—1—
「おーやってるやってる。やっぱりライブは痺れるねー」
ライブ会場に着くや否や颯が全身を広げて音楽を浴びる。
通ぶってるのか分からないけど結構恥ずかしいからやめて欲しい。他の人に見られてるし。
「流石に前の方は人がいっぱいだな」
客席の中央には椅子が用意されているが、椅子を利用しているほとんどが子供や年配の人達でその他大勢は立ってライブを楽しんでいた。
ラムネやかき氷、焼きそばなんかの出店も出ているらしく、ちょっとしたお祭りのような賑わいを見せている。
「おっ、藤崎さんも着いたらしい。秋斗、合流して連れてきてくれないか? 俺は駅まで美結を迎えに行ってくる」
「分かった。集合場所はここでいいか?」
「そうだな。じゃそういうことで」
別に分散する必要は無いのだが、颯なりに気を遣ってくれたのだろう。
藤崎さんと2人きりになれる機会はそうそうないからな。
とはいえ、オレが裏で行動していたことが明るみになった以上、どう会話を展開していけばいいか想像がつかない。
ある程度の筋道を立てるのが小説家としてのあり方なのだろうが、どうもオレは行き当たりばったりになってしまう。
これで案外物事が悪い方向に進まないのだから直感を信じた方が良いのかもしれない。
CROSSで藤崎さんに現在地を聞き、そこから一番近いショッピングモールの自動ドアの前で落ち合うことにした。
「おはよう深瀬くん、もうみんな来てる?」
こちらに気付いた藤崎さんが小さく手を振って近づいてくる。
服装は白のフリルブラウスにデニムパンツ。
清楚な藤崎さんのイメージに合っている。
「颯が駅まで更科さんを迎えに行ってるよ。もうすぐ着くんじゃないかな」
「そっか。先に行って場所取ってた方がいいよね?」
「そうだね。なんだかんだ良い時間だしね」
「ごめんね、電車の乗り換えがあったから少し遅くなっちゃった」
「いや、全然。そういう意味で言った訳じゃなくて、ちょうど良い時間だなって」
「深瀬くんは優しいね」
藤崎さんが歩き出し、慌ててオレもその後を追う。
ショッピングモールの影のおかげで直接太陽の光を浴びているわけでは無いけど空気が蒸し暑い。
気を抜けば「暑い」と溢してしまうくらいに。
「深瀬くん、なんで深瀬くんは私のためにそこまでしてくれるの?」
こちらを見ずに、藤崎さんは何気ない会話をするかのようにそう言った。
聞かれるとは思っていた。
だからと言ってどう返すかまでは考えていなかった。
言葉を用意してしまったら本当の気持ちを伝えられないような気がしたから。
「藤崎さんの力になりたかったからだよ」
「どうして?」
足を止めた藤崎さんと目が合う。
「一生懸命バスケをする藤崎さんを見て応援したくなったんだ。それに言ってたでしょ。バスケがしたいって」
「フリースロー対決の時の……」
「うん、それに配信も聴いちゃったんだ。あれ藤崎さんのことだよね? 今でもバスケから離れる選択を取ったことを後悔してるって」
「……うん」
「後悔を残したまま生きて欲しくないと思った。オレにも似たような経験があるから。それがどれだけ辛いことか分かるから」
「アンチコメントがきて精神的に追い詰められて執筆ができなくなった時期があったんだよね?」
「どうしてそれを?」
「『キミの瞳に映る星を探して』のあとがきに書いてたでしょ?」
そういえば藤崎さんはオレの小説の読者だった。
「私ね、深瀬くんの作品に救われたんだ。体調を壊して塞ぎ込みになっていた時にネットに投稿された小説に勇気をもらったの。それがまだ賞を取る前の『キミの瞳に映る星を探して』だった」
将来の夢を忘れてしまったヒロイン。
主人公はそれをタイトルの『星』になぞらえて、ヒロインの交友関係や過去に迫っていくという話だ。
最終的には主人公がヒロインの『星』を見つけ、2人で新たな一歩を踏み出す。そんなラストだった。
でもそうか。
バスケから離れる決断をした藤崎さんと作品にはリンクする部分が多い。
だから刺さったのかもしれない。
「また深瀬くんに助けられちゃった」
「いや、オレは自分がそうしたいと思ったから動いただけだから。自分でも制御できないんだよ」
そう言って笑って誤魔化す。
藤崎さんはそんなオレを優しい瞳で見ていた。
「まだお礼を言ってなかったね。ありがとう。深瀬くんのおかげで前に進めそう」
じわっと胸の中で何かが溶けていくような感覚になった。
ああ、オレはやっぱり藤崎さんのことが好きなんだ。
「祭〜! 深瀬く〜ん! ごめんね! ギリギリになっちゃった!!」
「美結、目立つからあんまり大声出すなって!」
例の如くキャップを深く被りサングラスをした変装完璧? な更科さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら駆け寄ってきた。
保護者役の颯も大変そうだ。
「ほら2人も行くよ!」
「ちょっと美結!?」
更科さんが藤崎さんの腕をぐいっと引っ張りそのまま走って行った。
驚いていた藤崎さんだったがすぐに更科さんと並走する。
流石の運動神経だ。
「俺はギブ。こういう時だけ美結は体力あるんだよな」
颯がオレの肩に腕を回してきた。
重いし暑い。汗がベトベトする。
「仕事終わりで解放されたんじゃないか?」
「何から?」
「いや、色々だよ。プレッシャーとか?」
「どうなんだろうな」
更科さんと藤崎さんは手を繋いでぶんぶんと楽しそうに振っている。
「藤崎さんとは話せたのか?」
「まあ、話せたよ。前に進めそうだってさ」
「おーそれはよかったな。となると次は秋斗が前に進む番だな」
「なんだよ急に」
「原稿、書けてないんだろ?」
ふざけているようで感情の機微に敏感。
それが颯の良いところだ。
オレはそんな素振り出したつもりはなかったんだけどな。
「色々あったからな。これから巻き返すよ」
「色々ねー。まあ秋斗がそう言うならいいんだけどさ。何かあったら相談しろよ。アドバイスできるかどうかは分からないけど」
「ああ、ありがとう」
頼もしい親友の言葉にオレは気持ちを引き締めるのだった。
「おーやってるやってる。やっぱりライブは痺れるねー」
ライブ会場に着くや否や颯が全身を広げて音楽を浴びる。
通ぶってるのか分からないけど結構恥ずかしいからやめて欲しい。他の人に見られてるし。
「流石に前の方は人がいっぱいだな」
客席の中央には椅子が用意されているが、椅子を利用しているほとんどが子供や年配の人達でその他大勢は立ってライブを楽しんでいた。
ラムネやかき氷、焼きそばなんかの出店も出ているらしく、ちょっとしたお祭りのような賑わいを見せている。
「おっ、藤崎さんも着いたらしい。秋斗、合流して連れてきてくれないか? 俺は駅まで美結を迎えに行ってくる」
「分かった。集合場所はここでいいか?」
「そうだな。じゃそういうことで」
別に分散する必要は無いのだが、颯なりに気を遣ってくれたのだろう。
藤崎さんと2人きりになれる機会はそうそうないからな。
とはいえ、オレが裏で行動していたことが明るみになった以上、どう会話を展開していけばいいか想像がつかない。
ある程度の筋道を立てるのが小説家としてのあり方なのだろうが、どうもオレは行き当たりばったりになってしまう。
これで案外物事が悪い方向に進まないのだから直感を信じた方が良いのかもしれない。
CROSSで藤崎さんに現在地を聞き、そこから一番近いショッピングモールの自動ドアの前で落ち合うことにした。
「おはよう深瀬くん、もうみんな来てる?」
こちらに気付いた藤崎さんが小さく手を振って近づいてくる。
服装は白のフリルブラウスにデニムパンツ。
清楚な藤崎さんのイメージに合っている。
「颯が駅まで更科さんを迎えに行ってるよ。もうすぐ着くんじゃないかな」
「そっか。先に行って場所取ってた方がいいよね?」
「そうだね。なんだかんだ良い時間だしね」
「ごめんね、電車の乗り換えがあったから少し遅くなっちゃった」
「いや、全然。そういう意味で言った訳じゃなくて、ちょうど良い時間だなって」
「深瀬くんは優しいね」
藤崎さんが歩き出し、慌ててオレもその後を追う。
ショッピングモールの影のおかげで直接太陽の光を浴びているわけでは無いけど空気が蒸し暑い。
気を抜けば「暑い」と溢してしまうくらいに。
「深瀬くん、なんで深瀬くんは私のためにそこまでしてくれるの?」
こちらを見ずに、藤崎さんは何気ない会話をするかのようにそう言った。
聞かれるとは思っていた。
だからと言ってどう返すかまでは考えていなかった。
言葉を用意してしまったら本当の気持ちを伝えられないような気がしたから。
「藤崎さんの力になりたかったからだよ」
「どうして?」
足を止めた藤崎さんと目が合う。
「一生懸命バスケをする藤崎さんを見て応援したくなったんだ。それに言ってたでしょ。バスケがしたいって」
「フリースロー対決の時の……」
「うん、それに配信も聴いちゃったんだ。あれ藤崎さんのことだよね? 今でもバスケから離れる選択を取ったことを後悔してるって」
「……うん」
「後悔を残したまま生きて欲しくないと思った。オレにも似たような経験があるから。それがどれだけ辛いことか分かるから」
「アンチコメントがきて精神的に追い詰められて執筆ができなくなった時期があったんだよね?」
「どうしてそれを?」
「『キミの瞳に映る星を探して』のあとがきに書いてたでしょ?」
そういえば藤崎さんはオレの小説の読者だった。
「私ね、深瀬くんの作品に救われたんだ。体調を壊して塞ぎ込みになっていた時にネットに投稿された小説に勇気をもらったの。それがまだ賞を取る前の『キミの瞳に映る星を探して』だった」
将来の夢を忘れてしまったヒロイン。
主人公はそれをタイトルの『星』になぞらえて、ヒロインの交友関係や過去に迫っていくという話だ。
最終的には主人公がヒロインの『星』を見つけ、2人で新たな一歩を踏み出す。そんなラストだった。
でもそうか。
バスケから離れる決断をした藤崎さんと作品にはリンクする部分が多い。
だから刺さったのかもしれない。
「また深瀬くんに助けられちゃった」
「いや、オレは自分がそうしたいと思ったから動いただけだから。自分でも制御できないんだよ」
そう言って笑って誤魔化す。
藤崎さんはそんなオレを優しい瞳で見ていた。
「まだお礼を言ってなかったね。ありがとう。深瀬くんのおかげで前に進めそう」
じわっと胸の中で何かが溶けていくような感覚になった。
ああ、オレはやっぱり藤崎さんのことが好きなんだ。
「祭〜! 深瀬く〜ん! ごめんね! ギリギリになっちゃった!!」
「美結、目立つからあんまり大声出すなって!」
例の如くキャップを深く被りサングラスをした変装完璧? な更科さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら駆け寄ってきた。
保護者役の颯も大変そうだ。
「ほら2人も行くよ!」
「ちょっと美結!?」
更科さんが藤崎さんの腕をぐいっと引っ張りそのまま走って行った。
驚いていた藤崎さんだったがすぐに更科さんと並走する。
流石の運動神経だ。
「俺はギブ。こういう時だけ美結は体力あるんだよな」
颯がオレの肩に腕を回してきた。
重いし暑い。汗がベトベトする。
「仕事終わりで解放されたんじゃないか?」
「何から?」
「いや、色々だよ。プレッシャーとか?」
「どうなんだろうな」
更科さんと藤崎さんは手を繋いでぶんぶんと楽しそうに振っている。
「藤崎さんとは話せたのか?」
「まあ、話せたよ。前に進めそうだってさ」
「おーそれはよかったな。となると次は秋斗が前に進む番だな」
「なんだよ急に」
「原稿、書けてないんだろ?」
ふざけているようで感情の機微に敏感。
それが颯の良いところだ。
オレはそんな素振り出したつもりはなかったんだけどな。
「色々あったからな。これから巻き返すよ」
「色々ねー。まあ秋斗がそう言うならいいんだけどさ。何かあったら相談しろよ。アドバイスできるかどうかは分からないけど」
「ああ、ありがとう」
頼もしい親友の言葉にオレは気持ちを引き締めるのだった。



