—1—
通り過ぎて行く人達は揃って空を見上げ、楽しそうに笑みを浮かべている。
家族連れの女の子が連続で打ち上がる滝のような花火に拍手を送った。
多くの人が立ち止まり、迫力のある光景を思い出に残そうとスマホを空に掲げる。
少し前まではカメラの性能が追いついておらず、ぼやけたり、小さく写ったりと上手く撮影することができなかったが、最近のスマホのカメラは高性能だ。
ズームにしてもくっきりと対象物を写すことができる。
オレも記念に1枚撮っておくか。
画角いっぱいに花火を写し込み、シャッターを切る。
うん、我ながら上出来だ。
「上手に撮れた?」
撮った写真を確認していると藤崎さんが覗き込んできた。
「藤崎さん!?」
思わぬ不意打ちに手が滑ってスマホを落としそうになる。
「ごめんね。今日に限って部活が長引いちゃって。今が19時30分だから15分くらい見れなかったのか。んー悔しいな」
部活帰りでそのまま来たからか藤崎さんは制服だった。
「でも間に合って良かったよ。これよかったら飲む? ぬるくなっちゃったかもだけど」
オレは自動販売機で買っておいた水を藤崎さんに渡した。
「ありがとう。走ってきたから喉渇いてたんだ」
タオルで額の汗を拭い、藤崎さんが美味しそうに水を飲む。
「せっかくだから近くに行こうか」
「うん。やっぱり人いっぱいだね」
西公園に近づくにつれて人の数が増えてきた。
人混みの中に入ってしまうと藤崎さんの身長だと花火が見えにくいだろうな。
人混みを避けて端の方まで行けば落ち着いて見れるはずだ。
「藤崎さん、はぐれるといけないから手繋ぐね」
「う、うん」
人の流れに飲み込まれてしまったら抗うことができないため、オレは藤崎さんの手を掴んだ。
藤崎さんは驚いた表情をしていたが、優しくオレの手を握り返してきた。
「深瀬くん、ごめん手汗かいてるかも」
「大丈夫だよ。オレの方こそ大丈夫?」
「うん、大丈夫。手大きいんだね」
「そうかな? 藤崎さんが小さいんじゃない?」
「私は普通だよ。多分?」
「なんで疑問系なのさ?」
「自信なくて」
絶え間なく打ち上がる花火の明かりがオレ達を照らす。
流石は16,000発。
隣を見るとクスクスと藤崎さんが笑っていた。
「綺麗だね」
「ね、ずっと見てたいね」
黒いキャンバスに咲く大輪をうっとりとした表情で見つめる藤崎さん。
「写真撮らなくていいの?」
「今はいいかな。このままがいい」
そう言ってオレの手を握る藤崎さんの手に力が入った。
心臓が強く脈を打つ。
藤崎さんの言葉も仕草も可愛くてドキッとした。
繋いでいる手を通して藤崎さんに伝わっていないだろうか。
「深瀬くん、今日は来てくれてありがとう」
「オレの方こそありがとう」
「深瀬くんがお礼を言うのはなんか変だよ。一応罰ゲームなんだよ」
「こんなに嬉しい罰ゲームは初めてだったから、つい」
「そっか。ならいいか」
嬉しそうに笑う藤崎さんを見て、オレは勇気を振り絞ることにした。
この笑顔をいつまでも守りたいと思った。
オレだけが見ていたいと思った。
「藤崎さん、オレ藤崎さんのことが——」
七夕花火も終盤に差し掛かり、怒涛の花火ラッシュが夜空を鮮やかに彩った。
一発、一発が一瞬で散っていく。
だが、だからこそ人々の心に感動を与える。
スマホで花火を撮影していた若者は掲げていた腕を下ろし、画面越しではなく、自身の目にその圧倒的な光景を焼き付けていた。
酔っているのか大きく手を叩きながら感謝の言葉を叫ぶサラリーマン。
花火を真似て大の字に高くジャンプする子供。
寄り添い合うカップル。
幸せに満ちた空間がここには溢れている。
「終わっちゃったね」
名残惜しそうに藤崎さんが呟いた。
ラストスパートに圧倒され、その余韻を残したまま人々は帰路に着く。
道路は渋滞、電車も混むだろうな。
「最後のあれは凄かったな」
「滝みたいな花火が圧巻だったね」
駅に向かう人の流れに紛れ込み、花火の感想を言い合う。
もちろん手は繋いだままだ。
「出店で何も買えなかったけどお腹空いてない?」
「帰りにコンビニに寄るから平気だよ」
藤崎さんが繋いでいる手をぶんぶんと振る。
大好きな花火を見れたから凄く上機嫌だ。
「ねえ深瀬くん、もしかしてだけどさ、私に告白しようとしてた?」
こういうのは触れないで次回以降に持ち越しがお約束じゃないのか。
花火のインパクトや人の声で掻き消されたと思っていたんだけどな。
「聞こえてたのか。どうもオレはタイミングが悪くて大事な時に締まらないらしい」
「別にそんなことはないと思うけど」
藤崎さんと合流した駅前まで戻ってきて、人混みから抜け出した。
繋いでいた手を離し、向かい合う。
ここで深呼吸なんてしたら格好がつかない。
男なら潔く、ストレートに気持ちを伝えるだけだ。
「藤崎さん、好きです。オレと付き合って下さい」
オレからの告白を察していて、自分から掘り返したということは全く脈がない訳ではないのだろう。
花火大会での発言や行動からもそれが窺えた。
だが、藤崎さんからの返事はすぐには返ってこなかった。
「気持ちを伝えてくれてありがとう。私のわがままになっちゃうけど返事は少し待ってもらってもいいかな?」
「うん、わかった」
帰りの電車の方向が一緒だから現地解散するわけにもいかず、内心気まずさを感じながらも最寄りの駅まで当たり障りの無い話でやり過ごした。
家のベッドに横になった今振り返ってみても会話の内容までは覚えていない。
手に残った藤崎さんの体温と花火大会でのやり取りを思い出しながらオレは目を閉じるのだった。
通り過ぎて行く人達は揃って空を見上げ、楽しそうに笑みを浮かべている。
家族連れの女の子が連続で打ち上がる滝のような花火に拍手を送った。
多くの人が立ち止まり、迫力のある光景を思い出に残そうとスマホを空に掲げる。
少し前まではカメラの性能が追いついておらず、ぼやけたり、小さく写ったりと上手く撮影することができなかったが、最近のスマホのカメラは高性能だ。
ズームにしてもくっきりと対象物を写すことができる。
オレも記念に1枚撮っておくか。
画角いっぱいに花火を写し込み、シャッターを切る。
うん、我ながら上出来だ。
「上手に撮れた?」
撮った写真を確認していると藤崎さんが覗き込んできた。
「藤崎さん!?」
思わぬ不意打ちに手が滑ってスマホを落としそうになる。
「ごめんね。今日に限って部活が長引いちゃって。今が19時30分だから15分くらい見れなかったのか。んー悔しいな」
部活帰りでそのまま来たからか藤崎さんは制服だった。
「でも間に合って良かったよ。これよかったら飲む? ぬるくなっちゃったかもだけど」
オレは自動販売機で買っておいた水を藤崎さんに渡した。
「ありがとう。走ってきたから喉渇いてたんだ」
タオルで額の汗を拭い、藤崎さんが美味しそうに水を飲む。
「せっかくだから近くに行こうか」
「うん。やっぱり人いっぱいだね」
西公園に近づくにつれて人の数が増えてきた。
人混みの中に入ってしまうと藤崎さんの身長だと花火が見えにくいだろうな。
人混みを避けて端の方まで行けば落ち着いて見れるはずだ。
「藤崎さん、はぐれるといけないから手繋ぐね」
「う、うん」
人の流れに飲み込まれてしまったら抗うことができないため、オレは藤崎さんの手を掴んだ。
藤崎さんは驚いた表情をしていたが、優しくオレの手を握り返してきた。
「深瀬くん、ごめん手汗かいてるかも」
「大丈夫だよ。オレの方こそ大丈夫?」
「うん、大丈夫。手大きいんだね」
「そうかな? 藤崎さんが小さいんじゃない?」
「私は普通だよ。多分?」
「なんで疑問系なのさ?」
「自信なくて」
絶え間なく打ち上がる花火の明かりがオレ達を照らす。
流石は16,000発。
隣を見るとクスクスと藤崎さんが笑っていた。
「綺麗だね」
「ね、ずっと見てたいね」
黒いキャンバスに咲く大輪をうっとりとした表情で見つめる藤崎さん。
「写真撮らなくていいの?」
「今はいいかな。このままがいい」
そう言ってオレの手を握る藤崎さんの手に力が入った。
心臓が強く脈を打つ。
藤崎さんの言葉も仕草も可愛くてドキッとした。
繋いでいる手を通して藤崎さんに伝わっていないだろうか。
「深瀬くん、今日は来てくれてありがとう」
「オレの方こそありがとう」
「深瀬くんがお礼を言うのはなんか変だよ。一応罰ゲームなんだよ」
「こんなに嬉しい罰ゲームは初めてだったから、つい」
「そっか。ならいいか」
嬉しそうに笑う藤崎さんを見て、オレは勇気を振り絞ることにした。
この笑顔をいつまでも守りたいと思った。
オレだけが見ていたいと思った。
「藤崎さん、オレ藤崎さんのことが——」
七夕花火も終盤に差し掛かり、怒涛の花火ラッシュが夜空を鮮やかに彩った。
一発、一発が一瞬で散っていく。
だが、だからこそ人々の心に感動を与える。
スマホで花火を撮影していた若者は掲げていた腕を下ろし、画面越しではなく、自身の目にその圧倒的な光景を焼き付けていた。
酔っているのか大きく手を叩きながら感謝の言葉を叫ぶサラリーマン。
花火を真似て大の字に高くジャンプする子供。
寄り添い合うカップル。
幸せに満ちた空間がここには溢れている。
「終わっちゃったね」
名残惜しそうに藤崎さんが呟いた。
ラストスパートに圧倒され、その余韻を残したまま人々は帰路に着く。
道路は渋滞、電車も混むだろうな。
「最後のあれは凄かったな」
「滝みたいな花火が圧巻だったね」
駅に向かう人の流れに紛れ込み、花火の感想を言い合う。
もちろん手は繋いだままだ。
「出店で何も買えなかったけどお腹空いてない?」
「帰りにコンビニに寄るから平気だよ」
藤崎さんが繋いでいる手をぶんぶんと振る。
大好きな花火を見れたから凄く上機嫌だ。
「ねえ深瀬くん、もしかしてだけどさ、私に告白しようとしてた?」
こういうのは触れないで次回以降に持ち越しがお約束じゃないのか。
花火のインパクトや人の声で掻き消されたと思っていたんだけどな。
「聞こえてたのか。どうもオレはタイミングが悪くて大事な時に締まらないらしい」
「別にそんなことはないと思うけど」
藤崎さんと合流した駅前まで戻ってきて、人混みから抜け出した。
繋いでいた手を離し、向かい合う。
ここで深呼吸なんてしたら格好がつかない。
男なら潔く、ストレートに気持ちを伝えるだけだ。
「藤崎さん、好きです。オレと付き合って下さい」
オレからの告白を察していて、自分から掘り返したということは全く脈がない訳ではないのだろう。
花火大会での発言や行動からもそれが窺えた。
だが、藤崎さんからの返事はすぐには返ってこなかった。
「気持ちを伝えてくれてありがとう。私のわがままになっちゃうけど返事は少し待ってもらってもいいかな?」
「うん、わかった」
帰りの電車の方向が一緒だから現地解散するわけにもいかず、内心気まずさを感じながらも最寄りの駅まで当たり障りの無い話でやり過ごした。
家のベッドに横になった今振り返ってみても会話の内容までは覚えていない。
手に残った藤崎さんの体温と花火大会でのやり取りを思い出しながらオレは目を閉じるのだった。



