「本当に……お別れなのね」

「この時だけ時間が遅くなればいいのにってボクも思うよ」

空港の保安検査場の近くで、二人はしっかりと手を握っていた。トニーの搭乗時間が刻一刻と迫っている中、段々と二人の言葉数が減少していき、そこはかとない焦燥がお互いに募るばかりである。

「話したいことがいっぱいある筈なのに、いざとなったら何も出てこないな」

「そうね……やっぱり夜中に話せて良かった」

お互いの目の下にクマがあるのを見て取り、二人は束の間笑いあった。あの後時間通りに起きれたものの、出掛ける前にはやはり慌ただしくなってしまい、小雪の両親の運転する車に乗った後も、アニメや推しの話題しか出なかったのだ。二人は別れの寂しさを紛らわすために好きなことを話しまくり、笑い合った。

でもそれも、今日で終わりだ。

スーツケースを預け、保安検査場の前でトニーは小雪の両親と抱擁を交わしているのを見て、小雪は泣きそうになったがぐっと堪える。両親は何度も感謝の言葉をトニーに伝えながら泣いていたが、小雪は笑顔でトニーを送り出したかったのだ。

「トニー、ありがとう……テュ、ム、フェ、クラケ」

「うん。こちらこそ。コユキと会えてボクは幸せだった。テュ、ム、フェ、クゥラケ」

トニーがそう言い終わると、小雪の視界は彼のシャツの青色一色になった。背中には彼の逞しい腕ががっちりと回り、シャツ越しに彼の体温が伝わってきて瞬時に心臓の音が大きくなり、勝手に自分の腕が彼の大きな背中に回る。そこでようやく小雪はトニーの腕の中にいると認識した。

「トニー?」

しかし何故今になってトニーが小雪を抱き締めているのかが全く解せない。封印していた淡い恋心が重りを無視してふわふわと浮き上がり、容赦なく温かな想いを小雪に突きつけた。その想いに浮かされて口から彼への好意が飛び出るのを防ぐため、背中に回していた手を離し、彼の肩に手を置いて体を離し、早口でまくし立てた。

「トニー! 飛行機に乗り遅れちゃうよ!」

「うん。あ、コユキのスボンのポケットがぐしゃぐしゃだ」

トニーは彼女のズボンのポケットの中身が出ているのに気づき、そこに手を突っ込んできれいにしてポンポンとそこを軽く叩く。顔を赤くした小雪が感謝の言葉を小さく述べたのでトニーは目を細めたが、次の瞬間その顔が固まった。

「トニー、帰国しても好きな人と幸せになってね。応援してるわ」

小雪は心に浮かぶ諸々の想いを押し込んで綺麗に笑う。トニーは何か言いたそうに口を開いたが、空港のアナウンスがイギリス行きの飛行機の保安検査を間もなく終了すると告げたので、代わりに彼女を再び抱きすくめてすぐに離し、慌ただしく保安検査場へと消えていった。

自身の唇に彼の唇が掠めた時の湿った温かい感触に、驚きのあまり声の出ない小雪を残したまま。