鳴り響いた衝突音。
エレンは体が押された勢いで落馬した。
斬られた筈なのに不思議と痛みはない。
それもアックスゴブリンの攻撃より、落馬の衝撃の方が体に響いた。
逆に斬られた傷が酷すぎて感覚がなくなっているのだろうか。
様々な思考が一斉に頭を駆け巡ったが、地面に落下したエレンはふと自分の体が重いのを感じ取る。
そしてそれと同時、エレンはなんとも言えない“生温かい”感覚も覚えたのだった。
「クソが……死にてぇのか――」
エレンの鼓膜に響いたのはアッシュの声。
だがその声はいつもと違った。
彼の声は弱弱しく、今にも消えそうな程小さかった。
「ア、アッシュ……!?」
パッと目を開けたエレンの視界に飛び込んできたのは、自分の上に覆いかぶさっているアッシュの姿。
見慣れた青髪と整った顔。
しかし、アッシュの頭からはどろりと血が伝い、力尽きたアッシュは地面に転がった。
「王女を連れて……逃げろ……」
「アッシュ!? 嘘ッ……どうして……!?」
その言葉を最後に、アッシュは静かに目を閉じて動かなくなってしまった。
「起きてアッシュ! アッシュゥゥ!」
エレンが倒れるアッシュの体をゆすって呼び掛けるが全く反応がない。
「危ないわエレンッ!」
――ブシューー。
次に辺りに響いたのはマリア王女の声。そして彼女の声とほぼ同時に何かの音が聞こえると、次の瞬間にはエレンの視界が白い煙幕で包まれた。
「今の内よエレン! 逃げるわよッ!」
マリア王女が護身の為に持っていてのであろうか、辺りは彼女の投げた煙幕が広がり、アックスゴブリンもエレン達を見失った。
隙を突いたマリア王女は一目散に走ると、「早く!」とエレンの腕を引っ張りこの場から逃げようとする。
「ま、待って下さいマリア王女……アッシュが……!」
「分かってる! でも今は兎に角逃げなくちゃ!」
そう言ったマリア王女はエレンを強引に動かし、2人は近くの大木の裏へと身を隠した。
「どうしよう、アッシュが……! 何で僕なんかを……」
困惑しているエレンが静かに呟く。
あの瞬間、動けなくなったエレンをアッシュが助けた。
ギリギリのタイミングだったせいでアッシュはエレンを守るので精一杯。受け身も取れずにまともにアックスゴブリンの攻撃を受けてしまった。
体が真っ二つに裂かれなかっただけ運が良かったとも言えるが、それでも意識を失って動けなくなる程の重傷を負ってしまった。
「気を保ってエレン! このままだと本当に死ぬわよ! まずはこの状況を打破しないと、彼の事も助けられないわ!」
徐々に目頭が熱くなるのを感じるエレン。
鼻の奥がツンと痛くなった。
自分のせいでアッシュが死にかけている。
なのに自分は彼を助ける事が出来ない。
アッシュは命懸けで守ってくれたというのに。
エレンは自分の弱さを心底恨んだ――。
「……アッシュを助けないと」
「待って。だから今行ったとしても無理よ」
「でもッ、早くしないとアッシュが!」
「それも分かってる! でも出て行ったら間違いなく貴方が死ぬわよエレン! 彼が命懸けで守ってくれたんでしょ!」
マリア王女の言葉でエレンがふと我に返る。
「今無理に助けに行ってみすみす死ぬつもりなの? それこそ彼の勇気と行動が無駄になるじゃない! しっかりしてエレン。私達がまずすべき事は現状を乗り越える事。生き抜かなければ何も出来ないわ」
本来であればマリア王女を守るのがエレンの役目。
しかし今は状況が全く逆だ。
エレンは更に自分の無力さに嫌気が差した。
血を流して全く動く素振りを見せないアッシュ。
こんな状況でも強い心を持ち続けているマリア王女。
エレンはそんな2人を見て覚悟を決めた――。
そうこうしているうちに煙幕も徐々に晴れていき、視界がクリアになったアックスゴブリンが再びエレン達を探し始める。
(僕は弱い……。それにもう僕を守ってくれる人はいない。でも……)
エレンは溢れ出そうだった涙をグッと堪え、真っ直ぐマリア王女を見た。
その瞳は決して生きる事を諦めていない瞳であった。
「マリア王女。ありがとうございます。お陰で目が覚めました。僕が必ずマリア王女を守ります」
迷いのない顔で言い切ったエレン。
それをマリア王女もしかと感じ取った。
「やっとローゼン総帥と戦っていた時の顔に戻ったわね。これなら大丈夫そうだわ」
状況は変わらず絶望的。
だがエレンとマリア王女の気持ちは確実に揃って前を向いていた。
「マリア王女、申し訳ありませんが最悪僕は死ぬと思います。1人ではとてもアイツを倒せるとは思えません。でも、僕はこれまで生き抜いてきたように、自分に出来る事をします」
一か八かの賭け。
エレンは今自分に出来る最大限の策を練っていた。
(馬に乗った所でアイツのスピードから確実に逃げる保証はない。だからアッシュも戦う事を選んだ)
腰に提げた短剣を2本抜いて手にするエレン。
その顔は覚悟を決めている。
「大丈夫。何をするつもりか分からないけど、貴方なら出来るわ。私の命を守って頂戴」
「はい。ですがやはり死ぬ確率の方が高いです。なので僕がアイツと戦い始めたら、マリア王女は馬に乗って逃げて下さい」
「分かったわ。でも絶対に生き残ると約束して。王女との契約を破ったらそれこそ死刑に値するわよ」
エレンとマリア王女は笑い合い、深呼吸したエレンは勢いよく大木の陰から飛び出した。
「集中……」
**
――いくら強固な肉体と言えど、弱点がないものなど存在しませんよ。
――クソが……死にてぇのか。
**
アックスゴブリンに向かって行くエレンはアッシュとエドの事を思い出していた。
そして、走りながら剣を振り上げたエレンは投擲モーションに入る。
(狙うは“目”! そこならどれだけ体が頑丈だろうと関係ない)
淡い光がエレンの体を覆い、エメラルドグリーンの瞳が綺麗に輝く。
「こっちだアックスゴブリン!」
自ら声を出して自分の存在に気が付かせる。
作戦通り、振り返ったアックスゴブリンはエレンを捉えた。
『ヴオオオ!』
低く激しい咆哮。
凄まじい奴の威圧に耐えながら、エレンは思い切り短剣を投げた。
ザシュン。
『ッガアア!?』
エレンの渾身の投擲が見事的中。
短剣が片方の目玉に深々と突き刺さったアックスゴブリンは悶絶の叫びを上げながら藻掻いている。
アックスゴブリンの目からは不気味な緑色の血が大量に溢れ出していた。
「もう1発」
投擲を成功させたエレンは間髪入れずに再び投擲を放った。
狙ったのは勿論もう片方の目。
ザシュン。
『ギギャァ!?』
「よし! ……おっと。踏ん張れ」
投擲の力の副作用。
どっと体力を奪われたエレンは一瞬バランスを崩し掛けたが、気合いで持ち堪えたエレンはそのまま一直線に走る。
そしてエレンは地面に転がっていたアッシュの剣を拾うと、その走る勢いを止める事なくアックスゴブリンの横に聳える大木を駆け登って行った。
大木の高さは優にアックスゴブリンの3倍強。
坂道の斜面のような上に伸びる大木は駆け登るエレンは瞬く間に1番上まで登り切る。
「ここだ――!」
アックスゴブリンの真上に到達したエレンは、拾ったアッシュの剣を渾身の力で投擲……するのではなく、走った勢いのままエレンは剣を抱え込むようにして木の上から跳んだ。
“自らが投擲”となって――。
まるで斜めの大木が発射台の如く。
跳んだエレンが大砲の玉の如く。
剣の切っ先を下に、垂直に落下していくエレンの体と瞳は投擲のときのあの輝きを発していた。それも、力を無意識に制御していた今までとは違い、エレンがこれまでにこの力を使った中で1番強い輝きを発していた。
「いっけええッ!」
――スパン。
剣が通ったのか通らなかったのか分からないぐらい静かで軽い。
木の上から跳んだエレンはアックスゴブリンの顔面の丁度真ん中に着地。足元には緑色の血も付いている。
「ハァ……ハァ……」
エレンの両サイドには目に深々と突き刺さった2本の短剣。
その真ん中に着地したエレンは呼吸を荒くしながらも、アックスゴブリンの“眉間”に真っ直ぐ突き刺さったアッシュの剣を見ていた。
『ヴゴォォォ……!?』
一瞬の静寂の後、沈黙を引き裂く凄まじい断末魔が響き渡ると、アックスゴブリンは膝からズドンと地面に崩れ落ちていったのだった。
エレンは体が押された勢いで落馬した。
斬られた筈なのに不思議と痛みはない。
それもアックスゴブリンの攻撃より、落馬の衝撃の方が体に響いた。
逆に斬られた傷が酷すぎて感覚がなくなっているのだろうか。
様々な思考が一斉に頭を駆け巡ったが、地面に落下したエレンはふと自分の体が重いのを感じ取る。
そしてそれと同時、エレンはなんとも言えない“生温かい”感覚も覚えたのだった。
「クソが……死にてぇのか――」
エレンの鼓膜に響いたのはアッシュの声。
だがその声はいつもと違った。
彼の声は弱弱しく、今にも消えそうな程小さかった。
「ア、アッシュ……!?」
パッと目を開けたエレンの視界に飛び込んできたのは、自分の上に覆いかぶさっているアッシュの姿。
見慣れた青髪と整った顔。
しかし、アッシュの頭からはどろりと血が伝い、力尽きたアッシュは地面に転がった。
「王女を連れて……逃げろ……」
「アッシュ!? 嘘ッ……どうして……!?」
その言葉を最後に、アッシュは静かに目を閉じて動かなくなってしまった。
「起きてアッシュ! アッシュゥゥ!」
エレンが倒れるアッシュの体をゆすって呼び掛けるが全く反応がない。
「危ないわエレンッ!」
――ブシューー。
次に辺りに響いたのはマリア王女の声。そして彼女の声とほぼ同時に何かの音が聞こえると、次の瞬間にはエレンの視界が白い煙幕で包まれた。
「今の内よエレン! 逃げるわよッ!」
マリア王女が護身の為に持っていてのであろうか、辺りは彼女の投げた煙幕が広がり、アックスゴブリンもエレン達を見失った。
隙を突いたマリア王女は一目散に走ると、「早く!」とエレンの腕を引っ張りこの場から逃げようとする。
「ま、待って下さいマリア王女……アッシュが……!」
「分かってる! でも今は兎に角逃げなくちゃ!」
そう言ったマリア王女はエレンを強引に動かし、2人は近くの大木の裏へと身を隠した。
「どうしよう、アッシュが……! 何で僕なんかを……」
困惑しているエレンが静かに呟く。
あの瞬間、動けなくなったエレンをアッシュが助けた。
ギリギリのタイミングだったせいでアッシュはエレンを守るので精一杯。受け身も取れずにまともにアックスゴブリンの攻撃を受けてしまった。
体が真っ二つに裂かれなかっただけ運が良かったとも言えるが、それでも意識を失って動けなくなる程の重傷を負ってしまった。
「気を保ってエレン! このままだと本当に死ぬわよ! まずはこの状況を打破しないと、彼の事も助けられないわ!」
徐々に目頭が熱くなるのを感じるエレン。
鼻の奥がツンと痛くなった。
自分のせいでアッシュが死にかけている。
なのに自分は彼を助ける事が出来ない。
アッシュは命懸けで守ってくれたというのに。
エレンは自分の弱さを心底恨んだ――。
「……アッシュを助けないと」
「待って。だから今行ったとしても無理よ」
「でもッ、早くしないとアッシュが!」
「それも分かってる! でも出て行ったら間違いなく貴方が死ぬわよエレン! 彼が命懸けで守ってくれたんでしょ!」
マリア王女の言葉でエレンがふと我に返る。
「今無理に助けに行ってみすみす死ぬつもりなの? それこそ彼の勇気と行動が無駄になるじゃない! しっかりしてエレン。私達がまずすべき事は現状を乗り越える事。生き抜かなければ何も出来ないわ」
本来であればマリア王女を守るのがエレンの役目。
しかし今は状況が全く逆だ。
エレンは更に自分の無力さに嫌気が差した。
血を流して全く動く素振りを見せないアッシュ。
こんな状況でも強い心を持ち続けているマリア王女。
エレンはそんな2人を見て覚悟を決めた――。
そうこうしているうちに煙幕も徐々に晴れていき、視界がクリアになったアックスゴブリンが再びエレン達を探し始める。
(僕は弱い……。それにもう僕を守ってくれる人はいない。でも……)
エレンは溢れ出そうだった涙をグッと堪え、真っ直ぐマリア王女を見た。
その瞳は決して生きる事を諦めていない瞳であった。
「マリア王女。ありがとうございます。お陰で目が覚めました。僕が必ずマリア王女を守ります」
迷いのない顔で言い切ったエレン。
それをマリア王女もしかと感じ取った。
「やっとローゼン総帥と戦っていた時の顔に戻ったわね。これなら大丈夫そうだわ」
状況は変わらず絶望的。
だがエレンとマリア王女の気持ちは確実に揃って前を向いていた。
「マリア王女、申し訳ありませんが最悪僕は死ぬと思います。1人ではとてもアイツを倒せるとは思えません。でも、僕はこれまで生き抜いてきたように、自分に出来る事をします」
一か八かの賭け。
エレンは今自分に出来る最大限の策を練っていた。
(馬に乗った所でアイツのスピードから確実に逃げる保証はない。だからアッシュも戦う事を選んだ)
腰に提げた短剣を2本抜いて手にするエレン。
その顔は覚悟を決めている。
「大丈夫。何をするつもりか分からないけど、貴方なら出来るわ。私の命を守って頂戴」
「はい。ですがやはり死ぬ確率の方が高いです。なので僕がアイツと戦い始めたら、マリア王女は馬に乗って逃げて下さい」
「分かったわ。でも絶対に生き残ると約束して。王女との契約を破ったらそれこそ死刑に値するわよ」
エレンとマリア王女は笑い合い、深呼吸したエレンは勢いよく大木の陰から飛び出した。
「集中……」
**
――いくら強固な肉体と言えど、弱点がないものなど存在しませんよ。
――クソが……死にてぇのか。
**
アックスゴブリンに向かって行くエレンはアッシュとエドの事を思い出していた。
そして、走りながら剣を振り上げたエレンは投擲モーションに入る。
(狙うは“目”! そこならどれだけ体が頑丈だろうと関係ない)
淡い光がエレンの体を覆い、エメラルドグリーンの瞳が綺麗に輝く。
「こっちだアックスゴブリン!」
自ら声を出して自分の存在に気が付かせる。
作戦通り、振り返ったアックスゴブリンはエレンを捉えた。
『ヴオオオ!』
低く激しい咆哮。
凄まじい奴の威圧に耐えながら、エレンは思い切り短剣を投げた。
ザシュン。
『ッガアア!?』
エレンの渾身の投擲が見事的中。
短剣が片方の目玉に深々と突き刺さったアックスゴブリンは悶絶の叫びを上げながら藻掻いている。
アックスゴブリンの目からは不気味な緑色の血が大量に溢れ出していた。
「もう1発」
投擲を成功させたエレンは間髪入れずに再び投擲を放った。
狙ったのは勿論もう片方の目。
ザシュン。
『ギギャァ!?』
「よし! ……おっと。踏ん張れ」
投擲の力の副作用。
どっと体力を奪われたエレンは一瞬バランスを崩し掛けたが、気合いで持ち堪えたエレンはそのまま一直線に走る。
そしてエレンは地面に転がっていたアッシュの剣を拾うと、その走る勢いを止める事なくアックスゴブリンの横に聳える大木を駆け登って行った。
大木の高さは優にアックスゴブリンの3倍強。
坂道の斜面のような上に伸びる大木は駆け登るエレンは瞬く間に1番上まで登り切る。
「ここだ――!」
アックスゴブリンの真上に到達したエレンは、拾ったアッシュの剣を渾身の力で投擲……するのではなく、走った勢いのままエレンは剣を抱え込むようにして木の上から跳んだ。
“自らが投擲”となって――。
まるで斜めの大木が発射台の如く。
跳んだエレンが大砲の玉の如く。
剣の切っ先を下に、垂直に落下していくエレンの体と瞳は投擲のときのあの輝きを発していた。それも、力を無意識に制御していた今までとは違い、エレンがこれまでにこの力を使った中で1番強い輝きを発していた。
「いっけええッ!」
――スパン。
剣が通ったのか通らなかったのか分からないぐらい静かで軽い。
木の上から跳んだエレンはアックスゴブリンの顔面の丁度真ん中に着地。足元には緑色の血も付いている。
「ハァ……ハァ……」
エレンの両サイドには目に深々と突き刺さった2本の短剣。
その真ん中に着地したエレンは呼吸を荒くしながらも、アックスゴブリンの“眉間”に真っ直ぐ突き刺さったアッシュの剣を見ていた。
『ヴゴォォォ……!?』
一瞬の静寂の後、沈黙を引き裂く凄まじい断末魔が響き渡ると、アックスゴブリンは膝からズドンと地面に崩れ落ちていったのだった。