「ごめんね、大好き。また会いたいよ」
口をついで毎日出るのはそんな言葉ばかり。
いつも彼を思い出しては、涙を流しては後悔している。
くだらない、贅沢だ。
恋もできない、今死にたい。そんな悩みを抱えた人にそう言われれば、返す言葉もないだろう。
連絡先も知らない、何処に居るかも分からない。
まるでバッドエンドのシンデレラみたいだ。
でも。辛くなる過去にはそれだけ幸せだったことがあるからであって…
言い訳なんて見苦しいだろうか。
もしキミが見ていたら笑うだろうか。
それでもここに語らせてほしい。
あわよくばキミに届いてほしい。
ここに語ろう、私の恋物語。
私が彼に出会ったのは、中学生の時だった。
家庭の事情で1ヶ月間、児童養護施設に預けられることになったことが、すべての始まりだ。
中々慣れない窮屈な生活だが、同室の同い年の女の子や周りに同時に入所していた皆に力を借りつつ、私は生活をしていた。
ある日私達は、一緒に卓球をすることになった。
運動できる時間があったので、同じ施設で出来た友達とやろうという話になったのだ。
そこで私は、偶然にも運命の相手とペアになった。
その細く、すらっと美しいしなやかな体、整った顔立ちに私はすっかり見とれてしまった。
その後も、スポーツをしたり年下の子に優しかったりと、彼に私は心を奪われていった。
ある日、施設での自由時間に年下の男の子が怪我をした。
彼は泣いている男の子を泣き止ませようと必死で、私は先生を呼びに行っていた。
何だか夫婦みたい、なんて一瞬でも考えて、失笑した。
まだこの時はお互いが両思いだなんて知らなかったから。
部屋に戻るなり同室の友人が、彼が私を好きだと言っていたと伝えた。
嘘だ。絶対からかってる。
そう疑った私は彼女に、「本当かどうか聞いてきて」と言った。
半信半疑でこっそり付いていけば、「え、本当だけど?」と声が聞こえた(気がした)。
恋は盲目というもので、楽しかった記憶には思い出補正がかかっている。
都合よく体は解釈している。その当たりは今更ではあるがご容赦願いたい。
話を戻し、私は取り敢えず信じられずに「絶対嘘だ」と呟いていた。
ただ次の日、私は彼に告白されたのだった。
「可愛いし、優しいし、素直だから」
それが彼の私と付き合った理由だった。
朝、全員が集まるHRの様なものがあるのだが、そこでも彼は隣に座って手を繋いでくれた。
今まで親や同性の友達としか繋いだことのない手を、初めて繋いだのだ。
誰からも感じられない温かみを感じた。
肌の柔らかさから石鹸のいい匂いまで、私はまだ鮮明に思い出すことが出来る。
きっと今風に言えば、「そこでしか得られない養分がある」という所だろうか。
こんなこと言ったら気持ち悪いし、引かれるかもしれない。
そこは覚悟の上だ。なんてことはない。
私の居た施設は朝、外に出てランニングをしたり、遊具で遊ぶ時間があった。
その日はランニング。走ることが得意な彼は軽く目標を走りきってしまった。
でも、対象的に運動が壊滅的な私は、諦めて歩いていた。
そこへ、走り終わった彼がやってきた。
ゆっくり、ゆっくり近づいてきて、「手、握る?」って。
そこで手を繋いで、一緒に歩いた。
その時、お互いに悩みを抱えていた私達は、河川敷に流れる川を見て、「飛び降りたら死ねるかな」なんて話していた。
彼はしきりに「死にたい」を繰り返すので、私は今でもちゃんと生きているのか心配である。
でも、お互いに話をすると、気持ちが楽になる。
二人で手を繋いで歩いていると、もう曲がる場所を過ぎていた。
職員の人が呼ぶ声が聞こえて、私達は走って戻った。
それからも私達は、とても幸せな日々を過ごしていた。
一緒にお揃いのミサンガを作ったり、施設においてある玩具で遊んだり。
ちょっと恥ずかしい話だけれど、私はこっそりラブレターを書いて渡していた。
バレたら勿論まずいから、本に挟んで隠していたんだけど。
ピアノを弾いている手に重ねて手をおいて、「ピアノ、弾いてんの?」って。
冗談で結婚の話をしたら「一生大事にする」って。
同じ部屋の小さい子が毎晩絵本を読むのをせがんできてストレスって話は「まるで夫婦の会話だね」って。
彼は未成年なのにお酒とかギャンブルの話ばかりするから、「あんまり続けてたら結婚してあげないからね」って。
過去に同級生に嫌なことされたって言ったら「そいつ俺がぶっ倒すから」って。
誰が見ても良いカップルだった。バカップル…かもしれないけど。
幸せだった。
ある晩、彼は大きなカーテンの裏に私を呼び出して、おでこにキスをした。
その時の記憶を思い出せば、私はたちまち息が苦しくなって倒れてしまうだろう。
私は何をされるのかと逃げ惑って逃げ場の無いカーテンと本棚の影に丸まって隠れ、そこに立っていた彼がやってきたのだった。
どちらかと言えば、何がとは言わないけれども私はM気質、彼はS気質だった。
私はもう緊張と高揚で高鳴る胸を抑えきれずに固まってしまった。
その瞬間、彼は「ちょっと失礼」と言って私のおでこにキスをしたのだった。
もう、私は一生彼についていこうと思った。
他には浮気が出来ない、と。
ただ、そんな日々も長くは続かなかった。
先日のおでこにキスをしたところを誰かがバラしたらしくて、食事の時のテーブルは別々に変えられていた。
でも、私達はあまり気にしていなかった。
それに、こんな制約だらけの場所、抜け出してやろうと思っていた。
施設からの脱走計画。これが自分たちの身を滅ぼすだなんて誰も考えていなかった。
私達と同じ志を持つ友人同士で計画を立てた。
彼はそんな中で、「自分は病気がある」ということを話した。
そう言えば夕食の後に毎日薬飲んでたっけ。
でも私が彼を好きなことに変わりはない。
ただ、ここでも誰かがこの計画を誰かに密告した。
だから、完全に彼と私は切り裂かれてしまった。
手紙を書くことも禁止になり、ノートの所持も監視対象だった。
彼と話そうものなら強く職員から睨まれていた。
それに、彼もこちらのことはあまり見向きしなくなっていた。
そのうち、私は退所が決まった。
こっそり他の友だちと交換したメルアドは、忙しくて今も送れていない。
もうアドレス変えちゃったかな。
でも、彼の連絡先は何もわからない。
行きたいって言っていた高校は知っているけれど、私は親に言い出せないまま普通の私立に通っている。
話を戻して(何回脱線するんだろう)、退所の日。
最後だけ、最後だけ。
ほんのちょっとで良いから。
奇跡を起こして、神様。
そう願って、彼に話しかけた。
「ごめん、もう話しかけないで」って。
「今、話したくない」って。
そのうち、私は職員に誘導され、歩かざるを得なくなった。
涙で、彼はぼやけていく。
周りに、仲良くしてくれていた友人が集まった。
雫が床に落ちた。
大粒の涙が、ぽろぽろ、ぽろぽろと零れ落ちた。
溢れてくる涙は、友人への感謝か、施設との別れを惜しんでか、彼の拒絶が辛いからか、私には分からなかった。
今にも、心が壊れてしまいそうだった。
職員は、扉を閉じる。
友達の声は遠くなる。彼は最後まで、あの手を繋いでくれた時に座った椅子で突っ伏していた。
泣いていたのか、無表情だったか。はたまた私から開放されて安心したか。
私にはよく分からないし、今更知る術もない。
親の車に乗った後も、私はわんわん泣いた。
家に帰ってからも、いつでも。
何なら今でも。
楽しかった時を思い出し一頻り悶え、ふと今彼はどうしているのかを考え、最後は会えない寂しさで涙を流す。
ありがとう
大好き
ごめんね
愛してる
貴方は沢山の感情をくれた。
私はちゃんと返せてる?
それからも私は、意味もない空想を続けた。
車に乗った瞬間、彼が追いかけてくる。
施設の前を通った瞬間彼が飛び出してくる。
定期面談に向かったら偶然彼が居る。
新学期になったら転校してくる。
同じ高校に入学する。
出先で偶然再会する。
実は遠い親戚であった。
ありきたりな期待をしては、打ち砕かれていく希望。
今の自分には、HYの、『366日』という歌が一番似合うかも、なんて。
最後に彼の話を聞いたのは、定期面談の時。
優しい男性の職員さんが教えてくれた。
「彼、たくましくなったよ」と。
それ以来、その施設との連絡は途切れた。
だから、彼のその後を聞くことはない。
見えない恋、会えない恋。
それでも貴方を思い続けている。
「沢山迷惑かけてごめんね」
「私を好きになってくれてありがとう。大好きだよ」
そして叶うなら…
また会いたいよ。
もう会えないかな。
呆れて言葉も出ないかな。
でも、でも、この思いだけは
貴方に届いてほしい。
私は、貴方に伝えられなかったことを
心の底から後悔しているから。
口をついで毎日出るのはそんな言葉ばかり。
いつも彼を思い出しては、涙を流しては後悔している。
くだらない、贅沢だ。
恋もできない、今死にたい。そんな悩みを抱えた人にそう言われれば、返す言葉もないだろう。
連絡先も知らない、何処に居るかも分からない。
まるでバッドエンドのシンデレラみたいだ。
でも。辛くなる過去にはそれだけ幸せだったことがあるからであって…
言い訳なんて見苦しいだろうか。
もしキミが見ていたら笑うだろうか。
それでもここに語らせてほしい。
あわよくばキミに届いてほしい。
ここに語ろう、私の恋物語。
私が彼に出会ったのは、中学生の時だった。
家庭の事情で1ヶ月間、児童養護施設に預けられることになったことが、すべての始まりだ。
中々慣れない窮屈な生活だが、同室の同い年の女の子や周りに同時に入所していた皆に力を借りつつ、私は生活をしていた。
ある日私達は、一緒に卓球をすることになった。
運動できる時間があったので、同じ施設で出来た友達とやろうという話になったのだ。
そこで私は、偶然にも運命の相手とペアになった。
その細く、すらっと美しいしなやかな体、整った顔立ちに私はすっかり見とれてしまった。
その後も、スポーツをしたり年下の子に優しかったりと、彼に私は心を奪われていった。
ある日、施設での自由時間に年下の男の子が怪我をした。
彼は泣いている男の子を泣き止ませようと必死で、私は先生を呼びに行っていた。
何だか夫婦みたい、なんて一瞬でも考えて、失笑した。
まだこの時はお互いが両思いだなんて知らなかったから。
部屋に戻るなり同室の友人が、彼が私を好きだと言っていたと伝えた。
嘘だ。絶対からかってる。
そう疑った私は彼女に、「本当かどうか聞いてきて」と言った。
半信半疑でこっそり付いていけば、「え、本当だけど?」と声が聞こえた(気がした)。
恋は盲目というもので、楽しかった記憶には思い出補正がかかっている。
都合よく体は解釈している。その当たりは今更ではあるがご容赦願いたい。
話を戻し、私は取り敢えず信じられずに「絶対嘘だ」と呟いていた。
ただ次の日、私は彼に告白されたのだった。
「可愛いし、優しいし、素直だから」
それが彼の私と付き合った理由だった。
朝、全員が集まるHRの様なものがあるのだが、そこでも彼は隣に座って手を繋いでくれた。
今まで親や同性の友達としか繋いだことのない手を、初めて繋いだのだ。
誰からも感じられない温かみを感じた。
肌の柔らかさから石鹸のいい匂いまで、私はまだ鮮明に思い出すことが出来る。
きっと今風に言えば、「そこでしか得られない養分がある」という所だろうか。
こんなこと言ったら気持ち悪いし、引かれるかもしれない。
そこは覚悟の上だ。なんてことはない。
私の居た施設は朝、外に出てランニングをしたり、遊具で遊ぶ時間があった。
その日はランニング。走ることが得意な彼は軽く目標を走りきってしまった。
でも、対象的に運動が壊滅的な私は、諦めて歩いていた。
そこへ、走り終わった彼がやってきた。
ゆっくり、ゆっくり近づいてきて、「手、握る?」って。
そこで手を繋いで、一緒に歩いた。
その時、お互いに悩みを抱えていた私達は、河川敷に流れる川を見て、「飛び降りたら死ねるかな」なんて話していた。
彼はしきりに「死にたい」を繰り返すので、私は今でもちゃんと生きているのか心配である。
でも、お互いに話をすると、気持ちが楽になる。
二人で手を繋いで歩いていると、もう曲がる場所を過ぎていた。
職員の人が呼ぶ声が聞こえて、私達は走って戻った。
それからも私達は、とても幸せな日々を過ごしていた。
一緒にお揃いのミサンガを作ったり、施設においてある玩具で遊んだり。
ちょっと恥ずかしい話だけれど、私はこっそりラブレターを書いて渡していた。
バレたら勿論まずいから、本に挟んで隠していたんだけど。
ピアノを弾いている手に重ねて手をおいて、「ピアノ、弾いてんの?」って。
冗談で結婚の話をしたら「一生大事にする」って。
同じ部屋の小さい子が毎晩絵本を読むのをせがんできてストレスって話は「まるで夫婦の会話だね」って。
彼は未成年なのにお酒とかギャンブルの話ばかりするから、「あんまり続けてたら結婚してあげないからね」って。
過去に同級生に嫌なことされたって言ったら「そいつ俺がぶっ倒すから」って。
誰が見ても良いカップルだった。バカップル…かもしれないけど。
幸せだった。
ある晩、彼は大きなカーテンの裏に私を呼び出して、おでこにキスをした。
その時の記憶を思い出せば、私はたちまち息が苦しくなって倒れてしまうだろう。
私は何をされるのかと逃げ惑って逃げ場の無いカーテンと本棚の影に丸まって隠れ、そこに立っていた彼がやってきたのだった。
どちらかと言えば、何がとは言わないけれども私はM気質、彼はS気質だった。
私はもう緊張と高揚で高鳴る胸を抑えきれずに固まってしまった。
その瞬間、彼は「ちょっと失礼」と言って私のおでこにキスをしたのだった。
もう、私は一生彼についていこうと思った。
他には浮気が出来ない、と。
ただ、そんな日々も長くは続かなかった。
先日のおでこにキスをしたところを誰かがバラしたらしくて、食事の時のテーブルは別々に変えられていた。
でも、私達はあまり気にしていなかった。
それに、こんな制約だらけの場所、抜け出してやろうと思っていた。
施設からの脱走計画。これが自分たちの身を滅ぼすだなんて誰も考えていなかった。
私達と同じ志を持つ友人同士で計画を立てた。
彼はそんな中で、「自分は病気がある」ということを話した。
そう言えば夕食の後に毎日薬飲んでたっけ。
でも私が彼を好きなことに変わりはない。
ただ、ここでも誰かがこの計画を誰かに密告した。
だから、完全に彼と私は切り裂かれてしまった。
手紙を書くことも禁止になり、ノートの所持も監視対象だった。
彼と話そうものなら強く職員から睨まれていた。
それに、彼もこちらのことはあまり見向きしなくなっていた。
そのうち、私は退所が決まった。
こっそり他の友だちと交換したメルアドは、忙しくて今も送れていない。
もうアドレス変えちゃったかな。
でも、彼の連絡先は何もわからない。
行きたいって言っていた高校は知っているけれど、私は親に言い出せないまま普通の私立に通っている。
話を戻して(何回脱線するんだろう)、退所の日。
最後だけ、最後だけ。
ほんのちょっとで良いから。
奇跡を起こして、神様。
そう願って、彼に話しかけた。
「ごめん、もう話しかけないで」って。
「今、話したくない」って。
そのうち、私は職員に誘導され、歩かざるを得なくなった。
涙で、彼はぼやけていく。
周りに、仲良くしてくれていた友人が集まった。
雫が床に落ちた。
大粒の涙が、ぽろぽろ、ぽろぽろと零れ落ちた。
溢れてくる涙は、友人への感謝か、施設との別れを惜しんでか、彼の拒絶が辛いからか、私には分からなかった。
今にも、心が壊れてしまいそうだった。
職員は、扉を閉じる。
友達の声は遠くなる。彼は最後まで、あの手を繋いでくれた時に座った椅子で突っ伏していた。
泣いていたのか、無表情だったか。はたまた私から開放されて安心したか。
私にはよく分からないし、今更知る術もない。
親の車に乗った後も、私はわんわん泣いた。
家に帰ってからも、いつでも。
何なら今でも。
楽しかった時を思い出し一頻り悶え、ふと今彼はどうしているのかを考え、最後は会えない寂しさで涙を流す。
ありがとう
大好き
ごめんね
愛してる
貴方は沢山の感情をくれた。
私はちゃんと返せてる?
それからも私は、意味もない空想を続けた。
車に乗った瞬間、彼が追いかけてくる。
施設の前を通った瞬間彼が飛び出してくる。
定期面談に向かったら偶然彼が居る。
新学期になったら転校してくる。
同じ高校に入学する。
出先で偶然再会する。
実は遠い親戚であった。
ありきたりな期待をしては、打ち砕かれていく希望。
今の自分には、HYの、『366日』という歌が一番似合うかも、なんて。
最後に彼の話を聞いたのは、定期面談の時。
優しい男性の職員さんが教えてくれた。
「彼、たくましくなったよ」と。
それ以来、その施設との連絡は途切れた。
だから、彼のその後を聞くことはない。
見えない恋、会えない恋。
それでも貴方を思い続けている。
「沢山迷惑かけてごめんね」
「私を好きになってくれてありがとう。大好きだよ」
そして叶うなら…
また会いたいよ。
もう会えないかな。
呆れて言葉も出ないかな。
でも、でも、この思いだけは
貴方に届いてほしい。
私は、貴方に伝えられなかったことを
心の底から後悔しているから。