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「なあ、SUMIってまだ?」
「順番的に次の次じゃないか?」
「えっと次はRIONA? 誰だ? お前知ってる?」
「あれだろ。CutMovie(カットムービー)でバズってた女子高生。おすすめで回ってきたわ。ほら、みゆみゆが投稿してた弾き語りの子」
「あーはいはい、この前見たやつね。あれ? でも確か顔出ししてなかったよな? どうやって歌うんだ?」
「さあな。流石に顔出しするんじゃないか。このステージじゃ隠れようがないし」
「だよな。可愛ければいいな」

 客席の中央やや後方に位置取ったオレ達の前で学生2人が雑談をしていた。
 SUMIは今日出演するアーティストの中で一番注目されている若手だ。
 オリジナルグッズと見られるTシャツやペンライトを手にしている人がここからでもチラホラと見受けられる。
 里緒奈の認知度はSUMIには一歩及ばず。
 それでも顔出しの噂やSNSの影響で若者を中心に知名度を伸ばしている。
 あと、更科さん、ファンの間では『みゆみゆ』って呼ばれてるんだな。
 また1つ知識が増えた。

「いよいよだな」

「ドキドキするね」

 颯と更科さんが小声で囁きながらステージをジッと見つめる。
 曲が止まり、出番を終えた少女が頭を下げてステージから降りる。
 それと入れ替わるように制服姿の里緒奈が姿を見せた。
 客席が若干ざわつく。
 素顔を晒してステージに上がった初めての反応だ。

「か、可愛い」
「俺、ファンになろうかな」
「SUMIはいいのかよ」
「推しは何人いたっていいんだよ」

 学生2人組の反応からしても感触は悪くなさそうだ。
 まあ、男子は単純な生き物だからな。可愛ければ応援したくなる。そういうものだ。
 だが、音楽を楽しみに来ている人達はそうもいかない。
 歌唱力が評価の対象になる。

 ステージに上がった里緒奈と目が合う。
 いつも見せる甘えた優しい笑顔。
 そこから一気に真剣な眼差しに変わった。
 スイッチを入れて里緒奈からRIONAに切り替えたのだろう。

「初めまして。RIONAです。今日はカバー曲とオリジナル曲の2曲歌いたいと思います。まず1曲目は天ノ川フユさんの彗星です」

 ギターに視線を落とし、曲の前奏を弾き始める。
 バラード調のこの曲は里緒奈の伸びやかな歌声を聴かせるにはピッタリの曲だ。
 顔出しの件に触れなかったのも自己紹介が短かったのもまずは歌声を聴いて欲しい。そんな里緒奈からのメッセージに思えた。

 ふと、幼稚園の頃の音楽発表会を思い出す。
 ステージに立つ里緒奈から目が離せなくなったあの感覚。
 グッと惹き込まれる歌声。
 声に感情が乗っていて心に直接訴えかけてくる。

 偶然この場に居合わせた人の中には斜に構えていた人もいただろう。
 女子高生がインフルエンサーの力を借りてバズっただけ、と。
 しかし、この歌声を聴いてしまったら最後。
 1度心を掴まれたら簡単には離してくれない。
 RIONAの歌声にはそれだけの力がある。
 バズるべくしてバズったのだと誰もが理解したはずだ。

「ありがとうございます。改めましてRIONAです。初めてこういったステージに立ったので凄く緊張してます。私は小学生の頃からギターを始めて大好きな歌を歌ってきました。普段はカバーさせて頂くことが多いんですけど、今日はこの日のために新曲を作ってきました。スポットライトという曲です。聴いて下さい」

 先程のバラードから一転。
 弾むような疾走感のあるテンポに耳心地の良いRIONAの歌声がマッチしている。
 この曲は恐らくオレが里緒奈から相談を受けた曲だ。

 歌詞が浮かばない。

 そんな里緒奈の悩みに対して『曲を通して誰に想いを伝えたいのか』とアドバイスを送った。

「これは……」

 曲名のスポットライト。
 これは主役である里緒奈を照らしてくれた存在を歌った曲だった。
 歌詞に出てくる場所や風景が記憶の欠片と共に鮮明に呼び起こされる。

 オレ達以外の人間が聴けば恋に悩む少女の恋愛ソングと認識するだろう。
 しかし、里緒奈と関係性の深いオレ達にはさらに深い意味合いで捉えることができた。

「告白そのものじゃないか」

 そう溢した颯。その奥にいる更科さんもこちらを見て様子を窺っていた。
 拍手が鳴り響き、RIONAの初ステージが幕を閉じる。

 曲の中の話とはいえ、まさか公開告白をされることになるとは夢にも思っていなかった。

—2—

「お疲れ。最高だった」

 ステージ裏。
 SUMIが歌い終えたばかりの里緒奈の肩にポンと手を置き、ステージに上がった。
 湧き上がる大歓声。
 熱狂的なファンを抱えるSUMI。そのファンネームは『SUMIっ子』。
 ライブはアーティストとファンが一体となって作り上げるもの。
 そういった意味では駆け出しの里緒奈とは雲泥の差がある。

「先輩に届いたかな?」

 持てる全てを出し尽くし、やや放心状態になっていた里緒奈が想い人を想像して頬を赤らめる。
 身体が熱い。心臓が激しく脈打っている。
 これだけ興奮したのは里緒奈の人生で初めての経験だった。
 幼稚園の音楽発表会の時とはまた違う。高揚感があった。

 もちろん緊張もあった。
 不安もあった。
 だが、ステージに立って秋斗の顔を見たら全てが吹き飛んだ。

「楽しかったなー」

 里緒奈の呟きがSUMIの歌声によって掻き消される。
 芯のある力強い歌声によって。

 ここで満足してはいけない。
 恋愛もアーティスト活動もまだスタートラインに立ったに過ぎないのだから。