……ユルサナイ
アイツラ……ゼッタイニ
ソウサ……コレハテンチュウダ
アンナクサッタヤツラ……イカシテオイテモイミハナイ
ソウダ……ボクハ
ボクハ……『――……』ニナッタンダ……
岐阜県森部市森部町
森部市立森部高校の体育館裏
「なー……聞いてるん? マコちゃんよ……」
「おいおいww いい加減にしないとマコちゃん泣いちゃうぜww」
生徒も下校をはじめた放課後。『僕』は三人のクラスメイトに囲まれていた。
クラスメイトといっても別に友達なわけじゃない。いつも、この三人は『僕』に絡んでくるのだ。
今日も、家に帰ろうと席を立ったときに、呼び止められここに連れてこられた。
「おい、誠……。今日はこんだけなのか?」
『僕』を囲んでいる三人のリーダー格『永瀬正人』が『僕』の財布を地面に捨てながら言った。
そんなことをしたら財布が土で汚れるだろうが! ……なんて、その程度のことでわざわざ『僕』は怒ったりしない。
「……よお、明日はもっと持ってきてよね。マコちゃんw ボクタチお小遣いがほしいのww」
三人のうちのもう一人『国府勝』が『僕』の肩に馴れ馴れしく肩を回してくる。最後の一人『近藤敏明』 はタバコを口にくわえながらただ『僕』をイライラした表情で眺めている。
こいつ等は、まさしく糞蝿のように『僕』にたかって来るどうしようもない奴らだ。教師の前ではいい子面しているのがなお悪い。 『僕』がナイフでももって刺してやれば終わりだろうが、まあ『僕』はこんな奴らのために犯罪者になるのはごめんだ。
「おい……きいてんのか?」
永瀬が『僕』の襟をつかんで『僕』を引き寄せる。そんなことしなくても君の顔は見えてるよ……。
「わかてるよ……。持ってくるから……」
こういっておけば、たいていこの場は収まる。いつものことだ。
……と、その時、――僕はこれが過去の出来事だといまさらに気づく。
そう――これは――……。
「おい、羽村――、こんなところで寝てると、風邪をひくぞ?」
学校の校舎の屋上で眠りこけていた僕は――、そんな彼の声で目が覚めた。
「う……ん?」
悪夢を見た――、ここ最近は見ることのなかった悪夢を。
そんな僕の事を、心底心配そうに見つめているのは、夢の中にもいたあの――、
「近藤……くん?」
「羽村――、お前は一応病人なんだから――、こんなところで一人でいちゃ駄目だぜ?」
「心配……ないよ」
僕は近藤君――、近藤敏明から目をそらしつつそう答える。
病人――、彼はそう言うが、ちょっとした記憶喪失だ――、別に生活に支障がある話ではない。
まあ――どこかで強く頭を打ったのかもしれないと言われてはいるが――。
そんな僕の事を本気で心配そうに見つめる近藤君――、
僕は彼がなぜここまでに変わったのかは知らない。
元々、彼は僕をいじめていたグループの一人だった。だが僕が記憶を失った――、その数日の間にどうやら彼の仲間の二人が、何かの理由で死んだらしく、彼もまたその間に何かがあって――、まるで人が変わったかのように、周囲に、僕に振る舞うようになったらしい。
彼は、それまで自身が陰でいじめていた人たちに謝罪し、その罪滅ぼしとして様々なことをしているらしく――、僕にこうして話しかけてくるのも、その一環であろうと推測できた。
正直、あれほどいじめられてきた僕にとっては――、ただ煩わしいだけで……。
「羽村?」
近藤君が心配そうに僕を見る。僕は小さく笑って答えた。
「うん……ありがとう。大丈夫だよ」
「そうか……」
近藤君はそう言って僕に笑顔を向けた。
◆◇◆
――近藤君が心を変えたといっても、僕に対するいじめがなくなったわけではなかった。
中心となる三人組が消えてもなお――、僕に嫌な目を向ける者はいたのである。
その一人が――、
「おい――マコちゃんよぉ。アレは持ってきたのか?」
「……」
僕は、放課後の校舎裏でその男、堀尾博昭を黙って見つめる。その態度が彼のカンに障ったのか、僕の襟を掴んで引き寄せて言った。
「てめえ――、最近調子に乗ってんのか?! ゴミのくせして――」
社会のゴミはそっちだろう――、僕はそう心の中で思ったが口には出さなかった。
その心を読んだのか、堀尾は怒りの表情を浮かべながら僕の襟をもって持ち上げようとする。
まあ――、彼の身長は僕より低いから、ちょと無理な体勢になっているが。
「調子に乗って――」
――と、不意に、
「そこで何してんだ!!」
「あ――……」
強い声がかけられた。その主を知っている僕たちは、その声のする方を見た。
そこに近藤君がいた――。
「堀尾――、てめえ……羽村に手を出すなって、あれほど言ったろ!!」
「ち……、なんだ近藤? 正義の味方の登場か?」
「茶化すな――、俺は」
堀尾は近藤君を――、心底歪んだ目で見る。かつては楽しげに僕をいじめていた二人が――、お互いに睨み合っている。
「てめえ――、近藤――、いい子ちゃんになって、羽村とお友達になって楽しそうだな」
「そんなんじゃねえよ……」
「ふん! てめえも一緒にこいつで遊んでいたクチのくせして――、なに善人ぶってんだよ! このクズ!」
「堀尾――」
近藤君は僕たちの前までやってくると、僕の襟をつかんでいる堀尾の腕を掴んだ。
「く……」
近藤君の腕力で、堀尾の腕は容易く外れる。僕は襟を正した。
「てめえ――、近藤――、”ぶっ殺すぞ”――」
「勝手にしろ――」
そう言って堀尾の腕を掴んだまま彼を見つめる近藤君。
しばらくすると、堀尾はその腕を振りほどいて――、そして舌打ちを一つしてその場を去っていった。
「ふう――」
それを見送りつつ近藤君はため息をつく。そして――、
「羽村――、なんって言うか――、ああいう手合いに呼び出されても、ついていっちゃだめだぜ? もしなんかあれば俺に言えよ?」
「――うん、ごめん」
僕はそう言って近藤君に謝罪した。
――本当に近藤君は変わった。彼はこうしていじめられている、かつて自分がいじめていた子たちを助けているらしい。
そして――、それはかつては同じグループであった連中と衝突し――、その目の敵とされる行動だったが、彼はどのような嫌がらせを受けても、助けることをやめようとはしない。
――ああ、本当に煩わしい。僕は――。
「よかったの? 堀尾くんの事は――」
「心配するなよ。これは俺が――解決すべきことだから」
「……」
死ねばいいと思った――。
本気で死ねばいいと思った近藤君の事を――、正直僕は心配している。
本当に煩わしい――。本当に――。
「それより羽村――、放課後空いてるか?」
「う……ん?」
そうして笑顔を向ける近藤君に、僕はぎこちない笑顔を向けた。
◆◇◆
「畜生――、ぶっ殺してやる」
闇の中、そう呟く男がいる。それは堀尾博昭。
彼は夜の街を歩きながら、何度も”ぶっ殺す”――と呪文のように唱えている。
それは彼の口癖――、本気で相手を殺す根性など彼は持ってはいない。
しかし、彼はそれを周囲に吐き散らす。
「ああ――、近藤の野郎――、勝手にいい子ちゃんになりやがって」
かつては一緒に遊んでいた男を憎々しげに思う。
それは――、どのような感情からなのか?
「それがあなたの、大切な言の葉ですか?」
――不意に、彼に話しかける者がいた。堀尾は少しぎょっとして、声の聞こえてくる路地裏を見た。
そこに、そいつはいた――。
「驚かせてすみませんね。僕の名は――」
「??」
その名を聞いても、堀尾には彼の正体がわからなかった。だから――、
「なんだてめえ――、俺になんか用か?!」
威嚇しつつそう答える。それに対し――、
「いえいえ――、僕はあなたの心を救うモノ――、その言の葉を実現させてあげましょう」
「え?」
それは闇より響く声――。
それは、呪詛の籠った言の葉――。
かくして堀尾の口癖は――、チカラを得た。
――それが後々まで続く、のろい主による呪詛事件の始まりであった。
アイツラ……ゼッタイニ
ソウサ……コレハテンチュウダ
アンナクサッタヤツラ……イカシテオイテモイミハナイ
ソウダ……ボクハ
ボクハ……『――……』ニナッタンダ……
岐阜県森部市森部町
森部市立森部高校の体育館裏
「なー……聞いてるん? マコちゃんよ……」
「おいおいww いい加減にしないとマコちゃん泣いちゃうぜww」
生徒も下校をはじめた放課後。『僕』は三人のクラスメイトに囲まれていた。
クラスメイトといっても別に友達なわけじゃない。いつも、この三人は『僕』に絡んでくるのだ。
今日も、家に帰ろうと席を立ったときに、呼び止められここに連れてこられた。
「おい、誠……。今日はこんだけなのか?」
『僕』を囲んでいる三人のリーダー格『永瀬正人』が『僕』の財布を地面に捨てながら言った。
そんなことをしたら財布が土で汚れるだろうが! ……なんて、その程度のことでわざわざ『僕』は怒ったりしない。
「……よお、明日はもっと持ってきてよね。マコちゃんw ボクタチお小遣いがほしいのww」
三人のうちのもう一人『国府勝』が『僕』の肩に馴れ馴れしく肩を回してくる。最後の一人『近藤敏明』 はタバコを口にくわえながらただ『僕』をイライラした表情で眺めている。
こいつ等は、まさしく糞蝿のように『僕』にたかって来るどうしようもない奴らだ。教師の前ではいい子面しているのがなお悪い。 『僕』がナイフでももって刺してやれば終わりだろうが、まあ『僕』はこんな奴らのために犯罪者になるのはごめんだ。
「おい……きいてんのか?」
永瀬が『僕』の襟をつかんで『僕』を引き寄せる。そんなことしなくても君の顔は見えてるよ……。
「わかてるよ……。持ってくるから……」
こういっておけば、たいていこの場は収まる。いつものことだ。
……と、その時、――僕はこれが過去の出来事だといまさらに気づく。
そう――これは――……。
「おい、羽村――、こんなところで寝てると、風邪をひくぞ?」
学校の校舎の屋上で眠りこけていた僕は――、そんな彼の声で目が覚めた。
「う……ん?」
悪夢を見た――、ここ最近は見ることのなかった悪夢を。
そんな僕の事を、心底心配そうに見つめているのは、夢の中にもいたあの――、
「近藤……くん?」
「羽村――、お前は一応病人なんだから――、こんなところで一人でいちゃ駄目だぜ?」
「心配……ないよ」
僕は近藤君――、近藤敏明から目をそらしつつそう答える。
病人――、彼はそう言うが、ちょっとした記憶喪失だ――、別に生活に支障がある話ではない。
まあ――どこかで強く頭を打ったのかもしれないと言われてはいるが――。
そんな僕の事を本気で心配そうに見つめる近藤君――、
僕は彼がなぜここまでに変わったのかは知らない。
元々、彼は僕をいじめていたグループの一人だった。だが僕が記憶を失った――、その数日の間にどうやら彼の仲間の二人が、何かの理由で死んだらしく、彼もまたその間に何かがあって――、まるで人が変わったかのように、周囲に、僕に振る舞うようになったらしい。
彼は、それまで自身が陰でいじめていた人たちに謝罪し、その罪滅ぼしとして様々なことをしているらしく――、僕にこうして話しかけてくるのも、その一環であろうと推測できた。
正直、あれほどいじめられてきた僕にとっては――、ただ煩わしいだけで……。
「羽村?」
近藤君が心配そうに僕を見る。僕は小さく笑って答えた。
「うん……ありがとう。大丈夫だよ」
「そうか……」
近藤君はそう言って僕に笑顔を向けた。
◆◇◆
――近藤君が心を変えたといっても、僕に対するいじめがなくなったわけではなかった。
中心となる三人組が消えてもなお――、僕に嫌な目を向ける者はいたのである。
その一人が――、
「おい――マコちゃんよぉ。アレは持ってきたのか?」
「……」
僕は、放課後の校舎裏でその男、堀尾博昭を黙って見つめる。その態度が彼のカンに障ったのか、僕の襟を掴んで引き寄せて言った。
「てめえ――、最近調子に乗ってんのか?! ゴミのくせして――」
社会のゴミはそっちだろう――、僕はそう心の中で思ったが口には出さなかった。
その心を読んだのか、堀尾は怒りの表情を浮かべながら僕の襟をもって持ち上げようとする。
まあ――、彼の身長は僕より低いから、ちょと無理な体勢になっているが。
「調子に乗って――」
――と、不意に、
「そこで何してんだ!!」
「あ――……」
強い声がかけられた。その主を知っている僕たちは、その声のする方を見た。
そこに近藤君がいた――。
「堀尾――、てめえ……羽村に手を出すなって、あれほど言ったろ!!」
「ち……、なんだ近藤? 正義の味方の登場か?」
「茶化すな――、俺は」
堀尾は近藤君を――、心底歪んだ目で見る。かつては楽しげに僕をいじめていた二人が――、お互いに睨み合っている。
「てめえ――、近藤――、いい子ちゃんになって、羽村とお友達になって楽しそうだな」
「そんなんじゃねえよ……」
「ふん! てめえも一緒にこいつで遊んでいたクチのくせして――、なに善人ぶってんだよ! このクズ!」
「堀尾――」
近藤君は僕たちの前までやってくると、僕の襟をつかんでいる堀尾の腕を掴んだ。
「く……」
近藤君の腕力で、堀尾の腕は容易く外れる。僕は襟を正した。
「てめえ――、近藤――、”ぶっ殺すぞ”――」
「勝手にしろ――」
そう言って堀尾の腕を掴んだまま彼を見つめる近藤君。
しばらくすると、堀尾はその腕を振りほどいて――、そして舌打ちを一つしてその場を去っていった。
「ふう――」
それを見送りつつ近藤君はため息をつく。そして――、
「羽村――、なんって言うか――、ああいう手合いに呼び出されても、ついていっちゃだめだぜ? もしなんかあれば俺に言えよ?」
「――うん、ごめん」
僕はそう言って近藤君に謝罪した。
――本当に近藤君は変わった。彼はこうしていじめられている、かつて自分がいじめていた子たちを助けているらしい。
そして――、それはかつては同じグループであった連中と衝突し――、その目の敵とされる行動だったが、彼はどのような嫌がらせを受けても、助けることをやめようとはしない。
――ああ、本当に煩わしい。僕は――。
「よかったの? 堀尾くんの事は――」
「心配するなよ。これは俺が――解決すべきことだから」
「……」
死ねばいいと思った――。
本気で死ねばいいと思った近藤君の事を――、正直僕は心配している。
本当に煩わしい――。本当に――。
「それより羽村――、放課後空いてるか?」
「う……ん?」
そうして笑顔を向ける近藤君に、僕はぎこちない笑顔を向けた。
◆◇◆
「畜生――、ぶっ殺してやる」
闇の中、そう呟く男がいる。それは堀尾博昭。
彼は夜の街を歩きながら、何度も”ぶっ殺す”――と呪文のように唱えている。
それは彼の口癖――、本気で相手を殺す根性など彼は持ってはいない。
しかし、彼はそれを周囲に吐き散らす。
「ああ――、近藤の野郎――、勝手にいい子ちゃんになりやがって」
かつては一緒に遊んでいた男を憎々しげに思う。
それは――、どのような感情からなのか?
「それがあなたの、大切な言の葉ですか?」
――不意に、彼に話しかける者がいた。堀尾は少しぎょっとして、声の聞こえてくる路地裏を見た。
そこに、そいつはいた――。
「驚かせてすみませんね。僕の名は――」
「??」
その名を聞いても、堀尾には彼の正体がわからなかった。だから――、
「なんだてめえ――、俺になんか用か?!」
威嚇しつつそう答える。それに対し――、
「いえいえ――、僕はあなたの心を救うモノ――、その言の葉を実現させてあげましょう」
「え?」
それは闇より響く声――。
それは、呪詛の籠った言の葉――。
かくして堀尾の口癖は――、チカラを得た。
――それが後々まで続く、のろい主による呪詛事件の始まりであった。