長かった夏休みが終わり、今日から学校が始まる。
今年の夏を振り返ると色々なことがあった。
去年であれば外出することなんてほとんどなく、肌も女子のように白かった。
でも今年は夏祭りや海など外出することが多かったため、肌はやや黒く焼け焦げている。
僕のこれまでの夏休みの中でも、一番と言っていいほどに楽しく、思い出に残るものになった。
それもこれも朱莉のおかげだろう。
高校に入学してからあまり人と関わることはしてこなかったが、彼女と出会ってから僕は少しずつ変わってきてる気がする。
だからこそ僕は、今もあの日見た記事が頭から離れずにいた。
『姫野朱莉は大病を患っている』
ネットの情報だからまだ信じたわけじゃない。
デマってことだって全然あり得る。
だけど振り返ってみたら、彼女は前に体育を見学していた。
僕はあの日だけだと思っていたが、もしかしたら毎回見学なのかもしれない。
考えだすと全てのことを病気のことに繋げてしまう。

その記事を見た日から、僕はどこか落ち着かない。
彼女に聞くのが一番早いが、流石に聞けるわけがない。
どんな顔で朱莉に合えばいいのだろう。
そんな不安を抱えながら、学校へ向かう。

久々に行く学校は少し懐かしく感じる。
1ヶ月来てないだけでもこんな風に感じるんだな。
「光希久しぶりー!」
「湊音めっちゃ黒くなったね」
「ほぼ毎日外出してたからな」

久しぶりに見た湊音は全身がこんがり焼けていた。
やっぱり体育会系の男子はすごいな。
教室を見渡しても、夏休み前より黒くなっている人が多い。
そんなこと思ってる僕もだけど。
「はい出欠取るからみんなみんな座ってー」

担任が入ってきて出欠を取る。
今日からまたいつも通りの日常が始まる。
初日は授業が無いためすぐに終わる。
出欠を取ったあとは、体育館に行き全校集会。
その後は教室で課題などを回収して終わりだ。
そんな感じでボーッとしてたら、初日はあっという間に終わってしまった。

夏休み前と比べて変わったことなんてほとんど無い。
一ヶ月程度の休みじゃ変化なんてないか。
いつも通り朱莉は話しかけてきたが、僕はどんな顔をして話せばいいのか分からなかった。
変に気を使うのはかえって怪しまれるので、できる限りいつも通りを装った。
こんなにも明るい彼女が病気を患ってるなんてありえない。
やっぱりデマだったのかもしれない。
だけど僕はどうしても真実を知りたい。
真実を知るのは怖いけど、不確かなままが一番嫌だ。

結局、真実なんて知れないまま一日が終わってしまう。
その日の夜、僕と亮太、そして朱莉と莉緒のグループに一件のメッセージが届いた。
『テストも近いしさ、良かったらうちで勉強会しない!?』
提案したのは朱莉だった。
そういえばもうすぐでテストがあるんだ。
充実した夏休みだったので、完全にテストの存在を忘れてしまっていた。
来年には受験生だし、そろそろ頑張らないとな。
もちろんみんな朱莉の提案には賛成し、勉強会をすることに決まる。
もしかしたら彼女の家に行けば、病気のことについて何かわかるかもしれない──


「リビングはこっちだよー!」
「お邪魔しまーす!」
朱莉の家に着いた僕たち三人は、リビングへと通される。
彼女の家に来るのは雨宿りをした日以来だ。
「てことで何する!? トランプ!?」
「やっぱり元から勉強する気無かったよね」
前回のテスト勉強同様、やっぱりトランプをすることになる。
こうなることは分かってたし、僕も勉強ばかりよりはこっちの方がいい。
ババ抜きや大富豪、神経衰弱など、小一時間ぐらいみんなでトランプをした。
「さすがにそろそろ勉強しよっか」
莉緒の一言で、みんな勉強モードに入る。
各々ワーク類を取り出し、問題を解いていく。

次のテストは前回よりも難しくなることが多い。
数学なんて何一つ理解出来ていない。
授業は寝ないで受けているが、実際は何一つ頭に入っていない。
このままだと赤点の可能性だって充分にある。
「朱莉か莉緒、ここの問題わかる?」
いくら問題を見ても、答えなんてわかるはずがなく、諦めて助けを求める。
僕より頭のいい二人なら頼りになると思った。

「ここの問題はねー、こんな感じでやると答えが出てくるよ」
莉緒の分かりやすい説明で、全く理解できなかった僕でも、すんなり理解出来る。
「なんで俺には聞かないんだ?」
「だって亮太じゃ分からないだろ」
僕が解けないのだから、さすがに亮太に解けるはずがない。
それに亮太に教わるというのは、僕のプライドが廃る。
わからない問題も朱莉や莉緒のおかげで、わかるようになってきた。
このまま行けば次のテストはなんとかなりそうだ。
真面目に勉強を始めてから、もうすぐ2時間が経つ。
この前のテスト勉強よりも、みんな集中するようになった。
来年にはもう受験が控えてるからだろう。
この間高校受験をしたばかりなのに、もうすぐで大学受験になるのか。

「ごめん! 私この後家族で出かける予定あるんだった」
唐突に莉緒がスマホを見て言う。
「もうだいぶやったし今日は解散にするか」
「そうしよっか! みんなまた来てね!」
莉緒の予定もあり、今日はここでお開きとなる。
充分勉強もできたし、分からないところは教えてもらったから、僕からしたら有意義な時間だった。
「お邪魔しましたー!」
「みんな気をつけて帰ってねー!」
見送ってくれる朱莉に手を振り、僕たちはそれぞれの道を進む。
「いやぁ、今日は集中して勉強出来て良かったわ」
「亮太は珍しく集中してたね」
「珍しくってなんだよ!」
駅に着くまで、僕たちは雑談をしながら歩く。

駅に着き、切符を買おうとした時、
「あれ財布がない」
カバンに入れておいたはずの財布がない。
もしかしたら荷物を出すときに、朱莉の家に落としたのかも。
急いで朱莉に確認を取ると、やはり彼女の家に落としていたようだ。
財布がないと帰りの切符を買えないので、取りに戻るしかない。

「ごめん亮太、先に帰ってて」
さすがに亮太を待たせる訳には行かない。
僕はそう言い残して、急いで彼女の家に戻る。
駅から彼女の家まではさほど距離がないため、10分ほどで着いた。
家の前に来たところで、連絡を入れる。
「おかえり光希くん!」
「ただいま、それで僕の財布は・・・・・・」
「はいどーぞ」

ニコニコしながら彼女は渡してくる。
きっと大丈夫だろうけど、僕は一応中を確認する。
中身を見るわけないと思ったが、彼女の笑顔が少し怪しかった。
「別に何もとってないし、中も見てないから大丈夫だよ」
「君のことだからもしかしたらって思ってね」
「私をなんだと思ってるんだ」

ふざけて言った言葉に対して、彼女のツッコミが面白く、僕は吹き出してしまう。
「それじゃあ僕は帰るね」
「気をつけてね、バイバイ」
手を振る彼女を背に僕は駅の方へと歩きだす。