さて……俺を突然襲ってきたこの人は、名をエリゼという。

 見た目は、二十代後半の美女である。

 実年齢は聞いてはいけない……死にたいのなら別だが。

 髪の色は烏の濡れ羽色。
 人形のように整った顔。
 メリハリのあるスタイル。
 身丈は女性としては大きく、170はある。
 カグヤが155くらいしかないから、なおさらだ。


 この辺では、最強のメイドと恐れられている。

 逆らえる者はいない、カグヤを除いては……。

 この人は、昔からカグヤを溺愛している。

 俺も当時、酷い目にあったものだ……。

 お嬢様に近づくな!とか、死にたいようだな!?と言われ、追いかけ回された……。

 まあ、おかげで強くもなれたけどな。

「ちょっと!?エリゼ!!やめなさい!!」

「はっ!お嬢様!!相変わらず、愛らしいです!!クロウ!お嬢様の慈悲に感謝するんだな!」

「ブレないな、アンタは……。で、どうしていなかったんです?」

 この人が、カグヤの危機に駆けつけないわけがない。

「それか……まあ、魔の森でスタンピードが起きてな。それを止めに行っていたのだ。あの帝国のクソ共、そのタイミングを見計らって処刑の通達を出したらしい。しかも、周辺には噂が流れないようにしてな。さらには、軍隊まで……許せん!!お嬢様を処刑しようとするなど!!」

 スタンピードとは、魔物の集団暴走のようなものだ。
 年に数回起きて、その度に鎮圧に向かう。
 これは、ムーンライト辺境伯家に代々受け継がれていることだ。
 国内に強い魔物が行かないようにしている……その隙を狙うとは、真性のクズだな。

「なるほど……そういうわけですか。ようやく理解できました。あの辺りへ行くには、2日程はかかりますからね。それで知らせを受け、急いで戻ってきたと。それで、アラン様は?」

 アラン様はカグヤの兄君で、このムーンライト辺境伯家の後継の方だ。

「アレなら、事後処理のために置いてきた。一応言うが、魔物はきちんと殲滅したからな。でないと、お嬢様に叱られてしまう。それに……お前が助けてくれると思っていたからな。お嬢様の危機に、お前が駆けつけないわけがない」

 どうやら、同じことを思っていたようだな。

「アレって……次期当主なんですけど?相変わらず、カグヤ至上主義ですね……まあ、俺と変わらないか。その言葉通りに、助け出してきましたよ」

「ふん!!アレで充分だ!私より弱いからな!一応言っておこう……ご苦労だったな!!」

 ……多分、感謝したいけど、できればしたくないって感じだな。

「エリゼ!ダメよ!クロウは命がけで助けてくれたんだから!きちんとなさい!」

「お嬢様に言われては仕方ありませんね……感謝する、クロウ。大切なお嬢様をお守りしてくれて」

「いえ、俺は自分の意思に従ったまで……ですが、逆だったならお礼を言いたいですから、受け取りましょう」

「うん!2人とも、私の大事な人よ!2人とも、ありがとうね!」

「カグヤ!お前は、可愛くて素敵な女の子だな!」

「お嬢様!勿体無いお言葉!相変わらず、愛らしく素敵な方です!」

「もう!2人してからかわないで!!」

「……あのー、ワシ喋ってもいいか?」

 ヨゼフ様が、気まずそうな顔をしている。
 ……いかん、完全に存在を忘れていた。

「なんだ、いたのですね。存在感薄くて、気づきませんでした。お嬢様が、眩しすぎますし」

「いや、ワシ一応雇い主なのだが?」

「だから、なんです?帝国軍も、蹴散らせなかったのに」

「グハッ!!それを言われると……」

相変わらず、カグヤ以外には辛辣だな……。

「エリゼ!」

「はい、失礼いたしました」

「いや、いい。事実じゃしな。クロウがおらんかったら、カグヤは死んでおった……。ワシは、力不足じゃった……」

「お父様……私は、お父様に感謝しております。確かに、力不足だったのかもしれませんが、お父様は必死に助け出そうとしてくれたのでしょう?私は、その気持ちが嬉しいのです」

「カグヤは良い子だ!ますます、惚れてしまうな!」

「お嬢様……!相変わらず、お優しい……!」

「カグヤ!!父は、父は……ウォォーー!!」

 そう言い、ヨゼフ様はカグヤに抱きつく。

「ちょっと!?お父様!?皆、見てるわ!」

「おい!お嬢様から離れろ!」

 俺はそれを見ながら思う。

 懐かしいな……当時も、こんな感じだったな……。

 良かった……カグヤを助けられて。

 こんなに、カグヤを大事に思ってくれる人達がいるのだから。