—1—
日曜日の昼下がり。
オレは自身のデビュー作『キミの瞳に映る星を探して』を片手にパソコンと睨み合っていた。
画面には2つの小説のタイトルが表示されている。
・『この世界が誰かの犠牲の上で成り立っているとしたらあなたは今を大切に生きようと思いますか?』
・『人嫌いのクラスメイトが茜色に染まるまで』
「主人公とヒロインが成長していく姿を描くなら人嫌いかなー」
会員登録さえすれば誰でも無料で小説を投稿することができるWEBサイトでは定期的にコンテストや賞が開催される。
コンテストによって入賞特典は様々だが、年に1度開かれる大型の小説賞ともなると大賞賞金100万円+書籍化確約+コミカライズ化検討というかなり魅力的なものになっている。
出版社によって押し出したいジャンルが棲み分けされていて、異世界ファンタジーや現代ファンタジーを全面に売り出している出版社もあれば恋愛や青春を中心に扱っている出版社もある。
つまり、コンテストもサイトによって募集するジャンルがある程度決まっているのだ。
今回オレが応募しようと考えているのが『青春小説大賞』。
応募期間は7月1日〜8月31日。
文字数が8万文字以上13万文字以内と定められている。
書籍1冊が大体10万文字と言われているので販売を想定しての文字数制限なのだろう。
賞の情報が解禁されてから2作品のタイトルとキャラクター、ざっくりとした設定をまとめたが期限内に書き上げられるのは1作品が限界だ。
学校に通いながら書かなければならない点とオレの執筆速度から計算するに2作品手を付けてしまうとクオリティーが落ちてしまうリスクがある。
自分の納得のいくできでなければ作品を書き続けることはできないからな。
「秋斗先輩、遊びに来たよ!」
勢いよくドアが開かれ、里緒奈が部屋に飛び込んできた。
「呼んでないんだけど」
「呼ばれてないと来ちゃダメなんですか?」
「いや、普通は呼ばれたら来るんじゃないか?」
「だって先輩、昨日もいなかったじゃないですかー。漫画返すのに何往復させるつもりですか? まあ近いから全然いいですけど」
「事前に連絡くれればすれ違わないで済むだろ。っておい、ベットにダイブするな!」
「あははっ」
オレに怒られて何故か嬉しそうな声を上げる里緒奈はベットでバタ足をしている。
埃が舞うから本当に勘弁してほしい。
里緒奈の服装は白のシャツに黒のショートパンツ。
外は暑いから過ごしやすそうだが制服と比べたら露出が多い。
動いているから背中もパンツも見えてるし、いくら幼馴染とはいえ目のやり場に困る。
「秋斗先輩、喉渇きました」
「そりゃ動けば喉も渇くでしょうね」
「お水下さい。お腹も空いたのでお菓子も食べたいです」
「自由だな本当に」
仕方なく台所で飲み物とお菓子を調達することに。
麦茶とポテチでいいか。
茶の間では母さんが昼ドラを観ていた。
人を招き入れる時は最低限確認くらいはして欲しいものだ。
里緒奈だったからまだ良かったが自称友達を名乗る知らない人だったらと思うと怖い。
家のセキュリティーの甘さに不安を覚えながら自室へと戻る。
「ありがとうございます」
麦茶を受け取り、口を付ける。
部屋の中央にあるテーブルには何冊か漫画が積まれていた。
どうやらオレのいない間に物色していたらしい。
「面白そうなのはあったか?」
「何個かあったんですけどとりあえず続きを借りることにしました。これでようやく最新まで追いつきます」
「意外と早かったな」
里緒奈が読んでいるのは100巻を超える冒険ファンタジー。
4月から読み始めたから2ヶ月半ってところか。
音楽活動の息抜きに読んでいるらしいが思ったよりもペースが早かった。
余程続きが気になっていたのか鼻歌を歌いながら漫画を手に取ってページをめくり始めた。
里緒奈が大人しくなったことだしオレも原稿を書くとしよう。
—2—
里緒奈が漫画を1冊読み終えた頃。ちょうど30分が経っていた。
集中してキーボードを叩いていたがストーリーの触りくらいしか書くことができなかった。
7月と8月はどちらも31日までだから×2で計62日。
10万文字で完結させるとして62日で割ると1日あたり1613文字がノルマになる。
当然書けない日も出てくるから今のうちに貯金を作っておいた方が後々焦らなくて済みそうだ。
「秋斗先輩、お昼って食べました?」
里緒奈が両手でお腹を押さえてベッドに腰を下ろした。
そういえばまだ何も食べていなかった。
12時過ぎに母さんにインスタント麺を食べるか聞かれたけど新作の設定を考えていたから断ったんだった。
「息抜きがてらにパスタでも巻きに行くか」
「いいですね!」
下ろしたばかりの腰を浮かせて里緒奈がパチンと指を鳴らす。
パスタと言っても近所のファミレスなんだけどな。
安くて早くて美味いの三拍子が揃ってるから利用頻度が高い。
カルボナーラと明太子パスタがオススメだ。
「14時でもそれなりに混んでますね」
お昼時を過ぎても店内はそれなりに賑わっていた。
流石は日曜日といったところか。
とはいえ、時間帯も時間帯なので待つことなくすんなり席に案内された。
「何にします?」
「カルボナーラと骨付きチキンにしようかな。里緒奈は?」
「私はエビのサラダとマルゲリータピザにします」
注文を紙に書いて定員に渡してメニュー表を片付ける。
「女子ってサラダ頼むよな」
「栄養のバランスを気にしてるんですよ。秋斗先輩も野菜食べないと太りますよ」
「オレはあれだ。小説書いて頭使ってるから食べた分が消化されていくから大丈夫だ」
「なんですかその無茶苦茶な理論は」
「そんな目で見るなよ。里緒奈のサラダを少し貰ってもいいか?」
「仕方ないから許可します」
渋々里緒奈が頷いた。
これからはサラダも頼むようにしよう。
そう心に誓っていると話題に上がっていたサラダが運ばれてきた。
それを皮切りに残りの料理が次々とテーブルに並べられていく。
「いただきます」
手を合わせてそう呟き、カルボナーラをフォークでくるくると巻く。
卵と粉チーズが絡んで濃厚な味わいだ。
低価格でこのクオリティーなら文句の付け所がない。
里緒奈も大きく口を開けてピザを頬張っている。
「サラダ貰うぞ」
「どうぞ」
エビと一緒にレタスを摘む。
ドレッシングがさっぱりとしていて野菜と合うな。
自分が思っていたよりお腹が空いていたのか箸が進む。
「それで、昨日は学校に何をしに行ってたんですか?」
里緒奈がピザを食べ終えた手でこちらに指を差してくる。
「誰から聞いたんだ?」
「先輩のお母さんです」
勝手に家に上げるに留まらず人のプライベートも話してるのか。
まあ息子が祝日に学校に行く姿は珍しかっただろうな。
「ちょっと用事があったんだよ」
「その用事が何かを聞いてるんです」
ダメだ。完全に獲物を追い詰めるモードに入ってる。
この調子じゃいくらはぐらかしても里緒奈から逃れることはできなさそうだ。
かと言って真実を話す訳にもいかない。
芯に触れなければセーフか?
「藤崎さんと会ってたんだ」
「藤崎先輩とですか?」
藤崎さんの名前に驚いたのか里緒奈が固まった。
「クラスメイトって話はしただろ。実は藤崎さんと隣の席なんだけどなんでかオレの鞄に藤崎さんのノートが紛れ込んでてさ。それを返してたんだ」
「わ、わざわざ祝日にですか?」
「復習で使いたかったんだって。確認しないで持ち帰ったオレが悪い」
「それはそうかもしれないですけど……」
もちろん全て作り話だが一応は里緒奈を納得させることができたようだ。
里緒奈が不機嫌そうな顔でフォークでサラダのエビを突き刺した。
今の話の中に怒られる要素があっただろうか?
「怒ってる?」
「別に怒ってないです。秋斗先輩は小説だけ書いてればいいんですよ」
「絶対怒ってるよな?」
「そうやって何回も聞かれると本当にイライラしてくるのでやめて下さい」
「はい、すいません」
オレは唇を尖らせる後輩から視線を落とし、パスタを巻いて口に運んだ。
うん、濃厚だ。
日曜日の昼下がり。
オレは自身のデビュー作『キミの瞳に映る星を探して』を片手にパソコンと睨み合っていた。
画面には2つの小説のタイトルが表示されている。
・『この世界が誰かの犠牲の上で成り立っているとしたらあなたは今を大切に生きようと思いますか?』
・『人嫌いのクラスメイトが茜色に染まるまで』
「主人公とヒロインが成長していく姿を描くなら人嫌いかなー」
会員登録さえすれば誰でも無料で小説を投稿することができるWEBサイトでは定期的にコンテストや賞が開催される。
コンテストによって入賞特典は様々だが、年に1度開かれる大型の小説賞ともなると大賞賞金100万円+書籍化確約+コミカライズ化検討というかなり魅力的なものになっている。
出版社によって押し出したいジャンルが棲み分けされていて、異世界ファンタジーや現代ファンタジーを全面に売り出している出版社もあれば恋愛や青春を中心に扱っている出版社もある。
つまり、コンテストもサイトによって募集するジャンルがある程度決まっているのだ。
今回オレが応募しようと考えているのが『青春小説大賞』。
応募期間は7月1日〜8月31日。
文字数が8万文字以上13万文字以内と定められている。
書籍1冊が大体10万文字と言われているので販売を想定しての文字数制限なのだろう。
賞の情報が解禁されてから2作品のタイトルとキャラクター、ざっくりとした設定をまとめたが期限内に書き上げられるのは1作品が限界だ。
学校に通いながら書かなければならない点とオレの執筆速度から計算するに2作品手を付けてしまうとクオリティーが落ちてしまうリスクがある。
自分の納得のいくできでなければ作品を書き続けることはできないからな。
「秋斗先輩、遊びに来たよ!」
勢いよくドアが開かれ、里緒奈が部屋に飛び込んできた。
「呼んでないんだけど」
「呼ばれてないと来ちゃダメなんですか?」
「いや、普通は呼ばれたら来るんじゃないか?」
「だって先輩、昨日もいなかったじゃないですかー。漫画返すのに何往復させるつもりですか? まあ近いから全然いいですけど」
「事前に連絡くれればすれ違わないで済むだろ。っておい、ベットにダイブするな!」
「あははっ」
オレに怒られて何故か嬉しそうな声を上げる里緒奈はベットでバタ足をしている。
埃が舞うから本当に勘弁してほしい。
里緒奈の服装は白のシャツに黒のショートパンツ。
外は暑いから過ごしやすそうだが制服と比べたら露出が多い。
動いているから背中もパンツも見えてるし、いくら幼馴染とはいえ目のやり場に困る。
「秋斗先輩、喉渇きました」
「そりゃ動けば喉も渇くでしょうね」
「お水下さい。お腹も空いたのでお菓子も食べたいです」
「自由だな本当に」
仕方なく台所で飲み物とお菓子を調達することに。
麦茶とポテチでいいか。
茶の間では母さんが昼ドラを観ていた。
人を招き入れる時は最低限確認くらいはして欲しいものだ。
里緒奈だったからまだ良かったが自称友達を名乗る知らない人だったらと思うと怖い。
家のセキュリティーの甘さに不安を覚えながら自室へと戻る。
「ありがとうございます」
麦茶を受け取り、口を付ける。
部屋の中央にあるテーブルには何冊か漫画が積まれていた。
どうやらオレのいない間に物色していたらしい。
「面白そうなのはあったか?」
「何個かあったんですけどとりあえず続きを借りることにしました。これでようやく最新まで追いつきます」
「意外と早かったな」
里緒奈が読んでいるのは100巻を超える冒険ファンタジー。
4月から読み始めたから2ヶ月半ってところか。
音楽活動の息抜きに読んでいるらしいが思ったよりもペースが早かった。
余程続きが気になっていたのか鼻歌を歌いながら漫画を手に取ってページをめくり始めた。
里緒奈が大人しくなったことだしオレも原稿を書くとしよう。
—2—
里緒奈が漫画を1冊読み終えた頃。ちょうど30分が経っていた。
集中してキーボードを叩いていたがストーリーの触りくらいしか書くことができなかった。
7月と8月はどちらも31日までだから×2で計62日。
10万文字で完結させるとして62日で割ると1日あたり1613文字がノルマになる。
当然書けない日も出てくるから今のうちに貯金を作っておいた方が後々焦らなくて済みそうだ。
「秋斗先輩、お昼って食べました?」
里緒奈が両手でお腹を押さえてベッドに腰を下ろした。
そういえばまだ何も食べていなかった。
12時過ぎに母さんにインスタント麺を食べるか聞かれたけど新作の設定を考えていたから断ったんだった。
「息抜きがてらにパスタでも巻きに行くか」
「いいですね!」
下ろしたばかりの腰を浮かせて里緒奈がパチンと指を鳴らす。
パスタと言っても近所のファミレスなんだけどな。
安くて早くて美味いの三拍子が揃ってるから利用頻度が高い。
カルボナーラと明太子パスタがオススメだ。
「14時でもそれなりに混んでますね」
お昼時を過ぎても店内はそれなりに賑わっていた。
流石は日曜日といったところか。
とはいえ、時間帯も時間帯なので待つことなくすんなり席に案内された。
「何にします?」
「カルボナーラと骨付きチキンにしようかな。里緒奈は?」
「私はエビのサラダとマルゲリータピザにします」
注文を紙に書いて定員に渡してメニュー表を片付ける。
「女子ってサラダ頼むよな」
「栄養のバランスを気にしてるんですよ。秋斗先輩も野菜食べないと太りますよ」
「オレはあれだ。小説書いて頭使ってるから食べた分が消化されていくから大丈夫だ」
「なんですかその無茶苦茶な理論は」
「そんな目で見るなよ。里緒奈のサラダを少し貰ってもいいか?」
「仕方ないから許可します」
渋々里緒奈が頷いた。
これからはサラダも頼むようにしよう。
そう心に誓っていると話題に上がっていたサラダが運ばれてきた。
それを皮切りに残りの料理が次々とテーブルに並べられていく。
「いただきます」
手を合わせてそう呟き、カルボナーラをフォークでくるくると巻く。
卵と粉チーズが絡んで濃厚な味わいだ。
低価格でこのクオリティーなら文句の付け所がない。
里緒奈も大きく口を開けてピザを頬張っている。
「サラダ貰うぞ」
「どうぞ」
エビと一緒にレタスを摘む。
ドレッシングがさっぱりとしていて野菜と合うな。
自分が思っていたよりお腹が空いていたのか箸が進む。
「それで、昨日は学校に何をしに行ってたんですか?」
里緒奈がピザを食べ終えた手でこちらに指を差してくる。
「誰から聞いたんだ?」
「先輩のお母さんです」
勝手に家に上げるに留まらず人のプライベートも話してるのか。
まあ息子が祝日に学校に行く姿は珍しかっただろうな。
「ちょっと用事があったんだよ」
「その用事が何かを聞いてるんです」
ダメだ。完全に獲物を追い詰めるモードに入ってる。
この調子じゃいくらはぐらかしても里緒奈から逃れることはできなさそうだ。
かと言って真実を話す訳にもいかない。
芯に触れなければセーフか?
「藤崎さんと会ってたんだ」
「藤崎先輩とですか?」
藤崎さんの名前に驚いたのか里緒奈が固まった。
「クラスメイトって話はしただろ。実は藤崎さんと隣の席なんだけどなんでかオレの鞄に藤崎さんのノートが紛れ込んでてさ。それを返してたんだ」
「わ、わざわざ祝日にですか?」
「復習で使いたかったんだって。確認しないで持ち帰ったオレが悪い」
「それはそうかもしれないですけど……」
もちろん全て作り話だが一応は里緒奈を納得させることができたようだ。
里緒奈が不機嫌そうな顔でフォークでサラダのエビを突き刺した。
今の話の中に怒られる要素があっただろうか?
「怒ってる?」
「別に怒ってないです。秋斗先輩は小説だけ書いてればいいんですよ」
「絶対怒ってるよな?」
「そうやって何回も聞かれると本当にイライラしてくるのでやめて下さい」
「はい、すいません」
オレは唇を尖らせる後輩から視線を落とし、パスタを巻いて口に運んだ。
うん、濃厚だ。