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~666年前・黄金都市イェルメス~
あるところに、1人のエルフ族の男の子が生まれました。
その男の子は「ウル」と名付けられ、魔法が当たり前に使えるエルフ族の中でも更に魔力が高い優秀な子でした。
ウルは心優しい男の子であり、元気に育ったウルはやがて周りからも認められる立派なエルフ族の男へと成長し、エルフ族の長から直々に“使命”を与えられました。
「ウルよ。神聖なる我がエルフ族の更なる発展と平和の願いを込め、其方を最も重要である『スレイブ』の最高責任者に命ずる」
それから、ウルは自身に責任を持って『スレイブ』に意欲を注ぎました。
スレイブ――それは“奴隷制度”。
エルフ族は人間や竜族、更にその他の全種族が自分達よりも下等な種族だと嫌っていました。
なのでエルフ族は「魔法」という絶対的且つ強大な力で支配し、知恵と言葉を備える人間と竜族を奴隷にして虐めていたのです。
しかしある日、そんな『スレイブ』の最高責任者となったウルが1人の竜族の男と“友達”になり、更に1人の人間の女性に生まれて初めて“恋”をしました。
勿論ウルが……いえ、エルフ族の誰もが奴隷である人間や竜族と仲良くなるなんて許されません。それが最高責任者のウルであり、奴隷に対して友達や恋心などという感情は言語道断です。
ウルはいけない事をしていると自分でも分かっていました。
ですが、それ以上に気の合う友の存在、何より心の底から愛せる存在と出会ってしまったウルは毎日毎日とても悩んでいました。
結局自分の気持ちに嘘が付けなかったウルは、その後もエルフ族の誰にもバレないよう友と楽しい会話をし、彼女へ純粋無垢な愛情を注ぎ続けました。
だがある日の事。
ついにウルは奴隷である彼女と友との親しい関係を、仲間のエルフ族によって暴かれてしまいました。
他のエルフ族達は皆冷酷な瞳でウルを軽蔑し、誰よりも怒りを露にした長が友と彼女を「業火の刑」で焼き殺すと言いました。
しかしその言葉を聞いた瞬間、今度はウルが怒りを露にしたのです。
「エルフ族、竜族、人間……。私はそんな種族の差別がない、全種族が共に手を取り合い共存出来る平和な世界にしたい――」
ウルは殺されそうになっていた友と彼女を逃がしました。
ですが長も他のエルフ族の仲間達もそれを許しません。
エルフ族の仲間達が友と彼女を殺そうと魔法の力を使いますが、ウルが1人で懸命に友と彼女を守り抜きます。
だがエルフ族の中でもトップクラスの魔法の使い手であるウルでも、流石に1人では守り切れませんでした。
1つの魔法が友の腹を貫き、1つの魔法が彼女の片腕を奪い、たくさんの血が流れた友と彼女の逃げる足は遂に止まってしまったのです。
そしてウルはそんな友と彼女に躊躇なく止めを差さそうとするエルフ族の仲間達を見た刹那、自分の中で“何か”が音を立てて切れたのが分かりました。
直後ウルの全身は灼熱の業火に包まれるや否や、まるで炎が意志を持ったかのように次々にエルフ族を襲い、炎を受けたエルフ族達はは断末魔の叫びを上げながら息絶えていきました。
友と彼女を殺そうとしていたエルフ族達は一転、皆ウルの灼熱の業火に恐怖し一斉に逃げ惑い始めました。
ウルの怒りの業火は留まるどころか波紋の如く広がり、瞬く間に多くのエルフ族……強いては黄金都市イェルメスをも呑み込む業火の海と化したウルの魔法は、不思議な事にエルフ族だけを焼き払い、友や彼女、その他奴隷となっていた人間や竜族は一切焼かれなかったのでした。
1人のエルフによって根絶したエルフ族。
後に『終焉の大火災』と語り継がれる業火を生み出したウルでしたが、この力が自身でもコントロール出来ない程の強大な力である事を直ぐに悟っていました。
灼熱の業火を身に纏ったウル。徐々に体が灰となって散っていきます。
「ありがとう“ジークリード”。私と友になってくれて。そしてありがとう“エル”。私と出会ってくれて。愛している――」
体が散ってゆく中、ウルは友であるジークリードに、そして最愛のエルに最後の感謝を伝えました。
ウル、エル、ジークリード。
三者が思い描いていたのは「争いや差別のない平和な世界」――。
いつかそんな未来がやってきたらいいなといつも話していました。
大切な友と愛する人を守る為に強大な魔法を使用したウル。更に腹を貫かれて大量の血が流れるジークリードはもう助かりません。
ウルとジークリードは最後の力を振り絞り、その力をエルに……エルの“お腹にいる新たな希望”に全てを託す決意をしました。
ウルは最後にどこまでも広がっていく大火災を何とか自身の魔法で封じ込め、ジークリードは竜族に伝わる特別な血をエルに飲ませて彼女の傷を癒しました。
ウルのフルネームはウル・ラシード・フェイム。
彼は自分の“姓”とエルの名前を合わせて“エルフェイム”という新たな姓を、そして生涯の友であるジークリードの“名”からジークという文字を受け取り、新たな希望……ウルとエルの愛の証である子に『ジーク・エルフェイム』という名を授けました。
エルフ族が人間や竜族を支配する事百余年。
種族の垣根を超えたジーク・エルフェイムという存在は、人間とエルフ、そして竜族の血をも混ぜ合わせた平和の血統の存在へと成りました。
“エルフの姓、竜の名”――。
この世で唯一無二の存在を生んだエルは、あの日のウルとジークリードの誓いを果たすべく、エルフ族が絶滅した世界で静かに身を隠して生きる事を決めたのでした。
やがて生き残った人間達は数百年の時の流れの中で、思い出しくたくない忌まわしい奴隷という歴史を完全に消し去り、自分達人間だけの新たな文明や社会、歴史を築き上げていきました。
エルが隠れて生きる事を決めたのは、人間達がエルフに対して強い恨みや憎しみを抱いている事が分かっていたからです。
元々数が多くなかった竜族は、『終焉の大火災』後に人間とも距離を取ろうと遥か遠くの大陸へと移住し、人間にも知られる事なく数百年の年月を掛けて静かに絶滅してしまいました。
『終焉の大火災』から数十年後。
寿命が来たエルは、あの日からずっと綴っていた“日記”を子から孫へ、そこから更に孫の孫へと現在に至るまで何世代にも渡って紡がれていきました。
エルの日記は誰が言い出したか、何時からか“グリモワール”と呼ばれるようになり、666年受け継がれてきた人間、エルフ、竜族の3血統も遂に“エレンただ1人”となってしまいました――。
エレン・エルフェイム。
彼女が正真正銘、エルフの姓と竜の名を継ぐ3血統の末裔。
奇しくも、ウルが身を挺して封印した『終焉の大火災』という名の扉は、666年の歳月やエルフの強大な魔法の力、更に無量大数の“因果”を巻き込んだ結果、無情にもその扉は再び開かれようとしている。
そしてその扉を開ける“鍵”となる混血……エレン・エルフェイムに世界の運命は委ねられているのだった――。
~666年前・黄金都市イェルメス~
あるところに、1人のエルフ族の男の子が生まれました。
その男の子は「ウル」と名付けられ、魔法が当たり前に使えるエルフ族の中でも更に魔力が高い優秀な子でした。
ウルは心優しい男の子であり、元気に育ったウルはやがて周りからも認められる立派なエルフ族の男へと成長し、エルフ族の長から直々に“使命”を与えられました。
「ウルよ。神聖なる我がエルフ族の更なる発展と平和の願いを込め、其方を最も重要である『スレイブ』の最高責任者に命ずる」
それから、ウルは自身に責任を持って『スレイブ』に意欲を注ぎました。
スレイブ――それは“奴隷制度”。
エルフ族は人間や竜族、更にその他の全種族が自分達よりも下等な種族だと嫌っていました。
なのでエルフ族は「魔法」という絶対的且つ強大な力で支配し、知恵と言葉を備える人間と竜族を奴隷にして虐めていたのです。
しかしある日、そんな『スレイブ』の最高責任者となったウルが1人の竜族の男と“友達”になり、更に1人の人間の女性に生まれて初めて“恋”をしました。
勿論ウルが……いえ、エルフ族の誰もが奴隷である人間や竜族と仲良くなるなんて許されません。それが最高責任者のウルであり、奴隷に対して友達や恋心などという感情は言語道断です。
ウルはいけない事をしていると自分でも分かっていました。
ですが、それ以上に気の合う友の存在、何より心の底から愛せる存在と出会ってしまったウルは毎日毎日とても悩んでいました。
結局自分の気持ちに嘘が付けなかったウルは、その後もエルフ族の誰にもバレないよう友と楽しい会話をし、彼女へ純粋無垢な愛情を注ぎ続けました。
だがある日の事。
ついにウルは奴隷である彼女と友との親しい関係を、仲間のエルフ族によって暴かれてしまいました。
他のエルフ族達は皆冷酷な瞳でウルを軽蔑し、誰よりも怒りを露にした長が友と彼女を「業火の刑」で焼き殺すと言いました。
しかしその言葉を聞いた瞬間、今度はウルが怒りを露にしたのです。
「エルフ族、竜族、人間……。私はそんな種族の差別がない、全種族が共に手を取り合い共存出来る平和な世界にしたい――」
ウルは殺されそうになっていた友と彼女を逃がしました。
ですが長も他のエルフ族の仲間達もそれを許しません。
エルフ族の仲間達が友と彼女を殺そうと魔法の力を使いますが、ウルが1人で懸命に友と彼女を守り抜きます。
だがエルフ族の中でもトップクラスの魔法の使い手であるウルでも、流石に1人では守り切れませんでした。
1つの魔法が友の腹を貫き、1つの魔法が彼女の片腕を奪い、たくさんの血が流れた友と彼女の逃げる足は遂に止まってしまったのです。
そしてウルはそんな友と彼女に躊躇なく止めを差さそうとするエルフ族の仲間達を見た刹那、自分の中で“何か”が音を立てて切れたのが分かりました。
直後ウルの全身は灼熱の業火に包まれるや否や、まるで炎が意志を持ったかのように次々にエルフ族を襲い、炎を受けたエルフ族達はは断末魔の叫びを上げながら息絶えていきました。
友と彼女を殺そうとしていたエルフ族達は一転、皆ウルの灼熱の業火に恐怖し一斉に逃げ惑い始めました。
ウルの怒りの業火は留まるどころか波紋の如く広がり、瞬く間に多くのエルフ族……強いては黄金都市イェルメスをも呑み込む業火の海と化したウルの魔法は、不思議な事にエルフ族だけを焼き払い、友や彼女、その他奴隷となっていた人間や竜族は一切焼かれなかったのでした。
1人のエルフによって根絶したエルフ族。
後に『終焉の大火災』と語り継がれる業火を生み出したウルでしたが、この力が自身でもコントロール出来ない程の強大な力である事を直ぐに悟っていました。
灼熱の業火を身に纏ったウル。徐々に体が灰となって散っていきます。
「ありがとう“ジークリード”。私と友になってくれて。そしてありがとう“エル”。私と出会ってくれて。愛している――」
体が散ってゆく中、ウルは友であるジークリードに、そして最愛のエルに最後の感謝を伝えました。
ウル、エル、ジークリード。
三者が思い描いていたのは「争いや差別のない平和な世界」――。
いつかそんな未来がやってきたらいいなといつも話していました。
大切な友と愛する人を守る為に強大な魔法を使用したウル。更に腹を貫かれて大量の血が流れるジークリードはもう助かりません。
ウルとジークリードは最後の力を振り絞り、その力をエルに……エルの“お腹にいる新たな希望”に全てを託す決意をしました。
ウルは最後にどこまでも広がっていく大火災を何とか自身の魔法で封じ込め、ジークリードは竜族に伝わる特別な血をエルに飲ませて彼女の傷を癒しました。
ウルのフルネームはウル・ラシード・フェイム。
彼は自分の“姓”とエルの名前を合わせて“エルフェイム”という新たな姓を、そして生涯の友であるジークリードの“名”からジークという文字を受け取り、新たな希望……ウルとエルの愛の証である子に『ジーク・エルフェイム』という名を授けました。
エルフ族が人間や竜族を支配する事百余年。
種族の垣根を超えたジーク・エルフェイムという存在は、人間とエルフ、そして竜族の血をも混ぜ合わせた平和の血統の存在へと成りました。
“エルフの姓、竜の名”――。
この世で唯一無二の存在を生んだエルは、あの日のウルとジークリードの誓いを果たすべく、エルフ族が絶滅した世界で静かに身を隠して生きる事を決めたのでした。
やがて生き残った人間達は数百年の時の流れの中で、思い出しくたくない忌まわしい奴隷という歴史を完全に消し去り、自分達人間だけの新たな文明や社会、歴史を築き上げていきました。
エルが隠れて生きる事を決めたのは、人間達がエルフに対して強い恨みや憎しみを抱いている事が分かっていたからです。
元々数が多くなかった竜族は、『終焉の大火災』後に人間とも距離を取ろうと遥か遠くの大陸へと移住し、人間にも知られる事なく数百年の年月を掛けて静かに絶滅してしまいました。
『終焉の大火災』から数十年後。
寿命が来たエルは、あの日からずっと綴っていた“日記”を子から孫へ、そこから更に孫の孫へと現在に至るまで何世代にも渡って紡がれていきました。
エルの日記は誰が言い出したか、何時からか“グリモワール”と呼ばれるようになり、666年受け継がれてきた人間、エルフ、竜族の3血統も遂に“エレンただ1人”となってしまいました――。
エレン・エルフェイム。
彼女が正真正銘、エルフの姓と竜の名を継ぐ3血統の末裔。
奇しくも、ウルが身を挺して封印した『終焉の大火災』という名の扉は、666年の歳月やエルフの強大な魔法の力、更に無量大数の“因果”を巻き込んだ結果、無情にもその扉は再び開かれようとしている。
そしてその扉を開ける“鍵”となる混血……エレン・エルフェイムに世界の運命は委ねられているのだった――。