「雨止みそうにないね」
放課後の教室。窓の外は薄暗く、止む素振りを見せない雨。季節は梅雨真っ最中。
梅雨と言っても今年は雨が少ない方だ。教室で雨が止むのを待つ僕とクラスメイトの姫野朱莉(ひめのあかり)
なぜ僕たちが一緒に雨宿りをしているのか。
週番に割当たっていた僕と姫野さんは、担任である工藤先生に、
「週番の二人に放課後運んで欲しいものがあるからお願いね」
と言われ残ることになる。
面倒だと思ったが、流石に週番であるから断ることは出来なかった。
先生の手伝いも終わり、僕たちが帰ろうとした矢先、先程まで明るかった空が一転して薄暗い雲に覆われる。
そしてポツポツと降り出す雨。
傘を持っていなかった僕たちは、仕方なく教室で雨宿りすることにした。
とは言っても僕と姫野さんは、ほとんど話したことがない。
今年初めて同じクラスになったが、話したことは週番の仕事のことだけ。
バスケ一筋で異性との関係を持ってこなかった僕は、この状況をどうすればいいか頭をフル回転させる。
雨が止むまでずっと無言というのもさすがにきついし、かと言って何か話しかける勇気もなかった。
走って帰るという選択肢もあったが、中学の怪我以降、走ることは中々にしんどい。
それに雨の中をわざわざ走って帰ることはしたくない。
僕は仕方なくスマホを取り出し今ハマっている漫画を読む。極力彼女と話をしないために。

「何見てんのー?」
「うわっ!」
彼女が急にスマホを覗いてきたので、思わず声が出てしまう。
まさか彼女の方から話しかけてくるとは思いもしなかったから。
「あ、この漫画私知ってるよ!」
僕が言葉を発する前に、一人盛り上がる彼女。愉快な人だな。
「光希くんこの漫画好きなんだ!」
「うん。面白いから」
「他になんか好きな物とかないの!?」
間髪入れずに次の話題を出してくる彼女。なぜこんなにも話しかけてくるのだろうか。
まぁ話しかけるのが苦手な僕からしたら助かるけど。

「どうして姫野さんはそんなに僕と話したいの?」
「それはねー! 私が君と仲良くなりたいからだよ!」
思わず聞いてしまった僕に、考える間もなく彼女は答える。
彼女の目は嘘をついているようには見えなかった。
きっと本気で、僕と仲良くなりたいと思っているんだ。
彼女が悪い人ではないことは、何となくわかる。
いつもクラスで明るくみんなに振る舞っていて、裏表があるようには見えないから。
まぁ、こんなのは僕のただの勘だけど。
でも僕と仲良くしたいと言うなんて、だいぶもの好きな人だな。
高校に入ってから、まともに異性と話したことなんてない。
異性との関わり方なんていまいち分からないが、彼女と仲良くなるのは悪くは無いと思う。

「僕なんかで良ければよろしく」
「ほんと!? よろしくね!」
口角が徐々に上がり、嬉しそうに笑う彼女。そこまで喜ぶとは思っていなかった。
──もしかして僕って結構モテたりする?
そんなバカなことを考えては一人恥ずかしくなる。さすがに自意識過剰過ぎたな。
それから僕たちはお互いを知るために、質問をし合った。とは言っても彼女が一方的に聞いてくる方が多かったけど。
もう何問質問されたのか分からなくなってきた時に、質問のネタが尽きたのか姫野さんは、んー、としばし唸っている。

「あっ! じゃあ中学での部活は!」
「あー・・・・・・」
僕はその問いにすぐに答えることが出来なかった。正確には答えられたけど、答えたくなかった。
きっと答えたらその事について追求されるから。
だけど僕の答えを待つ彼女を見ると、答えない訳にはいかないと思い、
「バスケ、やってたよ・・・・・・」
さっきまでの声のトーンとは少し低くなり、僕の声は今にも消えてしまいそうだった。
僕の返事に彼女は少し疑問を持っていたが、気にせずに続けてくれる。
「バスケやってたんだ! 高校ではバスケしなかったの?」
「・・・・・・」
この質問だけはされたくは無かった。まあ、中学でバスケをやっていて、高校ではやっていないことに疑問を持つのは分かる。
だけどこれ以上は深く追求しないでほしい。
まだ話して数十分ぐらいしか経ってない彼女に、僕の過去を話せるほどの信用はなかった。

「僕にはバスケは向いていなかったんだ!」
無理やり声のトーンを上げ、笑顔を貼り付ける。僕は嘘をついた。
いや、怪我をしてバスケが出来なくなるなんて、もしかしたら本当に向いていなかったのかもしれないな。
本当だったら高校でも、大学でも、いや大人になってもバスケをしていたかった。
だけどそんな僕の希望は、中学という人生のスタート地点で潰えてしまう。

「そんなことないよ! 光希くんはバスケ上手だよ!」
姫野さんは分かりやすく僕を励ましてくれる。まるで僕がバスケをしている姿を見たことがあるかのように。
「僕のバスケしてるところ見たことないでしょ」
僕は笑いながら返す。
「あっ、うん・・・・・・でも、上手そうだもん!」
少しだけあった間に変な違和感を感じたが、やっぱり想像で話していたらしい。
気を使ってくれただけ感謝する。その後はなんとか話題を変えることに成功する。
完全下校時間を知らせる放送が入り、僕たちは仕方なく帰ることにした。
結局一時間以上も教室で雨宿りをしていた。
結構降っていた雨も霧雨程度になっていて、帰るのに支障はなかった。
「それじゃあ僕はこっちだから。気をつけて帰ってね」
姫野さんに声をかけて僕は一人歩き出す。

「光希くん待って! 私もそっちだから一緒に帰ろうよ!」
僕はまだ何も言ってないのに、彼女は僕の横に来る。そしてまた質問をしてくる。彼女の第一印象は、
──天真爛漫な人
本当に何でこんなに話しかけられるのだろうか。彼女のコミュ力には驚かされる。
「質問ばっかも飽きたし、ここで問題です! 色の三原色とは何色と何色と何色でしょう!」
質問ばっかと思いきや、急にクイズを挟んでくる姫野さん。本当に彼女は変わっている。
「おー、急だな」
「いいから! はい! 答えは!」
色の三原色か・・・・・・色の三原色は確か。
「赤と青と緑だった気がする」
「残念でしたー! 赤と青と黄色でしたー!」
「あれ? 違かったっけ?」
結構自信があったのに間違っていたことに少し驚く。
「赤と青と緑は色の三原色じゃなくて、光の三原色だよ」
僕としたことが光と色を間違えてしまう。間違えてしまったことが少し悔しい。
でもなんで急にクイズなんて出したんだ?
結局この謎については一生わからずじまいだった。
話に花が咲いていると、僕がいつも利用している駅が見えてくる。

「それじゃあ僕は電車だから、また明日」
今度こそ彼女に別れを告げて、駅の改札口へ向かう。
「あーこんな時間に女の子一人で帰るのは危ないなー。知らない男の人に襲われたらどうしよー」
独り言にしては大きすぎる声。明らかにその言葉は誰かに向けられているのだろう。
そしてそれは紛れもなく僕に対してだ。
どうやら一人で帰るのが心細いのだろう。
だけど僕も電車の時間があるため、すぐに帰りたかった。
しかし、彼女の独り言が止まることは無い。永遠に独り言を言う姫野さん。 先に折れたのは僕の方だった。結局、彼女を家まで送ることになる。
女の子を家まで送るなんて人生で初めてだった。
幸いにも姫野さんの家は駅から徒歩十五分程の所にあった。
学校から結構近い位置にあるのはいいなと僕は思う。

「わざわざ送ってくれてありがとね!」
「誰かさんが圧をかけてきたからね・・・・・・」
僕はボソッと呟く。
「ん? 何か言った?」
「い、いや別に何も・・・・・・」
運良く彼女には聞こえなかったらしい。本当に聞こえなかったのかは分からないが。
手を振る彼女を後にして、僕は駅の方へと踵を返した。
駅のホームは仕事終わりのサラリーマンでいっぱいだった。
当たりを見回しても、僕のような高校生はどこにもいない。こんな遅くに帰るのは久々だ。
少ししてやってきた満員電車に揺られながら、僕は帰路についた。