キーンコーンカーンコーン……。



「えー……、月末には今年も体育祭があるぞぉ。
 黒板に種目を書いてくから、各自で参加したい種目に立候補するようにぃ。
 ……あっ、ダンスは全員参加、棒(たお)しは男子、
 玉入れは女子は全員参加だからなぁ?
 あと、立候補しなかった(やつ)は先生が適当に決めちゃうぞぉ?」

 益垣(ますがき)先生が帰りの会で言うと、体育祭の種目を順番に黒板へと書き出した。

 クラスの(みんな)はザワザワとしだす。

「(体育祭かー……。(いや)だなー……)」

 ボクは、かなり憂鬱(ゆううつ)な気分になった。



 走るのはどちらかと言えば速いほうなのだが、
友達がいないので団体種目はできればやりたくないのである。

 特にダンスとか棒(たお)しとか、
団体でやる種目なのに強制なものがあるというのが(つら)い。

 それにイケてない男子が、
クラス対抗(たいこう)リレーみたいな花形種目に出るわけにもいかないだろう。

 色々と制約が多いのだ。



「(かと言って残る種目は……?
  障害物競走は、個人種目だけど何となくやりたくないし……)」

 ボクが(なや)んでる間に、どんどん各種目の参加者が()まっていく。



「あのう……。
 ボク、クラス対抗(たいこう)リレーに出てもいいかな……?
 すっごく足が速いってわけじゃないんだけど……」

 絶がボクの(となり)で、おずおずと手を挙げた。

「オオー!」
(みんな)歓声(かんせい)を上げ、

「いいよー!」
と賛同する。

「えへへ……」

 絶は頭をかいた。

 このように、人気者なら花形種目に出ても全く問題ないのだ。

 それに、絶は少なくとも剣魔(けんま)競技で強いと証明されているわけなので、
運動神経が良いと見なされ、クラスメイトの期待も大である。

 益垣(ますがき)先生もニコニコしながら、
『本能』とクラス対抗(たいこう)リレーに書き()んだ。

「(しょうがない……。
  一緒(いっしょ)になる人には悪いけど、
  ムカデ競争あたりでお茶を(にご)すとするか……)」

 そう思いながらボクが手を挙げようとした、その時である。

「ムロくんも足が速いから、クラス対抗(たいこう)リレーに出たらいいのに」

 絶が言った。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



 クラスはシーンと静まり返る。

「(絶……。何気ない感じで言ったが、それはかなりの爆弾(ばくだん)発言だ……)」

 ボクは、心の中で頭を(かか)えた。



 今のクラス対抗(たいこう)リレーのメンバーは、
クラスで一番足が速い野球部の下仁田、
足の速さはそこそこだが運動神経が良くて、
クラスではムードメーカー的な存在であるテニス部の江口(えぐち)
そして転校2日目にしてクラスの人気者で剣魔(けんま)では全国2位という絶である。

 そこに、特に期待値も人気も高くないボクなんかが入る余地など無いのだ。

 もっと言うと、たとえ足が速かろうが入らないほうが良いとさえ言えた。

 スクールカースト最下位のボクを、頑張(がんば)頑張(がんば)れと応援(おうえん)するなんて、
応援(おうえん)する側の気持ちというものが入らないだろう。

 勝ちを取るかどうかなんて以前の話になるわけである。



「いや……、ボクはムカデ競争やるからいいよ……」

 重苦しい空気の中、何とかボクは言った。

 我ながら、出来た人間である。

「ムカデ競争は、もう人数足りてるぞぉ?」

 益垣(ますがき)先生が言った。

「(あああ……!)」

 ボクは机に()()す。

 (おそ)かったのだ。

 クラスの(みんな)がクスクスと笑い出した。

「(穴があったら入りたい……!)」

 ボクは思いながらも何とか再び手を挙げ、

「じゃ……、じゃあ障害物競走……」
と顔を真っ赤にして言い直す。

「……いや、待て(みんな)

 江口(えぐち)が口を開いた。

「確かにムロは友達いないけど……」

「(うるさいぞ、江口(えぐち))」

 ボクは反射的にそう思った。

 思ったが、

「(『けど』……?)」
江口(えぐち)のほうを()り返って、次の言葉を待った。

「オレ、こいつとは同じ小学校だったんだけど、
 足は速いんだよ確かに。足は。
 だからオレもこいつをリレーに推薦(すいせん)する」

 江口(えぐち)腕組(うでぐ)みしながら言った。

 まさかの助け(ぶね)である。

 あるいはボクではなく、
絶が責任を感じるかもと思ってのことなのかもしれない。

 しかし、当のボクとしては、かなり複雑な心境だ。

「(足の速さを認めてくれて味方になってくれるのは(うれ)しい!
  (うれ)しいけど、本人であるボクの意志は!?
  障害物競走でいいんだってば!)」

 正直に言ってこんな感じである。

「じゃあこれで決定なぁ」

 益垣(ますがき)先生が、『木石』とクラス対抗(たいこう)リレーに書き加え、
まだどこにも参加表明していなかった数名のクラスメイト達の名前も、
適当に書き()んでいく。

「(あっ……)」
とボクは思ったが、

「やったね!ムロくん!」

 絶は無邪気(むじゃき)にボクの(となり)で喜んでいる。

「反対意見あるなら今のうちだぞぉ?
 (みんな)、早く帰りたいよなぁ?」

 益垣(ますがき)先生が言う。

 もはやボクは、何も言えなかった。

 (みんな)も何も言わない。

 喜んでいる絶と、早く帰りたい(みんな)の気持ちに
水を差すわけにもいかないだろう。



「……どういうつもりだよ?」

 帰りのあいさつを済ませた教室で、ボクは江口(えぐち)()め寄った。

「お?リレーの打ち合わせ?」

 下仁田もやって来る。

「ムロお前、昨日体育の前にグラウンド走ってたろ?」

 江口(えぐち)がボクを見て言った。

「あっ……」

 ボクは思い至る。

「(あれを見られてたからかー……!)」

 ボクは、心の中で頭を(かか)えた。

 そう。

 トレーニング室に絶が来て、気まずかったボクは、
筋トレを中断して教室に帰って体操服に着替(きが)えた後、
本当にグラウンドに走りに行ったのだ。

「マジに?やる気満々じゃん」

 下仁田がボクの顔を(のぞ)()むように見てくる。

「すごい!さすがだね!」

 絶も同調した。

「いや……、あれは(ちが)うんだけど……」

 ボクは口ごもる。

「(部活もろくに行かなくなっていた(やつ)が、
  『昼休みにやることが無いから走っていた』
  とか、
  『身体を(きた)えるために走っていた』
  とかの言い訳をするのは、ちょっと無理があるよなあ……)」
と思ってしまったからだ。

「やる気が無い(やつ)より、有る(やつ)のほうがいいじゃん?
 まあ体育祭に向けてじゃなくても、普段(ふだん)から走ってる(やつ)のほうがさ?
 それに実際速いしな。
 ウチのクラスって陸上部1人もいないし」

 江口(えぐち)が、そう言いながらボクの右肩(みぎかた)を左手でパンと(たた)いた。

「バトンの練習する?」

 下仁田が言い、

「あれって借りられるのかな?」

 絶が言うと、

「体育倉庫にあるから大丈夫(だいじょうぶ)だよ。体育の授業の前にやろうぜ」
と江口が仕切り、

「おう。ラジャー」

 下仁田が賛成。

「分かった!よろしくね!」

 絶も賛成だ。

「……分かったよ」

 ボクも、しぶしぶ折れた。

 今さら参加する種目を変えるというのも難しいだろう。

 かと言って、体育祭の当日に休んだりしてまで出たくないというほどでもない。

「(ハアアア……。
  なにも考えずに、ただただ全力で走ろう……)」

 ボクは心の中で、深い深いため息をつきながらそう決めた。






○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~






「じゃあ、夕練も頑張(がんば)ってね……」

 下駄箱(げたばこ)まで一緒(いっしょ)にやって来ると、ボクは絶に向かって(つぶや)くように言った。

「本当に朝練だけで、夕練は来ないのかい?」

 絶は、とても不満げだ。

「あー……、うーん……」

 ボクは何とも言えない態度を取ってしまう。



 正直な話、部活はかなりやりたい。

 ボクは将来は剣士(けんし)になりたいし、
聖剣(せいけん)を大っぴらに()れる剣魔(けんま)という競技のことは大好きだし、
何より剣魔(けんま)はプレイしていてとても楽しい。

 何なら大会に勝てるかどうかとか、将来剣士(けんし)になれるかどうかとかより、
好きなこと楽しいことを今はしていたいだけとさえ言えるかもしれないのだ。



 しかし、剣魔(けんま)部には弟の(たてる)がいる。

 剣魔(けんま)はやりたいが、(たてる)の前ではボクの聖剣(せいけん)()きたくない。

 例えば、(たてる)が部活に参加せずに(なが)めているだけだとしても、
その状況(じょうきょう)でおいそれと剣魔(けんま)をプレイしていられる気分ではないのだ。



「(そう考えると……)」

 下駄箱(げたばこ)を出たところで、ボクは思い至った。

「立がいる限り、ボクは部活も大会も出る気分になれないから……」

 ボクは、そう口に出してしまう。

「それは(ちが)うと思う」

 絶が即座(そくざ)に言った。

 ハッとボクも気づく。

「その……、うまく言えないけどさ……」

 絶は、ボクを見つめたまま続ける。

「ムロくんの人生は、ムロくんの物だよ。
 ムロくんは、(たてる)くんに『死ね』って言われたら、死ぬのかい?」

 絶はそう言ってから、

「あっ……。
 いや、その……。
 例えと言うか……、極端(きょくたん)な話としてね……?」
(あわ)てたように首と両手を横に()った。

「う、うん……。分かってるよ……」

 ボクは言うが、

「分かってるけど……、とりあえず……、今日は帰る……。
 ホントにゴメン……」

 ボクはそう言ってから、くるりと校門のほうを向くと、そのまま歩き出した。

「……うん」

 絶は何か言いたげだったが、そのまま何も言わなかった。



「(『ボクの人生は、ボクの物』か……)」

 ボクは校門を出て歩きながら、絶に言われたことを考える。

「(でもボクは……)」

 ボクは思った。

「(でもボクは、(たてる)に『死ね』って言われたら、
  きっと死んでしまうと思う……)」



 自分でもおかしいと分かっている。



 分かってはいるが、それがどうしてなのかは、ボク自身にも分からなかった。



 ボクは夕暮れの中、家までの道のりをトボトボと歩く。



 ポコン!

 ふいにスマホの通知音が鳴った。



 絶からのインランだ。



(たてる)くん部活に来てないよ?』