!瞬君は捻くれてなんてないよ」

「別にフォローしてくれなくても良いよ。自覚あるし」

こういう返しにくい話題を笑って飛ばしてくれるあたり、小夜は母さんに似ている気がする。

「そんなに僕の両親が気になるの?」

「家族って一体どんなものなのだろうって思ったんだ」

「小夜の両親は?」

「ええと……うん、元気だよ」

「あ、ごめん……」

もしかしてこれは、やってしまったのかもしれない。

(かたく)なに自分のことを話すのを避けているのがわかった時点で、訊いちゃいけないことだってくらいわかっていたはずなのに。

「いやいや、ちゃんといるから!ええっと、そうそう!瞬君のお母さんとお父さんみたいな人だよ」

「答えが雑すぎない?」

「本当だって!」

嘘なのか本当なのかは置いといて、なぜか誤魔化(ごまか)そうと焦っている小夜を見ているとおかしくなってきた。

笑っていると小夜は仕返しをするように僕の背中を押してブランコを勢い良く揺らしてきた。勢いが増すと、ブランコが下がる時に内臓が動くのがわかる。

ブランコが前に振り切ったところで勢い良く飛び降りると、小夜は小さな子供のように歓声を上げた。

「そろそろ帰ろうか」

「えーっ。もう?」

「あまり長い時間ここにいると補導されるかもしれないし、本当の不審者にも遭遇するかもしれない。小夜も早く帰りな」

そんなに自分の家に帰りたくないのだろうか。小夜はブランコから降りてもその場を動こうとはしなかった。

「私、もっと瞬君と話したい」

「雨が降らなかったら大抵散歩しているから、またすぐに会えるよ」

「本当?」

言わないけど僕も同じ気持ちだった。ついさっき知り合ったばかりなのに、僕はすっかり小夜を受け入れていた。

恐らく小夜とはこの時間にしか出会うことができないだろう。
 
けれど誰にも邪魔されないこの空間で二人きりになれるのは、僕らにとっては都合が良い。

「それじゃ、またね」

線路沿いの道まで戻ると、小夜は再び踏切を横切って向こう側に渡った。終電はもうとっくに過ぎている。

小夜は小夜は名残惜しそうに振り返って手を振ってから、もとの世界へと帰るように闇夜に溶けていった。