「あり、がと……トニー……」

小雪は体を離し、しばらく鼻をぐずぐずと言わせていたが、トニーがリビングのテーブルから取ってくれたティッシュで鼻をかむ。彼のシャツは彼女の鼻水や涙で見事にぐしゃぐしゃになっており、小雪は小さく謝罪する。

「コユキが気にすることないよ……って言ってもコユキは真面目だもんね。それならボクがふっ飛ばしてあげようか。あのね、コユキ、ボクは来月から日本で働くことになったんだ」

小雪は赤い黒目をぱちぱちとさせていたが、素っ頓狂な声を上げる。彼の目論見通り、小雪の涙はものの見事に吹っ飛んだ。

「ほんと?! ほんとに?! 嘘じゃないの?!」

「うん。今日来たのは来月に向けての家探しの下見なんだ。数件候補出されてたから好きなのを選ぶだけなんだけどね。今いる会社が日本で事業やるってことで、日本語がある程度話せるボクが選ばれたって訳さ」

おちゃらけて片目を瞑るトニーに、小雪は口をわななかせていたが、まるで天にも登るような歓喜が一気に自分に押し寄せ、まるで囁くように告げる。

「じゃあ……来月からはトニーとずっと一緒なの……?! それならデートもできるじゃないの! アニメグッズあるお店とかにも一緒に行けるってことじゃない……!」

「もちろん。コユキがボクのスケジュールに合わせる形になるのが申し訳ないけど、それでも良かったらボクと一緒に出かけてくれる? ボクはコユキの見たいものを一緒に見たいんだ」

「私も……! ほんとに嬉しい! トニーとは今日と明日しか一緒じゃないって思ってたのに、こんなに素敵なことなんて他にないよ! ありがとう、トニー!」

灰青の目と黒目が合った。そしてどちらともなく顔が近づき、その唇同士が触れる。お互いがお互いの体温を離すまいと、二人は長い口づけの後も笑い合い、小雪の両親が玄関のドアを開けるその時まで、ずっと寄り添って九ヶ月分を取り戻していた。