――一方その頃母国では。
突然のアルド廃嫡。
その事実を受けて最も揺れたのは、上層部――ではなかった。
アルドの働きは地味だった。
が、現場にとっては必要不可欠だったのだ。
だからこそ、彼の不在に最も危機感を覚えたのは下っ端たちだった。
「殿下もその周りの奴らも、執務が滞っている事に気付いてないのか、それとも見ないふりなのか……」
昼休み。
そのような、いわゆる『ここだけの内緒話』が聞こえ出す。
もしグリントの取り巻きが近くに居ようものなら、いかにも大問題になりそうな発言だ。
しかしそれを止める者が居ない辺り、みんな同感なのだろう。
それどころか、追従して誰かが「あぁ、あれだろう?『国内農場補助金法』。国が今年中に形にすると宣言して、アルド様持ちになってたやつ」と口を開いた。
すると訳知り顔で、それにまた一人答える。
「そう、それ。アルド様が持っていたヤツでは多分それが直近のヤマだった筈なんだけどなぁー……」
遠い目でそう言った彼が何故そんなに詳しいのかというと、何を隠そうその件の当事者の端っこを齧っていた人物だからだ。
この『国内農場補助金法』。
要は国家プロジェクトと言っていいほどの規模と重要度であるため、その計画自体も関係者も数多く居る。
それこそ末端まで数えると何十人も。
だから彼と似たような境遇の人間がこの場に、もう一人居るのも必然と言っていい。
「それならたしかつい先日、アルド様が俺の部署に調整をしに来てたなぁ。確かアレ、廃嫡になる前日だったと思うけど」
思い出したように言った彼は、先の人とは別部署のやつだ。
その声に、「え?」という声が返る。
「『つい最近調整に来てた』って言うんなら、この後もまだやる事が色々あるじゃないのか?」
「まぁそうだなぁ。アルド様はあくまでも上手く行ってなかった各課の橋渡し……というか、監督と調整役だったしな」
まだまだあったさ。
彼は少し投げやり気味にそう答えた。
「で? それを次に王太子になるグリント様は勿論それを引き継いで――」
「る訳ないだろ? あの人は今、自分の見栄張りで精一杯だし」
そう言えば、周りはみんなしきりに「そうだよなぁー……」と呆れの声を上げる。
「普通なら頼まれなくても、アルド様が居なくなったらその穴を自分が埋めようとしてしかるべきだと思うがな」
「噂じゃぁグリント様、その手の話は全くしていないらしい。それどころかご自身の仕事も一部ストップさせてたらしいぞ?つい昨日まで」
「え、もしかして先日あった立太子の儀にかまけて?」
「かまけて」
うんと頷いた一人に、またみんな揃って一斉にため息を吐く。
「どうすんだよ、万が一にでも間に合わなかったら。だってアレ、いろんな課を跨いだ案件だったろ?」
「あぁえーっと、うちの『農業課』の他にも確か、法律制定のアレコレで『法律課』、制定後の周知の件で『広告課』。それから法律に従って提出された申請書の内容を吟味する『審査課』に、実務処理をする『経理課』。あとは……どうだったかな」
そんな風に指折り思い出していく男に、隣のヤツが「うへぇー……想像しただけでもやる気なくなるー」と言いつつ右手をシッシッと振った。
「まぁどちらにしても、アルド様が居た時にはまだうちと法律課の間で草案を作ってた所でさ」
「え、ヤバくね?」
「やばいさ。その上この先まだ沢山の課が連携していかなきゃならないんだから余裕なんて無いさ。この間も『どうにかギリギリ間に合いそうだな』なんて話していたところだったし」
そんな深刻で致命的な話をしつつ、しかし誰もが食べ物を掻き込む手を止める事は無い。
そうでなくとも上層部連中たちは今、グリントにゴマをするのに忙しい。
仕事を全部下っ端に丸投げしている始末なので、お陰で元々のアルドの仕事が進まなくても他の仕事で立て込んでいる。
愚痴りたいからわざわざ定刻に食堂へと顔を出しているだけで、本当ならばご飯を食べる時間さえ惜しい。
「それってさぁ、もし間に合わなかったらどうするん?」
「勿論先に言った期限を引き延ばすんだろ」
「まぁそうなったら国民への信頼はがた落ちだよなぁ。実際にあの法律、一部の国民からは死活問題を解決するためのものだしなぁー……」
「え、もしかしてソレって遅れたら人の生き死にに関係するんじゃぁ……?」
「そうだよ。だからこそ、行き当たりばったりな提案と無理な期限でも! 原案を出したグリント様が『無理だ』って言って投げたののしわ寄せを被った形になっても! アルド様は文句ひとつ言わずに引き取ったんだろうが」
そう言った彼は「やっぱり凄いよなぁ、アルド様は」と、少し誇らしげに頷く。
が、ここで誰かがまたこの件で何かあるどエピソードを思い出したようである。
「そういえば、アルド様が前にちょっと零してたなぁー。『案そのものは至極真っ当で国民に寄り添った良いものだけど、下手をすると一部が私腹を肥やす為のハリボテになり下がる』って」
「なぁそれってもしかして『何か悪さが出来ちゃうかも』って事なのか?」
「え、それじゃぁ本当に困ってる相手には金が届かず、一部の人が私腹を肥やすって事にならないか?」
「だからアルド様が尽力してたって話だろ?」
慌てた声に「お前ちゃんと聞いてたのかよ」と突っ込みを入れる別の声。
それを皮切りにして周りからは小さな笑いが巻き起こり、場が少し和んできた。
そんな空気になってくると、中にはこんな軽口を叩き始める人も出てくる。
「それにしてもアルド様、まるで最初から目指す理想があったみたいにこの計画に邁進してたけど、もしかしてアレ元々はアルド様が考えた案だったりしてな」
「それをグリント様が横取りした?」
「あー、まぁ無きにしも非ずかな」
「グリント様なら確かにやりそー」
「それで結局自分でその尻拭いもできなくて途中で投げ出す、って?」
とここまで誰かが軽く言い、その後数秒間の沈黙。
おそらく全員がその図をきっちり思い浮かべたんだろう。
その結果。
「「「「「何ソレヤベェな」」」」」
と、判を押したかのような綺麗なハモりが作り出された。
因みにこのやり取り、実際には存外的を射ているのだが、もちろんそれを彼らは知らない。
だからその計画をぶんどったグリントを裏で後押した人物がいた事も、それがアルドの元婚約者・バレリーノであった事も、彼女の目的が正にその計画を杜撰なまま形にし自分の金策手段に使おうとしていた事なんて、なおさら知る由も無い。
「現実的じゃない計画に、『ただ悪戯に仕事を増やされただけだ』って非協力的だった文官たち。それもアルド様が引き継いでからは、軟化してきてたのになぁー……」
誰かがまた、しみじみとした声でそう言った。
アルドの廃嫡を惜しむような事を言うのは、今の城内では空気的に許されない。
が、幾ら国王陛下であっても、臣下一人一人――特に末端の人間である彼らの本音までは塗りつぶしきる事など出来ない。
「……俺さぁ前に、ご本人に言った事があるんだよ。『殿下のお陰でどうにかこの件も纏まりそうです、ありがとうございます』って。そしたらあの方、一体なんて言ったと思う? 苦笑してさぁ、『もしかしたら、それは神から得た恩恵のお陰かな』っだってさ」
「『恩恵』って、あれだろ? 教会で神から賜る」
その声に、みんながそれぞれに頷く。
恩恵。
それは教会で行われる『祝福』という儀式で得られる個人特性のようなものである。
本来は個人の資質や性格・経験に起因して与えられる事が多い。
「あぁ確か、殿下が貰った恩恵って『調停者』だったっけ。『周りを従える王族に周りと取り持つ調停者なんて必要ない』とかよく言われて……って、いってぇ!! 蹴るなよ!」
「お前がしょうもない事言うからだろ!」
「いや別の俺はそんな事思ってねぇよ! 単に『周りがそう言ってたよなぁー』っていう話じゃん!」
蹴られた脛を涙目になりながら抑える彼を半ば無視して、話はまだ少し続く。
「まぁアルド様はそれだけ謙虚で周りを立てる事を知ってる人だったっていう事だな」
「根っから善良っていうか、だからこそ周りも付いていくっていうか、それは決して『恩恵』の有無に関わらないっていうか」
「それで言えば、グリント様ってどう思う?」
「えー?」
「えー……」
「「「「「……」」」」」
その沈黙が答えだなと、きっと誰もが思っただろう。
「……なぁ俺さ、この国に一番必要な王族こそアルド様だったような気がしてならないんだけど」
誰からともなくそう言って、それに他の者も続く。
「ソレを言うなよ」
「そうだよ所詮俺たちは下っ端、上の人に何か言える訳じゃないんだから」
「言うだけ虚《むな》しくなっちゃうだけだろー」
そう言って、みんなしてから笑いする。
「なぁそう言えば、グリント様の婚約者って《《あの》》バレリーノ様になったんだって?」
そんな話題が持ち出されて、今まではずっと止まっていたみんなの食事の手が一斉に再開される。
「あー上司が零してたけど、あの人の家は有力過ぎるくらい有力だし、そもそもバレリーノは《《王太子の妻》》になるっていう話だったらしいから、一部貴族は『さもありなん』って感じらしいって」
「えーでもグリント様はそれで良いのか? つまるところ、アルド様の《《おさがり》》みたいなものじゃないの?」
もし『敵』に聞かれたら間違いなく不敬罪に処されるくらいには、無礼な物言いだった筈だ。
が、幸いにも彼の言葉に同調したり苦笑したりする者こそ居はしても、反発する者は居ない。
お陰で誰も彼の疑問を否定せずに、むしろそれを前提として話は続く。
「それがどうやら、『アイツよりも俺の方がバレリーノには相応しい!』って言ってるそうだぞ、グリント様」
「え、それってもしかして、グリント様はずっとバレリーノ様に思いを寄せてたって事?」
「さぁ? それはどうだろう。貴族同士の政略結婚な訳なんだし、そんな単純な話でもない気はするけど」
まるでどうでもいいかのようなその声に、一連の話をずっと黙って話を聞いていた一人が重い口をやっと開く。
「まぁそれは、所詮王族たちの問題だからな。俺達のあずかり知るところじゃない。それよりも今の俺達が見るべきは、積み上げられてる仕事の山だ」
そう言って彼が、一足早く席を立った。
するとちょうど今しがた完食した他の面々も「そうだなぁー」とそれに続き。
残されたのは、まだ三口くらい食事がトレイに残っている一人だけだ。
彼は先ほどからちょっと余計な事を言っては周りに呆れた様な顔をされたり脛を蹴られていた男。
悪いヤツではないのだが、軽口が過ぎるのが玉に瑕だ。
「えっ、ちょっと待って! 俺まだ全部食べてないー!」
「お前は話に夢中になってるからだろう? 早く行くぞ、掻き込んじまえ」
「ちょっ、待って待って!」
そう言ってから慌てて残りを口に掻き込み、彼もみんなのしんがりにつく。
そんな中、彼らの先頭を歩くアルドの友人シン・ヴィッツヴォールは小さな声で呟いた。
「こりゃぁこの国がアルドの追放を後悔する日も近いかもな」
「ん? どうした?」
「――いいや何でも」
誤魔化すようにシンが言うと、聞いてきた彼は「そう?」と言って引き下がる。
特に気にする様子もない彼は、まさか彼のこの呟きが一種の予言になる事などとは、まさか思ってもいないだろう。
突然のアルド廃嫡。
その事実を受けて最も揺れたのは、上層部――ではなかった。
アルドの働きは地味だった。
が、現場にとっては必要不可欠だったのだ。
だからこそ、彼の不在に最も危機感を覚えたのは下っ端たちだった。
「殿下もその周りの奴らも、執務が滞っている事に気付いてないのか、それとも見ないふりなのか……」
昼休み。
そのような、いわゆる『ここだけの内緒話』が聞こえ出す。
もしグリントの取り巻きが近くに居ようものなら、いかにも大問題になりそうな発言だ。
しかしそれを止める者が居ない辺り、みんな同感なのだろう。
それどころか、追従して誰かが「あぁ、あれだろう?『国内農場補助金法』。国が今年中に形にすると宣言して、アルド様持ちになってたやつ」と口を開いた。
すると訳知り顔で、それにまた一人答える。
「そう、それ。アルド様が持っていたヤツでは多分それが直近のヤマだった筈なんだけどなぁー……」
遠い目でそう言った彼が何故そんなに詳しいのかというと、何を隠そうその件の当事者の端っこを齧っていた人物だからだ。
この『国内農場補助金法』。
要は国家プロジェクトと言っていいほどの規模と重要度であるため、その計画自体も関係者も数多く居る。
それこそ末端まで数えると何十人も。
だから彼と似たような境遇の人間がこの場に、もう一人居るのも必然と言っていい。
「それならたしかつい先日、アルド様が俺の部署に調整をしに来てたなぁ。確かアレ、廃嫡になる前日だったと思うけど」
思い出したように言った彼は、先の人とは別部署のやつだ。
その声に、「え?」という声が返る。
「『つい最近調整に来てた』って言うんなら、この後もまだやる事が色々あるじゃないのか?」
「まぁそうだなぁ。アルド様はあくまでも上手く行ってなかった各課の橋渡し……というか、監督と調整役だったしな」
まだまだあったさ。
彼は少し投げやり気味にそう答えた。
「で? それを次に王太子になるグリント様は勿論それを引き継いで――」
「る訳ないだろ? あの人は今、自分の見栄張りで精一杯だし」
そう言えば、周りはみんなしきりに「そうだよなぁー……」と呆れの声を上げる。
「普通なら頼まれなくても、アルド様が居なくなったらその穴を自分が埋めようとしてしかるべきだと思うがな」
「噂じゃぁグリント様、その手の話は全くしていないらしい。それどころかご自身の仕事も一部ストップさせてたらしいぞ?つい昨日まで」
「え、もしかして先日あった立太子の儀にかまけて?」
「かまけて」
うんと頷いた一人に、またみんな揃って一斉にため息を吐く。
「どうすんだよ、万が一にでも間に合わなかったら。だってアレ、いろんな課を跨いだ案件だったろ?」
「あぁえーっと、うちの『農業課』の他にも確か、法律制定のアレコレで『法律課』、制定後の周知の件で『広告課』。それから法律に従って提出された申請書の内容を吟味する『審査課』に、実務処理をする『経理課』。あとは……どうだったかな」
そんな風に指折り思い出していく男に、隣のヤツが「うへぇー……想像しただけでもやる気なくなるー」と言いつつ右手をシッシッと振った。
「まぁどちらにしても、アルド様が居た時にはまだうちと法律課の間で草案を作ってた所でさ」
「え、ヤバくね?」
「やばいさ。その上この先まだ沢山の課が連携していかなきゃならないんだから余裕なんて無いさ。この間も『どうにかギリギリ間に合いそうだな』なんて話していたところだったし」
そんな深刻で致命的な話をしつつ、しかし誰もが食べ物を掻き込む手を止める事は無い。
そうでなくとも上層部連中たちは今、グリントにゴマをするのに忙しい。
仕事を全部下っ端に丸投げしている始末なので、お陰で元々のアルドの仕事が進まなくても他の仕事で立て込んでいる。
愚痴りたいからわざわざ定刻に食堂へと顔を出しているだけで、本当ならばご飯を食べる時間さえ惜しい。
「それってさぁ、もし間に合わなかったらどうするん?」
「勿論先に言った期限を引き延ばすんだろ」
「まぁそうなったら国民への信頼はがた落ちだよなぁ。実際にあの法律、一部の国民からは死活問題を解決するためのものだしなぁー……」
「え、もしかしてソレって遅れたら人の生き死にに関係するんじゃぁ……?」
「そうだよ。だからこそ、行き当たりばったりな提案と無理な期限でも! 原案を出したグリント様が『無理だ』って言って投げたののしわ寄せを被った形になっても! アルド様は文句ひとつ言わずに引き取ったんだろうが」
そう言った彼は「やっぱり凄いよなぁ、アルド様は」と、少し誇らしげに頷く。
が、ここで誰かがまたこの件で何かあるどエピソードを思い出したようである。
「そういえば、アルド様が前にちょっと零してたなぁー。『案そのものは至極真っ当で国民に寄り添った良いものだけど、下手をすると一部が私腹を肥やす為のハリボテになり下がる』って」
「なぁそれってもしかして『何か悪さが出来ちゃうかも』って事なのか?」
「え、それじゃぁ本当に困ってる相手には金が届かず、一部の人が私腹を肥やすって事にならないか?」
「だからアルド様が尽力してたって話だろ?」
慌てた声に「お前ちゃんと聞いてたのかよ」と突っ込みを入れる別の声。
それを皮切りにして周りからは小さな笑いが巻き起こり、場が少し和んできた。
そんな空気になってくると、中にはこんな軽口を叩き始める人も出てくる。
「それにしてもアルド様、まるで最初から目指す理想があったみたいにこの計画に邁進してたけど、もしかしてアレ元々はアルド様が考えた案だったりしてな」
「それをグリント様が横取りした?」
「あー、まぁ無きにしも非ずかな」
「グリント様なら確かにやりそー」
「それで結局自分でその尻拭いもできなくて途中で投げ出す、って?」
とここまで誰かが軽く言い、その後数秒間の沈黙。
おそらく全員がその図をきっちり思い浮かべたんだろう。
その結果。
「「「「「何ソレヤベェな」」」」」
と、判を押したかのような綺麗なハモりが作り出された。
因みにこのやり取り、実際には存外的を射ているのだが、もちろんそれを彼らは知らない。
だからその計画をぶんどったグリントを裏で後押した人物がいた事も、それがアルドの元婚約者・バレリーノであった事も、彼女の目的が正にその計画を杜撰なまま形にし自分の金策手段に使おうとしていた事なんて、なおさら知る由も無い。
「現実的じゃない計画に、『ただ悪戯に仕事を増やされただけだ』って非協力的だった文官たち。それもアルド様が引き継いでからは、軟化してきてたのになぁー……」
誰かがまた、しみじみとした声でそう言った。
アルドの廃嫡を惜しむような事を言うのは、今の城内では空気的に許されない。
が、幾ら国王陛下であっても、臣下一人一人――特に末端の人間である彼らの本音までは塗りつぶしきる事など出来ない。
「……俺さぁ前に、ご本人に言った事があるんだよ。『殿下のお陰でどうにかこの件も纏まりそうです、ありがとうございます』って。そしたらあの方、一体なんて言ったと思う? 苦笑してさぁ、『もしかしたら、それは神から得た恩恵のお陰かな』っだってさ」
「『恩恵』って、あれだろ? 教会で神から賜る」
その声に、みんながそれぞれに頷く。
恩恵。
それは教会で行われる『祝福』という儀式で得られる個人特性のようなものである。
本来は個人の資質や性格・経験に起因して与えられる事が多い。
「あぁ確か、殿下が貰った恩恵って『調停者』だったっけ。『周りを従える王族に周りと取り持つ調停者なんて必要ない』とかよく言われて……って、いってぇ!! 蹴るなよ!」
「お前がしょうもない事言うからだろ!」
「いや別の俺はそんな事思ってねぇよ! 単に『周りがそう言ってたよなぁー』っていう話じゃん!」
蹴られた脛を涙目になりながら抑える彼を半ば無視して、話はまだ少し続く。
「まぁアルド様はそれだけ謙虚で周りを立てる事を知ってる人だったっていう事だな」
「根っから善良っていうか、だからこそ周りも付いていくっていうか、それは決して『恩恵』の有無に関わらないっていうか」
「それで言えば、グリント様ってどう思う?」
「えー?」
「えー……」
「「「「「……」」」」」
その沈黙が答えだなと、きっと誰もが思っただろう。
「……なぁ俺さ、この国に一番必要な王族こそアルド様だったような気がしてならないんだけど」
誰からともなくそう言って、それに他の者も続く。
「ソレを言うなよ」
「そうだよ所詮俺たちは下っ端、上の人に何か言える訳じゃないんだから」
「言うだけ虚《むな》しくなっちゃうだけだろー」
そう言って、みんなしてから笑いする。
「なぁそう言えば、グリント様の婚約者って《《あの》》バレリーノ様になったんだって?」
そんな話題が持ち出されて、今まではずっと止まっていたみんなの食事の手が一斉に再開される。
「あー上司が零してたけど、あの人の家は有力過ぎるくらい有力だし、そもそもバレリーノは《《王太子の妻》》になるっていう話だったらしいから、一部貴族は『さもありなん』って感じらしいって」
「えーでもグリント様はそれで良いのか? つまるところ、アルド様の《《おさがり》》みたいなものじゃないの?」
もし『敵』に聞かれたら間違いなく不敬罪に処されるくらいには、無礼な物言いだった筈だ。
が、幸いにも彼の言葉に同調したり苦笑したりする者こそ居はしても、反発する者は居ない。
お陰で誰も彼の疑問を否定せずに、むしろそれを前提として話は続く。
「それがどうやら、『アイツよりも俺の方がバレリーノには相応しい!』って言ってるそうだぞ、グリント様」
「え、それってもしかして、グリント様はずっとバレリーノ様に思いを寄せてたって事?」
「さぁ? それはどうだろう。貴族同士の政略結婚な訳なんだし、そんな単純な話でもない気はするけど」
まるでどうでもいいかのようなその声に、一連の話をずっと黙って話を聞いていた一人が重い口をやっと開く。
「まぁそれは、所詮王族たちの問題だからな。俺達のあずかり知るところじゃない。それよりも今の俺達が見るべきは、積み上げられてる仕事の山だ」
そう言って彼が、一足早く席を立った。
するとちょうど今しがた完食した他の面々も「そうだなぁー」とそれに続き。
残されたのは、まだ三口くらい食事がトレイに残っている一人だけだ。
彼は先ほどからちょっと余計な事を言っては周りに呆れた様な顔をされたり脛を蹴られていた男。
悪いヤツではないのだが、軽口が過ぎるのが玉に瑕だ。
「えっ、ちょっと待って! 俺まだ全部食べてないー!」
「お前は話に夢中になってるからだろう? 早く行くぞ、掻き込んじまえ」
「ちょっ、待って待って!」
そう言ってから慌てて残りを口に掻き込み、彼もみんなのしんがりにつく。
そんな中、彼らの先頭を歩くアルドの友人シン・ヴィッツヴォールは小さな声で呟いた。
「こりゃぁこの国がアルドの追放を後悔する日も近いかもな」
「ん? どうした?」
「――いいや何でも」
誤魔化すようにシンが言うと、聞いてきた彼は「そう?」と言って引き下がる。
特に気にする様子もない彼は、まさか彼のこの呟きが一種の予言になる事などとは、まさか思ってもいないだろう。