アランが作った料理をオリバーもコナンも勢いよく食べていく。そんな様子を見ながら、アランもゆっくりと食事を進める。食事を進めながら、アランはこの不思議な出会いを振り返る。雨の中、足をくじき体力を奪われていく自分を救ってくれた少年オリバー、のんびりとした大らかな気性にアランは話すだけで救われる思いだった。そんな彼との食事も今日で最後になるだろう。
ぐらりとオリバーの体が揺らぎ倒れるのを、アランは支え抱える。すでにコナンは横たわっている。
「すまないな、オリバー」
アランは食事に眠り薬を加えた。毒であればオリバーの瞳にも見極められたであろう。だが、これは眠りを誘う薬、体には害がないのだ。アランにとっては賭けであった。
侯爵家の生まれであるアランはこういった薬物に慣れて育った。そのため、同じものを食べても影響は受けない。アランはオリバーの手足を拘束し、コナンと共に袋の中に放り込む。それを背負ったアランは1人呟く。
「…さて、急がなければ」
そう言って数日間過ごした家屋を後にしたアランは闇の中へと消えていった。
*****
「凄いわね!私達もこんな風にしたかったわね」
「仕方ないわよ、私達はもう13歳を過ぎていたものね」
「羨ましいわ…」
「ほら、あなた達。今日の主役はジェイドよ」
そう言われた3姉妹が今日の主役である弟に視線を向ける。そこにはいつも以上に華やかな衣装に身を包むジェイドがいた。誇らし気な表情を浮かべる息子の姿に親であるゴードンもディアーナも嬉しそうに微笑む。
そんな彼らの元に子爵家や男爵家が近付いてくる。
「おめでとうございます。13歳になられたのですね」
「ご子息が立派に成長なされて、ご両親としても誇らしいでしょうね」
「コリンズ家の将来も明るいですね」
近付いてくる低位貴族は次々にジェイドとゴードンたちへの追従を口にする。それに気を良くするゴードン達であるが、一部の高位貴族はその様子を遠巻きに見つめる。コリンズ家を知る彼らにとっては1つ気がかりな点があるのだ。
だが、それを口にするのは憚られる。この国レガルフの貴族としての常識を弁えていたのならば、あり得ない事であるのだ。長く続くコリンズ家の者がそのような過ちを犯すとは考えにくい。
そこに鐘が鳴り響く。それは今宵の主催者であり、この国を統べる王家の者の登場である。皆が礼を取り、彼らの許しを待つ。
「皆の者、良い。顔を上げよ」
その言葉を受け、皆が顔を上げる。その男は誰かを探すように会場の貴族たちを見回す。だが、探し人は見つからない。ほんの少しの落胆を表情に表すことないまま、その男は笑みを浮かべる。そんな彼の振る舞いに皆、惹きつけられる。長く続く治世に人々は王家に深い信頼を寄せているのだ。
「今夜が貴族家の者としての門出である者もいるであろう。長く続くこの国レガルフを支える若き君たちは未来への希望である。その誇りを胸に刻み、いつもそれに相応しい者であるように。…盃を上げよ。栄えあるレガルフの発展をここに願う」
「我らはその御意志と共に」
その言葉をきっかけに盃を皆で空ける。そして、高位貴族から王に挨拶をしに行くのが通常である。だが、今夜は違った。王自ら席を立ち、ある者を探しに歩く。その様子に驚きつつ、護衛騎士もその姿を追い、周りを囲い安全を守る。
普段、落ち着き払った様子を見せる王のその姿は意外なものとして貴族たちの目に映る。
「コリンズ家の者はどこに」
人々を魅了するその声はいつもとは違い、些か慌てたように聞こえる。その言葉に慌て、驚いたのはゴードンだ。他に名の知れた家の者がいる中でゴードン達が呼ばれたのだ。何か大きな理由があるはずだ。最近、ゴードンも含め家の者が不興を買う行為を行ったのは事実だ。だが、それで叱責を受けるようなことがあるのだろうか、そんな疑問を持ちつつも王の前にゴードンは触れ付す。
「お前は…」
「御前を失礼いたします!わ、私はコリンズ家の現当主、ゴードン・コリンズでございます!」
そこで王はこの男が次代のコリンズ家の繋ぎでしかない無能な男であると知る。だが、彼にとってこの男はどうでもよいのだ。王である彼の関心はコリンズ家にある。彼が王になったとき、すでにこの男が当主であった。先代の当主を度々職務を言い渡し王宮に呼び出したが、年齢を理由に応じる事はなかった。王家に対してそのように振る舞う事に批判もあったが、むしろ彼はそんなコリンズ家の気風に憧れた。
コリンズ家に対する思いを抱えたまま、彼は王となった。祖父、そして母を亡くした少年を呼びつける事は忍びなく、成長し次代のコリンズ家として自分の前に表れるのを待ちに待ったのだ。
「…では、今日は息子がここにいるな」
「はい!今日は共に参りました!」
ゴードンの声にせかされたように少年がその横に跪く。王は歓喜に震えた。ついにコリンズ家の者に会えるのだ。王は彼に声を掛ける。それはまるで我が子にかけるように優しい声であった。
「よい、顔を上げなさい」
王の声に、少年が顔を上げた。
その瞬間、ざわめきが会場に広がる。その少年の瞳は桃色の瞳ではない。歴史ある家や高位の貴族を中心に戸惑い、非難するような声が上がる。
「桃色の瞳ではないわ…」
「でも、コリンズ家の息子と聞いたぞ」
「まさか、王の御膳で虚偽を述べたのか…!」
それに戸惑うのはゴードン達だ。ジェイドは紛れもなくゴードンの息子であり、次期コリンズ家当主である。そもそも虚偽などと王の前でそんな非礼は恐ろしくてゴードンには出来ない。
「現コリンズ家当主は文字も読めぬのか?招待状にはオリバー、オリバー・コリンズとあったであろう。彼はどこにいる」
「は…、ですが、コリンズ家の跡継ぎはこの子ジェイドです。オリバーではなくジェイドを連れてくるのは当然の事で…」
「黙れ!…彼はどこにいる!」
「わ、わかりません…」
その言葉に会場のざわめきがひと際大きくなる。自身の子の行方が分からぬなどあり得ぬことだ。まして、その子は貴族であり後継者なのだ。広がる非難と軽蔑の眼差しにゴードンは戸惑う。彼は本当に、今なぜ自身がこのような目に合っているのかわからないのだ。そんな彼の様子に王は諦めたように背を向け、歩き出す。
だが、不敬にもそれを止める声がする、ジェイドである。
「お待ちください!コリンズ家の後継者は私です!オリバーではありません!」
王は深いため息をつく。今の彼はこの者達に数秒の時間を割かれるのさえ惜しい。
察した公爵家の者が代わりに説明する許可を求め、それが認められる。彼がこれからする説明は歴史ある家の者ならば常識である。
「いいかい。通常、招待状は15歳で届くものだ。だが例外がある。それはその家の正統な後継者である場合、そのときは13歳で届くんだ」
「なら、僕に届くのでは!」
「そうだ!ウチの跡継ぎはジェイドだ!」
「…あなたはコリンズ家の婿養子だろう。その子どもはコリンズ家の血を引いていない。つまりは男爵家の血を受け継ぐ貴族ではあるが、コリンズ伯爵家の正統な後継者ではない。桃色の瞳を持つ者こそが、コリンズ家の正式な後継者だからね」
そう言われたジェイドはオリバーの瞳を思い出す。初めて会ったあの日、美しく微笑んだオリバー、その瞳は確かに桃色の瞳である。
コリンズ家の血を引く者を跡継ぎにしなければ、その桃色の瞳も歴史ある家の系譜も途切れてしまう。平和な時代になり、歴史ある家の者しかコリンズ家の価値を知らぬ世となった。それが仇となったのだろう。その瞳の価値を知らぬ者も貴族には多くいる。そしてそれはゴードン達もであった。
「探し出せ!国中をだ!」
「はっ!」
「…その者達も捕らえておけ」
王の命に皆が表情を強張らせる。晴れやかな場が一気に変わり、自身が不敬を買う事を恐れた貴族たちがコリンズ家の者から距離を置く。彼らを中心に大きな円が出来るのを、皆恐れながら見つめる。
「なぜ!僕の方がオリバーより優秀だ!あいつよりこの僕が相応しい!」
貴族の血に人一倍こだわり、貴族の血を引かぬ母や姉を見下し、自らは優れた血を引く者と信じたジェイド。だが彼はその貴族の血でオリバーに敵わなかったのだ。それは血に誇りを持ったジェイドにとって、何よりも受け入れがたい事実であった。
現コリンズ家の者達が捉えられていくことにあまり興味がない王は、オリバーへと思いを馳せる。その桃色の瞳で苦難を乗り越えているのだろうか、貴族の子どもであればどのように苦しい思いをしているであろう。王である男は、まだ見ぬ桃色の瞳を持つ少年をわが子のように案ずるのであった。
*****
「その荷物は何だ?」
「…あんた、俺の身分証が見えないのか?」
「あぁ?」
そう言って男が差し出したのは冒険者ギルドの身分証である。そこにはこの男は優れた冒険者であり、検閲不問との記載がある。それを見た憲兵は慌てて態度を改める。
「申し訳ありません!お通り下さい!」
「…いや、謝るのはこっちの方だ」
「?」
その男は検閲所から見えない場所まで歩いていく。
森の中に入った頃、男は重い荷物を降ろす。中の荷物に男が話しかける。
「いつまで寝ているんだ?オリバー」
「ん?ここどこ?」
『何、悠長な事言ってんだよ!オレら盛られたんだぞ!』
「国の外だよ」
「あ、アランだ!」
呑気なオリバーにアランは笑いが零れる。王家にオリバーの不在を知られぬ前に、検問所を突破するため、アランは些か荒い方法を取った。だが、当の本人は全く持って動じていない。やはり大物だとアランは思う。
「アランが連れだしてくれたの?」
「良く捉えればな」
「ん?検閲所って勝手に出ても問題ないの?」
「オリバーはまだ13歳になっていないからな、罪にはならないな。このまま、他の街へ行き、冒険者ギルドへ登録すればいい。そうすれば身分証が作れるぞ。冒険者になれば、そこでの生活が保障される。どうだ?ならないか?」
「へえぇ!いいね、冒険者!」
その話を聞いたコナンはアランが冒険者になった理由を悟る。冒険者となれば様々な権利が確保される。だがそれと共に他の権利は放棄される。彼は自らを廃嫡させるために、冒険者の道を選んだのだろう。そして今、オリバーにも同じ道を進めようとしている。
だが、不快な事にそれはなかなかいい手だとコナンは思うのだ。長く続いた建国したものとコナンの古き良き友との形を変えるには最良の手だともいえる。
『で、コイツはどうするんだよ』
「そうだ!アランはこれからどうするの?」
「俺?俺も付いていくさ」
「うわぁ!凄いね!皆で旅するの?楽しそうだねぇ」
『はあぁ!?』
だが、コナンは思う。今の自分にはオリバーを守る力はないのだ。大人の力が必要な場面はこれから幾らでもあるだろう。渋々、コナンもアランの同行を許すとオリバーに伝える。
「なんだか今日はその狐、きゅうきゅうよく鳴くな」
『あぁん?お前、人生の先輩に対する礼儀がなってねぇなぁ!』
「うん!きっとコナンも仲間が増えて嬉しいんだよ!」
『あ!オリバー!お前、コイツに聞こえない事を言い事に嘘ついたな、オイ!』
きゅうきゅう鳴くコナンを腕に抱き、満足そうにオリバーは微笑む。
「これからの僕らに何かいい物が見つかるといいね」
広がる空はいつもより高く澄んで見える。旅を通じ、出会った優しい人々に感謝の念を抱きながら、再び始まる旅と新たな出会いに期待するオリバーは足取りも軽く、歩みを進めるのであった。
ぐらりとオリバーの体が揺らぎ倒れるのを、アランは支え抱える。すでにコナンは横たわっている。
「すまないな、オリバー」
アランは食事に眠り薬を加えた。毒であればオリバーの瞳にも見極められたであろう。だが、これは眠りを誘う薬、体には害がないのだ。アランにとっては賭けであった。
侯爵家の生まれであるアランはこういった薬物に慣れて育った。そのため、同じものを食べても影響は受けない。アランはオリバーの手足を拘束し、コナンと共に袋の中に放り込む。それを背負ったアランは1人呟く。
「…さて、急がなければ」
そう言って数日間過ごした家屋を後にしたアランは闇の中へと消えていった。
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「凄いわね!私達もこんな風にしたかったわね」
「仕方ないわよ、私達はもう13歳を過ぎていたものね」
「羨ましいわ…」
「ほら、あなた達。今日の主役はジェイドよ」
そう言われた3姉妹が今日の主役である弟に視線を向ける。そこにはいつも以上に華やかな衣装に身を包むジェイドがいた。誇らし気な表情を浮かべる息子の姿に親であるゴードンもディアーナも嬉しそうに微笑む。
そんな彼らの元に子爵家や男爵家が近付いてくる。
「おめでとうございます。13歳になられたのですね」
「ご子息が立派に成長なされて、ご両親としても誇らしいでしょうね」
「コリンズ家の将来も明るいですね」
近付いてくる低位貴族は次々にジェイドとゴードンたちへの追従を口にする。それに気を良くするゴードン達であるが、一部の高位貴族はその様子を遠巻きに見つめる。コリンズ家を知る彼らにとっては1つ気がかりな点があるのだ。
だが、それを口にするのは憚られる。この国レガルフの貴族としての常識を弁えていたのならば、あり得ない事であるのだ。長く続くコリンズ家の者がそのような過ちを犯すとは考えにくい。
そこに鐘が鳴り響く。それは今宵の主催者であり、この国を統べる王家の者の登場である。皆が礼を取り、彼らの許しを待つ。
「皆の者、良い。顔を上げよ」
その言葉を受け、皆が顔を上げる。その男は誰かを探すように会場の貴族たちを見回す。だが、探し人は見つからない。ほんの少しの落胆を表情に表すことないまま、その男は笑みを浮かべる。そんな彼の振る舞いに皆、惹きつけられる。長く続く治世に人々は王家に深い信頼を寄せているのだ。
「今夜が貴族家の者としての門出である者もいるであろう。長く続くこの国レガルフを支える若き君たちは未来への希望である。その誇りを胸に刻み、いつもそれに相応しい者であるように。…盃を上げよ。栄えあるレガルフの発展をここに願う」
「我らはその御意志と共に」
その言葉をきっかけに盃を皆で空ける。そして、高位貴族から王に挨拶をしに行くのが通常である。だが、今夜は違った。王自ら席を立ち、ある者を探しに歩く。その様子に驚きつつ、護衛騎士もその姿を追い、周りを囲い安全を守る。
普段、落ち着き払った様子を見せる王のその姿は意外なものとして貴族たちの目に映る。
「コリンズ家の者はどこに」
人々を魅了するその声はいつもとは違い、些か慌てたように聞こえる。その言葉に慌て、驚いたのはゴードンだ。他に名の知れた家の者がいる中でゴードン達が呼ばれたのだ。何か大きな理由があるはずだ。最近、ゴードンも含め家の者が不興を買う行為を行ったのは事実だ。だが、それで叱責を受けるようなことがあるのだろうか、そんな疑問を持ちつつも王の前にゴードンは触れ付す。
「お前は…」
「御前を失礼いたします!わ、私はコリンズ家の現当主、ゴードン・コリンズでございます!」
そこで王はこの男が次代のコリンズ家の繋ぎでしかない無能な男であると知る。だが、彼にとってこの男はどうでもよいのだ。王である彼の関心はコリンズ家にある。彼が王になったとき、すでにこの男が当主であった。先代の当主を度々職務を言い渡し王宮に呼び出したが、年齢を理由に応じる事はなかった。王家に対してそのように振る舞う事に批判もあったが、むしろ彼はそんなコリンズ家の気風に憧れた。
コリンズ家に対する思いを抱えたまま、彼は王となった。祖父、そして母を亡くした少年を呼びつける事は忍びなく、成長し次代のコリンズ家として自分の前に表れるのを待ちに待ったのだ。
「…では、今日は息子がここにいるな」
「はい!今日は共に参りました!」
ゴードンの声にせかされたように少年がその横に跪く。王は歓喜に震えた。ついにコリンズ家の者に会えるのだ。王は彼に声を掛ける。それはまるで我が子にかけるように優しい声であった。
「よい、顔を上げなさい」
王の声に、少年が顔を上げた。
その瞬間、ざわめきが会場に広がる。その少年の瞳は桃色の瞳ではない。歴史ある家や高位の貴族を中心に戸惑い、非難するような声が上がる。
「桃色の瞳ではないわ…」
「でも、コリンズ家の息子と聞いたぞ」
「まさか、王の御膳で虚偽を述べたのか…!」
それに戸惑うのはゴードン達だ。ジェイドは紛れもなくゴードンの息子であり、次期コリンズ家当主である。そもそも虚偽などと王の前でそんな非礼は恐ろしくてゴードンには出来ない。
「現コリンズ家当主は文字も読めぬのか?招待状にはオリバー、オリバー・コリンズとあったであろう。彼はどこにいる」
「は…、ですが、コリンズ家の跡継ぎはこの子ジェイドです。オリバーではなくジェイドを連れてくるのは当然の事で…」
「黙れ!…彼はどこにいる!」
「わ、わかりません…」
その言葉に会場のざわめきがひと際大きくなる。自身の子の行方が分からぬなどあり得ぬことだ。まして、その子は貴族であり後継者なのだ。広がる非難と軽蔑の眼差しにゴードンは戸惑う。彼は本当に、今なぜ自身がこのような目に合っているのかわからないのだ。そんな彼の様子に王は諦めたように背を向け、歩き出す。
だが、不敬にもそれを止める声がする、ジェイドである。
「お待ちください!コリンズ家の後継者は私です!オリバーではありません!」
王は深いため息をつく。今の彼はこの者達に数秒の時間を割かれるのさえ惜しい。
察した公爵家の者が代わりに説明する許可を求め、それが認められる。彼がこれからする説明は歴史ある家の者ならば常識である。
「いいかい。通常、招待状は15歳で届くものだ。だが例外がある。それはその家の正統な後継者である場合、そのときは13歳で届くんだ」
「なら、僕に届くのでは!」
「そうだ!ウチの跡継ぎはジェイドだ!」
「…あなたはコリンズ家の婿養子だろう。その子どもはコリンズ家の血を引いていない。つまりは男爵家の血を受け継ぐ貴族ではあるが、コリンズ伯爵家の正統な後継者ではない。桃色の瞳を持つ者こそが、コリンズ家の正式な後継者だからね」
そう言われたジェイドはオリバーの瞳を思い出す。初めて会ったあの日、美しく微笑んだオリバー、その瞳は確かに桃色の瞳である。
コリンズ家の血を引く者を跡継ぎにしなければ、その桃色の瞳も歴史ある家の系譜も途切れてしまう。平和な時代になり、歴史ある家の者しかコリンズ家の価値を知らぬ世となった。それが仇となったのだろう。その瞳の価値を知らぬ者も貴族には多くいる。そしてそれはゴードン達もであった。
「探し出せ!国中をだ!」
「はっ!」
「…その者達も捕らえておけ」
王の命に皆が表情を強張らせる。晴れやかな場が一気に変わり、自身が不敬を買う事を恐れた貴族たちがコリンズ家の者から距離を置く。彼らを中心に大きな円が出来るのを、皆恐れながら見つめる。
「なぜ!僕の方がオリバーより優秀だ!あいつよりこの僕が相応しい!」
貴族の血に人一倍こだわり、貴族の血を引かぬ母や姉を見下し、自らは優れた血を引く者と信じたジェイド。だが彼はその貴族の血でオリバーに敵わなかったのだ。それは血に誇りを持ったジェイドにとって、何よりも受け入れがたい事実であった。
現コリンズ家の者達が捉えられていくことにあまり興味がない王は、オリバーへと思いを馳せる。その桃色の瞳で苦難を乗り越えているのだろうか、貴族の子どもであればどのように苦しい思いをしているであろう。王である男は、まだ見ぬ桃色の瞳を持つ少年をわが子のように案ずるのであった。
*****
「その荷物は何だ?」
「…あんた、俺の身分証が見えないのか?」
「あぁ?」
そう言って男が差し出したのは冒険者ギルドの身分証である。そこにはこの男は優れた冒険者であり、検閲不問との記載がある。それを見た憲兵は慌てて態度を改める。
「申し訳ありません!お通り下さい!」
「…いや、謝るのはこっちの方だ」
「?」
その男は検閲所から見えない場所まで歩いていく。
森の中に入った頃、男は重い荷物を降ろす。中の荷物に男が話しかける。
「いつまで寝ているんだ?オリバー」
「ん?ここどこ?」
『何、悠長な事言ってんだよ!オレら盛られたんだぞ!』
「国の外だよ」
「あ、アランだ!」
呑気なオリバーにアランは笑いが零れる。王家にオリバーの不在を知られぬ前に、検問所を突破するため、アランは些か荒い方法を取った。だが、当の本人は全く持って動じていない。やはり大物だとアランは思う。
「アランが連れだしてくれたの?」
「良く捉えればな」
「ん?検閲所って勝手に出ても問題ないの?」
「オリバーはまだ13歳になっていないからな、罪にはならないな。このまま、他の街へ行き、冒険者ギルドへ登録すればいい。そうすれば身分証が作れるぞ。冒険者になれば、そこでの生活が保障される。どうだ?ならないか?」
「へえぇ!いいね、冒険者!」
その話を聞いたコナンはアランが冒険者になった理由を悟る。冒険者となれば様々な権利が確保される。だがそれと共に他の権利は放棄される。彼は自らを廃嫡させるために、冒険者の道を選んだのだろう。そして今、オリバーにも同じ道を進めようとしている。
だが、不快な事にそれはなかなかいい手だとコナンは思うのだ。長く続いた建国したものとコナンの古き良き友との形を変えるには最良の手だともいえる。
『で、コイツはどうするんだよ』
「そうだ!アランはこれからどうするの?」
「俺?俺も付いていくさ」
「うわぁ!凄いね!皆で旅するの?楽しそうだねぇ」
『はあぁ!?』
だが、コナンは思う。今の自分にはオリバーを守る力はないのだ。大人の力が必要な場面はこれから幾らでもあるだろう。渋々、コナンもアランの同行を許すとオリバーに伝える。
「なんだか今日はその狐、きゅうきゅうよく鳴くな」
『あぁん?お前、人生の先輩に対する礼儀がなってねぇなぁ!』
「うん!きっとコナンも仲間が増えて嬉しいんだよ!」
『あ!オリバー!お前、コイツに聞こえない事を言い事に嘘ついたな、オイ!』
きゅうきゅう鳴くコナンを腕に抱き、満足そうにオリバーは微笑む。
「これからの僕らに何かいい物が見つかるといいね」
広がる空はいつもより高く澄んで見える。旅を通じ、出会った優しい人々に感謝の念を抱きながら、再び始まる旅と新たな出会いに期待するオリバーは足取りも軽く、歩みを進めるのであった。