ある日の夕食。一緒に食べていると純に言われた。確かに自分でも顔色良くないなぁとは思っていた。

「ああ。何か悩み事あるのか?」

「んー、悩みって訳じゃないんだけど、最近純の声が聞こえるんだよね。」

「え、俺の?一緒に暮らしてるんだからおかしくないだろ?」

「そうじゃなくて、泣きそうな純の声なんだよね。桜、起きてって。」

「あー、それは俺じゃないな。本当に俺の声なの?」

「もちろん。純の、しかも泣きそうな純の声を聞き間違えるはずない。」

「えー、でも俺泣きそうな事なんてないよ。」

「うん、見てればわかる。」

「気のせいじゃないのか?」

「聞こえる回数が増えてるの。でもまあただ聞こえるだけだから。」

「無理すんなよ。」

「はいはい。ご馳走様。」

夕食を食べ終え、先に食器を片付けた。その瞬間。

─桜、起きろ!俺と結婚するって約束だっただろ!─

純の大きな声が聞こえてきてその場に座り込んだ。いつもの泣きそうな声ではない。必死に起こそうとしている声だ。でも私は今、起きているのに。

「ああ...!」

その時、猛烈な頭痛に襲われた。倒れて、両手で頭を抑えた。

「桜、どうした!?」

純が駆け寄って来たが、痛みすぎてそれどころではない。でもその痛みの中に、私と純が過ごした日々が思い出された。水族館に行った事、夏休み中、純に別れを告げた事。でもその後純は先が短い私の傍に居てくれると言ってくれた事。

そしてクリスマス。指輪を貰って、嬉しかった。なのに、その後倒れてしまった。

それで全て思い出した。私は難病で、純に一回別れを告げている。でも純はそんな私を受け止めてくれた。今までの声は、目を覚まさない私に声を掛けていたから泣きそうだったのか。

「桜...?落ち着いた?」

「ごめん純、私、帰らないと。」

「帰るってどこに...って、桜!どこ行くの!?」

純の声を無視して家を出た。確か前にも同じ事をした事がある。だけど現実に戻る事をやめてしまってのだ。この世界があまりにも幸せだったから。健康な身体で、十と一緒に居れる。辛い事は一切ない。だけどこの世界は所詮、別世界だ。この世界の私に返してあげないと。

「はぁ...着いた。」

私が向かったのは純に別れを告げた海だ。この世界では私と純は海に近い所に住んでいる。

「桜、居た!こんな夜に一人で海なんて危ないだろ。」

すぐに純が追って来て捕まったが、早く現実に帰りたい私は純の手を振り払った。

「桜...?」

「ごめん、純。私、現実の世界に帰らないと。」

「は...?現実の世界って?ここは現実じゃないって言いたいのか?」

「うん。ここは別世界なんだよ。本当の私は難病で、もう死にかけてる。だから泣きそうな純の声が聞こえてたんだよ。」

「死にかけてるんだったら、ここに居て俺とこのまま暮らせばいいじゃん。」

「ううん、現実の純に会わないと。それに私が死んだら、元々この世界に居た私が戻って来れなくなっちゃう。そしたらこの世界の私も死ぬ事になる。」

「...そんなの嫌だ!」

「だったら、私が元の世界に戻らないと。純、私に幸せをくれてありがとう。少しだけど結婚した未来を過ごせて、嬉しかったよ。この世界の私によろしくね。」

純はまだ納得していない顔をしていたが、そんなの気にせずに私は意識を手放した。