「霜野さん、本当に彼にまたねって意味で教わったの?」

「ええ……そうですが……? もしかして私の発音がめちゃくちゃでした?」

何かまずいことを言ったのかと不安になる小雪に、紺野は首を横に振った。

「違うのよ、貴方の発音のせいじゃない。彼が違う意味で霜野さんに教えたからよ。またねは『ア、ビアントゥ』なのに。多分来週辺りで教科書に出てくると思うけど」

「そ、んな……じゃああの時彼は何を……何を私に……?」

小雪はぴしりと音がしそうなくらい全身が固まってしまった。トニーは嘘をつくタイプには全く見えなかったからである。むしろ感情もその表現もオープンなのに、何故彼はあの時嘘をついたのだろうか。反射的に彼から教わった言葉の意味を紺野に聞いてしまったが、彼女の口が開き、そこから言葉が発せられる僅かな時間が、まるで永劫の時のように感じられた。

「霜野さん、そんなに固くならないでもいいのよ。彼はね、愛してるって霜野さんに教えてたの」

全身が彫像よろしくなっている小雪に、紺野は思わず吹き出した。そして嘘を教えたトニーの気持ちを何となく察して、その彼の様子を目に浮かべて口元を思わず緩める。

「可愛いわね、トニーって子は。結構な照れ屋さんに霜野さんは愛されてるのね。ヨーロッパの人は割とオープンに好きな人に愛情表現するって聞いたけど、いざ伝えるとなると緊張するのかしら。まあ愛を多く語るフランス人ですら、愛してる(je t'aime)って言うのは勇気がいるって聞いたこともあるし。ジュテームだと日本ではそこそこ有名だから、敢えて選ばなかったのね。それにしてもテュ、ム、フェ、クゥラケ(貴女に首ったけ)なんて、これまた遠回しな言い方なんかして。うふふふ」

トニーの嘘の理由をあっけらかんと明かす紺野の言葉をゆっくりと咀嚼していた小雪だったが、理解できた途端、頭の中で小さな爆発音が聞こえた気がして、間髪入れずに赤面する。

「そんな……トニーの好きって、本当に……? 私を恋人として好きだったってことなの……? トニーはクラスメイトにも好きって言ってたから、私への好きも皆と同列だとばかり……」

「あー……ちゃんとトニーは霜野さんに好意を伝えていたのね。でも霜野さんは違うって思ってたのか。そりゃ皆に言ってたら信じられないよね。なるほど、好意伝えても相手にされてなかったから、わざわざ嘘までついてトニーは霜野さんに愛してるって言って欲しかったんだね。しかも発音しにくい文章をわざわざ選んで練習させたら何回も愛してるって聞けるし。可愛いもんだよ、本当に」

紺野は顔を赤くして、目を白黒とさせている小雪に生暖かい目を向けたのだった。