「言ってないよ。母さんの作った料理が味薄い訳ないじゃん。」

彗は爽やかな笑顔でそう言った。母親は私の横を通り過ぎると彗の頭を撫でた。

「そうよね。彗がそんなこと言わないわよね。」

母親は私の方を向き直すと笑顔で近づいてきて頬を叩いた。いきなりの事だったから少しよろついてしまった。

「どうせ彗のことが羨ましくてそんな嘘ついたのよね。みっともない。」

このぐらいの事ならいつも言われてる。何も言わず、黙って時が過ぎるのを待つのがベストだ。なのに私は...

「嘘じゃないし。本当に言ってたから。」

言い返してしまった。どうしてだか今日は我慢出来なかった。

「口答えするの?ただでさえあんたは出来損ないなんだから大人しくしていなさい。」

母親はそう言うとリビングを出て行った。続いて彗も出て行くかと思ったら私の前に来て、

「俺には勝てないよ。」

鼻で笑いながらそう言い、リビングを出て行った。リビングには私一人だけになり、崩れるようにその場に座った。どうして今日の私は言い返してしまったのだろう。我慢出来なかったのだろう。それだけでない。彗が料理の味が薄いって言ってるなんてどうして言ってしまったのだろう。昔から彗が言ったことしか母親は信じないではないか。なのにどうして...

「うっ...」

自分を責めていると吐き気が襲ってきた。トイレまでもちそうになかったからシンクに吐いた。昨日はお昼しか食べていないから出す物なんて大してないのに、吐いてもスッキリしなかった。

「もう行かなくちゃ...」

シンクに吐いた事がバレたら大変だから念入りに掃除をして家を出た。駅に向かう途中で何度も吐き気がしたが何とか我慢し、電車に乗った。

学校に着くと色んな人から見られた。それもそのはず。私の片頬は赤く腫れているのだから。それに純との事もあるから尚更だろう。

心が痛いのに気づかないフリをして教室に入ると、すぐに自分の席が目に入った。だって私の席は水浸しでとても座れる状況じゃなかったから。今日は本当にツイてない。

ホームルームが始まるまで時間があったからその辺にあった雑巾を借りて机やイス、その周りを拭いた。幸い、隣の席の人の席は濡れていなかった。

何とか座れるぐらいまでにし、雑巾を絞ろうと教室を出ようとしたら、

「入学して早々いじめとか可哀想ー」

クラスの女子がクスクス笑いながら話していた。確かに入学してまだ四日だ。私もいつかはいじめられると思っていたが、こんなに早くいじめられるのは予想外だ。けれどいじめられる事には慣れている。今更何とも思わない。