—1—
「ん? 朝か……」
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
どうやらオレは机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。
久し振りの睡眠もこんな体勢では疲れが取れるはずもない。
体を起こして置き時計に目をやる。
8月11日水曜日。9時40分。
湿度が高いのか体がベタベタしていて気持ち悪い。
シャワーを浴びてから朝ご飯を食べるか。喉も乾いたな。
床に散らばったゴミを足で掻き分けて、クローゼットから着替えを引っ張り出す。
1つのことにしか集中できない弊害がこの部屋に如実に現れている。
ゴミ屋敷とまではいかないが、ペットボトルのゴミやら微炭酸飲料の缶やら弁当やティッシュの残骸が至る所に転がっている。
とても人を家にあげられるような状態じゃない。
こんな様子を藤崎さんに見られでもしたらドン引かれるに違いない。
「先輩、借りてた漫画を返しに来ました!」
ノックもなく勢いよく扉が開いた。
風圧で埃が舞う。
「って、え!? どうしたんですかこの部屋! なんか臭いますよ!!」
里緒奈が鼻をつまみながら後退りした。
当然の反応だろうが目の前でリアクションされると普通に傷つくな。
「原稿の締め切りがヤバくて缶詰になってたんだ」
「編集者に缶詰にされるなら分かるんですけど、それって自分でやるものなんですか?」
里緒奈の冷静なツッコミに返す言葉が見つからない。
「秋斗先輩、とりあえず窓開けましょ。換気しないと空気が濁ってます」
「ああ、そうだな」
里緒奈に言われて窓を開けて空気を入れ替える。
「どうやったらこんなに散らかるんですか?」
里緒奈が頼んでもいないのにせかせかと部屋の掃除を始めた。
床に転がったビニール袋に部屋中のゴミを詰め込んでいく。
「なんか悪いな」
「悪いと思うなら先輩も見てないで手伝って下さいよ」
「お、おう」
言われるがままゴミというゴミをかき集めていく。
缶とペットボトルは分別して、あっ、キャップとラベルは燃えないゴミだな。
「先輩、このティッシュの塊はなんですか? なんかなんとも言えない独特な匂いがするんですけど。もしかして——」
「ち、違うって! 弁当の汁が溢れたから拭いたんだよ! 里緒奈が考えてるようなものじゃないって!」
「な! 私がこれを見て何を考えたって言うんですか? すぐそっちの方向に話を持っていくのはよくないです!」
「いや、今のはオレじゃないだろ」
「もういいです」
里緒奈のおかげでだいぶ部屋が綺麗になった。
窓を閉めてエアコンのスイッチを入れる。
「それで、部屋がこんなになるまで放ったらかしにして小説は進んだんですか?」
里緒奈が持参した紙袋から漫画を取り出して本棚に戻し始めた。
「まあ、それなりには」
「あ、先輩嘘つきましたね」
ジッと里緒奈に目を見られる。
そうだった。里緒奈に嘘は通用しない。表情や声色から真実を見破られてしまう。
「アイデアはあるんだけどいざ書こうとすると書けないんだ。1行書いて、言い回しがしっくりこなくて削除して。創作意欲はあるはずなんだけど、気持ちだけだとどうしようもなくてな」
「なるほど。ちゃんと悩んでますね」
「このままだと締め切りに間に合わないから余計に焦って、空回りしてるのが現状だ」
「私からアドバイスできることってほぼないと思うんですけど、先輩からもらった言葉で私もスランプを脱出することができたのでそのままお返ししますね。先輩は物語を通して誰に想いを伝えたいんですか?」
ただ、物語を結末まで導けばいいという訳ではない。
物語を通して誰に想いを伝えたいのか。
そんな初歩的なことをオレは見失いかけていた。
「里緒奈、ありがとう。なんか答えが見つかりそうな気がする」
「力になれたならよかったです」
里緒奈に貸していた漫画が全て本棚に収まり、空白のスペースが埋まった。
漫画を返すという当初の目的を果たした里緒奈は腰を上げてドアノブに手を掛けた。
「先輩、七夕花火の日、祭先輩と一緒だったんですね。付き合うことになったんですか?」
こちらに背を向けたままオレの返答を待つ里緒奈。
先程までとは打って変わって重い空気が流れる。
「いや、返事を待ってる状態だ」
「そうなんですか」
くるりと反転して正面からオレと向き合う。
「私、秋斗先輩のことが好きです。幼馴染としてじゃなくて、恋愛的な意味で好きです。ずっと好きでした。ずっと、ずっと。でも、この想いが届かないことは分かってるので、先輩にどうこうして欲しいとかそういう気持ちはないです。安心して下さい。ただ私の気持ちを知って欲しかったんです。それくらいのわがままはいいですよね?」
「ライブで里緒奈の曲を聴いて、里緒奈の気持ちに気付いた。それなのにオレは曖昧な態度を取ってしまった。ごめん」
公園で里緒奈がオレに想いを伝えようとした時、オレは今の関係が壊れてしまうことを恐れて逃げてしまった。
それが結果的に里緒奈を苦しめてしまった。
「先輩、今まで通り幼馴染として接してくれますか?」
「ああ、当たり前だ。これからもよろしくな」
幼馴染で後輩。
そのはずなんだが、言葉選びや振る舞いからこの時だけは里緒奈の方が大人のような気がした。
「ん? 朝か……」
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
どうやらオレは机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。
久し振りの睡眠もこんな体勢では疲れが取れるはずもない。
体を起こして置き時計に目をやる。
8月11日水曜日。9時40分。
湿度が高いのか体がベタベタしていて気持ち悪い。
シャワーを浴びてから朝ご飯を食べるか。喉も乾いたな。
床に散らばったゴミを足で掻き分けて、クローゼットから着替えを引っ張り出す。
1つのことにしか集中できない弊害がこの部屋に如実に現れている。
ゴミ屋敷とまではいかないが、ペットボトルのゴミやら微炭酸飲料の缶やら弁当やティッシュの残骸が至る所に転がっている。
とても人を家にあげられるような状態じゃない。
こんな様子を藤崎さんに見られでもしたらドン引かれるに違いない。
「先輩、借りてた漫画を返しに来ました!」
ノックもなく勢いよく扉が開いた。
風圧で埃が舞う。
「って、え!? どうしたんですかこの部屋! なんか臭いますよ!!」
里緒奈が鼻をつまみながら後退りした。
当然の反応だろうが目の前でリアクションされると普通に傷つくな。
「原稿の締め切りがヤバくて缶詰になってたんだ」
「編集者に缶詰にされるなら分かるんですけど、それって自分でやるものなんですか?」
里緒奈の冷静なツッコミに返す言葉が見つからない。
「秋斗先輩、とりあえず窓開けましょ。換気しないと空気が濁ってます」
「ああ、そうだな」
里緒奈に言われて窓を開けて空気を入れ替える。
「どうやったらこんなに散らかるんですか?」
里緒奈が頼んでもいないのにせかせかと部屋の掃除を始めた。
床に転がったビニール袋に部屋中のゴミを詰め込んでいく。
「なんか悪いな」
「悪いと思うなら先輩も見てないで手伝って下さいよ」
「お、おう」
言われるがままゴミというゴミをかき集めていく。
缶とペットボトルは分別して、あっ、キャップとラベルは燃えないゴミだな。
「先輩、このティッシュの塊はなんですか? なんかなんとも言えない独特な匂いがするんですけど。もしかして——」
「ち、違うって! 弁当の汁が溢れたから拭いたんだよ! 里緒奈が考えてるようなものじゃないって!」
「な! 私がこれを見て何を考えたって言うんですか? すぐそっちの方向に話を持っていくのはよくないです!」
「いや、今のはオレじゃないだろ」
「もういいです」
里緒奈のおかげでだいぶ部屋が綺麗になった。
窓を閉めてエアコンのスイッチを入れる。
「それで、部屋がこんなになるまで放ったらかしにして小説は進んだんですか?」
里緒奈が持参した紙袋から漫画を取り出して本棚に戻し始めた。
「まあ、それなりには」
「あ、先輩嘘つきましたね」
ジッと里緒奈に目を見られる。
そうだった。里緒奈に嘘は通用しない。表情や声色から真実を見破られてしまう。
「アイデアはあるんだけどいざ書こうとすると書けないんだ。1行書いて、言い回しがしっくりこなくて削除して。創作意欲はあるはずなんだけど、気持ちだけだとどうしようもなくてな」
「なるほど。ちゃんと悩んでますね」
「このままだと締め切りに間に合わないから余計に焦って、空回りしてるのが現状だ」
「私からアドバイスできることってほぼないと思うんですけど、先輩からもらった言葉で私もスランプを脱出することができたのでそのままお返ししますね。先輩は物語を通して誰に想いを伝えたいんですか?」
ただ、物語を結末まで導けばいいという訳ではない。
物語を通して誰に想いを伝えたいのか。
そんな初歩的なことをオレは見失いかけていた。
「里緒奈、ありがとう。なんか答えが見つかりそうな気がする」
「力になれたならよかったです」
里緒奈に貸していた漫画が全て本棚に収まり、空白のスペースが埋まった。
漫画を返すという当初の目的を果たした里緒奈は腰を上げてドアノブに手を掛けた。
「先輩、七夕花火の日、祭先輩と一緒だったんですね。付き合うことになったんですか?」
こちらに背を向けたままオレの返答を待つ里緒奈。
先程までとは打って変わって重い空気が流れる。
「いや、返事を待ってる状態だ」
「そうなんですか」
くるりと反転して正面からオレと向き合う。
「私、秋斗先輩のことが好きです。幼馴染としてじゃなくて、恋愛的な意味で好きです。ずっと好きでした。ずっと、ずっと。でも、この想いが届かないことは分かってるので、先輩にどうこうして欲しいとかそういう気持ちはないです。安心して下さい。ただ私の気持ちを知って欲しかったんです。それくらいのわがままはいいですよね?」
「ライブで里緒奈の曲を聴いて、里緒奈の気持ちに気付いた。それなのにオレは曖昧な態度を取ってしまった。ごめん」
公園で里緒奈がオレに想いを伝えようとした時、オレは今の関係が壊れてしまうことを恐れて逃げてしまった。
それが結果的に里緒奈を苦しめてしまった。
「先輩、今まで通り幼馴染として接してくれますか?」
「ああ、当たり前だ。これからもよろしくな」
幼馴染で後輩。
そのはずなんだが、言葉選びや振る舞いからこの時だけは里緒奈の方が大人のような気がした。



