「こんばんは、瞬君。待ってたよ」

小夜は昨日と変わらず僕に無邪気な笑顔を向けてくれた。やっぱり取り憑かれているのだろうかと思ったけれど、小夜にだったら別に構わない。

「瞬君にお願いがあるの」

「何?」

「”学校”を見てみたいんだ」

「小夜は学校を知らないの?」

「うん。たくさんの人が集まって何かを学ぶところくらいしか知らない。昨日瞬君が話の中で何度も”学校”って言ってて、どんなところなのかが気になったんだ。ねえ、連れていってよ」

やっぱり小夜は僕らとは違う世界に生きている。

知らないことが恥ずかしいというわけではなく、むしろここまで純粋に知りたいという気持ちを向けられてしまったら、断れるはずもない。

「僕が今通っている高校は少し距離が離れているから、今から行くのは難しいな。中学校なら行けなくもないけど、どうする?」

「もちろん行きたい!連れて行って!」

ここから中学校までは一時間ほど歩かないといけないから、帰って来る頃は深夜になりそうだ。家にいる母さんのことが心配になったけど、家を出る前に一応様子は確認しておいたから大丈夫なはずだけど。

「少し歩かないといけないけど大丈夫?」

「大丈夫!」

そう言って小夜は行き先もわからないのに、僕の前を我先(われさき)に歩き始めた。

中学の時からは家が変わっているから、まずは行き先を調べないといけない。

スマホを取り出して地図アプリを広げようとしたら、それに気付いた小夜は僕の方に戻ってきて画面を覗き込んだ。せっかくだからと保存していたいくつかの風景写真を見せてみると、彼女は予想通りの反応を見せてくれた。

「中学校って瞬君が前に通っていた学校だよね。どんなところだったの?」

「うーん。あまり良い思い出はないかも」

「どうして?」

「中学の頃は、教室で肩身が狭い思いをしていたからなあ。それに、友達を助けてあげられなかったっていう苦い思い出もあるんだ」

「事件でもあったの?それとも、病気とか怪我をしちゃったとか?」

並みの人間ならこれ以上踏み込まずに自分から撤収(てっしゅう)していくはずなのに、小夜の無邪気さは容赦無しに一線を踏み込んでくる。

忘れようとしていた思い出を掘り返すのはあまり気乗りしないが、彼女を退屈にさせないようにするには仕方がない。