今日は僕が楽しみにしていた土曜日。
朱莉の家には10時頃に来てと言われている。
僕はおしゃれな服など持っていないから、無難に無地のTシャツにパーカを羽織った。
持っていくものなども特にはなく、準備は万端だった。
洗面所で歯を磨いてみると、眠そうに目を擦る陽菜が二階から降りてくる。

「おはよう光希、どこか行くのー」
「朱莉の家に行ってくる」
「んんー、って? え!?」
あ、これは絶対言わない方が良かったやつだ。
僕は言ってから後悔する。
眠たそうだった彼女の目が一瞬にして覚める。

「前も言ったけど別に付き合ってないからね。僕もう行くから」
異性の話になるとこうなるからめんどくさい。
陽菜から逃げるように僕は玄関に向かう。
まだ九時だけど、電車の時間も合わせたら丁度いいだろう。
靴を履いて外に行き、最寄りの駅まで歩く。
最寄り駅で電車に乗り、朱莉の家の最寄り駅まで向かう。
電車を降りていつもの見慣れた風景を歩く。
雨宿りした時や勉強会の時は緊張なんてしなかったのに、今日の僕は少し緊張している。
好きな人と二人きりと考えたら緊張するのだって仕方がない。

歩いていると何度も見てきた朱莉の家が見えてくる。
時間は約束の20分前。
今回は何も文句も言われないだろう。
僕は彼女に着いたというメッセージを入れる。
するとすぐにちょっと待っててと返信が来た。
五分ほど待っていたらドアが開き、家の主である朱莉が出てくる。
「いらっしゃい! 入っていいよ!」
「お邪魔します」
脱いだ靴を丁寧に並べ、中へと進んでいく。

「あ、今日はリビングじゃなくて私の部屋!」
彼女はそう言って、僕が二階に行くように指示する。
二階に来たのはいいものの、朱莉の部屋がどれか分からない。
さすがに勝手に開けるのは良くないことぐらいわかる。
僕は朱莉が来るのを静かに待つ。
「ごめんね私の部屋わかんなかったよね、こっちだよ」
僕は一番奥の部屋へと連れて行かれる。
ドアの前には可愛らしく朱莉と書かれている。
「さぁ入って入って!」
初めて入る朱莉の部屋。ピンクを基調としたとても綺麗な部屋だった。
一つも散らかっていないところを見ると、さすが女の子だなと思う。
ていうか来たのはいいのだけど、これから何をするんだ。
部屋を見渡した感じ、二人で出来そうなものも特には無い。

「今から何するの?」
「ちょっと待ってね!」
朱莉は机の引き出しから、カードゲームのようなものを四つも持ってくる。
「さぁどれをやりたい!?」
「どれって言われても・・・・・・何が何だかわかんないんだけど」
何かわからないのを四つの中から選べと言われても。
僕は適当に一つ選ぶ。
僕が選んだのは自己紹介クイズゲームというもの。
説明を読んだ感じ、カードに書かれた質問に二人で答える感じだ。

「それじゃあ早速やっていこう!」
山札のカードを一枚表にする。
『最近嬉しかったことは』
この質問に対して答えればいいのか。
「私の最近嬉しかったことは、世界史の小テストで95点も取れたこと!」
すごいでしょ、と言わんばかりの顔をする。
でも確かにあの小テストで95点を取るのはすごいと思う。
僕なんて50点しか取れなかった。

「光希くんの嬉しかったことは!」
「僕の嬉しかったことかー」
最近の嬉しかったことってなんだろう。
考えてみるが、特に最近嬉しかったことなどない。
「強いて言うなら、屋上に連れてってもらった時に、綺麗な景色を見れたことかな」
「あの場所ならいつでも連れて行ってあげるよ!」
「別に君の所有地じゃないでしょ」
朱莉はあそこがまるで自分の所有地のように話す。
「でも屋上に行ける人なんてほとんど居ないからいいでしょ!」
「まぁ確かに」
言われてみれば、僕は彼女と出会わなければ、あの屋上に行くことなんて無かった。
そう考えれば、連れて行ってくれるのは有難い。

「じゃあ次の質問に行こう!」
その調子で僕たちは質問に答えて言った。
山札の半分が終わった頃、時間は12時になっていた。
「もうお昼だし、ご飯作ってくるから、ちょっと待っててね!」
「僕もなにか手伝おうか?」
「お客さんは何もしなくていいよ!」
さすがの僕も何もしない訳には行かない。
なにか手伝えることがあれば手伝いたいとも思う。
だけど、彼女は「本当に大丈夫!」の一点張りで、僕は部屋で待つことになる。
待っている時、一つのアルバムが目に入る。
僕は気になって手に取る。
そのアルバムには、『basketball photo album』と書かれていた。
このアルバムは朱莉のバスケをしていた時の、やつだとすぐに分かる。
人のアルバムを勝手に見るのは気が引けるが、彼女も前に僕のを勝手に見たからいいだろう。
僕はアルバムのページをめくっていく。
そこには中学生の時の朱莉が写っている。
今と違い髪は長いが、やはり面影がある。
ていうかこの子、昔どこかで会ったような・・・・・・
髪の長い朱莉にどこか見覚えを感じた。
でもきっと気のせいだろう。

どの写真の朱莉もとても輝いている。
こんなに楽しそうに試合をしていたんだな。
それなのにバスケを辞めてしまったのは、やっぱり病気のせいなのだろうか。
だって、こんなにも楽しそうに試合をしているのだから、それなりの理由がないと辞めるはずがない。

──ガチャ
「ご飯できたよー、って勝手に見ないでよ!」
戻ってきた朱莉は、すぐ様僕の持っていたアルバムを取り上げる。
この光景前にも見たな。
「この前の仕返しだよ」
「女の子のを勝手に見るのは犯罪だよ!」
とんでもないことを言うな。
それなら僕のを勝手に見た彼女はどうなるんだ。
男だから良いとか言われたらたまったもんじゃない。
「はいはい、すみませんでした」
何を言っても僕が悪いと言われるから、素直に謝る。
「それでよろしい、じゃあご飯出来たから食べよう」
朱莉はお盆に二つ乗ったオムライスを持ってくる。
「朱莉が作ったの?」
「そりゃあもちろん!」
自信満々に頷く朱莉。
確かにそのオムライスの見た目は完璧だった。
僕ならお店で出てきても違和感なく食べるだろう。

「冷たくなっちゃうから食べよ!」
「いただきます」
一口食べて見ると、その美味しさに僕は驚く。
まさか彼女がこんなに美味しいオムライスを作れるなんて思ってもいなかった、
「めっちゃ美味しい」
「でしょー! 私の得意料理だから!」
あまりの美味しさに僕はぺろっと完食してしまう。
好きな人の作ったご飯ということもあり、心も体もどちらも満たされた。
そして朱莉は食べ終わった食器を洗いに行った。
僕も手伝うと言ったが、やっぱり断られてしまった。
そういえば、朱莉に病気のことを聞かないと。
聞くなら今日しかない。
このチャンスを逃すことは絶対にできない。
食器を洗い終わり、朱莉は部屋に戻ってくる。
僕は意を決して彼女に聞いた。

「朱莉、あのさ、バスケを辞めたのって病気が関係しているの?」
「病気ってなんのこと・・・・・・?」
一転して空気が重くなる。
ここで諦めたらもう聞く機会なんてきっと来ない。
「君は前に僕に嘘をつかなくていいって言ったよね。それなら君も嘘をつかないでよ。本当のことを話して欲しい」
僕もあの時は彼女に足のことを言うのを躊躇った。
だけど、彼女になら話してもいいと思えた。
それは僕にとって彼女がそれくらい信用できる人になったから。
だから僕も彼女の信用できる人になりたい。
朱莉は下を向いている。

「だめだよ・・・・・・だって本当のことを話したら、きっと君は私から離れていっちゃう」
今までに見たことない朱莉の顔。
その声はとても震えていた。
彼女がこんなにも弱々しい顔をするなんて思わなかった。
「そんなことないよ。僕は決して離れることはないよ。だから話して欲しい」
僕は彼女を真っ直ぐ見つめる。
どうしても僕は真実を知りたい。
彼女のために出来ることなら、協力したい。

「私ね、来年まで生きることが出来ないの」
「え・・・・・・?」
どうゆうこと・・・・・・?
理解が追いつかない。
「私は生まれつき体が弱かったの。それで幼い頃に皮膚の重い病気を患った。その病気は特殊なもので、痛みなどを、全く感じないものだった」
彼女は淡々と病気について話していく。
皮膚の病気? 痛みを感じない?
そんなものが本当にあるなんて僕は信じられなかった。
朱莉が病気ということは本当だったんだ。
しかし、そんなにも重病だったなんて・・・・・・
だけど、思い返してみたら、二人で火事の中に入っていった日。
彼女は燃え盛る炎の中、全く熱く無さそうだった。
それに怪我をしていても気づかない事だって多かった。
もしかしてそれも全て病気の影響なのか。
僕の中の分からなかったことが、一つに繋がる。

「治療法は今も見つかってなくて、大体の人は18歳までに命を落としてしまうの」
18歳・・・・・・
それって来年じゃないか。
そんなはずが無い。彼女は体調を悪い素振りなんて、今まで一つも見せてこなかった。
「嘘だろ・・・・・・」
「嘘じゃないよ。中学校くらいまでは体調は安定していたけど、高校に入る直前に不安定になってきたの。倒れることだって多かった」
「・・・・・・」
「だから好きだったバスケも諦めることになったの」
朱莉の話を僕はただ聞くことしか出来なかった。
未だに理解なんて出来ていない。
本当に朱莉は死んでしまうのだろうか。
「高校に入ってからは毎日薬を飲んでいるから、体調も安定しているの」
朱莉はカバンから小さなポーチを取り出す。
いつも彼女が持っていたポーチだ。
その中には数多くの薬が入っていた。
こんなにも多くの薬を毎日持っていたのか。

「朱莉は死ぬのが怖くないの、?」
どうしてこんなにも平然に話しているんだろう。
だって、来年まで生きられるのか分からないというのに。
「そりゃあ怖いに決まってるじゃん・・・・・・」
彼女の声は少し震えていた。
やっぱり怖くない訳ないのか。
僕だって死を間近にしたら怖いに決まってる。
「死にたくなんてないよ・・・・・・どうして私がこんな目に遭わないといけないの・・・・・・」
それはそうだ。なんで朱莉のような善良な人が病気にならないと行けないんだ。
世の中には死にたいと思う人だって沢山いる。
どうして生きたいと思う彼女のような人を、神は連れていこうとするのか。
「大丈夫だよ・・・・・・僕が君のそばにいるから」
僕なんかじゃ彼女を支えられないかもしれない。
だけど、独りよりは二人の方がいい。

「私ね病気のせいでバスケが出来なくなった時、死のうとも思ったの」
朱莉の目には光が入っていなかった。
「だけど死ぬことなんて出来なかった」
「もう死のうとなんて絶対に思わないで。死んじゃったら何も残らない。全てが終わっちゃうんだよ」
彼女は今まで精一杯病気に抗ってきた。
僕だって彼女の立場なら、死を選んでいたかもしれない。
それでも彼女は今日まで、死なずに生き抜いてきた。
「僕は君がどんな姿になろうが、絶対にいなくならないよ。だから僕を頼って欲しい」
こんなクサイセリフ一生言うことなんてないと思っていた。
僕の言葉で彼女の気持ちが少しでも楽になるなら、いくらでも言ってやる。
「ありがとう・・・・・・」

それから僕は彼女の幼い時の話を聞いた。
小学校や中学生のアルバムを見せてもらったり、数多くのエピソードを聞かせてもらった。
朱莉にとって僕は信用できる人になれたかな。

「もうそろそろ帰ろうかな」
スマホで時間を確認すると、もう18時になっていた。8時間も僕は朱莉の家にいたのだ。
さすがに長居しすぎてしまった。
「気を付けて帰ってね」
家の外まで朱莉は見送ってくれる。
「もし何かあったら僕にすぐに連絡して」
「本当にありがとね」
「それじゃあまたね」
僕は駅の方へと足を運ぶ。
振り返ると朱莉はまだ僕の方を見ていた。
一人になり、僕は考える。
朱莉のために出来ることってなんだろう。
僕は彼女のために何ができるのだろう。
ていうかそばにいるなんてほぼ好きと言ってるようなものじゃないか。
勢いに任せてそんなことを言ってしまった。
あの状況ならしょうがない。
今はそんなことより、朱莉のために出来ることを探そう。
僕は電車の中で考えを巡らせた。