怖い。今すぐここから逃げ出してしまいたい。でも腕には点滴がついていて走るのは不可能に近い。というか無理だ。それにこの人から逃げられる訳ない。もう知られてしまったのだから逃げても無駄だ。諦めよう。

「うん。本当だよ。」

しっかり頷くと、母親は大きい溜息をついた。そして私の方に近づいてくると頬を叩かれた。近づいてきた時からやられるだろうと思っていたから驚かなかった。

「あんたってこっちに迷惑ばっかりかけるよね。なんでなの?どうして彗や冬香みたいに完璧じゃないのよ。」

母親は吐き捨てるように言うと、私を睨んだ。この人は私が病気だと知っておきながらもまだこんな事を言うのか。

私に対しての愛情なんて、これっぽっちもないんだ。わかりきっていた事だが、病気だと知ったら少しは同情してくれるかもと期待していた自分が惨めに思えた。

「あんたさ、治療費は誰が出してんの?」

少しの沈黙の後、母親が聞いてきた。その声には当然、怒りが含まれている。

「おばあちゃん。」

本当の事を言うとまた叩かれた。先程と同じ所を叩かれたから腫れてきた気がする。

「そんな治らない病気の為に私の親のお金使ってんの?どういう神経してんのよ。」

あんただって私のバイト代半分使ってるくせに。

「私も最初は断った。けどおばあちゃんが出させてって。」

「そりゃあ私の親はあんたと違って優しいからそう言うに決まってるでしょ。」

そんな優しい親から生まれたあんたはどうして私には優しく出来ないんだろうね。

「ごめんなさい。」

言いたい事は山ほどある。なのに一つも言えない。言ったらまた叩かれる。また嫌われる。もう既に嫌われているのに、まだ好かれようとしている自分に気づき、笑えた。そして気持ち悪かった。

「あーもー、あんたのその、謝っとけばいいって感じも嫌いなのよ。私が一番可哀想って思ってるその表情も。」

なにそれ。謝っとけばいい?一番可哀想って思ってる表情?あんたは私が何をしたら文句を言わないの?

「ほら、何か言ったらどうなの?下向いてたらわからないのよ。」

必死に気持ちが溢れないようにしているのにこの人はその気持ちを踏み潰す。もしここで私が感情を全て出したら歯止めが効かなくなる。個室の病室といえど、病院で騒ぐ事は出来ない。

「こんな時でも何も言わないのね。何、我慢してる私偉いって同情集めたいの?気持ち悪い。」

私が何も言えないでいると、母親は好き勝手言い始めた。この人、ここになにしに来たのだろう。日々の鬱憤を晴らす為?それこそ気持ち悪い。

「はぁ。もうあんたなんていらない。病気で先も長くない人に構ってる余裕ないの。もう帰って来ないで。」

母親はそう吐き捨てて病室を出て行った。もう心も身体もぼろぼろだった。どうして私ばかりこんな思いしなければいけないの?好きで病気になった訳じゃないのに。

なんで、なんでよ...!