青鬼の褌を洗う女
子供のころから、クライ、ノロマ、ブサイク、クサイ、心が内へ内へと向いてしまう。クサイのがイヤなら、近寄らなければいいのに、近づいてクサイのをなおせという。人間、努力して直せるものと直せないものがある。人にメイワクをかけては、いけないと思って一人でいると、ネクラ、孤立しているとしかられる。子供の頃からゼンソクで、数歩走ると苦しくなる。友達なんて、子供の頃からできなかった。学校はこわくていけなかった。運動もダメ。トロくて、いつも誰かにおこられて、ただ、ずーとだまって机を前に座っているだけ。元気がないのが悪いことなら、憲法改正して、元気であることを国民の義務として、ネクラはみんな死刑にすればいい。
お父さんは、つめたい、頭のいい医者で、私は勉強ができないから、医学部なんて入れないし、顔が悪いから、もらってくれる人もできないっていう。
ある時、お父さんが、あいつは、うまくかたずかないなって、言ってるのを聞いた。私のことをかげでは、あいつ、という。うまく、かたずけられるために私は生まれてきたのか。
中学校で、一人だけ、私にも友達ができた。私のことを心配してくれる。友情ってすばらしいなって思った。でも、ある時、彼女が、私のことを言ってるのを聞いた。
「あの人といるとつかれちゃうよ。先生から、内気な子だから友達になってあげてねって、言われて、そうすれば内申書がよくなるだろうから」
高校の修学旅行で、夜おそくなったので、ねたふりをしてた。同室の三人はガヤガヤつきることなく話している。その中の一人に、私によく話しかけてくれる人がいた。私は彼女を友達と思っていた。いつもはやさしいのに、私が眠っていると思って、遠慮なく私の品評をしだした。話題は、徹頭徹尾、私の顔のこと。こんな顔で、よく生きてられるものだ。それにしても、ひどい顔だな。何度も何度もいう。はやく別の話題にうつってほしい。
私はわざと、ちいさな寝息をたてて、寝てるふりをつづけなくてはならなかった。私の涙はとっくに枯れはてていて、ただただ気づかれて、気まずくさせたくなかった。
そのかわり、信じるということをやめてしまった。何もいらない。
私はありったけのお金をもって家出した。私は汽車の中で家からもちだした多量の睡眠薬をまとめてのんだ。
☆ ☆ ☆
気づくと私は、ある観念の中にいた。それは、死の間際にみた夢だったのか、それとも、死後の世界なのか、あるいは、私は夢うつつにどこかの駅でおりて、人もこない山奥に、さまよいこんで、それは現実なのか、わからない。でも、それは、すごく心地いい観念の世界だった。
私はもうその世界から現実にもどりたいとは思わない。私は河原で青鬼の褌を洗っている。カッコウの声が谷間にひびく。私はいつしかついウトウトする。
ややあって私は青鬼にゆすられて気がつく。青鬼はニッコリ笑って私をみる。人は鬼などこわくて、気味悪くて愛せないだろうと思うかもしれない。あるいは私が魔法にかかって、外見の美醜に対して無感覚の状態になってしまってるにちがいないと思うかもしれない。しかし私は彼の笑顔がこの世で一番好きだ。彼のやさしさが手を伝わって私の心にサッと伝わる。私はうれしくて満面の笑顔を返す。青鬼は私たちのために働きに出かける。果樹の手入れをしたり、狩をしたりする。私はうれしくて洗タクの続きをはじめる。私はその時つくづく生きてることのよろこびを感じる。夕方、青鬼が帰ってくる。私は夕食の用意をしている。青鬼は、「今日はこんなものがとれたよ」というように、戸をあけるとニッコリして私の視線を獲物の方にうながす。私はそれをみてほほえむ。私は青鬼といっしょにささやかな夕食をする。私は彼がおいしそうに私のつくった下手な食事をたべてくれるのがうれしい。
でも私はそんな自然の中で生きていく逞しさはなかった。私は高い熱を出して寝込んでしまった。彼は私のかたわらで、ずっと看病してくれる。彼はどうしたらいいかわからず、こまってしまって、ただ私の手をにぎって谷川から汲んできた、つめたい水でタオルをしぼり、頭をひやしてくれる。そのおかげで額はすずしい。私はもうすぐ死んでいくだろうと思う。でも私は幸せだ。こんなに私を大事にしてくれる人に見守られているのだから。青鬼は私がいなくなったら、きっとさびしくなってしまうだろう。彼のためにも生きたい。生きてることのよろこびって、自分がいなくなると自分のことを哀しんでくれる人がいることなんだなって思う。でもだんだん意識がうすれていく。私は目をつぶり涙をながす。
「サヨナラ。青鬼さん」
子供のころから、クライ、ノロマ、ブサイク、クサイ、心が内へ内へと向いてしまう。クサイのがイヤなら、近寄らなければいいのに、近づいてクサイのをなおせという。人間、努力して直せるものと直せないものがある。人にメイワクをかけては、いけないと思って一人でいると、ネクラ、孤立しているとしかられる。子供の頃からゼンソクで、数歩走ると苦しくなる。友達なんて、子供の頃からできなかった。学校はこわくていけなかった。運動もダメ。トロくて、いつも誰かにおこられて、ただ、ずーとだまって机を前に座っているだけ。元気がないのが悪いことなら、憲法改正して、元気であることを国民の義務として、ネクラはみんな死刑にすればいい。
お父さんは、つめたい、頭のいい医者で、私は勉強ができないから、医学部なんて入れないし、顔が悪いから、もらってくれる人もできないっていう。
ある時、お父さんが、あいつは、うまくかたずかないなって、言ってるのを聞いた。私のことをかげでは、あいつ、という。うまく、かたずけられるために私は生まれてきたのか。
中学校で、一人だけ、私にも友達ができた。私のことを心配してくれる。友情ってすばらしいなって思った。でも、ある時、彼女が、私のことを言ってるのを聞いた。
「あの人といるとつかれちゃうよ。先生から、内気な子だから友達になってあげてねって、言われて、そうすれば内申書がよくなるだろうから」
高校の修学旅行で、夜おそくなったので、ねたふりをしてた。同室の三人はガヤガヤつきることなく話している。その中の一人に、私によく話しかけてくれる人がいた。私は彼女を友達と思っていた。いつもはやさしいのに、私が眠っていると思って、遠慮なく私の品評をしだした。話題は、徹頭徹尾、私の顔のこと。こんな顔で、よく生きてられるものだ。それにしても、ひどい顔だな。何度も何度もいう。はやく別の話題にうつってほしい。
私はわざと、ちいさな寝息をたてて、寝てるふりをつづけなくてはならなかった。私の涙はとっくに枯れはてていて、ただただ気づかれて、気まずくさせたくなかった。
そのかわり、信じるということをやめてしまった。何もいらない。
私はありったけのお金をもって家出した。私は汽車の中で家からもちだした多量の睡眠薬をまとめてのんだ。
☆ ☆ ☆
気づくと私は、ある観念の中にいた。それは、死の間際にみた夢だったのか、それとも、死後の世界なのか、あるいは、私は夢うつつにどこかの駅でおりて、人もこない山奥に、さまよいこんで、それは現実なのか、わからない。でも、それは、すごく心地いい観念の世界だった。
私はもうその世界から現実にもどりたいとは思わない。私は河原で青鬼の褌を洗っている。カッコウの声が谷間にひびく。私はいつしかついウトウトする。
ややあって私は青鬼にゆすられて気がつく。青鬼はニッコリ笑って私をみる。人は鬼などこわくて、気味悪くて愛せないだろうと思うかもしれない。あるいは私が魔法にかかって、外見の美醜に対して無感覚の状態になってしまってるにちがいないと思うかもしれない。しかし私は彼の笑顔がこの世で一番好きだ。彼のやさしさが手を伝わって私の心にサッと伝わる。私はうれしくて満面の笑顔を返す。青鬼は私たちのために働きに出かける。果樹の手入れをしたり、狩をしたりする。私はうれしくて洗タクの続きをはじめる。私はその時つくづく生きてることのよろこびを感じる。夕方、青鬼が帰ってくる。私は夕食の用意をしている。青鬼は、「今日はこんなものがとれたよ」というように、戸をあけるとニッコリして私の視線を獲物の方にうながす。私はそれをみてほほえむ。私は青鬼といっしょにささやかな夕食をする。私は彼がおいしそうに私のつくった下手な食事をたべてくれるのがうれしい。
でも私はそんな自然の中で生きていく逞しさはなかった。私は高い熱を出して寝込んでしまった。彼は私のかたわらで、ずっと看病してくれる。彼はどうしたらいいかわからず、こまってしまって、ただ私の手をにぎって谷川から汲んできた、つめたい水でタオルをしぼり、頭をひやしてくれる。そのおかげで額はすずしい。私はもうすぐ死んでいくだろうと思う。でも私は幸せだ。こんなに私を大事にしてくれる人に見守られているのだから。青鬼は私がいなくなったら、きっとさびしくなってしまうだろう。彼のためにも生きたい。生きてることのよろこびって、自分がいなくなると自分のことを哀しんでくれる人がいることなんだなって思う。でもだんだん意識がうすれていく。私は目をつぶり涙をながす。
「サヨナラ。青鬼さん」