キーンコーンカーンコーン……。



 ボクが2年4組の教室に入ると、
ちょうど朝の会の開始を告げる(かね)の音が鳴った。

 ボクには友達がいないので、いつもギリギリに登校するようにしているのだ。

「(ん……?
  何だろう、あの机とイス……?)」

 ボクは教室の後ろのほうを見た。

 一組だけ他と外れて、机とイスがポンと置かれているのが視界に入ったのだ。

「(そういえば、いじめられ始めたばかりの(ころ)
  そんな(いや)がらせもあったなあ……)」

 ボクは(いや)記憶(きおく)を思い出しかけて、
それを打ち消すように首をブンブンと横に()る。

「(でも、あれはボクの机とイスじゃないし、
  他に(だれ)かいじめられていたっけ……?)」

 ボクは、首をかしげた。

 と、担任の益垣(ますがき)先生が教室に入って来た。

 ちょっと熱血な感じで厳しい時もある、
銀縁(ぎんぶち)メガネに黒髪(くろかみ)をセンター分けにした髪型(かみがた)の男の先生だが、
授業中に冗談(じょうだん)やネタを言って生徒を笑わせてくれる良い先生だ。

 ちなみに独身らしい。

 ボクは、(あわ)てて自分の机まで移動してイスに座る。

「起立……。気をつけー……。礼」

 日直が声を()け、

「おはよーございまーす……」

 みんなダルそうにあいさつをする。

 中学2年生の、ましてやゴールデンウィーク明けのクラスなんてそんなものだ。

 ボクなんてダルすぎて、
口と頭を少し動かすだけで何も言ってすらいなかった。

 クラスで最もイケてない、悪い意味でヤバいほう。

 つまり、スクールカーストの最下位にいるこのボクだ。

 こんなところで頑張(がんば)ってもしょうがないので、大目に見てほしい。

「えー……、5月に入ったこのタイミングで、転校生がこのクラスに入ってくるぅ。
 (みんな)、仲良くしてやれよぉ?」

 益垣(ますがき)先生が、言いながらクラス全員を見渡(みわた)した。

 (みんな)が、急にザワザワとする。

 ボクはというと、あまり興味が無い。

「(あー、なるほど……。
  あの机とイスは転校生の物ってことか……)」

 程度の感想である。

 転校生が男子だったとしても、どうせ友達にはなってもらえない。

 ボクの聖剣(せいけん)を見て、バカにする側に回るのが分かりきっている。

 転校生が女子だったとしても、同じだ。

 ボクなんて、眼中に入るわけがないのだから。

「おーい!本能!入ってこぉい!」

 益垣(ますがき)先生が大声で言った。

 ガラリ!と教室のドアが開く。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



「ワアアアア……!」
とクラス中の男子と女子が、大きな歓声(かんせい)を上げた。

 ボクでさえ、あんぐりと口を開けてしまう。

 美術の時間に教科書で見た、精巧(せいこう)でたくましい男性の彫刻(ちょうこく)

 それをそのまま人間にしたような、
ガッシリとした身体つきの凛々(りり)しい男子が入って来たのだ。

「『本能』って、あの本能兄妹の本能絶!?」

「マジでかよー!?」

「キャア!キャア!キャアー!」

 男子も女子も大興奮している。



本能(ほんのう)(ぜつ)』。



 去年の剣魔(けんま)の全中、つまり中学生の全国大会で、
当時中学1年生にして剣士(けんし)シングルスの全国2位になり、
大会MVPまで受賞したことで有名な男子だ。

 同じく、小学生の全国大会では、
当時小学6年生だった妹の『本能(りん)』が、
魔法(まほう)使いシングルスの全国1位とMVPの両方を取っていた。

 両親が剣魔(けんま)のトレーナーをやっていて、
それに教わって剣魔(けんま)を始めたところ、メキメキと頭角を現したらしい。

 しかも本能絶、(りん)とも(ちょう)がつく美形なのだ。

 剣魔(けんま)の将来を背負う選手として、
たびたびテレビやネットで特集が組まれている。

 そんな本能兄妹をボクらの世代で知らない者など、ほとんどいないだろう。

 もちろん、ボクだって知っている。

「えと……、(みな)さんご存知みたいですが、本能絶と言います!
 両親の仕事の都合で、大きな空港が近いこの町に引っ()して来ました!
 もちろん妹も一緒(いっしょ)です!
 今年はシングルス全国1位を取りたいので、
 剣魔(けんま)部の人は特に仲良くしてください!」

 絶は元気にそう言うと、深々とお辞儀(じぎ)をする。

礼儀(れいぎ)正しい!」

頑張(がんば)ってー!」

「仲良くしよー!」

 (みんな)声援(せいえん)のような声を送り、パチパチ…!と割れんばかりの拍手(はくしゅ)が起こる。

「じゃあ、新しい仲間も入ったことだし、席替(せきが)えするからなぁ!」

 益垣(ますがき)先生が張りきったような声を出し、
最初は絶に、その後はクラスの各席を順番に周りながらクジを配り始めた。

「(席替(せきが)えかー……)」

 ボクは、頭を(かか)えた。

「(ボクの(となり)になった人って、露骨(ろこつ)(いや)そうな顔するんだよね……)」

 そう思いながら、ボクもクジを引く。



 最後尾(さいこうび)左端(ひだりはし)の席だった。



「(ラッキーだ!(となり)は片方しかいない!)」

 すごく低レベルなことだと分かってはいるが、ボクは内心とても喜んだ。

「よろしくね!」

 絶が(となり)にガタン!と机とイスを運んできて、ボクに言った。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



「よっ……、よろひふ……」

 ボクは、思いっ切り顔を引きつらせてしまった。

 周りの(みんな)はシーンとした後、ヒソヒソクスクスとしだす。

 初日から人気者の転校生が、クラスで一番イケてない男子の(となり)なのだから、
そんな反応も当たり前だ。



 キーンコーンカーンコーン……。



 朝の会の終わりを告げる(かね)の音が鳴る。

「あぁそうだ。
 学級委員の二人は、本能に学校の案内(たの)むぞぉ?
 1時間目は、音楽だしなぁ」

 益垣(ますがき)先生は、そう言うと教室を出て行く。

 ボクもその後を追うように、
音楽の教科書とアルトリコーダーを持って教室を飛び出した。

「(1時間目が音楽で本当に助かった……!)」

 ボクは思っていた。






 キーンコーンカーンコーン……。






 音楽の授業は、特に問題なく終了(しゅうりょう)した。

 音楽室に来る時も教室に(もど)る時も、絶の周りには人だかりが出来ていた。

「(教室で(となり)だからって、そんなに話しかけられるわけないし、
  仮に話しかけられても、
  『反対側の席の江口(えぐち)(たの)んで』
  とでも言えばいいじゃないか)」
と、音楽の授業中は絶と席が(はな)れていたのもあって、
ボクは気を取り直していた。



 キーンコーンカーンコーン……。



「ごめん。英語の教科書、見せてくれない?
 前の学校と(ちが)うみたいでさ……。
 受け取るのが、昼休みになったらなんだ」

 絶が、2時間目開始の(かね)が鳴った直後にボクに話しかけてきた。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



「は、反対側の……、その……、せ、席の……、えっ……、えっ……」

 ボクは思わず、どもった。

「(緊張(きんちょう)してうまく言えないいい……!)」

「絶くん。
 ムロなんかに話しかけるなよ。
 うつっちゃうよ?
 短しょ……」

「何がだ?」

 絶の右隣(みぎどなり)にいる江口(えぐち)
口を(はさ)んで言いかけた言葉を、ボクが(さえぎ)った。

 江口(えぐち)は口をつぐむ。

「何がうつるって?」

 ボクは江口(えぐち)の左の(まゆ)の上にあるホクロを、ギロリとにらみつけて続けた。

「何がうつるんだよ!?
 言ってみろよほら!」

 ボクは語気を強めて立ち上がり、構えの姿勢を取る。

 ボクのイスが、立ち上がった勢いでガターン!と後ろに(たお)れた。

 教室は、シーンと静まり返る。

 ちょうど教室に入って来た英語の地上先生も、
ビックリしたように固まっている。

 江口(えぐち)は昔、ボクをいじめていた一人だ。

 ボクは江口(えぐち)聖剣(せいけん)を一度折っている。

「(テニス部の江口(えぐち)なら、どうせフォアハンドの構えだ……!
  聖剣(せいけん)()いた瞬間(しゅんかん)にブチ折る……!)」

 ボクは頭に血が上っている割に、
悪口を言い返したり、相手のことを分析(ぶんせき)したりと、
(みょう)に冷静なところがある。

「やめなよ。ケンカは良くない」

 絶が一瞬(いっしゅん)でボクの右側、
イスのあったほうに立って、
ボクを制止しようと右腕(みぎうで)()ばしていた。

 が、ボクはそれに反応して、
(すで)に絶の右手首を自分の左手でガチッと(つか)んでいる。

「なっ……!?」

 絶が(おどろ)いたように両目を見開くのを、ボクはにらみつけた。

「だっ……!?
 タンマタンマ!
 オレが謝るから!
 ごめんて!」

 江口(えぐち)(あわ)てて両手をブンブン()る。

 ハッ!とボクは我に返った。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



「ご……、ごめんなさい……!」

 ボクは(あわ)てて絶の右手首から手を(はな)すと、深々と絶に向かって頭を下げる。

「い、いや……。うん……」

 絶が言った。

「きょ、教科書は、そっちの江口(えぐち)に全面的に見せてもらってよ……」

 とボクは頭を上げると言い、
いそいそと(たお)れたイスを立ち上がらせる。

 絶は、それを見て後ずさりしたが、
ボクが(つか)んだ辺りを左手で(おさ)えて、まだ目を見開いているようだった。

 ボクはイスに座ると、すぐに絶とは反対に顔をぐるっと向け、目をつぶる。

「(またやってしまったあああ!
  ごめんなさいいい!
  絶対、アブナイ(やつ)か不良だと思われたってえええ!
  気まずすぎるううう!)」

 ボクは心の中で、自分の頭をポカポカ(たた)いた。