「明日の夏祭り浴衣で行く?」
夏休みが始まってもう二週間。朱莉と出かけた後は、特に予定などもなく家でずっとゴロゴロしていた。
明日は僕たちの市で行われる夏祭りがある。今日は明日の夏祭りの計画を立てるために、亮太の家に来ている。
計画と言ってもどこに何時に集合するか程度。本当の目的はただ暇だったから遊びに来ただけだ。
夏祭りの規模が大きいこともあり、毎年多くの人がやってくる。去年は亮太と二人で行ったが、今年はそうじゃない。
『それじゃあ罰ゲームは・・・・・・私たちと強制夏祭りね!』
定期テストで朱莉と莉緒に負けた僕たちに、課せられた罰ゲームは夏祭りに一緒に行くというものだった。
これは罰ゲームと言えるのか分からないが、二人がそれを決めたので僕たちは何も言わずに受け入れた。
罰ゲームではあるものの、四人で夏祭りに行くことは、僕も亮太も楽しみにしている。
「てか、僕浴衣もって無いんだけど」
昔から運動ばかりしていたから、動きやすい服しか持っていない。そのためオシャレやファッションなどには疎い。
浴衣なんて持ってるはずが無い。
「じゃあ俺の浴衣貸してやるから、一緒に着て行こうぜ」
「亮太二つも持ってたっけ?」
「昨日探したらあった」
せっかくの夏祭りだしよ、と彼は嬉しそうに笑う。浴衣なんて着たことがない僕からしたら、少し不安だった。
それでも亮太が居るから大丈夫だろうと言う謎の安心感がある。
明日のことについての準備も終わり、僕たちは雑談をする。僕はふと思ったことを亮太に訊いた。
「そういえば莉緒とはどうなの?」
今までは好きじゃないの一点張りだった亮太だが、流石にもう誤魔化せないと思ったのか、莉緒への恋心を全て話してくれた。
朱莉から聞いた話だと、両思いで確定らしいがまだ付き合っては無いらしい。もしかしたら僕たちが知らないだけで、実は付き合っているのかもしれない。
他人の恋愛にはさほど興味は無かったが、親友の恋はさすがに気になるし、応援したいとも思う。
「実は・・・・・・明日告白しようと思ってる」
少し照れたように、顔を赤くする亮太。その姿はいつもの彼からは予想がつかないほど、珍しい光景だった。
そうと決まれば応援するしかない。
「頑張れよ。応援してる」
「おうよ! ありがとよ」
どうやら亮太は朱莉と色々と作戦を練っていたらしい。最初は四人で行動して、途中から二手に分かれるらしい。
僕には何の話もされなかった事が少し癪だ。まぁこういうのは女子に任せた方がいいのかもしれないが、親友である僕にももっと早く教えて欲しかった。
そんなことを思ったが、今は応援が優先だ。それからは男二人での恋バナが始まる。
二人が仲良くなったきっかけや、デートに行った話など。恋バナなんてほとんどしなかった僕だが、こうやって話を聞くと案外面白いのだとわかった。
「そんでお前はどうなの?」
突然、亮太からのカウントーを喰らった。
「どうって何が?」
「朱莉だよ朱莉。好きなんだろ?」
彼はまるで決めつけるかのように話を進める。
「好きなんかじゃねぇよー」
そう。僕は朱莉が好きなのかどうかさえ分からない。それは今までに人を好きになった事がないから。今までクラスの女の子を可愛いと思ったことは何回かはある。
それでも好きと思えるような人は一人もいない。
「好きになるってどんな感じ?」
僕は思わず亮太に聞いていた。彼は首を傾げながら言う。
「その人といると心臓の鼓動が早くなったり、その人のことで頭がいっぱいになるとかかな?」
なるほど。僕はその時、あの日のことを思い出した。朱莉と二人で映画を見た日。怖くて腰を抜かした彼女に手を貸し、僕の手と彼女の手が触れた時、僕の鼓動は早くなっていた気がする。
あれが恋・・・・・・?
いやいや、そんなことぐらいで恋なんて言えるわけが無い。きっと僕が女子との関わりに慣れていないからだろう。
こんなこと考えてもどうにもならないと思い、僕はこれ以上は考えるのをやめた。
「僕は朱莉のことを好きじゃないと思うよ」
「何その言い方」
亮太はぷッと吹き出すように笑う。でも本当に亮太が莉緒に抱いてるような感情を、僕は朱莉に抱いてなんか居ない。
この時はまだ。
「おいこの帯どうやるんだよ」
「ちょっと待て、母さん」
夏祭りに向かう直前。僕は亮太の家で浴衣を着せてもらっていた。
亮太のお母さんは小さい頃から、僕のことを知っているので、今でもこうしてお世話になっている。おばさんに帯を結んでもらい、やっと浴衣を着こなすことが出来る。
「あら、こうちゃんよく似合ってるわ」
おばさんは昔から僕のことをこうちゃんと呼んでいる。今となっては少し恥ずかしい気もするが、親しみやすいので全然いい。
おばさんにお礼を告げて、僕たちは会場へと向かう。予想していた通り、人の量はとても多い。朱莉たちとは会場のすぐそばのコンビニで待ち合わせだ。
「まだ来てないみたいだね」
「そうだな」
僕たちは少し早く来すぎてしまった。コンビニの外で二人が来るのを待つ。
「光希くんー! 亮太くんー!」
10分ぐらい経ったところで、浴衣を着た2人がやってくる。普段の姿とは違い、浴衣姿はまるで別人のようだ。
まるで大人と言ってもいいくらいに、二人は大人びていて綺麗だった。でも僕たちを見つけて笑顔で向かってくる姿を見ると、やはり高校生なんだなと実感する。
浴衣って言うのも悪くないな。僕はふとそんなことを思った。決して口には出さなかったけど。
「よし、じゃあ行こうか」
亮太を先頭に、僕たちは会場へと足を運ぶ。花火が上がるまでは、まだ2時間以上もあると言うのに、会場は多くの人で賑わっている。
やはり市が開催する祭りということもあり、高校生やお年寄り、親子なども数多くいる。夏祭りの定番である焼きそば、チョコバナナ、かき氷などの屋台は長蛇の列になっている。
僕たちは4人は他と比べてあまり並んでいないりんご飴の屋台に並ぶ。数分並び、りんご飴を片手に僕たちは再び歩き出す。
「ねぇ、人が多いからさ花火の時間まで二手に分かれない?」
亮太から聞いていた作戦通り、朱莉は二手に分かれる提案をしてきた。あらかじめ知っていた僕と亮太は、その提案に賛成する。
「じゃあくじ作ったから引いて!」
そう言って彼女はポケットから4枚の紙を出した。僕たちはその紙を手に取る。紙を開くとそこには1という数字が書いてある。
「莉緒は何番だった!」
「私は1だったよー」
え・・・・・・?
これだと話と違くないか?
僕は急いで亮太と紙を交換しようとした。
「亮太くんは何番!」
「俺も1だわ」
どういうことだ。僕の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされる。僕の紙には1という数字。
そして亮太の紙にも1という数字が書かれている。
「てことは私と光希くん、莉緒と亮太くんのペアだね!」
また後で合流ね、と告げて朱莉は僕の手を引く。僕はさっきのくじのことがずっと気になっていた。
「朱莉の紙は何番だったの?」
「1番だよ」
「なるほど、そういことか」
てっきり朱莉がミスって、僕と莉緒が一緒になってしまったと思った。でも本当は元から2番なんて存在してなかったんだ。
聞く順番で強制的にペアを作るって作戦だったのか。僕は謎が解けてスッキリする。
「あ、金魚すくいあるよ! 行こう!」
まるで子供のように目を輝かせ、金魚すくいの方へ吸い込まれていく。屋台には小学生ぐらいの子供がたくさんいた。
「おじさん金魚すくい1回!」
彼女は考える間もなく、お金を出して金魚すくいを始める。
「ほら、何してんの? 光希くんもだよ!」
彼女に無理やり連れられ、僕も金魚すくいをやる羽目になる。金魚すくいなんて小学生ぶりだ。
「どっちが多く取れるか勝負ね!」
誰もやるなんて言ってないのに、強制的に勝負になる。でも僕は小さい時によく金魚すくいはやっていたから、負ける気はしなかった。
一匹、二匹、三匹と簡単にすくっていく。少し大きめなデメキンに手を出そうとしたら、ポイが破れてしまう。
でも三匹も取れば充分だろう。
「あー破れた!」
彼女も破れたらしく、器を見てみると、金魚は一匹しか居なかった。これは勝ったと思っていたら、
「お嬢ちゃん、そいつを釣るとはやるねぇ」
朱莉の器を見て、店主さんはそう呟いた。
「そいつはこの中でも大きめなデメキンだよ」
さっきはよく見えなかったが、もう一度彼女の器に目をやる。確かに他の金魚と比べて三倍ぐらい大きなデメキンだ。
「そいつは普通の金魚十匹分ぐらいの価値はあるよ」
そう言われた瞬間、彼女の顔はぱぁと明るくなる。
「てことはこの勝負私の勝ちだね!」
数では僕の勝ちなのに、上手いように言いくるめられてしまう。まあ店主さんが言うなら仕方ない。
「はいはい、朱莉の勝ちでいいよ」
金魚すくいは朱莉の勝ちということで、僕たちは屋台を後にした。花火まではまだ時間があるので、綿あめを食べたり、射的で勝負をしたりした。
結果は僕が勝ったが、彼女はどこか納得のいってない顔をしている。
「私の打った玉だけ絶対倒れないように細工されてる!」
「そんなことある訳ないだろ」
かわいい容器に入ったドリンクを片手に、彼女は文句ばかり言っていた。歩いているうちに時間は流れ、花火まであと20分をきっていた。
「どこで合流するの?」
僕の前を歩く朱莉に問いかける。
「合流するつもりなんてないよ」
「え?」
思いもしなかった返答に、僕は足を止めてしまう。
「せっかくのいい雰囲気を壊したくないじゃん」
ニコッと笑う彼女はとても楽しそうだった。こうなったら僕も彼らに協力してやるか。
「じゃあ二人で見ようか」
異性と二人で花火なんて見たことが無かったので、僕は少し緊張していた。それにあの日の映画以降、僕は彼女といると鼓動が少し早く感じる。
それが恋かどうかなんて分からない。だけど彼女と過ごす時間はとても楽しいと思える。
「光希くん?」
「あ、ごめん。どうした?」
「こっちの方が人少ないよ」
朱莉が指さした方向は確かに人が少なかった。それに花火を遮るような物も特には無い。
少し奥には公園もあり、僕たちはそこのベンチに腰掛ける。完全な穴場スポットだ。
「亮太くんちゃんと告白できるかな?」
「あいつは普段チャラいけどそうゆう場面ではしっかりしてるよ」
亮太は昔から少しチャラいところがあったが、恋愛はとても真面目なのは知っている。恋愛経験のない僕に、何度も相談をしてきたからわかる。
まぁ的確なアドバイスはあげられなかったけど。何で亮太が僕に相談してきたのかは未だに分からない。
ただ単に仲が良かったからかもしれないし、他に理由があったのかもしれない。
「莉緒もいい子だから二人とも幸せになって欲しいな」
そんなことを言う朱莉は、まるで保護者のようだった。僕は莉緒とあまり関わることはないが、彼女がとても優しいことは知っている。
視野が広いというのか、すぐに困っている人に手を差し伸べている。僕は彼女のそんな所を陰ながらに尊敬している。
いつも一緒にいる二人が付き合うなんて想像がつかない。
「夏祭りに告白とかロマンチックでいいなー」
朱莉は空を眺めながら呟く。その顔は恋をしている乙女みたい。
そういえば僕は朱莉の恋愛事情を何も知らない。今まで自分から聞いたこともないし、言われたこともない。
「君は好きな人とか・・・・・・」
──ドンッ!!
その瞬間、一つの大きな花火が夜空に弾けた。僕の質問は完全に花火に掻き消されてしまう。
だけど、もう一度聞こうとは思わなかった。先程の一発を合図に次から次へと、花火が打ち上がる。
市の祭りと言うこともあって、花火のバリエーションさとても豊かだ。赤一色や青一色と言った花火や、夜空一面に広がる色鮮やかな花火など。
次々と空へ舞う花火には終わりが見えない。
「光希くん! 写真撮ろうよ!」
こっちに近づいて、と言うように手招きする朱莉。僕は少し近づき、カメラの画角に写り込む。
「光希くん遠い!」
文句を言いながら彼女の方が僕に一歩近づく。そして僕と彼女の肩と肩がぶつかる。
ドクン・・・・・・
また前と同じ感覚。少し離れようと思ったが、そんなことをしたら彼女はきっと怒るだろう。
だけど、この距離はさすがに厳しい。徐々に体温が上がっていく感じがする。
きっと夏の暑さのせいだろう。どうにか暑さのせいだと誤魔化そうとする。
しかし、これは夏の暑さなんかじゃない。きっと僕の顔は真っ赤に染っているだろう。
こんなところを見られたら恥ずかしい。早く何とかしないと、と思っていると、
「はい撮るよ! 笑って!」
──カシャ、カシャ
二回のシャッター音。花火をバックにツーショットなんて初めてだ。僕は上手く笑えていたかな。
「めっちゃいい感じ!」
朱莉は写真を確認すると嬉しそうに微笑む。そしてスマホをバックに入れ、また花火に視線を戻す。
僕なんかとの写真で笑顔になってくれるなんて、僕の方まで嬉しくなってくる。それから僕たちは、最後の花火が上がるまで、空を見上げていた。
時折、会話がない部分もあったが、そこに気まずさなんてなかった。花火が終わると一斉に動き出す人々。
僕たちも人の流れに身を任せ、近くの公園へ向かう。亮太たちとはそこで合流する予定だ。
人の間を通り抜け、公園に入ると、そこには見覚えのある二人が手を繋いで待っていた。僕と朱莉はそこで全てを察する。
僕たちはすぐさま二人の方に駆け寄り、四人でベンチに腰掛ける。そこからはもちろん、亮太と莉緒の二人に質問攻めをするだけだった。
亮太が莉緒に好意を抱き始めたのは、四人で初めてお弁当を食べた日。それから彼は彼女に猛アタックしたらしい。
親友が付き合うということは、僕からしてもとても嬉しいことだ。二人の距離が初めの頃と比べ、とても近づいていることに、僕の口角は自然に上がっていた。
「もうそろそろ帰ろうかな」
莉緒の言葉で僕はスマホの時間を確認する。もうとっくに22時を過ぎていた。さすがに23時を過ぎると、補導される可能性があるので、僕たちは解散することにした。
いつも通り亮太は、莉緒を家に送るため、僕たちとは別方向に歩き出す。僕たちも二人に手を振って歩き出す。
遠くなっていく二人の後ろ姿を見守る。固く結ばれた二人の手を見ると、どことなく僕の片手が寂しく感じた。
彼らのことを心のどこかで羨ましいと思ってしまっていた。
「二人とも幸せそうだね」
「そうだね」
「私たちも帰ろうか」
二人が見えなくなった後、僕たちも家の方向に足を動かす。
──ブーブー
ベッドの上のスマホが振動する。画面に目をやると、二件の写真とメッセージが送られている。差出人は朱莉。
『今日はありがとね! これ今日の写真!』
送られてきたのは、花火をバックに二人で撮った写真。僕は送られてきた写真を確認する。
あのときは上手く笑えていたか不安だったが、写真の中の僕は、自分が思っている以上に笑顔だった。
こんなふうに笑えていたなんて思わなかった。
『ありがとう。楽しかったよ』
彼女にメッセージを返し、スマホを閉じた。
夏休みが始まってもう二週間。朱莉と出かけた後は、特に予定などもなく家でずっとゴロゴロしていた。
明日は僕たちの市で行われる夏祭りがある。今日は明日の夏祭りの計画を立てるために、亮太の家に来ている。
計画と言ってもどこに何時に集合するか程度。本当の目的はただ暇だったから遊びに来ただけだ。
夏祭りの規模が大きいこともあり、毎年多くの人がやってくる。去年は亮太と二人で行ったが、今年はそうじゃない。
『それじゃあ罰ゲームは・・・・・・私たちと強制夏祭りね!』
定期テストで朱莉と莉緒に負けた僕たちに、課せられた罰ゲームは夏祭りに一緒に行くというものだった。
これは罰ゲームと言えるのか分からないが、二人がそれを決めたので僕たちは何も言わずに受け入れた。
罰ゲームではあるものの、四人で夏祭りに行くことは、僕も亮太も楽しみにしている。
「てか、僕浴衣もって無いんだけど」
昔から運動ばかりしていたから、動きやすい服しか持っていない。そのためオシャレやファッションなどには疎い。
浴衣なんて持ってるはずが無い。
「じゃあ俺の浴衣貸してやるから、一緒に着て行こうぜ」
「亮太二つも持ってたっけ?」
「昨日探したらあった」
せっかくの夏祭りだしよ、と彼は嬉しそうに笑う。浴衣なんて着たことがない僕からしたら、少し不安だった。
それでも亮太が居るから大丈夫だろうと言う謎の安心感がある。
明日のことについての準備も終わり、僕たちは雑談をする。僕はふと思ったことを亮太に訊いた。
「そういえば莉緒とはどうなの?」
今までは好きじゃないの一点張りだった亮太だが、流石にもう誤魔化せないと思ったのか、莉緒への恋心を全て話してくれた。
朱莉から聞いた話だと、両思いで確定らしいがまだ付き合っては無いらしい。もしかしたら僕たちが知らないだけで、実は付き合っているのかもしれない。
他人の恋愛にはさほど興味は無かったが、親友の恋はさすがに気になるし、応援したいとも思う。
「実は・・・・・・明日告白しようと思ってる」
少し照れたように、顔を赤くする亮太。その姿はいつもの彼からは予想がつかないほど、珍しい光景だった。
そうと決まれば応援するしかない。
「頑張れよ。応援してる」
「おうよ! ありがとよ」
どうやら亮太は朱莉と色々と作戦を練っていたらしい。最初は四人で行動して、途中から二手に分かれるらしい。
僕には何の話もされなかった事が少し癪だ。まぁこういうのは女子に任せた方がいいのかもしれないが、親友である僕にももっと早く教えて欲しかった。
そんなことを思ったが、今は応援が優先だ。それからは男二人での恋バナが始まる。
二人が仲良くなったきっかけや、デートに行った話など。恋バナなんてほとんどしなかった僕だが、こうやって話を聞くと案外面白いのだとわかった。
「そんでお前はどうなの?」
突然、亮太からのカウントーを喰らった。
「どうって何が?」
「朱莉だよ朱莉。好きなんだろ?」
彼はまるで決めつけるかのように話を進める。
「好きなんかじゃねぇよー」
そう。僕は朱莉が好きなのかどうかさえ分からない。それは今までに人を好きになった事がないから。今までクラスの女の子を可愛いと思ったことは何回かはある。
それでも好きと思えるような人は一人もいない。
「好きになるってどんな感じ?」
僕は思わず亮太に聞いていた。彼は首を傾げながら言う。
「その人といると心臓の鼓動が早くなったり、その人のことで頭がいっぱいになるとかかな?」
なるほど。僕はその時、あの日のことを思い出した。朱莉と二人で映画を見た日。怖くて腰を抜かした彼女に手を貸し、僕の手と彼女の手が触れた時、僕の鼓動は早くなっていた気がする。
あれが恋・・・・・・?
いやいや、そんなことぐらいで恋なんて言えるわけが無い。きっと僕が女子との関わりに慣れていないからだろう。
こんなこと考えてもどうにもならないと思い、僕はこれ以上は考えるのをやめた。
「僕は朱莉のことを好きじゃないと思うよ」
「何その言い方」
亮太はぷッと吹き出すように笑う。でも本当に亮太が莉緒に抱いてるような感情を、僕は朱莉に抱いてなんか居ない。
この時はまだ。
「おいこの帯どうやるんだよ」
「ちょっと待て、母さん」
夏祭りに向かう直前。僕は亮太の家で浴衣を着せてもらっていた。
亮太のお母さんは小さい頃から、僕のことを知っているので、今でもこうしてお世話になっている。おばさんに帯を結んでもらい、やっと浴衣を着こなすことが出来る。
「あら、こうちゃんよく似合ってるわ」
おばさんは昔から僕のことをこうちゃんと呼んでいる。今となっては少し恥ずかしい気もするが、親しみやすいので全然いい。
おばさんにお礼を告げて、僕たちは会場へと向かう。予想していた通り、人の量はとても多い。朱莉たちとは会場のすぐそばのコンビニで待ち合わせだ。
「まだ来てないみたいだね」
「そうだな」
僕たちは少し早く来すぎてしまった。コンビニの外で二人が来るのを待つ。
「光希くんー! 亮太くんー!」
10分ぐらい経ったところで、浴衣を着た2人がやってくる。普段の姿とは違い、浴衣姿はまるで別人のようだ。
まるで大人と言ってもいいくらいに、二人は大人びていて綺麗だった。でも僕たちを見つけて笑顔で向かってくる姿を見ると、やはり高校生なんだなと実感する。
浴衣って言うのも悪くないな。僕はふとそんなことを思った。決して口には出さなかったけど。
「よし、じゃあ行こうか」
亮太を先頭に、僕たちは会場へと足を運ぶ。花火が上がるまでは、まだ2時間以上もあると言うのに、会場は多くの人で賑わっている。
やはり市が開催する祭りということもあり、高校生やお年寄り、親子なども数多くいる。夏祭りの定番である焼きそば、チョコバナナ、かき氷などの屋台は長蛇の列になっている。
僕たちは4人は他と比べてあまり並んでいないりんご飴の屋台に並ぶ。数分並び、りんご飴を片手に僕たちは再び歩き出す。
「ねぇ、人が多いからさ花火の時間まで二手に分かれない?」
亮太から聞いていた作戦通り、朱莉は二手に分かれる提案をしてきた。あらかじめ知っていた僕と亮太は、その提案に賛成する。
「じゃあくじ作ったから引いて!」
そう言って彼女はポケットから4枚の紙を出した。僕たちはその紙を手に取る。紙を開くとそこには1という数字が書いてある。
「莉緒は何番だった!」
「私は1だったよー」
え・・・・・・?
これだと話と違くないか?
僕は急いで亮太と紙を交換しようとした。
「亮太くんは何番!」
「俺も1だわ」
どういうことだ。僕の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされる。僕の紙には1という数字。
そして亮太の紙にも1という数字が書かれている。
「てことは私と光希くん、莉緒と亮太くんのペアだね!」
また後で合流ね、と告げて朱莉は僕の手を引く。僕はさっきのくじのことがずっと気になっていた。
「朱莉の紙は何番だったの?」
「1番だよ」
「なるほど、そういことか」
てっきり朱莉がミスって、僕と莉緒が一緒になってしまったと思った。でも本当は元から2番なんて存在してなかったんだ。
聞く順番で強制的にペアを作るって作戦だったのか。僕は謎が解けてスッキリする。
「あ、金魚すくいあるよ! 行こう!」
まるで子供のように目を輝かせ、金魚すくいの方へ吸い込まれていく。屋台には小学生ぐらいの子供がたくさんいた。
「おじさん金魚すくい1回!」
彼女は考える間もなく、お金を出して金魚すくいを始める。
「ほら、何してんの? 光希くんもだよ!」
彼女に無理やり連れられ、僕も金魚すくいをやる羽目になる。金魚すくいなんて小学生ぶりだ。
「どっちが多く取れるか勝負ね!」
誰もやるなんて言ってないのに、強制的に勝負になる。でも僕は小さい時によく金魚すくいはやっていたから、負ける気はしなかった。
一匹、二匹、三匹と簡単にすくっていく。少し大きめなデメキンに手を出そうとしたら、ポイが破れてしまう。
でも三匹も取れば充分だろう。
「あー破れた!」
彼女も破れたらしく、器を見てみると、金魚は一匹しか居なかった。これは勝ったと思っていたら、
「お嬢ちゃん、そいつを釣るとはやるねぇ」
朱莉の器を見て、店主さんはそう呟いた。
「そいつはこの中でも大きめなデメキンだよ」
さっきはよく見えなかったが、もう一度彼女の器に目をやる。確かに他の金魚と比べて三倍ぐらい大きなデメキンだ。
「そいつは普通の金魚十匹分ぐらいの価値はあるよ」
そう言われた瞬間、彼女の顔はぱぁと明るくなる。
「てことはこの勝負私の勝ちだね!」
数では僕の勝ちなのに、上手いように言いくるめられてしまう。まあ店主さんが言うなら仕方ない。
「はいはい、朱莉の勝ちでいいよ」
金魚すくいは朱莉の勝ちということで、僕たちは屋台を後にした。花火まではまだ時間があるので、綿あめを食べたり、射的で勝負をしたりした。
結果は僕が勝ったが、彼女はどこか納得のいってない顔をしている。
「私の打った玉だけ絶対倒れないように細工されてる!」
「そんなことある訳ないだろ」
かわいい容器に入ったドリンクを片手に、彼女は文句ばかり言っていた。歩いているうちに時間は流れ、花火まであと20分をきっていた。
「どこで合流するの?」
僕の前を歩く朱莉に問いかける。
「合流するつもりなんてないよ」
「え?」
思いもしなかった返答に、僕は足を止めてしまう。
「せっかくのいい雰囲気を壊したくないじゃん」
ニコッと笑う彼女はとても楽しそうだった。こうなったら僕も彼らに協力してやるか。
「じゃあ二人で見ようか」
異性と二人で花火なんて見たことが無かったので、僕は少し緊張していた。それにあの日の映画以降、僕は彼女といると鼓動が少し早く感じる。
それが恋かどうかなんて分からない。だけど彼女と過ごす時間はとても楽しいと思える。
「光希くん?」
「あ、ごめん。どうした?」
「こっちの方が人少ないよ」
朱莉が指さした方向は確かに人が少なかった。それに花火を遮るような物も特には無い。
少し奥には公園もあり、僕たちはそこのベンチに腰掛ける。完全な穴場スポットだ。
「亮太くんちゃんと告白できるかな?」
「あいつは普段チャラいけどそうゆう場面ではしっかりしてるよ」
亮太は昔から少しチャラいところがあったが、恋愛はとても真面目なのは知っている。恋愛経験のない僕に、何度も相談をしてきたからわかる。
まぁ的確なアドバイスはあげられなかったけど。何で亮太が僕に相談してきたのかは未だに分からない。
ただ単に仲が良かったからかもしれないし、他に理由があったのかもしれない。
「莉緒もいい子だから二人とも幸せになって欲しいな」
そんなことを言う朱莉は、まるで保護者のようだった。僕は莉緒とあまり関わることはないが、彼女がとても優しいことは知っている。
視野が広いというのか、すぐに困っている人に手を差し伸べている。僕は彼女のそんな所を陰ながらに尊敬している。
いつも一緒にいる二人が付き合うなんて想像がつかない。
「夏祭りに告白とかロマンチックでいいなー」
朱莉は空を眺めながら呟く。その顔は恋をしている乙女みたい。
そういえば僕は朱莉の恋愛事情を何も知らない。今まで自分から聞いたこともないし、言われたこともない。
「君は好きな人とか・・・・・・」
──ドンッ!!
その瞬間、一つの大きな花火が夜空に弾けた。僕の質問は完全に花火に掻き消されてしまう。
だけど、もう一度聞こうとは思わなかった。先程の一発を合図に次から次へと、花火が打ち上がる。
市の祭りと言うこともあって、花火のバリエーションさとても豊かだ。赤一色や青一色と言った花火や、夜空一面に広がる色鮮やかな花火など。
次々と空へ舞う花火には終わりが見えない。
「光希くん! 写真撮ろうよ!」
こっちに近づいて、と言うように手招きする朱莉。僕は少し近づき、カメラの画角に写り込む。
「光希くん遠い!」
文句を言いながら彼女の方が僕に一歩近づく。そして僕と彼女の肩と肩がぶつかる。
ドクン・・・・・・
また前と同じ感覚。少し離れようと思ったが、そんなことをしたら彼女はきっと怒るだろう。
だけど、この距離はさすがに厳しい。徐々に体温が上がっていく感じがする。
きっと夏の暑さのせいだろう。どうにか暑さのせいだと誤魔化そうとする。
しかし、これは夏の暑さなんかじゃない。きっと僕の顔は真っ赤に染っているだろう。
こんなところを見られたら恥ずかしい。早く何とかしないと、と思っていると、
「はい撮るよ! 笑って!」
──カシャ、カシャ
二回のシャッター音。花火をバックにツーショットなんて初めてだ。僕は上手く笑えていたかな。
「めっちゃいい感じ!」
朱莉は写真を確認すると嬉しそうに微笑む。そしてスマホをバックに入れ、また花火に視線を戻す。
僕なんかとの写真で笑顔になってくれるなんて、僕の方まで嬉しくなってくる。それから僕たちは、最後の花火が上がるまで、空を見上げていた。
時折、会話がない部分もあったが、そこに気まずさなんてなかった。花火が終わると一斉に動き出す人々。
僕たちも人の流れに身を任せ、近くの公園へ向かう。亮太たちとはそこで合流する予定だ。
人の間を通り抜け、公園に入ると、そこには見覚えのある二人が手を繋いで待っていた。僕と朱莉はそこで全てを察する。
僕たちはすぐさま二人の方に駆け寄り、四人でベンチに腰掛ける。そこからはもちろん、亮太と莉緒の二人に質問攻めをするだけだった。
亮太が莉緒に好意を抱き始めたのは、四人で初めてお弁当を食べた日。それから彼は彼女に猛アタックしたらしい。
親友が付き合うということは、僕からしてもとても嬉しいことだ。二人の距離が初めの頃と比べ、とても近づいていることに、僕の口角は自然に上がっていた。
「もうそろそろ帰ろうかな」
莉緒の言葉で僕はスマホの時間を確認する。もうとっくに22時を過ぎていた。さすがに23時を過ぎると、補導される可能性があるので、僕たちは解散することにした。
いつも通り亮太は、莉緒を家に送るため、僕たちとは別方向に歩き出す。僕たちも二人に手を振って歩き出す。
遠くなっていく二人の後ろ姿を見守る。固く結ばれた二人の手を見ると、どことなく僕の片手が寂しく感じた。
彼らのことを心のどこかで羨ましいと思ってしまっていた。
「二人とも幸せそうだね」
「そうだね」
「私たちも帰ろうか」
二人が見えなくなった後、僕たちも家の方向に足を動かす。
──ブーブー
ベッドの上のスマホが振動する。画面に目をやると、二件の写真とメッセージが送られている。差出人は朱莉。
『今日はありがとね! これ今日の写真!』
送られてきたのは、花火をバックに二人で撮った写真。僕は送られてきた写真を確認する。
あのときは上手く笑えていたか不安だったが、写真の中の僕は、自分が思っている以上に笑顔だった。
こんなふうに笑えていたなんて思わなかった。
『ありがとう。楽しかったよ』
彼女にメッセージを返し、スマホを閉じた。