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 帝国軍殲滅直後のエルレリア。

「アルゾナ王国の方角に、灰色の風塵が見えた。」
「まさか…………っ……………………」

 マグダとエルダが、顔を合わせながら青褪める。
 二人は瞬時に悟ったのだ。
 自分達が、“サルラス帝国の手の平で転がされていた”事を。

 簡単な話。
 アルゾナ王国最主要戦力であるエルダやマグダがアルゾナ王国から去れば、サルラス帝国の勝機は格段に上がる。
 なら、エルダが大切にしているエルレリアに少数の兵を送り、エルレリアの危機を知らせれば、エルダは其方へ向かい、アルゾナ王国は警備が手薄になる。
 それに、マグダまでもがエルレリアへと同行してしまったのだ。
 それにより何が起こるか。
 サルラス帝国侵攻の勝機が格段に上がる。
 言い換えれば、アルゾナ王国滅亡の危機である。

 そして、エルレリア上空から目視できる、アルゾナ王国で上がる灰色の風塵。
 もう既に、サルラス帝国の二度目の侵攻が開始されたと考えても良いだろう。
 状況としては、非常に良く無い。
 とても(まず)い。
 最悪の事態だ。

「済まない、クレリア。急用ができた。」

 エルダは、さっきまでしていたクレリアとの会話を中断して、マグダの元へと駆け足で向かった。

「父さん。どうする?」
「行くっきゃねぇが…………エルダ。此処からアルゾナ王国(あそこ)まで、()()だと何分で行ける?」
「人体の影響を考慮しなければ、三十分程で行けると思う。」
「よし、分かった。それで行こう。」
「ちょ…………ちょっと待って………………」

 そう言ったが、今のマグダに、止まる様子は無かった。

 エルレリアからアルゾナ王国までを三十分で移動する程の速さなど、生身で体験すれば、体全体に、3Gとか4Gとか、そう言った次元では無い重力がかかる。
 一瞬にして体が肉片と化す。
 要するに、一瞬で死ぬ。
 エルダの場合、浮遊魔法の作用点を、浮遊中の自分の前に壁の様な形で配置すれば、飛んでいる時の空気抵抗をその作用点が外に逃がせて、エルダは無傷で飛べる。
 だがマグダは、そんな芸当が出来ない。
 幾ら複製(コピー)魔法が使えるからと言って、流石に浮遊魔法は使えない。
 魔力消費が途轍もなく多いのだ。
 なので、使用した瞬間死ぬ。
 っていうか抑も、発動が難しすぎるので、発動する事すら出来ない。
 なら尚更どうするのか。

 そう悩んでいた時であった。

 マグダが突然両目を閉ざし、集中した。
 その瞬間、マグダの上半身全体を覆う様、先端の尖ったドリルの様な形の氷が、マグダを覆った。

「これで、ある程度の加速には耐えられるだろう。さぁ、エルダ。頼む。」

 本人は至極冷静の如く喋っているつもりだろうが、側から見ると、慌てふためいている様にしか見えないマグダは、そう言いながら、冷や汗をダラダラと流していた。

「…………どうなっても知らないよ? 父さん。」
「あぁ、覚悟の上さ。」

 そう言ってマグダは、少し引き攣った笑顔を見せた。

「……飛翔(ファルマ)。」

 エルダはそう呟き、マグダとエルダの体を宙に浮かせた。

「またな! クレリア!」
「あぁ、行ってらっしゃい。」

 そう言ってエルダとクレリアは、大振りに手を振り合った。

「じゃぁ行くよ。父さん。」
「あぁ、頼んだ!」

 エルダは、自身とマグダの体を真横に向けて、自身の頭の前に、前からの空気抵抗を逃す為、浮遊魔法の作用点を壁上に配置した。
 そして、深く深呼吸をした後、飛行を開始した。

 ブォンン!!

 エルダとマグダが出発した瞬間、エルレリアに突風が吹いた。
 途轍もない速さで出ていった為、その時の衝撃波が風となって突風を生み出した。
 今にも体が飛んで行きそうな突風を凌ぎ、クレリアは、(あお)く輝く碧雲を眺めた。




「ぐ、ぐぅぅぅぅぅ……………………」

 マグダの唸り声が聞こえた。

「大丈夫か?」

 平気なエルダが、マグダに聞いた。

「ま、まぁ………………何とか。」

 そう言ってはいるが、明らかに疲れている。
 エルダは空気を外に逃すだけなので魔力消費が少ないが、氷魔法を行使しているマグダの魔力消費は途轍もないものだった。
 何が一番魔力消費が多いかといえば、空気抵抗に争って、自分の移動する速度に合わせながら前に前にと動かす事である。
 氷魔法で出した氷であれば、術者はその氷を、浮遊魔法の様に動かすことができる。(自身で出した氷のみに限る。)
 だが、氷魔法の浮遊と、浮遊魔法の浮遊であれば、浮遊魔法の方が、一度に使用する魔力コストが格段に低く、実用的な魔力の使い方ができた。
 浮遊魔法の方が、効率が良かった。





 約二十分後。

 想定よりも大分と早くに、ギルジュグリッツに到着した。
 戦況は、見て分かった。
 明らかに、アルゾナ王国が劣勢である。
 周りを見渡すと、アルゾナ王国兵の姿が見えず、サルラス帝国兵の姿しか見えなかった。

「このままでは拙いな………………」

 息切れを何とか隠しながら、マグダは言った。

「……よし。エルダ、このまま私を浮かせておいてくれ。」
「あ、あぁ。分かった。」

 今から何をするのか、マグダは一切何も喋らなかった。

 マグダは、右手の平をギルシュグリッツに向け、左手で、右手首を握った。
 そして、こう呟いた。

雷風(グロック)。」

 その瞬間、ギルシュグリッツ内に居る全てのサルラス帝国兵に、稲妻が走った。
 マグダの手から出た一本の稲妻は、街の道の中を蛇行し、サルラス帝国兵を次々に戦闘不能にさせた。
 魔法名詠唱から帝国兵鎮圧までにかかった時間は、約0.3秒。
 まるで一本の雷が音も無く帝国兵に降り注いだ様だった。
 よく見ると、アルゾナ王国兵にはその攻撃が一切当たっていなかった。
 改めてエルダは、マグダの魔法センスに度肝を抜かれたのであった。