—1—
8月2日月曜日。
荒い息を上げながら体育館で汗を流す女子バスケットボール部員。
靴が高速で振動することで「キュッキュッ」と高い音が鳴っている。
屋内の競技は直射日光に晒されることはないが、バドミントン部との合同練習になると窓を完全に締め切ってしまうため、サウナ状態になる。
水分補給や小休憩を小まめに入れてはいるものの、基礎トレやフットワークなど常に足を動かしているため、体力の消耗が激しい。
「集合!」
顧問の山田先生が体育館に姿を見せ、部長の玉越が集合を掛けた。
機敏な動きで部員がサッと集まり、山田先生とその隣に並ぶ小柄な少女に視線が集まる。
「今日から体験入部で練習に加わる藤崎さんです。藤崎さん、挨拶を」
「2年の藤崎祭です。よろしくお願いします」
『「よろしくお願いします!」』
声の圧に若干驚きを見せる祭。
女子バスケ部は世代交代しており、主体が2年生になっている。
祭も顔見知りの生徒が多いが、教室で見る雰囲気とはまた違った印象を受けていた。
「今日は午後から新体操部が体育館を使うのでウエイトルームで筋トレをします。あとスケジュール表にも載せてたけど、週末に名取東高校と練習試合があるので試合を意識して調整するように。これからは活躍次第でスタメンをどんどん入れ替えるのでそのつもりで。以上、練習再開!」
『「はい!」』
「藤崎さんも練習に混ざってみんなの動きを真似てみて」
「はい、分かりました」
体験入部とはいえこの時期に2年生が加入することになり動揺している部員の姿も見える。
一方で1年生の久世彩芽と長濱琴は品定めをするように冷静に祭の動きを観察していた。
パス練習、シュート練習。
練習が進むにつれて祭の注目度が上がっていく。
特段派手なプレーをしているわけではない。
動きが滑らかでそつなくこなしているため自然と目が祭を追ってしまうのだ。
「上手いな」
顧問の山田先生も期待以上だと思わず声を漏らす。
練習の終盤は紅白戦が行われた。
体験入部初日の祭は見学することになった。
「祭先輩、お久し振りです」
1試合終えた琴が飲み物を片手に声を掛けた。
「久し振り。またよろしくね」
祭が琴の顔を見上げながら優しく微笑む。
気まずくならないように先輩としての配慮だろう。
「こちらこそよろしくお願いします。祭先輩、動きがキレキレでビックリしました」
「練習は続けてたからね。琴ちゃんもスタメンなんだよね? 凄いね」
「私は身長のおかげなので」
「身長も才能だよ。それに身長があっても実力がないとスタメンにはなれないでしょ」
「そうですね」
中学時代から今に至るまでの月日を埋めるように当たり障りのない会話から徐々に深い話へと移行していく。
「祭先輩、中学の頃はすみませんでした。私は何が起きていたのか知っていたのに周りの雰囲気に飲まれて見て見ぬふりをしていました」
「うん、知ってるよ。でも仕方ないよ。中学の頃の2学年上ってもう大人だもん。大人にはそうそう逆らえないよ。たとえそれが間違った行動だとしてもね」
「すみませんでした。本当なら同じ高校に通ってるって分かった時点で言うべきだったのにこんなタイミングになってしまって」
「いいよ。その気持ちを伝えてくれただけで嬉しいよ」
祭の中でもう過去に区切りはつけた。
先輩が引退して嫌がらせを受けて当時は1人で孤独に戦っていたかもしれない。
だが、気にかけてくれていた人はいた。
それが分かっただけで十分だった。
「祭先輩と琴ちゃん、今取り込み中?」
ウェーブのかかったポニーテールが特徴的な彩芽が試合を終えて駆け寄ってきた。
午前の練習は終了。
1年生が体育館の片付けを始めている。
「どうしたの彩芽? そんなに慌てて」
「だって体育館の使用時間が来ちゃうからさ。祭先輩、私と1on1しませんか?」
彩芽はハンバーガーショップで祭の話を聞いた時から祭の実力が気になっていた。
練習の様子から技術的な面では現バスケ部員と遜色ないことが分かった。
ただ、実戦からでしか分からないこともある。
「私はいいけどいいのかな?」
片付けをしている部員を手伝った方がいいのではないか、と祭は琴に意見を求める。
「大丈夫です。言い出したのは彩芽なので、事情は私から説明しておきます」
「そういうことなら。早く終わらせよっか」
「2本先取にしましょう。祭先輩からでいいですよ」
ゴールの前に彩芽が立ち、ボールを祭にワンバウンドで渡した。
祭がダムダムダムとボールを弾ませる。
右手でドリブルをしながら彩芽との間合いを詰めていく。
集中状態に入り2人の目の色が変わる。
彩芽が腕を伸ばしてボールを奪おうとした瞬間、祭が右から左にバウンドさせてボールを持ち変えた。
そのまま一気に彩芽を抜き去り、ドリブルでゴールに近づく。
しかし、彩芽もすぐさま追いつき祭の前に立ちはだかった。
祭は高速で右に左にボールをバウンドさせて彩芽の重心を崩そうとタイミングを図る。
そして、彩芽が踏み込んできた刹那、祭が逆方向に切り返した。
彩芽は足が石のように固まって動けない。
祭は危なげなくレイアップでシュートを決め、先制点を取った。
「今のはやられました。次は私です」
祭からボールを受け取り、彩芽が勢いよくゴールに迫る。
祭も必死にディフェンスするがじわじわと距離が縮まる。
祭と彩芽に身長差はほとんどない。
将来的には同じポジションになる可能性が高い。
自分で仕掛けた勝負だが、彩芽も負けられない。
腰を落として祭を押し込みながらリングを見て距離を確認。
「!?」
ボールから目を離した一瞬の隙に祭にボールを弾かれてしまう。
転がったボールを急いで拾い、リングの真横の位置から一直線に駆けていく。
祭をかわすように全力で走り、リングを越えた地点で跳躍する。
一切リングを見ずに放たれたシュートはネットに吸い込まれた。
「うわ、凄っ」
片付けを終えた1年生がモップを持ったままギャラリーとなっていた。
清掃の邪魔になっていることは言うまでもない。
そんな視線を感じ取った祭は彩芽からボールを受け取ると脱力した様子で後退してリングから距離を取った。
予想外の動きに彩芽も距離を詰めようとしない。
祭はそのまま3ポイントラインまで下がると何事も無かったかのようにシュートを放った。
「嘘……」
綺麗な放物線を描いたその軌道はリングに触れることなくネットを通過した。
勝負は2本先取。
1on1を仕掛けた彩芽が先行を譲ったのだが、それが結果的に祭の勝ちとなった。
強力なライバルの出現に彩芽は危機感を覚えると同時にやる気に満ち溢れるのだった。
8月2日月曜日。
荒い息を上げながら体育館で汗を流す女子バスケットボール部員。
靴が高速で振動することで「キュッキュッ」と高い音が鳴っている。
屋内の競技は直射日光に晒されることはないが、バドミントン部との合同練習になると窓を完全に締め切ってしまうため、サウナ状態になる。
水分補給や小休憩を小まめに入れてはいるものの、基礎トレやフットワークなど常に足を動かしているため、体力の消耗が激しい。
「集合!」
顧問の山田先生が体育館に姿を見せ、部長の玉越が集合を掛けた。
機敏な動きで部員がサッと集まり、山田先生とその隣に並ぶ小柄な少女に視線が集まる。
「今日から体験入部で練習に加わる藤崎さんです。藤崎さん、挨拶を」
「2年の藤崎祭です。よろしくお願いします」
『「よろしくお願いします!」』
声の圧に若干驚きを見せる祭。
女子バスケ部は世代交代しており、主体が2年生になっている。
祭も顔見知りの生徒が多いが、教室で見る雰囲気とはまた違った印象を受けていた。
「今日は午後から新体操部が体育館を使うのでウエイトルームで筋トレをします。あとスケジュール表にも載せてたけど、週末に名取東高校と練習試合があるので試合を意識して調整するように。これからは活躍次第でスタメンをどんどん入れ替えるのでそのつもりで。以上、練習再開!」
『「はい!」』
「藤崎さんも練習に混ざってみんなの動きを真似てみて」
「はい、分かりました」
体験入部とはいえこの時期に2年生が加入することになり動揺している部員の姿も見える。
一方で1年生の久世彩芽と長濱琴は品定めをするように冷静に祭の動きを観察していた。
パス練習、シュート練習。
練習が進むにつれて祭の注目度が上がっていく。
特段派手なプレーをしているわけではない。
動きが滑らかでそつなくこなしているため自然と目が祭を追ってしまうのだ。
「上手いな」
顧問の山田先生も期待以上だと思わず声を漏らす。
練習の終盤は紅白戦が行われた。
体験入部初日の祭は見学することになった。
「祭先輩、お久し振りです」
1試合終えた琴が飲み物を片手に声を掛けた。
「久し振り。またよろしくね」
祭が琴の顔を見上げながら優しく微笑む。
気まずくならないように先輩としての配慮だろう。
「こちらこそよろしくお願いします。祭先輩、動きがキレキレでビックリしました」
「練習は続けてたからね。琴ちゃんもスタメンなんだよね? 凄いね」
「私は身長のおかげなので」
「身長も才能だよ。それに身長があっても実力がないとスタメンにはなれないでしょ」
「そうですね」
中学時代から今に至るまでの月日を埋めるように当たり障りのない会話から徐々に深い話へと移行していく。
「祭先輩、中学の頃はすみませんでした。私は何が起きていたのか知っていたのに周りの雰囲気に飲まれて見て見ぬふりをしていました」
「うん、知ってるよ。でも仕方ないよ。中学の頃の2学年上ってもう大人だもん。大人にはそうそう逆らえないよ。たとえそれが間違った行動だとしてもね」
「すみませんでした。本当なら同じ高校に通ってるって分かった時点で言うべきだったのにこんなタイミングになってしまって」
「いいよ。その気持ちを伝えてくれただけで嬉しいよ」
祭の中でもう過去に区切りはつけた。
先輩が引退して嫌がらせを受けて当時は1人で孤独に戦っていたかもしれない。
だが、気にかけてくれていた人はいた。
それが分かっただけで十分だった。
「祭先輩と琴ちゃん、今取り込み中?」
ウェーブのかかったポニーテールが特徴的な彩芽が試合を終えて駆け寄ってきた。
午前の練習は終了。
1年生が体育館の片付けを始めている。
「どうしたの彩芽? そんなに慌てて」
「だって体育館の使用時間が来ちゃうからさ。祭先輩、私と1on1しませんか?」
彩芽はハンバーガーショップで祭の話を聞いた時から祭の実力が気になっていた。
練習の様子から技術的な面では現バスケ部員と遜色ないことが分かった。
ただ、実戦からでしか分からないこともある。
「私はいいけどいいのかな?」
片付けをしている部員を手伝った方がいいのではないか、と祭は琴に意見を求める。
「大丈夫です。言い出したのは彩芽なので、事情は私から説明しておきます」
「そういうことなら。早く終わらせよっか」
「2本先取にしましょう。祭先輩からでいいですよ」
ゴールの前に彩芽が立ち、ボールを祭にワンバウンドで渡した。
祭がダムダムダムとボールを弾ませる。
右手でドリブルをしながら彩芽との間合いを詰めていく。
集中状態に入り2人の目の色が変わる。
彩芽が腕を伸ばしてボールを奪おうとした瞬間、祭が右から左にバウンドさせてボールを持ち変えた。
そのまま一気に彩芽を抜き去り、ドリブルでゴールに近づく。
しかし、彩芽もすぐさま追いつき祭の前に立ちはだかった。
祭は高速で右に左にボールをバウンドさせて彩芽の重心を崩そうとタイミングを図る。
そして、彩芽が踏み込んできた刹那、祭が逆方向に切り返した。
彩芽は足が石のように固まって動けない。
祭は危なげなくレイアップでシュートを決め、先制点を取った。
「今のはやられました。次は私です」
祭からボールを受け取り、彩芽が勢いよくゴールに迫る。
祭も必死にディフェンスするがじわじわと距離が縮まる。
祭と彩芽に身長差はほとんどない。
将来的には同じポジションになる可能性が高い。
自分で仕掛けた勝負だが、彩芽も負けられない。
腰を落として祭を押し込みながらリングを見て距離を確認。
「!?」
ボールから目を離した一瞬の隙に祭にボールを弾かれてしまう。
転がったボールを急いで拾い、リングの真横の位置から一直線に駆けていく。
祭をかわすように全力で走り、リングを越えた地点で跳躍する。
一切リングを見ずに放たれたシュートはネットに吸い込まれた。
「うわ、凄っ」
片付けを終えた1年生がモップを持ったままギャラリーとなっていた。
清掃の邪魔になっていることは言うまでもない。
そんな視線を感じ取った祭は彩芽からボールを受け取ると脱力した様子で後退してリングから距離を取った。
予想外の動きに彩芽も距離を詰めようとしない。
祭はそのまま3ポイントラインまで下がると何事も無かったかのようにシュートを放った。
「嘘……」
綺麗な放物線を描いたその軌道はリングに触れることなくネットを通過した。
勝負は2本先取。
1on1を仕掛けた彩芽が先行を譲ったのだが、それが結果的に祭の勝ちとなった。
強力なライバルの出現に彩芽は危機感を覚えると同時にやる気に満ち溢れるのだった。



