翌日。

 早朝から目を覚ましたエレンはいつもと違う動きを見せていた。

「うん。これなら……」

 訝しい表情を浮かべながら曇った鏡で自分を確認するエレン。何度も見返しては、色々な服を試すように着替えている。

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 彼女の暮らす“リューティス王国”は、大陸でも3本の指に入る程大きく豊かな大国。しかし4年前、リューティス王国は隣国の大国である“ユダナス王国”と大きな戦争になった。

 1年程前から休戦協定が結ばれ現在は戦争が鎮まっているが、両国も民も気を抜けない緊張状態が続いている。

 リューティス王国の東部に暮らしていたエレンは当時13歳。
 真っ暗な夜空に煌めく星の何十倍も眩しい強烈な光が、祖父と2人暮らしをしていたエレン達を突如襲った。

 瞬く間に家が、建物が、街が火の海と化し、多くの者達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑った。焦げた臭いに焼かれる家。崩れる瓦礫や炎の犠牲となった者達が聞いた事もない叫び声を上げていた。

 焼かれる人。潰れる人。体が分断した者。
 エレンと祖父はそんな人達を何十人も見ながら、焦げ臭い息苦しい煙の中を必死に走った。

 彼女は戦争が大嫌いだ。小さな争いでさえ。

 敵国のユナダス王国の攻撃によってエレンが暮らしていたリューティス王国の東部と南部の一角の街が全て消え去り、生き残った者達は逃げるように王都へと向かった。だが、南部はリューティス王国でも第2の王都と呼ばれるほど大きく人口も多かった為、王都へと避難して行く人数があまりに多過ぎた。

 戦時中という事もあり、王国も同時に対処はしきれない。
 逃げて来た者達の殆どが難民となり、最初は手を取り合って生きていたものの、次第に全員が生活に苦しくなり状況は悪化の一方となった。

 そして、その難民問題が特に酷い状況となっているのが今エレンがいるガーデン地区である。

 エレンが祖父と逃げて来て早4年。1年前にやっと休戦となり、戦争が始まって以来初めて時間の流れをゆっくりと感じる時間が出来た。辛く苦しい生活ではあるが、諦めなければいつかまた祖父と一緒に平穏な生活を送れるとエレンは強く願っていた。

 だが、つい3ヶ月前。唯一の家族であった祖父が他界。エレンは物心着いた時から両親がいなかった。祖父曰く、彼女が生まれて間もなく事故で亡くなったそうだ。それからずっとエレンは祖父と暮らしていた。

 1人ぼっちとなったエレンは多くの涙を流した。
 
 もうダメ。立ち直れない。

 深い悲しみに襲われたエレンであったが、同じ難民の者や子供達に支えられ、彼女は今日まで懸命に生き抜いていた――。

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「ん~、やっぱ無理かな? でももっとこうすれば……」

 難民――それもまだ17歳という若さで女という事もあり、エレンは仕事を探すのに毎日苦労している。だが彼女は“運良く”今日の仕事を見つけてきた。昨晩の事もあり、この仕事はやはり無理かもと思った。

 それでも今日目覚めたエレンの気持ちは既に固まっている様子。

(今回は今までと違う。中途半端な気持ちじゃ“死ぬ”よ。気を引き締めなさい、私!)

 エレンは鏡に映る自分に言い聞かせるように言う。

 彼女が見つけてきた仕事。

 それは魔物を討伐する“傭兵部隊”の仕事であった――。

 ガーデン地区から程近い森林。
 この場所は王都へ抜ける森林でもある為、前は多くの人間や商人等が行き来していた。しかし最近の魔物の大量発生により森林の道が通れなくなってしまい、ガーデン地区の難民問題に拍車を掛けてしまっているのだ。

 そこで、王国は一先ずの対応として魔物討伐の傭兵を募集した。

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~緊急・魔物討伐部隊、傭兵募集~

概要:ガーデン地区の森林に現れている魔物の討伐。
場所:ガーデン地区
募集条件:なし
※経験も年齢制限も問わない。(女子供は不可)

報酬:参加者全員
※討伐で成果を上げた者は更に報酬追加あり。
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「うんうん、大丈夫。私みたいな顔付きの男だっているよね……? 髪もこうして束ねればOK。髪が長い人だっているから大丈夫」

 そう。
 エレンの性別は勿論女性。しかし、彼女はこの傭兵部隊に参加しようとしているらしい。

 早朝から変わった動きをしていた彼女は、事もあろうか“男装”を試みていたのだ。眉をキリっと上げ男っぽい顔つきにしてみたり、服装もスカートではなくズボンにブーツ。髪は束ねて帽子を被り、動きや話し方までも男っぽくなるようあれこれ試している次第。

 だが如何せん、良くか悪くかエレンはとても容姿端麗である。背は160ちょっとと女性にしては高い方なのだろうか。それでも白い肌にスラっと伸びる細い手足、それに胸の膨らみはどこからどう見ても女だ。

 それでも彼女の心は折れない。

「胸はもっと布を巻いて……これで良し。体格は服装で誤魔化せるわね。うん。いい感じ。大丈夫! 男と思えば男! 世界は広いんだから、きっと私みたいな顔の男の人だっている!」

 1人気合いを入れ直すエレンはそう何度も言い聞かせる。
 見た目も気持ちも準備が出来たエレンは祖父が着ていた上着を身に纏い、祖父が持っていた短剣2本を腰に提げた。更に少しでもカモフラージュ出来るようにと、エレンは使うタイミングの分からないゴーグルも首に掛けた。

 準備は上々。

 募集内容通りなら、報酬は参加者全員に与えられる。
 エレンは間違っても強い訳ではない。昨晩のような万が一の事を想定し、元傭兵であった祖父が最低限の護身術を彼女に教えていたのだ。

 命懸けの割に報酬は高くない。だがエレンにとっては貴重な収入。魔物討伐の経験も無い。人よりも成果を上げるのは無理だろう。でも、参加して生きて帰りさえすれば報酬は与えられる。

(どれだけの人がいるんだろう……? きっと強い人が率先して戦ってくれる筈。私はなんとか端の方で生き残って絶対に帰って来る!)

 性別を偽り、卑怯な手で報酬を得ようとしているエレンの行動は正しいのか正しくないのか。その価値観は人それぞれ。

 エレン・エルフェイムは今日という日をまた生き抜く為。たったそれだけの為に彼女は男装を施し武器を手に取り、静かな朝を迎えた外の世界に力強く足を踏み出すのであった――。