その日からシュリは、アステラの自室に住む事となった。
元々一人で住むには大き過ぎた自室だが、シュリがその中に加わったことにより、部屋と人数がしっくり来るようになった。
洋服棚も増え、歯ブラシも二本になり、シングルベッドも、いつの間にかダブルベッドに変わっていた。
洗濯物も約二倍になり、食器棚に入れられているフォーク スプーンも、二本ずつに増えていた。
そう変わっていくアステラの部屋をずっと見ていたリカルは、増える物と共に増えていくアステラの笑い声が、心を和ませた。
結婚式まで後七日。
そんな時だった。
「国王様!!!!!!」
アステラも付き添いで、リカルが、リーゲルの部屋で授業を受けていた頃、騎士団員であったルーダ・グシャルダが、碌にノックもせず、部屋の扉を叩き開けてそう叫んだ。
「ノックくらいせんか。喧しい。」
リーゲルがそう言い捨て、授業を再開しようとしていた時、ルーダは叫んだ。
「サルラス帝国から、宣戦が布告されました!!!!」
「「なっ!!!!」」
一同は固まった。
戦争なんぞ一度も聞かなかったここ数年。
戦争と言う愚行すら、皆が忘れかけていた。
「すまんなリカル。」
そう言ってリーゲルは、持っていたチョークを几帳面に黒板のチョーク置きにゆっくりと置き、ルーダに近寄った。
「詳しく聞かせてくれ。あっ、リカルとアステラは帰って良いぞ。詳しい事は後で報告する。」
とても落ち着いた冷静沈着な風貌で、リーゲルは言った。
こんなとても張り付いた空気感の中、「私も一緒に聞かせてください」など言える程、リカルやアステラに勇気は無く、その言葉通り二人は、静かに部屋を後にした。
今思えば、あの中で一番焦っていたのは、間違いなくリーゲルだっただろう。
「アステラやリカルに迷惑をかけたくない。」その一心で、リカルやアステラを場から引き離したのだろうが、それが逆に、アステラにとっては、「自分が力不足だから手伝わせて貰えないのだ」と解釈してしまった。
優しさの空回りである。
サルラス帝国宣戦布告の内容はこうだ。
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八日後の未明、アルゾナ王国に進軍する。
尚、当然の事ながら、アルゾナ王国に拒否権は無い。
ギルシュグリッツ陥落を願って。
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八日後。つまり、アステラとシュリの結婚式の次ぐ日。
最悪のタイミングだ。
お祝いでなどしていられない心境下での式など、何の祝いにもならない。
出来れば、何も知らないまま結婚式を終えて、避難場で、何も知らないまま無傷でシュリが帰ってくるのが理想だが、そんな絵空事、実現する筈も無かった。
当然、帝国宣戦の情報は世に出回る。
住民用の避難所を作ったり避難誘導をするだろうから、その避難理由説明時に、帝国宣戦が周知されるのは免れない。
そしてその情報が運良くシュリの耳に入らない、なんて事は、絶対無いのだ。
なので、シュリには心配をかけることとなる。
避けたいが、免れない。
アステラは、心の中で何度も、シュリに謝った。
そして一方、リカルはというと。
抑も、“宣戦布告”、“戦争”という言葉自体、理解していなかった。
学校に行っていない訳なのだから、歴史を学んでいない。
今回の事の重大さというものを。一切理解していなかったのだ。
その後アステラは自室に篭り、ひたすらに考えた。
リカルは、「一人にして欲しい」とアステラに突っぱねられ、リカルの自室で一人、もう四回ほど再読した本をもう一度読んでいた。
その本の物語は、ある小さな村に住む男の人の話
ある日、近くの王国の皇后様が訪問して、二人は恋に落ち、後に結婚すると言った、身分差結婚がテーマである。
愛し合う二人。この先も幸せな毎日が続くのだろう。
そう思ってページを捲ると、次の瞬間、主人公の男の村は、皇后様の国の兵に襲撃され、村の人々とは離れ離れにされてしまう。
どうやら皇后様は、その村の資源を狙って、近付いていたらしい。
なので、ある程度村に馴染んだ時を機に、襲撃を命じた。
その後男は、王国で捕まり、徴兵を受けた。
それを命じたのは皇后である。
だが皇后は、男への愛を捨て切れず、「徴兵が終われば解放する」といった、身勝手な令を下す。
それを聞いた男は、必死に訓練に励み、やがて解放される。
だが、そんな自由勝手な皇后に憤りを感じていた彼女の側近が、「このままでは王国が滅亡の危機に陥る」と危惧し、やむを得ず、男を兵に殺させ、真実を聞いた王国国民が、「皇后も殺せ」とクーデターを起こし、王国兵だけでは止めようが無かったので、泣く泣く皇后様も処刑台で首を刎ねた。
そういった話。
愛読書にするには少し残虐な話ではあるが、ずっと支えてきた皇后様の首を刎ねられている様を見ている側近の心境を考えていると、とても胸が苦しくなる。
自分の正義に則って殺したのだろうが、心地良くは無かった筈。
それに、幾ら非道であろうとも、愛は普遍であるという、皇后と男の関係も、詳細に書かれていて、更に胸が苦しくなる。
それでもこの”物語“は、読んでいてとても落ち着き、リカルは、この本が大好きだった。
リカルは一人用にしては少し大き過ぎるベッドに寝転びながら、その本を開いていた。