いつものように公園に行くと、小夜は退屈そうにブランコの前に座って空を見ていた。おそらく彼女はブランコに触れられなくなってしまったんだろう。

「お待たせ」

「あれ?瞬君。ちょっと疲れてる?」

「どうして?」

「気のせいかな、昨日よりも声に元気が無い気がする」

(さと)られないようにいつもと同じように振る舞ったはずなのに、小夜は一瞬で僕の変化を見抜いてしまった。

彼女が繊細なのか、それとも単に僕が隠すのが苦手なのかはわからない。

「実は今日、母さんが入院したんだ」

「そっか」

てっきり驚くかと思ったけれど、珍しく小夜は至って冷静だった。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だと思う。それに病気とかじゃないよ。もうすぐ妹が産まれるんだ」

母さんのお腹には新しい命が宿っていた。

昨日の夜、小夜と別れて家に帰ると、母さんは寝室で苦しそうにしていた。いよいよ妹が生まれるのが生まれるんだと思った。

母さんからは前もってどうするべきかを教えてもらっていたから、さほど慌てることはなかった。

僕はすぐにタクシーを呼んで、あらかじめ用意してあった入院用の衣類や生活用品が入ったキャリーバックを持って母さんを玄関に連れて行った。そして病院に向かう最中に、夜勤中の一平さんのスマホにも着信を入れておいた。

病院の待合室にいると、もしあの時僕が家に帰ってくるのがもう少し遅かったら、なんて、急に罪悪感が襲ってきた。一平さんがいない時に母さんを護ってあげられるのは僕の役割だったはず。

なのに僕は自分の都合で真夜中に外に飛び出し、母校に不法侵入をしていた。

どれだけ前もって準備をしていても、全てが予定通りに行くとは限らない。妹はなかなかこの世界に生まれて来ず、母さんの体力はどんどん削られていった。

病院に一平さんが到着すると、僕は学校に行くために先に帰ることにした。授業が終わって再び病院に行くと、母さんは再び痛みが襲ってきたのか、辛そうな表情をしていた。

ただ、母さんは僕を見つけると今できる精一杯の作り笑いをして「頑張るからね」なんて気丈に振る舞っていた。母さんの顔を見ると、自然と涙が流れた。

一平さんは仕事を休んでずっと母さんの側にいてくれた。だから僕は夜になると再び家に戻り、残っている家事などを済ませておいた。

それでも懲りずに小夜に会いにきたのは、きっと不安を紛らわしたかったからだろう。

母さんがいない家は、想像以上に寂しい空間だった。

それに、誰かにこの不安を聞いて欲しかったのもある。

僕は昨日起きた出来事を一方的に話すと、小夜は僕の話を一生懸命に聞いてくれた。