時計が売っているという階に行くと、人が少なかった。この階は有名ブランドが並んでいるからだろう。学生がおいそれと入れる場所ではないから、私達を除いて一人も歩いていない。

「純、結構高そうな店ばかりだけど大丈夫なの?」

そう聞かずにはいられなかった。色んな店先に出ている商品の値段は軽く万は超えている。私には絶対手出し出来ない値段だ。

「大丈夫だよ。今向かってるのは一万もしない所だから。あ、ここだよ。」

純が立ち止まったのは他の店と違ってこぢんまりとした店だ。知る人ぞ知る店というイメージだ。

「こんにちはー」

純は元気よく店に入った。手を引かれて私も入ると、思ったより店内は広かった。

「こんにちは。時計を買う決心がついたのかな?」

六十代ぐらいの男性が店の奥から出て来て純に尋ねた。どうやら純は何度も時計を見に来ていたらしい。

「そうなんです。まだありますか?」

「あるよ。君がいつ買いに来てもいいようにとっておいたからね。」

「ほんとですか!?ありがとうございます!」

男性は純の反応に微笑むと、店の奥に戻って行った。しばらくして戻ってくると、その両手には小さな箱が乗っていた。

「確かこの二つで悩んでたよね。」

「そうです!本当にありがとうございます。」

「今日は彼女さんと来てくれたんだね。二人で選ぶといいよ。」

男性はそう言うとまた店の奥に戻って行った。私達の他にお客さんはおらず、時計の音だけが響いている。まるでここだけ世界から切り離されたようだ。

「純、否定しなくて良かったの?私が彼女だって思われてるよ。」

「別に否定する事じゃないし。むしろこんなに美人な人が彼女って思われて嬉しいよ。」

「ふーん」

素っ気ない返事になってしまったが、内心めちゃめちゃ喜んでる。それに美人なんて初めて言われた。私が美人なんてと思う反面、純に言われるとなんでも信じられる。

「なぁ、桜はどっちがいいと思う?」

店内を見ていると、純が聞いてきた。迷っている色は黒と茶色だ。

「どっちも似合うと思うけど、茶色が良く似合いそう。」

「じゃあ茶色にしよ。桜はなんか欲しい物ないの?」

「これ可愛い。」

私が指差したのは水色のチェーンでワンポイントに桜のチャームがついているブレスレットだ。一目見た瞬間、欲しいと思った。

「ならこれも買おう。俺払ってくるよ。」

「え...いいよ。お昼払ってもらったし。それに...」

「それに?」

「私がつけても似合わないよ。」

もう一度ブレスレットを見る。光に当たってキラキラ輝いているブレスレット。つい目を細めた。こういうのは肌が白くて綺麗な人が似合う物だ。傷だらけの私には似合わないし、もうすぐ死ぬのに物は増やしたくない。