※作中で登場する『アース』の構造については、こちら↓をご参照ください。
単位は全てヤードです。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
ボクの予想は当たった。
折れた聖剣の回復には、丸一日程度かかる。
今日の朝練に参加するのは、
男子はボクと絶の2名のみ、
女子は副部長で三年生の脇名先輩を筆頭に、倫を含めて10名のみ、
合わせてたった12名だった。
男子は全員、聖剣が折れているのだから、部活も何も無いのだ。
たぶん精神的にも、朝練という気分では無いだろう。
「木石兄のほう、超久しぶりじゃん。
弟が来ねーからか?
ハハハ……」
脇名先輩がボクの肩をパンパン叩いて笑った。
「どうも……」
ボクは少し照れて、頭をかいて言う。
黒髪ショートでかなり日焼けした活発そうな見た目であり、
サバサバしていて裏表のない性格で、
ちょっと男勝りな感じもあるが、
男子のファンが多い先輩だ。
そして、ボクの聖剣を見ても笑うだけで、
悪口とかは一切言わなかった数少ない女子の一人でもある。
さて、トレーニングウェアの上にプロテクターも装着した部員達が、
準備体操を揃って済ませると、
「は~い!
じゃあ準備体操も終わったことだし~、
男女共まずはいつものようにグラウンド5周~!
終わった人から基本動作ね~!」
と言いながら顧問の下井先生がパンパンと両手を叩く。
「時間ないからチンタラ走るんじゃないよ!」
同じく顧問の美安先生が、持っているムチでパン!と地面を叩いた。
美安先生は、四属性と治癒属性の魔法が使える上に、
重属性という重力を強くするような魔法まで使える、
これまたレアケースの女性の先生だ。
下井先生に負けず劣らず厳しい先生で、
ポニーテールにまとめた長い亜麻色の髪と清楚そうな顔つきの割に、
口調も厳しく、なぜかいつもムチを持ち歩いている。
ただし、さすがにそのムチで生徒を直接叩いたりということはしない。
せいぜい先ほどのように、地面や床を叩いて脅かす程度である。
『世の中には、女性にムチで叩かれることを嬉しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。
なので、ボクなんかからすると、
かなり怖くて変わっていて近づきがたい先生なのだが、
なぜか女子からは人気者で、
バレンタインの時など大量にチョコレートをもらっていたようだ。
グラウンドを走り終わって体が温まったボク達は、
今度は基本動作の練習に入る。
男子は聖剣を構えた姿勢、
女子は魔法を撃てるように構えた姿勢で、
それぞれプロテクターも全身に着用したままで、
『ラダー』と呼ばれるヒモと棒がハシゴ状の形になったものを地面に置き、
そのラダーを踏まないようにしながら、
色々なステップでその上を進んでいくのだ。
本番の剣魔の試合では、
試合の行われる『アース』と呼ばれる正方形の広いエリアを、
相手を追いかけたり、
女子の魔法を避けたり、
男子の聖剣から合体された魔力を撃ち出す『射聖』を避けたりしながら、
走り回って戦うことになるので、
前後左右に素早く動けるように、
色々な足運びのステップを練習するわけである。
「オイ!ラダー'踏んでんぞ!
お前も踏んでやろうか!」
美安先生のムチが、再びパン!と地面に叩きつけられる。
ボクは、ビクンビクンとおっかなびっくりしながら基本動作をこなす。
『世の中には、女性に踏まれることを嬉しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。
「ムロくんの聖剣て……、そんな感じなんだね……」
ボクの聖剣を初めて見た絶が、悲しそうな声で言った。
絶の聖剣は、片刃だがとても長くて太さもあり、
根元から先っちょまで全部刃になった、
大きな刀のようなやや反ったタイプだ。
「ハハ……。笑えるでしょ……?」
ボクは、自分の聖剣と絶の聖剣の落差に、やや自暴自棄になって言う。
「いや、そんなことないよ……。
ボクだって変聖期に入るまでは、
先っちょにちょこっとだけ刃がある彫刻刀みたいな感じだったんだ……」
絶が首と両手を振った。
『変聖期』というのは、
聖通した男子の聖剣が、少しばかり大人の聖剣へと変化する時期である。
これも、いつ来るかやどのような変化が起こるかは個人差があるのだが、
基本的には
聖剣の長さが長くなったり、
太さが太くなったり、
刃の面積が増えたり、
刃が片刃から両刃になったりと、
プラスの方向に変化が起こることがほとんどだ。
「へー……、絶ってもう変聖期来たんだ……」
ボクは絶の聖剣を見ながら言う。
「(ボクも変聖期が来たら、少しは剣らしい聖剣になったりしないかな……?)」
ボクは剣らしくなった聖剣を持つ自分の姿を、おぼろげながら想像してみた。
「オイ!夢路テメー!早くやれコラ!」
美安先生の怒鳴り声と、パン!というムチの音で
ボクはハッと我に返る。
次はボクが基本動作する番だった。
「わっ!す……、すみません!」
ボクは慌てて基本動作を始める。
「次は、球出し行くわよ~!」
下井先生が声を掛け、部員達を2つのグループに分ける。
『球出し』というのは、
実際に飛んでくる魔法や射聖を避けながら相手に近づく練習だ。
と言っても、
本当に魔法や射聖を撃って当たると、
プロテクターを付けていてもケガをする場合があるので、
下井先生が魔法や射聖に見立ててテニスのラケットでテニスの球を打ち、
部員はそれを避けながら下井先生に近づいて行く、
という感じで行う。
なので魔法や射聖の『弾』ではなく、テニスの『球』なのだ。
実際の剣魔の試合でもケガはつきもので、
大会などでは各アースの付近に必ず治癒属性の魔法が使える教師や運営スタッフ、
大きな大会では医療関係者などが待機しているものである。
「紙一重で避けてんじゃねーぞ!
本物はもっとデカい弾なんだ!」
美安先生が言いながら、またムチをパン!と地面に叩きつけた。
次は倫が避ける番だ。
ボクは球拾いをしながら、倫が避ける様子を見てみる。
ズザッ!ズザッ!
ズザッ!ズザッ!
「(女子はけっこう当たっちゃうものだけど、
さすが全国一位だけあって、倫はスイスイ避けるなー……)」
ボクは倫が飛んで来る球を避ける様子を見ると、
感心してうんうんとうなずいてしまった。
「……は~い、いいわよ~!
球拾い終わったら、そっちのグループが入って~!」
下井先生が声をかける。
次はボクと絶を含めたグループが避ける番だ。
「(おっとっと……)」
ボクも頑張って球をズザッ!ズザッ!と避けていく。
下井先生は、
パン!パン!パン!パン!……!と一定間隔で球を出してくるのだが、
その球は
山なりだったり、
真っ直ぐだったり、
地を這うようだったり、
あるいはそれらに加えて緩急をつけたりと多種多様なので、
うっかり前の球に気を取られすぎると、すぐ当たってしまうのだ。
きっとテニスも上手いのだろう。
ボクに関して言えば、久しぶりな部活のせいというのもあった。
ちなみに、こんな風に先に撃った魔法や射聖、
あるいはペアを組んでいるプレイヤーの体などで、
その次の魔法や射聖などの攻撃を見切られにくくすることは、
『ブラインド』、『目隠し』、『隠し弾』などと呼ばれ、
本番の試合でもよく使われるテクニックの1つだ。
「……は~い!いいわよ~!」
ボクの聖剣は短いので、
下井先生もボクがかなり近づくまで終わりにしてくれない。
この辺りも、ボクが大会でなかなか勝てなかった理由の1つである。
聖剣のリーチの差が、そのままハンデになってしまうわけだ。
さて、次は絶が避ける番である。
スイスイ。
スイスイ。
「(……上手い!さすが全国2位!)」
ボクは内心でとても感心して、またうんうんとうなずいてしまう。
ボクのように無駄な足音なんて全然立てず、
それでいてスムーズな足運びで下井先生に近づいて行くのだ。
「は~い!いいわよ~!
ナイス抜き足ね~!」
下井先生が練習中に褒めるのは珍しい。
『抜き足』もテクニックの1つで、
足首の辺りで着地の衝撃をうまく吸収して、
足音を立てないようにしつつ素早く移動する足運びのことだ。
『抜き足、差し足、忍び足』という言い回しから来ている。
『トロッティング』とも呼ばれ、
特に剣士が動き回って相手をかく乱する時などに重要となるテクニックだ。
「……は~い!いいわよ~!
次はシングルスの試合形式やっていくからね~!」
最後の1人が終わると、下井先生がまた声を掛けた。
剣魔のシングルスは、剣士対剣士、または魔法使い対魔法使いで戦う試合形式だ。
つまり、基本的には同性同士でやり合うことになる。
それぞれ剣士シングルス、魔法シングルスと呼んだり、
剣単や剣S、あるいは魔単や魔Sと略して表記したりする。
レアなケースの魔法剣士が参加する場合は、
参加するほうに合わせて、どちらかは使えないという制限がかけられる。
ちなみに、ダブルスについても説明すると、
剣士のペア対剣士のペア、
魔法使いのペア対魔法使いのペア、
剣士と魔法使いのペア対剣士と魔法使いのペア、
という3パターンが有り、
それぞれ剣士ダブルス、魔法ダブルス、ミックスダブルスと呼んだり、
剣複や剣D、魔複や魔D、混複や混Dと略して表記したりする。
ただし、中総体も含めてほとんどの大会では、
ダブルスと言えば剣士と魔法使いのペアでやり合う、ミックスダブルスだけだ。
『剣魔と言えば、ミックスダブルス』
と言っても過言ではない花形種目なのである。
ウチの中学にはアースが3面しかないので、
シングルスの試合形式の練習では、
各アースで対戦する選手が2×3の6人、
各アースの審判が1×3の3人、
計9人がアースに入ることになる。
最初は、ボクと絶、女子1人は入れず、
アースの外から応援の練習だ。
「(倫が入るから、倫の応援しようかな……)」
ボクは、倫が入ったアースのほうの壁へ移動する。
アースには通常、周りに耐火レンガで壁が作られているものなのだ。
一番威力が出やすいとされている魔法が火属性なので、
それに耐えられる壁が作られているというわけである。
絶も倫を見たいらしく、ボクのすぐ隣にやって来た。
倫の相手は、脇名先輩だ。
2人は、正方形のアースの真ん中にある、
『*』マークのようになっている位置で握手を交わす。
「よろしくお願いいたしますわ」
「よろしくお願いします」
握手が終わると、2人は頭のプロテクターを被りながら、
それぞれアースの隅へと移動した。
アースの4隅には、それぞれ『スタンバイエリア』と呼ばれるエリアがあり、
2人は対角になる位置のスタンバイエリアにそれぞれ入る。
ピー!と審判のホイッスルが鳴らされた。
試合スタートだ。
単位は全てヤードです。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
ボクの予想は当たった。
折れた聖剣の回復には、丸一日程度かかる。
今日の朝練に参加するのは、
男子はボクと絶の2名のみ、
女子は副部長で三年生の脇名先輩を筆頭に、倫を含めて10名のみ、
合わせてたった12名だった。
男子は全員、聖剣が折れているのだから、部活も何も無いのだ。
たぶん精神的にも、朝練という気分では無いだろう。
「木石兄のほう、超久しぶりじゃん。
弟が来ねーからか?
ハハハ……」
脇名先輩がボクの肩をパンパン叩いて笑った。
「どうも……」
ボクは少し照れて、頭をかいて言う。
黒髪ショートでかなり日焼けした活発そうな見た目であり、
サバサバしていて裏表のない性格で、
ちょっと男勝りな感じもあるが、
男子のファンが多い先輩だ。
そして、ボクの聖剣を見ても笑うだけで、
悪口とかは一切言わなかった数少ない女子の一人でもある。
さて、トレーニングウェアの上にプロテクターも装着した部員達が、
準備体操を揃って済ませると、
「は~い!
じゃあ準備体操も終わったことだし~、
男女共まずはいつものようにグラウンド5周~!
終わった人から基本動作ね~!」
と言いながら顧問の下井先生がパンパンと両手を叩く。
「時間ないからチンタラ走るんじゃないよ!」
同じく顧問の美安先生が、持っているムチでパン!と地面を叩いた。
美安先生は、四属性と治癒属性の魔法が使える上に、
重属性という重力を強くするような魔法まで使える、
これまたレアケースの女性の先生だ。
下井先生に負けず劣らず厳しい先生で、
ポニーテールにまとめた長い亜麻色の髪と清楚そうな顔つきの割に、
口調も厳しく、なぜかいつもムチを持ち歩いている。
ただし、さすがにそのムチで生徒を直接叩いたりということはしない。
せいぜい先ほどのように、地面や床を叩いて脅かす程度である。
『世の中には、女性にムチで叩かれることを嬉しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。
なので、ボクなんかからすると、
かなり怖くて変わっていて近づきがたい先生なのだが、
なぜか女子からは人気者で、
バレンタインの時など大量にチョコレートをもらっていたようだ。
グラウンドを走り終わって体が温まったボク達は、
今度は基本動作の練習に入る。
男子は聖剣を構えた姿勢、
女子は魔法を撃てるように構えた姿勢で、
それぞれプロテクターも全身に着用したままで、
『ラダー』と呼ばれるヒモと棒がハシゴ状の形になったものを地面に置き、
そのラダーを踏まないようにしながら、
色々なステップでその上を進んでいくのだ。
本番の剣魔の試合では、
試合の行われる『アース』と呼ばれる正方形の広いエリアを、
相手を追いかけたり、
女子の魔法を避けたり、
男子の聖剣から合体された魔力を撃ち出す『射聖』を避けたりしながら、
走り回って戦うことになるので、
前後左右に素早く動けるように、
色々な足運びのステップを練習するわけである。
「オイ!ラダー'踏んでんぞ!
お前も踏んでやろうか!」
美安先生のムチが、再びパン!と地面に叩きつけられる。
ボクは、ビクンビクンとおっかなびっくりしながら基本動作をこなす。
『世の中には、女性に踏まれることを嬉しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。
「ムロくんの聖剣て……、そんな感じなんだね……」
ボクの聖剣を初めて見た絶が、悲しそうな声で言った。
絶の聖剣は、片刃だがとても長くて太さもあり、
根元から先っちょまで全部刃になった、
大きな刀のようなやや反ったタイプだ。
「ハハ……。笑えるでしょ……?」
ボクは、自分の聖剣と絶の聖剣の落差に、やや自暴自棄になって言う。
「いや、そんなことないよ……。
ボクだって変聖期に入るまでは、
先っちょにちょこっとだけ刃がある彫刻刀みたいな感じだったんだ……」
絶が首と両手を振った。
『変聖期』というのは、
聖通した男子の聖剣が、少しばかり大人の聖剣へと変化する時期である。
これも、いつ来るかやどのような変化が起こるかは個人差があるのだが、
基本的には
聖剣の長さが長くなったり、
太さが太くなったり、
刃の面積が増えたり、
刃が片刃から両刃になったりと、
プラスの方向に変化が起こることがほとんどだ。
「へー……、絶ってもう変聖期来たんだ……」
ボクは絶の聖剣を見ながら言う。
「(ボクも変聖期が来たら、少しは剣らしい聖剣になったりしないかな……?)」
ボクは剣らしくなった聖剣を持つ自分の姿を、おぼろげながら想像してみた。
「オイ!夢路テメー!早くやれコラ!」
美安先生の怒鳴り声と、パン!というムチの音で
ボクはハッと我に返る。
次はボクが基本動作する番だった。
「わっ!す……、すみません!」
ボクは慌てて基本動作を始める。
「次は、球出し行くわよ~!」
下井先生が声を掛け、部員達を2つのグループに分ける。
『球出し』というのは、
実際に飛んでくる魔法や射聖を避けながら相手に近づく練習だ。
と言っても、
本当に魔法や射聖を撃って当たると、
プロテクターを付けていてもケガをする場合があるので、
下井先生が魔法や射聖に見立ててテニスのラケットでテニスの球を打ち、
部員はそれを避けながら下井先生に近づいて行く、
という感じで行う。
なので魔法や射聖の『弾』ではなく、テニスの『球』なのだ。
実際の剣魔の試合でもケガはつきもので、
大会などでは各アースの付近に必ず治癒属性の魔法が使える教師や運営スタッフ、
大きな大会では医療関係者などが待機しているものである。
「紙一重で避けてんじゃねーぞ!
本物はもっとデカい弾なんだ!」
美安先生が言いながら、またムチをパン!と地面に叩きつけた。
次は倫が避ける番だ。
ボクは球拾いをしながら、倫が避ける様子を見てみる。
ズザッ!ズザッ!
ズザッ!ズザッ!
「(女子はけっこう当たっちゃうものだけど、
さすが全国一位だけあって、倫はスイスイ避けるなー……)」
ボクは倫が飛んで来る球を避ける様子を見ると、
感心してうんうんとうなずいてしまった。
「……は~い、いいわよ~!
球拾い終わったら、そっちのグループが入って~!」
下井先生が声をかける。
次はボクと絶を含めたグループが避ける番だ。
「(おっとっと……)」
ボクも頑張って球をズザッ!ズザッ!と避けていく。
下井先生は、
パン!パン!パン!パン!……!と一定間隔で球を出してくるのだが、
その球は
山なりだったり、
真っ直ぐだったり、
地を這うようだったり、
あるいはそれらに加えて緩急をつけたりと多種多様なので、
うっかり前の球に気を取られすぎると、すぐ当たってしまうのだ。
きっとテニスも上手いのだろう。
ボクに関して言えば、久しぶりな部活のせいというのもあった。
ちなみに、こんな風に先に撃った魔法や射聖、
あるいはペアを組んでいるプレイヤーの体などで、
その次の魔法や射聖などの攻撃を見切られにくくすることは、
『ブラインド』、『目隠し』、『隠し弾』などと呼ばれ、
本番の試合でもよく使われるテクニックの1つだ。
「……は~い!いいわよ~!」
ボクの聖剣は短いので、
下井先生もボクがかなり近づくまで終わりにしてくれない。
この辺りも、ボクが大会でなかなか勝てなかった理由の1つである。
聖剣のリーチの差が、そのままハンデになってしまうわけだ。
さて、次は絶が避ける番である。
スイスイ。
スイスイ。
「(……上手い!さすが全国2位!)」
ボクは内心でとても感心して、またうんうんとうなずいてしまう。
ボクのように無駄な足音なんて全然立てず、
それでいてスムーズな足運びで下井先生に近づいて行くのだ。
「は~い!いいわよ~!
ナイス抜き足ね~!」
下井先生が練習中に褒めるのは珍しい。
『抜き足』もテクニックの1つで、
足首の辺りで着地の衝撃をうまく吸収して、
足音を立てないようにしつつ素早く移動する足運びのことだ。
『抜き足、差し足、忍び足』という言い回しから来ている。
『トロッティング』とも呼ばれ、
特に剣士が動き回って相手をかく乱する時などに重要となるテクニックだ。
「……は~い!いいわよ~!
次はシングルスの試合形式やっていくからね~!」
最後の1人が終わると、下井先生がまた声を掛けた。
剣魔のシングルスは、剣士対剣士、または魔法使い対魔法使いで戦う試合形式だ。
つまり、基本的には同性同士でやり合うことになる。
それぞれ剣士シングルス、魔法シングルスと呼んだり、
剣単や剣S、あるいは魔単や魔Sと略して表記したりする。
レアなケースの魔法剣士が参加する場合は、
参加するほうに合わせて、どちらかは使えないという制限がかけられる。
ちなみに、ダブルスについても説明すると、
剣士のペア対剣士のペア、
魔法使いのペア対魔法使いのペア、
剣士と魔法使いのペア対剣士と魔法使いのペア、
という3パターンが有り、
それぞれ剣士ダブルス、魔法ダブルス、ミックスダブルスと呼んだり、
剣複や剣D、魔複や魔D、混複や混Dと略して表記したりする。
ただし、中総体も含めてほとんどの大会では、
ダブルスと言えば剣士と魔法使いのペアでやり合う、ミックスダブルスだけだ。
『剣魔と言えば、ミックスダブルス』
と言っても過言ではない花形種目なのである。
ウチの中学にはアースが3面しかないので、
シングルスの試合形式の練習では、
各アースで対戦する選手が2×3の6人、
各アースの審判が1×3の3人、
計9人がアースに入ることになる。
最初は、ボクと絶、女子1人は入れず、
アースの外から応援の練習だ。
「(倫が入るから、倫の応援しようかな……)」
ボクは、倫が入ったアースのほうの壁へ移動する。
アースには通常、周りに耐火レンガで壁が作られているものなのだ。
一番威力が出やすいとされている魔法が火属性なので、
それに耐えられる壁が作られているというわけである。
絶も倫を見たいらしく、ボクのすぐ隣にやって来た。
倫の相手は、脇名先輩だ。
2人は、正方形のアースの真ん中にある、
『*』マークのようになっている位置で握手を交わす。
「よろしくお願いいたしますわ」
「よろしくお願いします」
握手が終わると、2人は頭のプロテクターを被りながら、
それぞれアースの隅へと移動した。
アースの4隅には、それぞれ『スタンバイエリア』と呼ばれるエリアがあり、
2人は対角になる位置のスタンバイエリアにそれぞれ入る。
ピー!と審判のホイッスルが鳴らされた。
試合スタートだ。