「こんばんは。こんな時間に何をしているの?」

同年代にも見える声の主は、線路を挟んだ向こうの道に(たたず)んでいた。

肩に掛かるくらいの長さの真っ黒な髪とは対照的な真っ白な肌。純白のワンピースと共に闇夜を照らしている。

こんな時間にこんな格好。彼女はきっと幽霊なんだ。

僕がガードレールまで近付くと、彼女はまるで幼馴染に出会ったかのように無邪気(むじゃき)に僕に手を振った。

聞こえないふりをして立ち去る選択もできたけれど、ラジオの音声よりも大きい声で呼ばれているところを無視するのは、さすがにちょっと失礼だ。

「そっちこそ。一人で危ないよ」

お世辞にも治安が良い場所とは言い難いこの場所で、明らかに場違いで無防備な姿。人のことを言えるのかと言われればそれまでだけれど、どう見ても僕よりも華奢(きゃしゃ)な彼女の方が数倍危険だと思う。

一応は警戒心を解いていない僕とは対照的に、彼女はまるで真昼間を散歩している最中(さなか)であるかのように、首を傾げて柔らかな笑みを僕に見せた。

「こっちの世界の様子を見に来たんだ」

あっちの世界から来たとでも言うのかよ。

「もしかして、君は幽霊か妖怪なの?」

「違うよ。人をバケモノ呼ばわりしないで」

明るい性格をしているのか、彼女はくすくすと笑っていた。夢なのかとも思ったけれど、だとしたらこんなに解像度が高いはずがない。

「じゃあ何さ。ひょっとして家出でもしたの」

「ま、そんなところかな」

どうやら事情を抱えていそうだが、無闇に他人の事情に入り込んでいくのは危険だからやめておく。

さて、どう切り替えそう。なんて考えていたら、彼女はせっかちな性格をしているのか、すぐに話の主導権を握り始めた。

「ねえ。ちょっと私に付き合って」

少し先に踏切があるのに、彼女はガードレールを軽々と飛び越え、最短距離で僕の方に向かって来た。