朱莉の葬儀はすぐに行われた。
僕は彼女の葬儀には参列しなかった。
彼女がいなくなった世界を、まだ実感出来ていなかったから。
カーテンも開けずに、薄暗い部屋の中で、毎日死んだように生活してる。

──私の事なんて忘れて今まで通りの日々を送るんだよ
彼女から言われた言葉を僕は守ることが出来なかった。守れるはずなんてない。
今まで通りの日々を過ごすなんて無理に決まってる。
それぐらい朱莉の存在は、僕の中で大きなものになっていたんだ。
大切な人を失うってこんな気持ちになるんだな。

どんなに彼女のことを思っても、彼女は戻ってこない。
ただ時間だけが過ぎていくだけ。
彼女が亡くなってからもう1週間が経つ。
学校ではもうすぐ冬休みが始まる。
だけど僕は、冬休み前に学校に行ける自信はなかった。
学校に行くと朱莉を思い出してしまうから。
それにクラスメイトたちが、彼女のいない日々を普通に生活しているのは耐えられない。

──ピンポーン
僕の部屋まで聞こえてくるチャイムの音。
宅配か何かだと思っていたが、ドンドンと階段を上がってくる足音が聞こえてくる。

「光希・・・・・・お友達よ・・・・・・」
友達って誰なんだ。僕のことを心配してきたってことなのか。
悪いけど僕は今は誰とも会いたくない。
「悪いけど帰ってもらって・・・・・・」

──ガチャ
僕の言葉なんて無視して開くドア。
そしてそこに立っていたのは、莉緒だった。
「え、なんで・・・・・・」
「いつまでそうやってるつもりなの?」
「・・・・・・」
「朱莉は・・・・・・私にも病気のことを教えてくれなかった。彼女はあなただけにしか言ってなかったの! その意味がなんでわからないの! 光希くんのそんな姿みたら朱莉がどう思うか分からないの・・・・・・!」

莉緒の顔を見ることが出来ない。
彼女の言ってることは全て正しい。
今の僕の姿を見たら、きっと朱莉は悲しむだろう。
だけど、僕は彼女の死後すぐに切り替えられるような強い人じゃない。
「ごめん、少し強く言いすぎたね。冬休みが始まる前までに、一回でもいいから学校に来てね。私も亮太も湊音もみんな待ってるから」

彼女はそう言って僕の部屋を後にした。
また僕の部屋は静寂に包まれる。
ずっとこうしていたって、何も変わらないことなんて分かってる。
僕が変わらないといけないんだ。
だけど、朱莉がいなくなった世界を平然とやって行ける自信なんて僕には無い。
とりあえず学校に行かないといけないんだな。
ずっと休んでいたらみんなに迷惑をかけてしまう。
明日は土曜日だから、月曜日から学校に行こう。
いつまでも引きずっていたら、朱莉は悲しむよね。

そういえば、最近スマホを全く見ていなかった。
通知はたくさん来ていたが、見る気にはなれなかったから。
久々にスマホの電源を入れると、みんなからの心配のメッセージが送られている。
亮太に莉緒、湊音やクラスメイトなど。
だけど今は、返信をする気にはなれなかった。
「……っ」

僕は目を疑った。
だって・・・・・・そこには来るはずもない朱莉からのメッセージが届いている。
どういう事だ。何が起きているんだ。
これは夢なのかもしれない。僕は悪い夢を見てるんだ。
メッセージ画面を開こうとする指が震える。
恐る恐る僕は画面を見る。
『光希くんへ! このメッセージを見たときでいいので、私の家へ来てね!』
「なんで……」
彼女はもうこの世界にいないはず。
なのになんでこんなメッセージが来るんだ。
「行かなきゃ……」
僕の体は考える前に動いていた。
急いで簡単な服に着替えて一階へと降りる。

「光希・・・・・・」
僕の姿を見た陽菜は目を丸くしていた。
一週間以上も部屋に一人閉じこもっていたのだから仕方ない。
「ごめん・・・・・・後で全部話す」
僕はスマホを片手に家を飛び出した。
最寄り駅で電車に乗り、朱莉の家を目指す。
何度も通ってきた道を、僕は進んでいく。
彼女の家には着いたが、どうすればいいんだ。
やっぱりあのメッセージは幻だったのかもしれない。
だけど、ここまで来て、迷ったらダメだ。
呼び鈴を鳴らすと、中から一人の女声が出てくる。
朱莉のお母さんだろう。
「あ、あの・・・・・・」
「あなたが光希くんね。どうぞ中に入って」
僕が名乗る前に、家の中へと招かれる。
リビングへと案内され、僕は椅子に腰かける。

「来てくれてありがとね」
「いえ・・・・・・とんでもないです・・・・・・」
優しく微笑むおばさんの顔に、朱莉の面影を感じる。朱莉の笑顔はお父さんとお母さん、どちらにも似たんだな。

「急に連絡が来て、驚いたわよね。あの子に頼まれてね」
「朱莉にですか・・・・・・?」
「そうよ。あの子がくれた手紙の中に、『光希くんにこのメッセージを送って上げて!』って言われたの」
「そうだったんですか・・・・・・でもどうして・・・・・・」
どうして僕を呼んだのだろう。
僕が立ち直れるわけないって彼女なら分かっていただろう。
「あの子からこれも預かってるの。はい」
おばさんから手紙のようなものを物をもらう。
裏には「光希くんへ」と書いてある。
朱莉が書いたものだろう。
「あの子ね、よくあなたの話をしていたわ」
「僕の話ですか・・・・・・?」
彼女が僕の話なんてしていたかのか。
彼女のことだからきっとまともな話では無いんだろうな。
「あなたと出かける度に、毎回幸せそうに話していたわ。今日はこんなことがあったんだよとか、すっごく楽しかったんだよってね」
「・・・・・・っ、すみません・・・・・・」
「いいのよ」
ずっと我慢していたものが込み上げてくる。
彼女はそんなにも僕との日々を楽しんでくれていたのか。

「僕は彼女に病気のことを教えてもらいました……なのに僕は、彼女に何もしてあげられませんでした……」
こうなるなんて分かっていたら、もっと多くの時間を彼女に割いた。
後悔してもしきれない。
「そんなことないわ」
おばさんは僕の肩にそっと手を置き、唇を綻ばせる。
「あの子ね、病状が悪化するにつれどんどん殻に閉じこもっていったの。だけどね、あなたと出逢ってから、笑うことや前向きになることが増えたのよ」
それはきっと僕のおかげじゃない。
僕が初めて話した日から、彼女は太陽のような人だった。
前向きになれたのは僕の方だ。
「だからね、あまり自分のことを責めないで。その方があの子も喜ぶわ」
「わかりました・・・・・・」
「あの子の話を聞きたくなったら、またいつでもうちに来ていいわ」
「はい、本当にありがとうございました」
おばさんに一礼して朱莉の家を後にした。

家に着くと僕は自分の部屋へと直行する。
そしておばさんから渡された手紙を開く。
中には二枚の便箋が入っている。
一枚目には、『私からの問題です!』と書かれた紙。
その言葉以外には何も書いていなく、僕は二枚目の紙を開く。
そこには大きく1027と言う数字。
そして、『この数字が表わす場所に行ってね』と書かれた言葉。
1027という言葉で思い浮かぶものなんてない。
この数字が表す場所。
そんなところ僕が知っているのか?
考えを巡らせている時、僕の頭に浮かんだ一つの場所。
「もしかして・・・・・・」