花火大会から2日が経った。
「ここが光希くんの家かー」
「はぁ、なんでこんなことに」
「まあまあ、元気だしていこう!」
遡ること2日前。
花火大会の日、2人で行動していたときに、不意に朱莉が、
「今度、光希くんの家に行ってみたい!」
そう言われ、それからは完全に彼女のペースにされてしまい、今に至る。
女子を家に招いたことなんてなかったから、軽くネットで調べてはおいた。
しかし、検索しても、『おうちデートでやるべきこと』や『初めてのおうちデートは何をするべき』など、僕が求めていた回答は得られなかった。
僕たちは別に付き合っている訳では無いから、お家デートでは無い。
ただ普通に彼女が家に来るだけ。
唯一の救いは、今日も両親は仕事で家に誰もいないということだ。
家に女子を連れてきたなんて言ったら、何を言われるか分かったもんじゃない。
「入っていいよ」
「おじゃましまーす!」
僕の家に同い年の女子が入ってくる。
まさかこんな日が来るなんて思ってもいなかった。
律儀に靴を揃えている朱莉を見て、見かけによらず礼儀正しいと思った。
亮太が家に来る時なんて、自分の家のように靴は放られている。
「光希おかえりー、って!? えぇー!? 光希が家に女の子を!?」
「え・・・・・・なんでいるの・・・・・・?」
誰もいないと思っていたリビングから、陽菜が出てきて、僕は呆然とする。
完全に終わった・・・・・・
よりにもよって一番めんどくさい陽菜がなんでいるんだ。
「あ、こんにちわ! 光希くんと同じクラスの姫野朱莉です!」
「朱莉ちゃんね! いらっしゃい! ゆっくりしていってね!」
「はい! ありがとうございます!」
絶望している僕の横で、二人は和気あいあいと話している。
初対面のはずなのに、二人とも緊張なんてしてない。
女子同士だから仲良くなるのも早いのか。
こうなってしまった以上は仕方ない。
僕は諦めて朱莉を自分の部屋へと案内する。
「ここが光希くんの部屋かー、意外と綺麗なんだね」
「意外とは余計だよ。適当に座っていいよ」
「はーい」
僕は彼女を部屋に残し、リビングに行く。
こういう時は飲み物や菓子折りを持っていくのが、基本だろう。
でもそれよりも陽菜への誤解をとかないといけない。
きっと彼女とかだと思っているだろうから。
「あ、光希」
「先に言っておく、朱莉は彼女でもなんでもないから」
陽菜に聞かれる前に、先に水を差しておいた。
だけど、絶対信じていない。
「だって光希に彼女なんて出来るわけないもんね」
「何その言い方」
彼女はニヤニヤしながら言ってきた。
さすがに今の言葉は少し癪に障る。
僕だって本気を出せば彼女の1人や2人ぐらい出来る。
恋愛に興味が無いから作って無いだけだ。
「そいういえばあの子どこかで見たことある気がするんだよね」
「きっと別人だよ」
あんなに個性的な人は一度見たらすぐには忘れないだろう。
僕は心の中で独りごちた。
陽菜は少し考える仕草をとったが、「まぁいっか」と言って考えるのをやめていた。
「それよりなんで陽菜が家にいるの」
「最近家に帰ってきてないから、帰ってきたの。そしたらこんないい物が見れるなんて」
またしてもニヤニヤしている陽菜に、もういい、と告げて部屋に戻る。
「ごめんお待たせ、って、何見てんの!」
「あぁごめん、ちょっと気になっちゃってさ!」
朱莉は僕の中学時代のアルバムを勝手に見ていた。
僕は恥ずかしさに耐えきれず、急いでアルバムを取り上げる。
しかもちょうど開いていたのは、部活動の写真のところ。
そこにはバスケの試合中の僕の写真が載っている。
最悪だ、試合中の顔なんて見られたくなかった。
「なんで取り上げちゃうのよー、光希くんのバスケ姿気になってたのに!」
「勝手に人のを見といてよく言うよ」
アルバムを閉じようと思ったけど、僕も久々にアルバムを見て、少し気になってしまった。
一度閉じかけたアルバムをもう一度開く。
すると、朱莉はすぐさま顔を覗かせてくる。
「あれ、見せてくれるの」
「まぁ別にいいかなって」
「素直じゃないなー」
からかってくる彼女が少しムカついたので、「それなら別に君は見なくていいか」と言ったら、「ごめんー!」と言って直ぐに謝ってきた。
僕のアルバムなんて何も面白くないのにな。
部活動の写真では、練習風景や試合の写真もある。
自分の試合中の姿なんてあまり見たことが無い。
僕はこんなに楽しそうにバスケをしていたんだな。
写真に映る僕の顔は、集中しているけども、どこか楽しそうだった。
「光希くんすっごい楽しそうにプレイしてるね」
「このときはすっごい楽しかったからね」
「じゃあ、なんでバスケをやめちゃったの?」
墓穴を掘ってしまった。
これじゃあ彼女は僕がバスケを辞めた理由が、気になるに違いない。
なんて言って誤魔化そうか、
「え……だからそれは、僕にバスケは向いていなかったんだよ」
変な言い訳より、前に言った理由を言った。
これなら彼女も納得してくれるだろう。
「そんな嘘つかなくていいんだよ」
「え?」
さっきの雰囲気から打って変わって、朱莉は真剣な面持ちになる。
彼女のこんな顔僕は見た事ない。
「嘘なんかじゃないよ」
ここで動揺なんかしたら、嘘だとバレてしまう。
僕は少し笑いながら言ってみる。
それでも彼女の表情は一切変わらない。
「中学校最後の大会で、相手選手との接触で足を怪我したんだ」
言うつもりなんてなかったけど、きっと言わないと彼女も手を引いてくれないだろう。
高校に入って湊音以外にこの話をしたことはなかった。
湊音以外にも話す時が来るなんて。
ましてや、朱莉に足のことを言う日が来るなんて思ってもいなかった。
けれど、彼女と過ごしていくうちに、彼女になら言ってもいいのかと思ってしまった。
「そうだったんだね・・・・・・」
僕のせいで部屋の空気が重くなってしまった。
やっぱりこの話はするべきじゃなかったな。
「でも、怪我しちゃってバスケ出来なくなるならやっぱり僕には向いてなかったんだと思う」
少しでも空気を和らげようと、僕は自嘲気味に笑いながら言ってみる。
「そんなことないと思うよ」
「なんで・・・・・・」
「だって私もバスケをやってたからわかるよ。君の試合を見た事もある。君にバスケが向いていなかったなんて少しも思わない」
彼女はきっと本当に僕の試合を見た事があるし、そう思って言ってくれてるのだろう。
だって彼女の瞳には曇りひとつない。
本心でそう言ってくれてるのだ。
彼女がこんな時に嘘を言うような人じゃない事なんて、これまで一緒にいたからわかる。
「もう一回バスケをやってみようよ」
「それは・・・・・・無理だよ」
僕だって何度もバスケをやろうと練習した。
けれど練習を重ねていくうちに、本当にもう無理なんだと実感してしまったんだ。
少しなら走ることは出来たのに、一回のジャンプで足が悲鳴をあげる。
「無理にとは言わないけど、少しずつやっていけば必ず奇跡は起こると思うよ。私は応援する」
いくらそんなことを言われても、医者に言われるくらい僕の足は言うことを聞かない。
それでも彼女がそんなにも応援してくれるなら、少しだけど頑張ってみようとも思えた。
そうしたらまたバスケを出来るかもしれない。
僕の中で消えかけていた灯火に、もう一度炎が灯った。
「よしじゃあ他の写真も見せてよ!」
暗かった雰囲気を変えるように、朱莉は僕の持っているアルバムを取り上げる。
さすがに過去の写真を好き勝手見られるのは恥ずかしいので、急いで取り返す。
「僕がページをめくるから君は何もしないで」
「えーケチ」
彼女はほっぺを膨らませて拗ねていた。
別に僕がめくるだけでアルバムは見れるのだからそんなに拗ねる必要も無いだろ。
僕は1ページずつアルバムをめくっていく。
彼女は一つ一つの写真を丁寧に見ては、
「あ! 光希くんいた!」
などとずっと僕を探していた。
中学校の僕は今とは正反対だったから、正直見つけられるのは恥ずかしい。
体育祭や文化祭の写真を見ては、頬を緩めながら楽しそうに見ていた。
そして気づいたら最後の卒業式の写真まで来ていた。
「中学校の時と比べてめっちゃ大人っぽくなったね」
全てを見終わった最初の感想はそれだった。
「まぁ足の件もあって、心を閉ざすようになったからね」
別に僕だって好きでこうしている訳では無い。
ただ自分に絶望している時間が長かったため、人との関わり方を忘れてしまったのだ。
「私は昔の光希くんも今の光希くんも好きだよ」
「え?」
僕の聞き間違いか何かか?
陽キャと言うものは、すぐに好きなんて言葉にするのか。
僕のことを好きになるはずなんてないのに、少しだけドキッとしてしまった。
どうして彼女と居ると、こんなにもペースが乱されてしまうのだろうか。
「ねぇ他にアルバムとかないの!」
「あるっちゃあるけど」
「よし! じゃあ出して!」
本当に自由な人だ。
あると言ってしまったが、小学校のアルバムなのでさすがに見せたく無い。
高校生になった今、小学校のアルバムなんて黒歴史でしかない。
アルバムを出すか考えていたら、隣に朱莉の姿が無くなっていた。
「ねぇアルバムどこー」
「ちょいちょい! だから勝手に部屋の中を探さないで!」
少し目を離した隙に、僕の部屋を好き勝手漁る。
これはもう彼女から目を離せない。
「僕が探すから君は座ってて」
こうなったらやむを得ない。
アルバムを見せないと彼女は無理やりにでも見つけ出すだろう。
特にやましいものなどは無いが、万が一何か出てきたらそっちの方が嫌だ。
僕はアルバムがありそうな所を、隅なくさがす。
「あ、あった」
少し埃をかぶっていたが、比較的綺麗な姿であった。
小学校のアルバムなんて卒業以来見た記憶が無い。
「はい見せて見せて」
「分かったからちょっと待って」
すぐに朱莉はアルバムを取り上げようするから困る。
僕は彼女の隣に行き、1ページずつゆっくりめくっていく。
小学校の頃の記憶なんてほとんどないが、大体の僕の写真にはバスケットボールが映っている。
やっぱりこの時は、これほどまでにバスケが大好きだったんだ。
「小学校の頃の光希くんって可愛いね」
顔を綻ばせながら彼女は言う。
「小学生の時なんて誰でも可愛いよ」
素直に喜ぶのは恥ずかしいから、僕は適当な言葉を言う。
一通りアルバムを見終わってしまい、やることが無くなってしまう。
何か楽しそうなものを探そうとしたが、僕の部屋にそんなものがあるはずは無い。
諦めて彼女と話すしかないようだ。
何かいい話題が無いか考えたけど、僕と彼女が盛り上がりそうな話題なんて思いつかない。
結局彼女が話題を色々と提供してくれて、時間をどんどん潰してくれた。
「もうこんな時間だしそろそろ帰ろうかな」
時計の針は6時を指している。
こんなに長く彼女と話続けられるとは思っていなかった。
「外も暗くなり始めてるし送ってくよ」
「申し訳ないし大丈夫だよ!」
「女の子1人は危ないって前に言ったのは君だろ。どうせ暇だし送っていくよ」
前に彼女はそんなことを言っていたので、僕は彼女を家まで送ることにした。
玄関に行き靴を履こうとした時、リビングから陽菜が出てくる。
本当にこうゆう時に出てきて欲しくないのに。
「良かったらまた来てね!」
「はい! お邪魔しました」
「僕は家まで送ってくるから」
「気をつけてねー」
ドアが閉まる時、一瞬見えたニヤニヤする陽菜の顔が頭から離れない。
絶対に彼女と勘違いしてるだろ。
「光希くんは優しいお姉さんが居ていいね」
「ただうるさいだけだよ」
確かに優しい時もあるが、僕にとってはただのうるさい人としか思っていない。
「私もお姉ちゃんとか欲しかったなー」
「朱莉は兄弟とか居ないの?」
「居ないよー、私は一人っ子!」
だからこんなにも自由気ままな人なのか。
一人っ子は自由人と呼ばれる人が多いと聞いていたが、その話は本当のようだ。
僕も一人っ子だったら、彼女みたいになっていのか。
そう考えると陽菜がいてくれて良かったとも思う。
話しながらだとすぐに彼女の家に着く。
まだ6時半と言うのに外はだいぶ暗くなっている。
前までは6時でも空は明るい方だったが、今では6時ではもう空は茜色へと変化している。
もうすぐ夏も終わり秋になろうとしているのだ。
本当に時間の流れとは早い。
「送ってくれてありがとね、今日は本当に楽しかったよ! またね!」
「こちらこそ、またね」
彼女が家に入るところを見届け、僕は来た道を戻る。
今日はどっと疲れたな。
きっと家に帰ったらすぐに寝てしまうだろう。
家に着くと早速、陽菜からの質問が始まった。
別に付き合っている訳でもないので、僕は適当に受け流す。
さすがにしつこく聞いてくる陽菜がめんどくさくなってきたから、僕は自分の部屋へと逃げる。
結局、この部屋が一番良い。
ベットに横になると、僕はふと気になったことを調べる。
検索画面で、姫野朱莉と打って検索にかける。
彼女もバスケをやっていたと言っていたし、初めて名前を聞いた時も、その名前に聞き覚えがあった。
陽菜も見覚えがあるとするなら、朱莉もバスケでは少なからず有名だったのかもしれない。
その時、1つの記事が出てくる。
『消えた天才、姫野朱莉』
何だこの記事。
僕は恐る恐るその記事を開く。
消えた天才とはどういう意味なのか。
僕はそこで衝撃の事実を知る。
彼女が僕なんかより何倍もバスケの才能があったこということを。
その記事には彼女が今までに優勝してきた大会の名前と回数が記載されていた。
その回数は僕なんかとは比べ物にならないほどの数。
それほどまでに彼女にバスケの才能があったなんて知らなかった。
次々と出てくる文章を、スクロールしていた手がピタリと止まる。
「え・・・・・・? なにこれ・・・・・・」
1番最後に書かれていた言葉。
僕は思わず目を留める。
それは決して知りたくなんてなかった事。
『バスケの天才姫野朱莉は、大病を患っていることが発覚し、バスケ界から突如姿を消した』
こんなの嘘だよな・・・・・・
心臓の鼓動が早い。こんなことが信じられるわけが無い。
あんなに明るい彼女が、大病を患っているはずがない。
全てが嘘であって欲しいと僕は願った。
ようやく自分の気持ちに気づいた。
──僕は朱莉が好きなんだ
「ここが光希くんの家かー」
「はぁ、なんでこんなことに」
「まあまあ、元気だしていこう!」
遡ること2日前。
花火大会の日、2人で行動していたときに、不意に朱莉が、
「今度、光希くんの家に行ってみたい!」
そう言われ、それからは完全に彼女のペースにされてしまい、今に至る。
女子を家に招いたことなんてなかったから、軽くネットで調べてはおいた。
しかし、検索しても、『おうちデートでやるべきこと』や『初めてのおうちデートは何をするべき』など、僕が求めていた回答は得られなかった。
僕たちは別に付き合っている訳では無いから、お家デートでは無い。
ただ普通に彼女が家に来るだけ。
唯一の救いは、今日も両親は仕事で家に誰もいないということだ。
家に女子を連れてきたなんて言ったら、何を言われるか分かったもんじゃない。
「入っていいよ」
「おじゃましまーす!」
僕の家に同い年の女子が入ってくる。
まさかこんな日が来るなんて思ってもいなかった。
律儀に靴を揃えている朱莉を見て、見かけによらず礼儀正しいと思った。
亮太が家に来る時なんて、自分の家のように靴は放られている。
「光希おかえりー、って!? えぇー!? 光希が家に女の子を!?」
「え・・・・・・なんでいるの・・・・・・?」
誰もいないと思っていたリビングから、陽菜が出てきて、僕は呆然とする。
完全に終わった・・・・・・
よりにもよって一番めんどくさい陽菜がなんでいるんだ。
「あ、こんにちわ! 光希くんと同じクラスの姫野朱莉です!」
「朱莉ちゃんね! いらっしゃい! ゆっくりしていってね!」
「はい! ありがとうございます!」
絶望している僕の横で、二人は和気あいあいと話している。
初対面のはずなのに、二人とも緊張なんてしてない。
女子同士だから仲良くなるのも早いのか。
こうなってしまった以上は仕方ない。
僕は諦めて朱莉を自分の部屋へと案内する。
「ここが光希くんの部屋かー、意外と綺麗なんだね」
「意外とは余計だよ。適当に座っていいよ」
「はーい」
僕は彼女を部屋に残し、リビングに行く。
こういう時は飲み物や菓子折りを持っていくのが、基本だろう。
でもそれよりも陽菜への誤解をとかないといけない。
きっと彼女とかだと思っているだろうから。
「あ、光希」
「先に言っておく、朱莉は彼女でもなんでもないから」
陽菜に聞かれる前に、先に水を差しておいた。
だけど、絶対信じていない。
「だって光希に彼女なんて出来るわけないもんね」
「何その言い方」
彼女はニヤニヤしながら言ってきた。
さすがに今の言葉は少し癪に障る。
僕だって本気を出せば彼女の1人や2人ぐらい出来る。
恋愛に興味が無いから作って無いだけだ。
「そいういえばあの子どこかで見たことある気がするんだよね」
「きっと別人だよ」
あんなに個性的な人は一度見たらすぐには忘れないだろう。
僕は心の中で独りごちた。
陽菜は少し考える仕草をとったが、「まぁいっか」と言って考えるのをやめていた。
「それよりなんで陽菜が家にいるの」
「最近家に帰ってきてないから、帰ってきたの。そしたらこんないい物が見れるなんて」
またしてもニヤニヤしている陽菜に、もういい、と告げて部屋に戻る。
「ごめんお待たせ、って、何見てんの!」
「あぁごめん、ちょっと気になっちゃってさ!」
朱莉は僕の中学時代のアルバムを勝手に見ていた。
僕は恥ずかしさに耐えきれず、急いでアルバムを取り上げる。
しかもちょうど開いていたのは、部活動の写真のところ。
そこにはバスケの試合中の僕の写真が載っている。
最悪だ、試合中の顔なんて見られたくなかった。
「なんで取り上げちゃうのよー、光希くんのバスケ姿気になってたのに!」
「勝手に人のを見といてよく言うよ」
アルバムを閉じようと思ったけど、僕も久々にアルバムを見て、少し気になってしまった。
一度閉じかけたアルバムをもう一度開く。
すると、朱莉はすぐさま顔を覗かせてくる。
「あれ、見せてくれるの」
「まぁ別にいいかなって」
「素直じゃないなー」
からかってくる彼女が少しムカついたので、「それなら別に君は見なくていいか」と言ったら、「ごめんー!」と言って直ぐに謝ってきた。
僕のアルバムなんて何も面白くないのにな。
部活動の写真では、練習風景や試合の写真もある。
自分の試合中の姿なんてあまり見たことが無い。
僕はこんなに楽しそうにバスケをしていたんだな。
写真に映る僕の顔は、集中しているけども、どこか楽しそうだった。
「光希くんすっごい楽しそうにプレイしてるね」
「このときはすっごい楽しかったからね」
「じゃあ、なんでバスケをやめちゃったの?」
墓穴を掘ってしまった。
これじゃあ彼女は僕がバスケを辞めた理由が、気になるに違いない。
なんて言って誤魔化そうか、
「え……だからそれは、僕にバスケは向いていなかったんだよ」
変な言い訳より、前に言った理由を言った。
これなら彼女も納得してくれるだろう。
「そんな嘘つかなくていいんだよ」
「え?」
さっきの雰囲気から打って変わって、朱莉は真剣な面持ちになる。
彼女のこんな顔僕は見た事ない。
「嘘なんかじゃないよ」
ここで動揺なんかしたら、嘘だとバレてしまう。
僕は少し笑いながら言ってみる。
それでも彼女の表情は一切変わらない。
「中学校最後の大会で、相手選手との接触で足を怪我したんだ」
言うつもりなんてなかったけど、きっと言わないと彼女も手を引いてくれないだろう。
高校に入って湊音以外にこの話をしたことはなかった。
湊音以外にも話す時が来るなんて。
ましてや、朱莉に足のことを言う日が来るなんて思ってもいなかった。
けれど、彼女と過ごしていくうちに、彼女になら言ってもいいのかと思ってしまった。
「そうだったんだね・・・・・・」
僕のせいで部屋の空気が重くなってしまった。
やっぱりこの話はするべきじゃなかったな。
「でも、怪我しちゃってバスケ出来なくなるならやっぱり僕には向いてなかったんだと思う」
少しでも空気を和らげようと、僕は自嘲気味に笑いながら言ってみる。
「そんなことないと思うよ」
「なんで・・・・・・」
「だって私もバスケをやってたからわかるよ。君の試合を見た事もある。君にバスケが向いていなかったなんて少しも思わない」
彼女はきっと本当に僕の試合を見た事があるし、そう思って言ってくれてるのだろう。
だって彼女の瞳には曇りひとつない。
本心でそう言ってくれてるのだ。
彼女がこんな時に嘘を言うような人じゃない事なんて、これまで一緒にいたからわかる。
「もう一回バスケをやってみようよ」
「それは・・・・・・無理だよ」
僕だって何度もバスケをやろうと練習した。
けれど練習を重ねていくうちに、本当にもう無理なんだと実感してしまったんだ。
少しなら走ることは出来たのに、一回のジャンプで足が悲鳴をあげる。
「無理にとは言わないけど、少しずつやっていけば必ず奇跡は起こると思うよ。私は応援する」
いくらそんなことを言われても、医者に言われるくらい僕の足は言うことを聞かない。
それでも彼女がそんなにも応援してくれるなら、少しだけど頑張ってみようとも思えた。
そうしたらまたバスケを出来るかもしれない。
僕の中で消えかけていた灯火に、もう一度炎が灯った。
「よしじゃあ他の写真も見せてよ!」
暗かった雰囲気を変えるように、朱莉は僕の持っているアルバムを取り上げる。
さすがに過去の写真を好き勝手見られるのは恥ずかしいので、急いで取り返す。
「僕がページをめくるから君は何もしないで」
「えーケチ」
彼女はほっぺを膨らませて拗ねていた。
別に僕がめくるだけでアルバムは見れるのだからそんなに拗ねる必要も無いだろ。
僕は1ページずつアルバムをめくっていく。
彼女は一つ一つの写真を丁寧に見ては、
「あ! 光希くんいた!」
などとずっと僕を探していた。
中学校の僕は今とは正反対だったから、正直見つけられるのは恥ずかしい。
体育祭や文化祭の写真を見ては、頬を緩めながら楽しそうに見ていた。
そして気づいたら最後の卒業式の写真まで来ていた。
「中学校の時と比べてめっちゃ大人っぽくなったね」
全てを見終わった最初の感想はそれだった。
「まぁ足の件もあって、心を閉ざすようになったからね」
別に僕だって好きでこうしている訳では無い。
ただ自分に絶望している時間が長かったため、人との関わり方を忘れてしまったのだ。
「私は昔の光希くんも今の光希くんも好きだよ」
「え?」
僕の聞き間違いか何かか?
陽キャと言うものは、すぐに好きなんて言葉にするのか。
僕のことを好きになるはずなんてないのに、少しだけドキッとしてしまった。
どうして彼女と居ると、こんなにもペースが乱されてしまうのだろうか。
「ねぇ他にアルバムとかないの!」
「あるっちゃあるけど」
「よし! じゃあ出して!」
本当に自由な人だ。
あると言ってしまったが、小学校のアルバムなのでさすがに見せたく無い。
高校生になった今、小学校のアルバムなんて黒歴史でしかない。
アルバムを出すか考えていたら、隣に朱莉の姿が無くなっていた。
「ねぇアルバムどこー」
「ちょいちょい! だから勝手に部屋の中を探さないで!」
少し目を離した隙に、僕の部屋を好き勝手漁る。
これはもう彼女から目を離せない。
「僕が探すから君は座ってて」
こうなったらやむを得ない。
アルバムを見せないと彼女は無理やりにでも見つけ出すだろう。
特にやましいものなどは無いが、万が一何か出てきたらそっちの方が嫌だ。
僕はアルバムがありそうな所を、隅なくさがす。
「あ、あった」
少し埃をかぶっていたが、比較的綺麗な姿であった。
小学校のアルバムなんて卒業以来見た記憶が無い。
「はい見せて見せて」
「分かったからちょっと待って」
すぐに朱莉はアルバムを取り上げようするから困る。
僕は彼女の隣に行き、1ページずつゆっくりめくっていく。
小学校の頃の記憶なんてほとんどないが、大体の僕の写真にはバスケットボールが映っている。
やっぱりこの時は、これほどまでにバスケが大好きだったんだ。
「小学校の頃の光希くんって可愛いね」
顔を綻ばせながら彼女は言う。
「小学生の時なんて誰でも可愛いよ」
素直に喜ぶのは恥ずかしいから、僕は適当な言葉を言う。
一通りアルバムを見終わってしまい、やることが無くなってしまう。
何か楽しそうなものを探そうとしたが、僕の部屋にそんなものがあるはずは無い。
諦めて彼女と話すしかないようだ。
何かいい話題が無いか考えたけど、僕と彼女が盛り上がりそうな話題なんて思いつかない。
結局彼女が話題を色々と提供してくれて、時間をどんどん潰してくれた。
「もうこんな時間だしそろそろ帰ろうかな」
時計の針は6時を指している。
こんなに長く彼女と話続けられるとは思っていなかった。
「外も暗くなり始めてるし送ってくよ」
「申し訳ないし大丈夫だよ!」
「女の子1人は危ないって前に言ったのは君だろ。どうせ暇だし送っていくよ」
前に彼女はそんなことを言っていたので、僕は彼女を家まで送ることにした。
玄関に行き靴を履こうとした時、リビングから陽菜が出てくる。
本当にこうゆう時に出てきて欲しくないのに。
「良かったらまた来てね!」
「はい! お邪魔しました」
「僕は家まで送ってくるから」
「気をつけてねー」
ドアが閉まる時、一瞬見えたニヤニヤする陽菜の顔が頭から離れない。
絶対に彼女と勘違いしてるだろ。
「光希くんは優しいお姉さんが居ていいね」
「ただうるさいだけだよ」
確かに優しい時もあるが、僕にとってはただのうるさい人としか思っていない。
「私もお姉ちゃんとか欲しかったなー」
「朱莉は兄弟とか居ないの?」
「居ないよー、私は一人っ子!」
だからこんなにも自由気ままな人なのか。
一人っ子は自由人と呼ばれる人が多いと聞いていたが、その話は本当のようだ。
僕も一人っ子だったら、彼女みたいになっていのか。
そう考えると陽菜がいてくれて良かったとも思う。
話しながらだとすぐに彼女の家に着く。
まだ6時半と言うのに外はだいぶ暗くなっている。
前までは6時でも空は明るい方だったが、今では6時ではもう空は茜色へと変化している。
もうすぐ夏も終わり秋になろうとしているのだ。
本当に時間の流れとは早い。
「送ってくれてありがとね、今日は本当に楽しかったよ! またね!」
「こちらこそ、またね」
彼女が家に入るところを見届け、僕は来た道を戻る。
今日はどっと疲れたな。
きっと家に帰ったらすぐに寝てしまうだろう。
家に着くと早速、陽菜からの質問が始まった。
別に付き合っている訳でもないので、僕は適当に受け流す。
さすがにしつこく聞いてくる陽菜がめんどくさくなってきたから、僕は自分の部屋へと逃げる。
結局、この部屋が一番良い。
ベットに横になると、僕はふと気になったことを調べる。
検索画面で、姫野朱莉と打って検索にかける。
彼女もバスケをやっていたと言っていたし、初めて名前を聞いた時も、その名前に聞き覚えがあった。
陽菜も見覚えがあるとするなら、朱莉もバスケでは少なからず有名だったのかもしれない。
その時、1つの記事が出てくる。
『消えた天才、姫野朱莉』
何だこの記事。
僕は恐る恐るその記事を開く。
消えた天才とはどういう意味なのか。
僕はそこで衝撃の事実を知る。
彼女が僕なんかより何倍もバスケの才能があったこということを。
その記事には彼女が今までに優勝してきた大会の名前と回数が記載されていた。
その回数は僕なんかとは比べ物にならないほどの数。
それほどまでに彼女にバスケの才能があったなんて知らなかった。
次々と出てくる文章を、スクロールしていた手がピタリと止まる。
「え・・・・・・? なにこれ・・・・・・」
1番最後に書かれていた言葉。
僕は思わず目を留める。
それは決して知りたくなんてなかった事。
『バスケの天才姫野朱莉は、大病を患っていることが発覚し、バスケ界から突如姿を消した』
こんなの嘘だよな・・・・・・
心臓の鼓動が早い。こんなことが信じられるわけが無い。
あんなに明るい彼女が、大病を患っているはずがない。
全てが嘘であって欲しいと僕は願った。
ようやく自分の気持ちに気づいた。
──僕は朱莉が好きなんだ